バグのかけらをひたすら集めるクリームランド在住のデバッガー 作:けっぺん
とりあえず席に着く少女の背後に立つ軍服の少年というのは周りの客からすれば異常に過ぎると思い、着席を促す。
それにグレース嬢も便乗したことから、少年は溜息をつき、空いている席に腰掛けた。
「……同じシャーロの代表が迷惑を掛けた」
「迷惑というほどでもないさ。考え事も行き詰まっていた訳だし。良い気分転換だよ」
「そう言ってもらえるとありがたい。……お前は機密保持も出来ないのか」
「機密って言うほどのことじゃないでしょうに。そんな話だったらもっと人の少ない、静かな場所で話しますよ」
「話すならせめて大会に関わらん話に留めろと言ってるんだ」
「このカフェは賑やかですね。ライカくんのお説教が聞こえません。気に入りました」
……とりあえず、気安い関係であることには間違いないらしい。
少年の苛立ちを煽るように無視するグレース嬢は、サーチマンの武勇のみを知る私からすれば絞首台の上で踊るにも等しい行為である。
注文を取りに来た店員殿に仕方なくコーヒーを注文すると、少年は此方に向き直る。
そして、辺りの会話に隠れるように、声を潜めて名乗った。
「……シャーロ軍ネットワーク第十三部隊隊長、ライカだ。シャーロ代表、サーチマンのオペレーターとして、レッドサントーナメントに参加する」
「クリームランド代表、エール・ヴァグリースだ。普段はクリームランドで
「存在は知っている。去年、我が軍の防磁服を借用したのが貴女だろう」
「――ああ。キミの軍の物だったのか」
ゴスペルの本部、電磁波の飛び交うコトブキ町に赴くためにシャーロから借り受けた防磁服。
あれを貸し出してくれたのが彼――ライカ少年が隊長を務める部隊だったのか。
「その件は助かった。今更だが、礼を言うよ」
「礼ならクリームランドから受け取っている。あれがゴスペル壊滅に役立ったのなら幸いだ」
当然ながら、あれを借りた理由がゴスペル対策のためだということは知られているらしい。
あの件に関してはあまり思い返したい記憶でもないのだが、まあ、彼の部隊がいなければあそこに赴くことも不可能だったのだ。仕方あるまい。
「まあ、作ったの僕の部隊なんですけどね」
「……お前はほとほと、空気が読めないな」
「――まさか、キミも軍人なのか?」
「意外に思われるのも分かりますが、そのまさかです。シャーロ軍宇宙開発第二部隊と情報処理部隊の隊長を務めています。まあ、宇宙開発部隊については第一部隊の補欠みたいなものですけどね」
「……キミ、年齢は?」
「ライカくんよりちょっと上です」
さて。シャーロ軍には私でも知っているような物騒な異名を持つ部隊が二つ存在する。
死のネットワーク第十三部隊。そして恐怖の情報処理部隊。
前者が“死”たる所以は作戦遂行における徹底さから。
標的となれば生きて逃げ帰ることは出来ない。向けられた銃口に何を思う暇もなく、相手はデリートされている。
対して、後者。此方はナビ同士の戦闘行為よりは重要システムへのハッキングやウイルスでの攻撃など、直接的ではない攻撃を担当していると聞く。
標的となったナビたちが傷つくことなく、その要を攻め落とす。それゆえに恐怖を伝えることは可能となる。
「……何というか、若いのに凄いじゃないか」
「結局は能力ですよ。それに、僕にもライカくんにも口うるさい補佐は付いている訳ですし」
「若輩であるオレたちが誤った判断をしないためのものだ。更に言えば、お前があまりにも危険なのでネットワーク部隊の全隊長の総意から決定したことでもある」
「効率主義は嫌われますね」
「お前のそれは効率主義じゃない」
そんな、二大部隊の若き隊長が集結するアメロッパのカフェ。
あまりにも謎な光景だった。
現在進行形で、少なくとも後者に対するイメージは激変している。この気の抜けた少女が数々の所業をやらかしていたことを知れば、それもやむなしである。
「大体、こんなところで寛いでいる暇はないだろう。伊集院炎山対策を進めたらどうだ」
「いやあ、無理です。優勝しろって命令は受けてませんし、大人しく負けを認めます」
「……お前は」
「ライカくん。必要な時、必要とされる力を、必要なだけ発揮するのが僕のやり方です。それ以外は四十パーセントの出力で良いんです。そうやって、僕はこれまでの作戦を遂行してきたんです」
……これ、私が聞いていて良いのか?
