バグのかけらをひたすら集めるクリームランド在住のデバッガー   作:けっぺん

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イッツ・レジェンド! 【本】

 

 

 ――その日の選択が、私にとって正解だったのか、不正解だったのかは判断がつかない。

 それでも強いて採点するならば、悩みに悩んだ末正解を選ぶだろう。

 非常に不本意、かつ思い出したくもない災いだったとしても、私という存在が大きく成長することは出来たのだから。

 

 

 ライカ少年とグレース嬢。

 シャーロからやってきた二人の代表と出会った翌日。

 大会を三日後に控えた私とジャンクマンは、とある場所に訪れていた。

 

 アメロッパ城。

 オフィシャルが会議のために使う設備も隠されているその城は、此度レッドサントーナメントの会場として使われる。

 ブルームーントーナメントが行われるコロッセオに比べると、戦いの舞台としては地味ではある。

 だが、その分この国を挙げた大会という側面が強調されている。

 大会の存在は既に世界中に通達されており、前回来た時より観光客は多く思えた。

 ……当たり前か。あの時はゴスペルの度重なる事件で観光客はめっきり減っていただろうし。

 城内にある、既に選手用として入場制限が掛かった控室に張り出されているトーナメント表には、それぞれのナビの姿と名前、選手名、代表となった国が記されている。

 そして信じたくはなかったが、やはり私たちの隣には名人氏とそのナビ、ケンドーマンの名があった。

 

「……」

『エ、エール。ソンナニ、コイツハ、ツ、強イノカ?』

「戦ったことはないが、強いよ。有名なんだ、とにかく」

 

 しかしケンドーマン……このナビは知らないな。

 名人氏が一体何体のナビを持っているかは定かではない。有名なのはゲートマンやパンクだが――それらとは違うようだ。

 今大会のために用意していた隠し玉などだろうか。そうだとすれば、尚更勝ちの目は薄くなると言わざるを得ないが。

 

『ナ、ナルホドナ……ドンナヤツナンダ?』

「こんなヤツだ!」

「っぅ!?」

『ノァ!?』

 

 突如として背後から掛けられた声に、何より先に体が反応した。

 本能的に跳び上がりかけたのを抑え付け、結果として前につんのめってトーナメント表に頭をぶつける。

 暗殺か、闇討ちなのかと物騒なことを考えつつも、額の痛みに振り向くことも叶わず蹲った。

 

「わははは! 相手の意表を突くのも作戦のうち――大丈夫かい?」

「っ……」

 

 痛む額を押さえつつ振り向けば、そこには随分と奇抜な装いの、超の付く有名人が立っていた。

 羽織った白衣の袖を腕まで捲りあげ、手甲のような防具をはめた、髪を逆立てた男性である。

 それだけならば良い。手に持っている木剣はなんだ。

 宣戦布告にしても冗談が悪質だと、壁沿いに彼から距離を取る。

 

「……あまり信じたくはないが、伝説のネットバトル六十九連勝とは辻斬りの賜物なのか?」

「いやいや。これは対戦相手へのお近付き、ジョークというものだよ。ただ、うん。女性にすべきことではなかったね、申し訳ない」

「謝罪は受け取るが、まずはその物騒な木剣を手放していただきたい。警戒せざるを得ない」

「了解だ。ちなみに、これは竹刀という。剣道に使う竹製の刀だよ」

 

 鞘の代わりらしいやたらに細長い布に木剣――竹刀を収納しつつ、そんな説明がされる。

 日本のジョークか。非常に恐ろしい。精神を研ぎ澄ませ、いつ如何なる不意打ちにも対応できる実力がなければこの面白さは理解出来まい。

 今を生きる者たちにも根付く武士道精神の成せる業か。

 後に浦川少年がこれをしてくるとふと想像した。絶対に嫌だ。そんな子に育ってほしくはないぞ。

 

「……それで、名人氏。一つ質問をしても?」

「構わないよ。それと、氏はいらない」

「何故貴方がアッフリク代表として大会に出ているんだ? 貴方は日本出身だろう」

 

