バグのかけらをひたすら集めるクリームランド在住のデバッガー 作:けっぺん
アジーナエリアでジャンクマンと出会って、四日後の夕方。
ようやく、ナビの構成に関わる重要な不具合を全て潰し終えた。
その他の依頼全てを断って作業を進めていたものの、よもやここまで掛かるとは。
『これで……終わり?』
「ああ。ジャンクマンを起こすよ」
眠っていた彼を起動する。
彼としては予想外の連続だっただろうな。
まずは致命的な不具合を直すと言った時は随分と困惑していた。
問答無用で眠ってもらったが、ここまで長くなるとは思っていなかっただろう。
『……』
――レヴィアが作業を眺めるようになったのは、二日目からだったっけ。
外に出たり戻って来たりの繰り返しではあったが、多少なり、気になるところではあったようだ。
今も少し離れたところから、興味薄そうに眺めている。
「さて、目覚めたまえよ、ジャンクマン」
ジャンクマンを起動する。
その目に光が灯る。動き出したジャンクマンは、辺りを見渡し――状況が理解できていないとばかりに首を傾げる。
そうした細かい動きでパーツが零れ落ちることはない。
とりあえずナビとして、活動に支障がない程度の強度は保てている。
勿論、ネットバトルも可能だ。
『……ォ、オ……?』
『……ジャンクマン……お、おはよう』
『ム……!? オ、オハ、ヨウ……?』
ふむ。発声機能がやや不完全なのも改善点だな。
致命的な部分ではないため後回しにしていたが、言葉を紡ぐためのプログラムさえジャンクデータによる奇跡の産物なのだ。
このままではコミュニケーションにも支障が出てこよう。早めに直しておくか。
アイリスの挨拶に戸惑いがちに返したジャンクマンは、当然ながら困惑している。
『……ナ、何ガ、ドウナッテルンダ?』
「ひとまず、キミをまともに動けて、戦えるようにした。少なくとも、数日やそこらで消えることはない。殆ど私の独断だから文句は受け付けるが元には戻さないので悪しからず」
『……? キ、消エナイ……? ダガ、オデハ、ジャ、ジャンクデータノ、塊ダ。オデノ体ハ、勝手ニ壊レルヨウニ、出来テイルンダ』
「だから、それを壊れないようにした。致命的な部分は、粗方直させてもらったよ」
目の光が揺れて、動揺を表している。
それからジャンクマンは、軽く腕を動かしたり、体を捻ったりして、それを試した。
部品が落ちてくることはない。まだ脆くはあるが、カスタマイズしたナビにしては、というレベルだ。
少なくともあの程度動いたくらいでは、接続が緩くなることすらあるまい。
『オマエ……何ナンダ? オデハ、アノママ、朽チ果テル、シカナカッタ筈ダ……』
「
ナビもプログラムだ。プログラムである以上、壊れたら修復する手立てはある。
その技術が近くにあるかないかというだけの話で、私には――まあ闇に染まった心などは不可能ではあるが――その技術があった。
だから彼を預かり、まともな状態まで戻すことが出来た。
彼にとっては、消える前の、孤独を恐れた自己主張のためだったのかもしれない。
だが、そのアピールが結果として私に発見され、延命する結果となったのだ。それがジャンクマンにとって幸運だったのか、不幸だったのかは知らないが。
『ソウ、カ……。コレデ、オ、オデハ、代表ニナレルノカ?』
「まだなりたいのかい? もう、キミは間もなく消えるということはなくなった訳だが」
『……』
彼は人々に知られるために、代表にならんとした。
しかし、それは消える直前の希望だ。その前提がなくなった今、なおもその願望を持っているのか。
『ン……ナリタイ。消エルコトガ、ナクナッタナラ、尚更――オデ、ノコト、ヲ……誰カニ知ッテモライタイ』
「……そうか」
――それならば、と――一つ、大きく深呼吸をする。
それを自分から切り出すなど、私は生涯することはないと思っていた。
しかし、利害は一致しているのだ。
プライド様は、代表が活躍するか否かは懸念すべきことではないとは言っていた。