話題だけ見れば、大会初戦の相手を知って諦めたグレース嬢をライカ少年が窘めている。
しかしちょこちょことシャーロ軍の裏事情が、主にグレース嬢の口から漏れている。
というか、スタンスが似ているのが複雑だ。
ライカ少年はあまりにあまりなグレース嬢の意欲の無さに、再度の溜息をついた。
「……この調子でな。ブルームーンは諦めるとして、オレは手を抜くつもりはない。レッドサンは、勝たせてもらう」
「万が一――万が一、当たるとしたら決勝だな。その時はよろしく、とキミには言うべきか?」
「不要だ。正式に対戦相手となることがあれば、その状況は戦争に他ならない。スポーツ選手の如く慣れ合うつもりはないし、命を奪い合う対象として相手にも振舞ってもらわねば不愉快というものだ」
「了解だ。奇跡的に一回戦、運命的に二回戦を突破するようなことがあれば、そうさせてもらう」
試合前に慣れ合うことを嫌う者は往々にして存在する。
そういう人物の大概は、ネットバトルに対して独特の価値観を持っている者だ。
彼もその一人。命を懸けた戦争、か。間違ってはいないな。電脳世界で実際にそれをする身からすればあれは紛れもなく命のやり取りだ。
――観客が求めているのは、どちらかと言えばスポーツ的なネットバトルだろう、とは言わない。
彼からすればそちらの方が無粋なのだし、私も観客が求めるそれに理解があるというだけで、本質的な戦いというのはウラで行われるようなそれであることを知っているから。
その時、店員殿がコーヒーを持ってくる。
周りの客はそれぞれのお喋りに夢中で此方を気にしてはいないだろうが、此方に来る店員殿については気を付けないとならないぞ。普通に、町中のカフェで話すには不適な内容である訳だし。
……気にしないよな? 白衣が二人に軍服一人。周りからどう見えるか、正直良い想像は出来ないぞ。
そんなことを考えているのかいないのか。普通の客の如くグレース嬢はパンケーキを注文する。
「経費で落ちますかね」
「お前は何をしにアメロッパに来たのか。参考までに聞かせてくれ。どうもオレは理解が及んでいないように思える」
「強いて言うならフットボムの聖地巡りのためです」
「…………オレは、今日ほどお前に手を上げられないことを悔やんだことはない」
仲が良いようで何よりだ、と自分でも的外れだと分かる感想を抱く。
マイペースにも程があるグレース嬢はあろうことか大会が二の次と来た。
というか、フットボム?
「第一、あの頭のおかしいスポーツの何に惹かれたと言うんだ」
「十二回目ですよ、その質問。その頭のおかしさが良いんです。あれに本気で挑んでいる酔狂を眺める楽しさを知らないなんて勿体ないです。軍人人生を損しています。そう思いませんか?」
「……私もフットボムは詳しくないが、恐らくその楽しみ方はだいぶ屈折していると思う」
「クリームランド有数のデバッガーがまともな感性を持っているようでひどく安心した」
フットボム――電脳世界で行われる、ナビのスポーツだ。
元々は現実世界で行われていたものであり、かなり長い歴史を持っているらしい。
ちなみにそのルールだが、ようは爆弾の蹴り合いである。
一体危険である以外の要素の何処がフットボールと違うのかは知らない。どころか、人数を増やし、よりフットボールに近付けたものがウラで密かに行われている始末だ。
一度観戦したことがあるが、ただただクレイジーなだけで何が楽しいのかはまるで理解出来なかった。
というか、二十人を超えるプレイヤーたちが試合終了時に三人しか残っていなかった時点でおかしい。レヴィアのライブとどちらがイカレているか良い勝負が出来るレベルである。
「布教活動をする気はありませんが、中々同好の士には会えないものですねぇ。まあ、外に出ること自体が少ないんですが」
「頼むから、もう黙ってくれないか。せめて大会が終わるまではそちらを優先してくれ」
「大会終わったらフットボムどころじゃないですよ。もう忙しいのなんの」
シャーロ軍は大変らしい。彼女もたまの息抜きということだろうか。
……いや、違うな。ライカ少年の反応を見る限り、恐らく平常運転だ。
「僕も伊集院炎山が相手じゃなきゃ、そこそこ本気でやったんですけどね。速度重視で接近戦が得意。普通に天敵なんですよ、ブルースってナビは」