 その男性――一回戦の相手である名人氏は間違ってもあの広大な自然を有するアッフリク出身ではない。

 ナビの名前となっているケンドーも、確か日本のスポーツだった気がする。

 世界各国を飛び回っているという話は聞くものの、基本的には日本で活動をしている筈だ。

 

「ああ、それはね。ここ暫く私は世界中のネットバトラーの育成のために各国を回っているんだが、今はアッフリクのある村に滞在しているんだよ」

「はぁ」

「それで、そこの村人たちにいたく気に入られてしまってね。アッフリクの代表を決める予選に出場を勧められて、出てみたところ優勝してしまった訳さ」

「よく大会荒らしと叩かれなかったもので」

「うん。私も少し驚いている」

 

 果たしてそれで良いのかとは思ったが、組み合わせが発表された際に大会の規定を調べた限りでは、その国が認めるネットバトラーであれば国籍は問わないとのことだった。

 ブルームーントーナメントに割り当てられた二枠の日本代表。

 そして、グレーにも思える方法でアッフリク代表としてレッドサントーナメントに参加した幻の三枠目。

 最有力の優勝候補たる日本人がこれにより、どちらの大会にも現れた訳だ。

 

「そういう訳で今回、大会に参加し君と当たることになった。ヴァグリースくん、で良いね?」

「ああ……エール・ヴァグリース。クリームランド代表だ」

 

 確証がないままに不意打ちまで仕掛けてきたのか、この人。

 破天荒……というべきなのだろうか。こういう人気のない場でなかったら普通に通報されているぞ。

 

「噂は聞いているよ。ここ一年ほどのクリームランドの復権、その裏に君がいると」

「噂は噂だ。私は大それた存在じゃない。ただのフリーの医者(デバッガー)であってそれ以上ではない。貴方もそう扱ってほしい」

「そうか。では、そうしよう。ネットバトルの時は誰しもが対等。あらゆる身の上話は無粋だね」

 

 変わり者ではあるが、深く踏み込んでこないだけまともではあるか。

 既に若干の苦手意識は芽生えているものの、悪人でないことはこの時点で分かる。

 積み上げた記録に足る人格者である以上は、どこぞの炎使いのように邪険にはすまい。

 

「では、そんな対戦相手の君に紹介しよう。ケンドーマン――今大会での私のナビだ」

『ウンム! ワシはケンドーマン。バグ医者よ、その悪名、ワシの耳にまで轟いておるぞ!』

「悪名って」

『不満であれば勇名と言い直しても良い。暗がりに生きし住民には此方の方が受けが良いと思ったが、そうでもないか。ハハハハハ!』

 

 まあ、オフィシャルにも知れ渡っている名前ではあるし、それを名人氏のナビが口にしたことは構わないとして。

 ケンドーマンと名乗った、その顔を独特の兜に隠したナビは私がウラの住民としての顔を持っていることを看破した。

 あちらにいることに恥も何も覚えていないが、大っぴらにすることではない。

 そのため、あちら側に関わる機会のない者に対してあまり話すこともないのだが、彼は――そして名人氏は知っているらしい。

 

「時々、ウラの見回りもしているからね。流石に深層にまでは行くことはないが、ウラスクエアで手に入る情報くらいなら私も持っているよ」

「道理で……まあ、犯罪に手を染めている訳ではないので理解いただきたい。あちらでも医者(デバッガー)として活動しているだけさ」

 

 ――ダークチップの不法所持は除いて、と心の中で続ける。

 彼もオフィシャルに関わる人間であり、紛れもなく正義の人だ。

 アレの所有に対して良い目はすまい。

 

「しかし……私の知っている限り、その、君はあまりネットバトルに心得がないという印象だったが。まさか代表だとは思わなかった」

「いや、素人だよ。代表となったのは理由があるからで、貴方相手にまともに戦えるとは思っていない」

 