期待が皆無という訳ではないだろう。それでも、私に話が来るということは戦いそのものが主たる理由ではないことは明白だ。
私にナビがいないことを、プライド様は知っている。そして、エールハーフを使って出場しろと言いだすことはない。どちらかというとあれを使うことにをプライド様は忌避している訳だし。
レヴィアに協力を求めていたことから――もし私が頷くことがあれば、この場限りのナビを貸し出しでもするつもりだったのだろう。
ならば――プライド様の手を煩わせるよりも、彼の願望を叶える形で補った方が良い。
そんな打算的な考えだ。だから、そんなに張りつめる必要などないのだと、自分に言い聞かせる。
もうその意思は、アイリスやレヴィアには伝えてある。既にその時点で思い切っているのだから。
「では、ジャンクマン――私と組まないか?」
『……? オマエト?』
「アジーナではなく、クリームランドの代表としてなら、キミの席を用意してあげられる。契約期間は大会が終わるまで。それまで、私のナビとして、戦ってほしい」
私にはナビがいない。ジャンクマンにはオペレーターがいない。
ネットバトラーがオペレーターとナビ、二人で一つであることは常識であり、世界一のネットバトラーを決める大会である以上今の私にもジャンクマンにも参加資格はない。
これが、私たちが大会に出るにおいて、無難かつ最善の手段だ。
『……オマエニハ、ナビガ、イナイノカ?』
「いない。キミを見つけた時の三人のうち、白いナビ擬きは私の……分身のようなものだと思ってほしい。あれで戦うのは、少々無理があってね」
『……』
ジャンクマンの顔が、アイリスに向けられる。
あの時は仮面を被ったりして、別の姿をしていたが、同じナビであることは分かっているのだろうか。
『……オマエハ?』
『わ……わたしは、ここでお世話になっているの。そこにいる、レヴィアも』
『……』
レヴィアは、何も言わない。
ただ、妙な……圧……か? ――のようなものを、まっすぐジャンクマンに向けている。
それに彼は怯えたように一歩後退る。大事な話をしているのだし、あまり怖がらせないでほしいのだが。
『……ワカッタ。オマエト、戦ウ』
「……言っておくが、私はナビを運用した、まともなネットバトルをしたことがない。提案しておいてなんだが、素人と組むリスクを背負うことになるよ」
『構ワナイ。リスク、トイウナラ、元々ノ、オデノ方ガ、遥カニ大キカッタ』
……それもそうか。
うん、なら、良い。問題は山積みではあるが、ひとまずのところは。
「――よし。では、よろしく頼むよ、ジャンクマン。私はエール・ヴァグリース。クリームランド在住の
『ア、アア……ヨ……ヨロシク、エ、エ、エール……』
PETをパソコンと繋げ、ジャンクマンを迎え入れる。
招く先はアイリスと同じように、ナビを持ち運ぶというだけの領域とは違う。
正式な、PETと一対一となって、多くの権限を許可されるナビの領域。
これまで、ただの一度も更新されることがなかったナビのインストール履歴に――最初のナビが登録された。
――大会の件を受けることにした。ナビについても、参加を希望するナビに力を借りることが出来たので問題ない。また明日にでも、城に向かうので詳しい話を聞かせてもらいたい。
今日はもう夕方なので、私はプライド様にそんな旨のメールを送っていた。
今から城に向かっても迷惑になるだろう。
またプライド様に時間が出来た時で構わない――そういう意図であったのだが。
「こんばんは、エール」
「……こんばんは、プライド様。もう少し王女としての自覚を持つべきでは?」
「その手のお説教は久しぶりに聞きましたわ。心配しなくとも、本日の公務は終わっています。なので、来ちゃいました」
いや、来ちゃいました、ではなく。
そんな簡単に外に出向ける立場でもあるまいに。
来てもらうことにまったく問題はないし、昔ではあるまいし無断でやってきているということもないだろうが、一般人の家にごく普通にやってきても良いのか?