「対策など幾らでも取れるだろうに。それが出来ずしてシャーロ軍人など名乗れるものか」
「しかし、そうしたら僕の戦い方とは言えません。僕にだってポリシーがあるんですよ。それを破るのも疲れるんです」
「一回戦で負けるくらいなら、そのポリシーとやらを破ってみたらどうだ」
「断言しますけど、そんなことしたらライカくんは後悔しますよ。安心してください。ちゃんと必要とされた時には本気を出しますから」
「……意味が分からん」
本当に、大会には本腰を入れるつもりはないらしいな。
伊集院少年が一回戦をほぼ間違いなく勝ち進めるだろうということは喜ばしくはあるのだが、彼女は何を考えているやら。
「ぶっちゃけ棄権したいレベルですよ。僕としては自分のよりヴァグリースさんと名人の試合のが関心強いですし」
「いや……せめて試合には出たまえよ。棄権というのは、こう……国もあまり良い目では見られないのではないか?」
「その分ライカくんがやってくれるでしょうし、相殺出来ると思うんですけどね。ね、ライカくん。潔く棄権するのと試合に出てボコボコにされるの、どっちが良いと思います?」
「出ろ」
「はい」
段々適当というか雑になってきたな、ライカ少年。
苛立ちを鎮めるべく彼は一口コーヒーを啜る。ブラック派らしい。
「いつもみたく砂糖入れないんです?」
「……」
ブラック派ではないらしい。
眉間の皺を深くしたライカ少年は、グレース嬢の疑問を黙殺した。
「まあ……本命がライカ少年だと言うのはよく分かったよ。しかし、シャーロ代表はもう一人いるようだが?」
「あぁ、そっちは気にしなくて良いです。シャーロの一般枠で国も別に重視していない、八割くらいは賑やかしの意味合いしかない枠なんで」
「仮にも同国の代表に対する言葉とは思えないんだが」
「同国だからはっきり言えるんですよ。ちなみに必要が無ければ関わらないことをお勧めします。危険人物なんで」
「は?」
「……一昨日、気温の高さを理由にアメロッパの気象衛星をハッキングし、気温を下げようとしたんだ。未然に防いだものの、厳重注意となり大会当日までホテルの自室に待機となっている」
「……確かにシャーロに比べれば暑くはあるんだろうが」
それにしたって気象衛星を狙ったりはすまいよ。
暑いなら最初から、温度操作が出来るホテルの部屋から出なければ良いだろうに。
そのために気象衛星をハッキングするなど、普通にテロ行為だ。よく逮捕されずに済んだな。
現在自室待機となっているらしいテロ未遂のシャーロ代表――グレース嬢より“アレ”であるらしいオペレーターとは関わらないでおこうと心に決める。
何というか、少し前の灼熱騒動に近しいものを感じた。いや、クリームランドの気候的に寒さの方が幾分マシだからどちらの騒ぎに巻き込まれるかと問われれば一昨日あったらしいそれを選ぶが。
問題のある人物二名に挟まれた凄まじい苦労人であるライカ少年に抱いた同情。
その気持ちは、数分後グレース嬢が注文したパンケーキがやってきてからの一騒動でより加速するのだった。
・フットボム
アメロッパを起源とするエグゼ世界におけるスポーツ。
ルールは簡単。ゴールの前に選手が立ち、もう片方の選手が少し離れたところからボールを蹴る。
ゴールを守る選手はそのボールがゴールに入らないようにキャッチする。それを一回ごとに繰り返すという非常に単純なルール。
フットボールのPK合戦と同じかと思いきや、そのボールは爆弾である。
防御側の選手が受け止め損ねればボールは爆発する。アメロッパでは二千年以上の歴史を持つスポーツ。
そんなもん伝えるなと言いたいところだが、実際作中の時代では廃れており、4のレッドサン/ブルームーントーナメントではこれを復興しようとする選手、ジャック・ボマーが登場する。おい、ネットバトルしろよ。
勿論今では人間がプレーすることはなく、ナビ同士のスポーツとなっている。人間には危険だからといって何でもかんでもナビにやらせて良い訳ではない。
シャーロ軍人との触れ合い。
多分こんな空気でも互いに腹の探り合いみたいなことはしていると思います。
なんか二次創作ではライカの甘党設定がメジャーみたいですが、そもそもエグゼの二次創作をそんなに見なくて詳しくないので本作では扱わないです。
まあコーヒーの好みくらいなら捏造して良いじゃろくらいのイメージ。