 理由があるとは言っても、その理由をまだプライド様から聞かされていない訳だが。

 ここ最近、プライド様の様子が変だ。思い詰めているというか、どこか緊張しているというか。

 察するにそれは、今回の大会の真意に関すること。

 昨日、シャーロの二人にも大会について詳しいことは知らないか聞いてみたものの、ライカ少年はそれそのものに興味はないようで、グレース嬢も『あれです。各国の選手同士の親交を深めるためですよ。いざって時に互いに信頼できるように』とそれらしいことを言うばかりであった。

 ともかく、ジャンクマンには申し訳ないが勝てるとは思わないことを告げれば、名人氏はそれを否定するように首を横に振った。

 

「それはいけない。ネットバトルとは常に何が起きるか分からないもの。ゆえに互いに全力をぶつけて然るべき。負けを前提としたり捨て鉢になるなどあってはならないことだ」

『然り! ワシの相手として、それはならぬ! 素人と自称するならば鍛えるは必定なり!』

 

 ――その時、これは不味い、と悟った直感を我ながら大したものだと思った。

 だが、悟った時には既に手遅れとなっており、つまるところ、私の逃げ場は失われていた。

 

「勿論、鍛えてはいるさ。少なくとも代表として恥じない戦いはさせてもらう。そのための訓練は欠かしていないよ」

『であれば何故、今このような場所に突っ立っているか!』

「何故かと言われれば会場の下見だが」

『そのようなもの、当日でよろしい! ええい言葉を紡ぐ暇すら惜しい! 名人、この者を今すぐ鍛え上げる! 今すぐだ!』

「それは彼女次第だ」

「丁重にお断りする」

『却下だ! 立てぇい! 構えぇい! ネットバトラーたるもの、目と目があったらネットバトル! 大原則であろうに! その生温く女々しい性根、叩き直してくれるわ!』

 

 立っているし、ネットバトルに特段構えは必要ない。

 ネットバトラーにはそのような大原則など存在せず、女々しいとは言うが私は女である。

 何を熱くなっているのかは知らないが、どうも私はこの面倒くさく暑苦しいナビをその気にさせてしまったらしい。

 鍛錬鍛錬と喧しいナビには話しても通じないと思い、無言の抗議を名人氏に向ける。

 

「どちらでも構わないよ。流石に無理強いは出来ない。ただ、暫く時間を貰えれば君を強く出来るという確証はある」

「……どうする? ジャンクマン。キミの意向に任せるよ」

『オ……オデハ、強クナリタイ。モット強ク、ナレルナラ……』

「……という訳だ」

『素晴らしい! ジャンクマンくん! 強さを求めるその気概や実に良し! 大会当日には君も立派な超一流ナビだ!』

『ホ、本当カ?』

『本当だ! 名人のナビとしてワシは嘘など吐かん! 人の話を聞かぬ以外は完璧だと言われたワシの手腕でとくと鍛えてやろう!』

 

 現在進行形でその唯一らしい欠点が大暴走しているケンドーマンに流されるまま、ジャンクマンは承諾してしまった。

 今更私だけが否という訳にもいくまい。かくしてこの日の私の安寧は消え去ったのだ。

 

『さあさあまずは手合わせだ! その後は稽古! 稽古! ひたすら稽古! 三日後、素晴らしく成長した弟子と戦うのが楽しみだ! ハハハハハハ!』

「……手綱は握っていただきたい、名人氏」

「善処はしよう。あと、氏はいらないよ」

 

 いつの間にか弟子認定されていたジャンクマン――もしかすると私も――という、悪夢のような状況。

 出来る限り早くそれが終わってほしいと、とりあえず無心で付き合うことにした。

 してしまった。

 

 

 

 極限の集中、その中での活動というのは、良い結果と引き換えに多大な疲労を伴うものである。

 重大なバグを修正してほしいと依頼された時など、私はそれを体感することがある。

 そうなった時は、とにかくすぐ休む。

 倒れる前にやるべきことを全て終わらせ、一刻も早くベッドに潜る。

 そうなると判断した時、先にこれを出来る状況を整えておくのが、より快適に集中するコツというもの。

 とはいえ、そんなことを初対面の名人氏と、それから人の話を聞かないことが唯一の欠点らしいケンドーマンが知る筈などなかった。

 