「にしても……エール、また碌に寝ていませんね?」
「……色々あったもので」
仕方ない。追い返すという選択肢は最初から存在しないので、プライド様を家に入れる。……外に車があった。付き合わされた運転手殿の苦労が偲ばれる。
しかし……プライド様には一目で分かるか。
確かにジャンクマンの不具合を直している間、あまり睡眠はとっていない。
寝てはいる。レヴィアにも言われたし、三、四時間くらいは。
勿論、アイリスも十分に休ませている。その間は私が一人で作業をしていたしレヴィアに文句を言われない程度の慎みは持っていたのだが。
「まったく……いつかに八時間は寝ろと言っておきながら、自分は睡眠時間がひどく不安定なんですから」
「それより、プライド様は最近ちゃんと寝られていますか?」
「それより、ではありません。わたくしがあの一件以降で眠れない日が続いたのは――貴女がプロトから帰ってこなかった時だけです」
「む……」
あまりそのことは話したくない、とばかりに間を開けてからプライド様は痛い話をしてきた。
だいぶ、というかかなりの心配を掛けてしまったことは、よく聞かされている。
仕方なかったこととはいえ、あれはプライド様の負担となってしまったのだ。
「わたくしの睡眠を気にするのであれば、貴女がわたくしに何の心配も掛けず、平穏に過ごせば良いのです。良いですね、エール・ヴァグリース」
「……善処します」
「言っておきますが、善処とは言い逃れのための言葉ではありませんからね?」
私としても、平穏に過ごしたいという願望はあるのだ。
付き合っていたことがいつの間にか厄介の渦中にあっただけ、だと思う。
自分から飛び込んだことだって、無くもないが。
プライド様を助けるためにゴスペルに喧嘩を売ったり。
犯罪組織に関わるなど御免だが、これから先だってプライド様が危険に陥ったら私は躊躇するつもりはないぞ。
「……ともかく。今日はそんな話をしに来たのではありません。エール、代表の話を受けてくれるとのことですが、本当ですか?」
「はい。あまり目立ちたくはないのですが、プライド様のお願いとあれば」
「――ありがとうございます。……平穏に過ごせ、と言った直後に貴女にこの役目を任せるのは、心苦しいのですが」
「気にしないでください。私も気楽にやるので。……元から、まともに戦えるとは思えないですし」
優勝する、という前提であれば流石に、プライド様の頼みと言えども不可能だが、参加に意味があるというなら務めさせてもらう。
当然、当日まで腕を磨こうとは思うが、これまでナビのオペレートなどしたことがない。
言ってしまえば、ナビを持ったばかりの子供以下だ。
ジャンクマンと戦法を練っていくことも必要だし……勝つことを目的とするなら、時間が足りなさすぎる。
「大丈夫ですわ。勝つことは二の次で構いません。それに、一応、トレーニングにはわたくしが手を貸します」
「プライド様が?」
「ええ。大会はアメロッパで行われますが――わたくしも同行させていただきますので」
……アメロッパで、プライド様が同行か。
なんだろう、デジャヴを感じる。まだ一年経っていないがゴスペルに喧嘩を売った時もそんな感じだった。
いや、今回は犯罪組織が関わっている訳ではない。
ずっと平和なのだ。それなら、プライド様と行けるのは純粋に喜ばしい。
「ところで、重要な点なのですが……力を借りたナビというのは?」
「ああ、少々お待ちください」
パソコンに繋げてあったPETを持ってくる。
中に入ったジャンクマンは――どうも、PETに入ってから随分と大人しくなっており、一言も喋らない。
彼を――一時の間とはいえ、初めての持ちナビを、プライド様に紹介する。
何でもないことである筈なのだが、私はそれに妙な緊張を覚えるのだった。
エールが他のナビと組むルート
レヴィア:
気分屋な彼女が「出ても良い」と言った場合何やかんやで組むことになるかもしれない。
ただしレヴィアは他者のオペレートに従う気はなく、エールも例外ではないためお飾りオペレーターとなる。
アイリス:
エールが戦わせるつもりがないため、たとえアイリスが望んでも組むことはない。
ビーストマン:
エール「え、やだ」(素)
フォルテ:
付け入る隙があればエールが徹底的に殺しに掛かるので無理。
何なら入ったPETをネット断ちして物理的に始末するまである。
という訳でジャンクマンとのコンビ結成。
そしてエールのレッドサントーナメント出場が決定しました。
世界各国の優秀なオペレーターたちの交流のための大会なので何も起きず平和だと思います。
ようやくエールも息抜きが出来ますね。