 空ももうすっかり暗くなった頃合いで外に出てきたと思えば、気付けば私は宿泊しているホテルに到着していた。

 ああ、やっと帰ってきたのだ。長い旅路だった。この、特に見慣れている訳でもない建物をどれだけ焦がれたことか。

 と思えば、私はロビーを歩いていた。

 到着したことにあまりに感慨を受け過ぎて、景色が動いていることにすら気付いていなかったらしい。

 

「エール! 何処に行っていたのですか。何度も連絡したというのに……」

「防御。防御。面。防御。胴。防御。防御。防御。防御。防御。小手。面。防御。防御」

 

 どうやら随分と長い間待っていたようで、プライド様が駆け寄ってきた。

 今日も公務があったようだが、流石に私の方が遅かったらしい。

 そうだ。今日はこれからプライド様との夕食があったのだ。時間は大丈夫だろうか。

 

「……エール? 何をぶつぶつと呟いて……」

「時間切れですか。隙が多すぎ。はい、すみません。もう一度お願いします。免状が欲しいです。頑張ります」

 

 そうだ。プライド様は名人氏には会ったことがあるだろうか。

 勿論存在自体は知っていよう。だが、話したことはないかもしれない。

 彼は人格者だ。一回戦の相手ともなれば、プライド様のお時間さえあれば紹介したいところである。

 ふむ、なるほど。今大会中は難しいか。なら仕方ない。

 

「隙? 免状? 何を言ってるんですか? ……エール、わたくしの声が聞こえてますか!?」

「ナビと一体に。無駄のない指示。難しいですが分かりました。はい、泣き言は言いません。叩かないでください、ごめんなさい、ケンドーマン先生。免状が欲しいです。頑張ります」

 

 そういえば、稽古が終わった頃からジャンクマンの声を一切聞かない。

 流石のジャンクマンも疲れてしまっただろうか。

 それも仕方あるまい。ハードという言葉すら生温い。地獄と表現して差し支えない稽古だったのだから。

 

「エール! 気を確かに! 今部屋に運びますからね! ら、ラウル氏、ちょうど良いところに! 手を貸してください!」

「はい。頑張ります。ごめんなさい。免状が欲しいです。頑張ります。頑張りま――」

 

 そして、私自身も相当に疲れていたらしい。

 その日の記憶はそこで途切れた。




・名人さん
「名人さん!」「さんはいらない」
2から6に登場する、ネットバトル六十九連勝を誇る伝説のネットバトラー。ネットバトル名人とも。
多くのナビを持っており、任務によって連れていくナビを使い分ける。
作中で登場したのはゲートマン、パンク、ケンドーマン、フットマン。パンク以外は公募キャラである。
シナリオに関わったのは4だけであり、3と5ではネットバトルを申し込める。6では対戦用のチップを売ってくれるが、バトルは出来ない。
冒頭のやり取りが有名だが、これはアニメでのお約束であり、ゲームでは使われたことはなく熱斗からも「名人」と呼ばれる。というか熱斗との会話があるのが4だけである。
モデルはエグゼシリーズの脚本を担当した江口正和氏。

・ケンドーマン
4に登場するナビ。公募キャラ。
レッドサン/ブルームーントーナメントにアッフリク代表として出場した名人が連れている。
各地のネットバトラー養成のための指導員ナビであり、弟子の怠惰を決して許さず泣き言を聞こうともしない厳しい性格。
どころか弟子と判断したら無関係のナビの話も聞かず、竹刀を渡して稽古を強制してくる。
稽古に関係ないところでは、冗談も解せる好々爺的な部分もある。


前回:白衣×2、軍服×1
今回:白衣×2(竹刀1)
本作は白衣を強く推しています。竹刀は推していません。

名人との出会い。指摘されても「氏」が外れないのは最初の衝撃で生まれた苦手意識で距離を置いているためです。
ただ、それでも礼儀として言い回しが若干丁寧にはなっていますが。
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