バグのかけらをひたすら集めるクリームランド在住のデバッガー 作:けっぺん
速度のある相手と、堅牢な相手。
当然ながら、それらへの対策は同じようにはいかない。
そして、それだけではなく、オペレーターの仕事とは相手の前提によっても変わってくるものだ。
速度があり、なおかつ敵にオペレーターがいない場合。
これはオペレーターがナビとの完全同期が出来ない限りはナビに判断を任せるべきである。
フルシンクロ状態でない限り、ナビに指示が届くまではどうしても僅かなラグが発生する。
素早い相手であればそれが命取りだ。
それでいて、相手にオペレーターがいなければ、その動きにラグは発生せず、対処が不可能なまでの差が生まれてしまう。
『っ――』
『ヌ……クッ……!』
レヴィアが振るう槍を、ジャンクマンの感覚に任せて回避させる。
どちらかと言えば鈍重で移動を得意としないジャンクマンだが、単調な軌道であれば避けられる。
そしてその軌道では通用しないと判断すれば、相手の動きはより鋭く、複雑なものになる。
オペレーターの仕事はそれを先読みしておくことである。
チップを送信。
その直後、懐に踏み込んで横薙ぎに槍を振るってきたレヴィアに先んじて、ジャンクマンが『パネルスチール』を使用。
短距離の即時移動で槍を回避、かつ後ろに回り込み、後退指示。
後ろに回り込んだと分かればレヴィアは槍をそのまま振り抜いて更に九十度軌道を延長。
既に後退していたジャンクマンの代わりにその槍を受け止めたのは『ストーンキューブ』。
「今――」
『アァ――!』
その岩の塊を、盾から槌へと変化させる。
風や拳による押し出しではなく戦場の配置物を操作するジャンクマン特有の能力により、『ストーンキューブ』を振り回し反撃とする。
大きく跳ね飛ばしたレヴィアを追撃するのはその岩塊ではなく、腕を変化させて放つボルトの弾丸。
そして岩塊はレヴィアの後方から飛んでくる鉄球の迎撃に使う。
氷の弾丸でボルトが相殺され、爆散した『ストーンキューブ』が消える前にその破片のコントロールをジャンクマンが掌握。
レヴィアと、後方のナイトマン。二人に対して散弾の如く射出。
大きなダメージよりも確実な命中を重視する。
比較的大きいものを狙って迎撃し、細かいものの回避を諦めたレヴィア。最初からその防御力でもって全てを受け止めたナイトマン。
レヴィアが降りてくる前に体勢を立て直し、槍を構え直す。距離は離れ、振り出しに戻った。
「――そこまで。中々上達してきましたね、エール、ジャンクマン」
プライド様の宣言で息をつく。
およそ十分間の模擬戦闘。レヴィアとナイトマン。戦い方のまったく異なる二人のナビを同時に相手取り、次々と変わる戦況への対応力を磨く訓練。
尋常ではない集中力から解放され、まるで今の十分が数時間だったかのように、疲れがどっと現れる。
部屋に備え付けられたソファに深く座る。
ともすれば、パルストランスミッションで集中している時よりも神経を使う。
それほどまでに、他者の命を預かり、オペレートするというのは私にとって難解なことだった。
「ありがとう、ございます。プライド様」
『まだまだ足りているとは思えないけど。まあ、何も出来ずにストレート負けするようなことはなくなったんじゃないかしら』
「ああ――ようやく最低限にはなれたかな」
大会を翌日に控えた午前中。
私とジャンクマンはようやく、プライド様とレヴィアからそれなりの評価を貰えるまでになっていた。
詰め込み教育にも程がある。この数日徹底的に基礎から応用まで一通りを凝縮して学んだ。
思い返しても何を学んで何を学んでないか、はっきりと思い出せない。
しかしそれらの技術を状況に応じて取捨選択できる判断力は身に付いた……と思う。
「ええ。きっと明日は良い試合が出来ると思いますよ」
「そう出来るように、努めます」
勝てるように、とは言わない。
結局のところここまで訓練したのは、無様に負けないためである。
一昨日と昨日の二日間、幸か不幸か出会ってしまった名人氏とケンドーマンせんせ――っ、――ケンドーマンから稽古を受け、不本意ながら大幅に成長することが出来た。
ああ、ありがたいとも。ありがたいが、不本意である。
ところどころ記憶が飛んでいるため、全体でどのような稽古をしていたかは思い出せないものの、ひたすらに地獄だったことは余計なまでに刻み込まれている。
彼らの教えは体が覚えているようで、半ば強引に私はジャンクマンをオペレートするということを身につけたらしい。
そして今日。プライド様とレヴィアに模擬戦闘を通してそのバランスを纏めてもらったという訳だ。
捨て鉢ではない。だが、やはり名人氏たちには勝てない、というのが私の結論である。
ケンドーマン――との打ち合いで一本取れたことがあっただろうか。いや、ない。
実戦と訓練では違う。私も勝つために取れる手段は幾つかある。
だが、それは名人氏も同じだ。伝説のネットバトラーである彼が一体どれほど隠し札を持っているというのか。
『エール。オ、オデハ、勝ツツモリ、ダゾ』
「ふふ。意欲はジャンクマンの方が強いですね。ジャンクマン、エールを引っ張ってあげてください。エールはどうも、勝利を求める気持ちが足りないようなので」
『ワ、分カッタ。任セロ、ヒメサマ』
『うむ、うむ。オペレーターをナビが引っ張る関係というのもよろしかろう。これまでナビを操ることのなかったエール殿であれば、尚更ですな』
……どういう訳か、ジャンクマンはプライド様たちと随分打ち解けていた。
というかちょっと待ってほしい。これでは私が問題児みたいではないか。
「レヴィアにアイリス。貴女たちも、ここまでエールとジャンクマンの訓練に付き合ってくれてありがとうございます」
『感謝されるようなことでもないわよ、プライド。私はいつも通り好き勝手やってるだけだから』
『え、えっと……はい』
レヴィアはいつの間にかプライド様に対して呼び捨てになっていた。初めて聞いた時、驚愕のあまりコーヒーを吹き出しかけた。
プライド様は気にしていないようだが、私が何か唆したと思われていないか不安だ。
対して、アイリスはプライド様へはまだ人見知りというか、距離を置いている。
それでも、この数日である程度話すことが出来ていることが珍しいのかもしれないが。
「今日一日はしっかり休むと良いでしょう。それとも……今日も稽古を?」
「休むと断言はしています。今日やったら明日間違いなく持ちません」
私の体力にも限界があるのだ。そして、その限界が他者よりも低いことなど自覚している。
その誰かを基準としている稽古を大会前日まで何時間も続けられればどうなるか。分からない名人氏たちでもない筈だ。ない筈だと思う。ないと思いたい。
『ム……プライド様、会議のお時間が迫っておりますぞ』
「あら、もう? ありがとう、ナイトマン」
戦場としていたパソコンからナイトマンをプラグアウトさせ、プライド様は外出の準備を始める。
こうしてそれなりに時間を作ってもらってはいるが、やはり忙しいようだ。
聞く限りではアメロッパの大統領をはじめとした各国の重鎮がそろい踏みらしい。一体何をしているんだか。
「連日ですね、その会議」
「ええ。今日で話を纏めないといけないので、踏ん張りどころです」
「はぁ……えっと、頑張ってください」
どうやら本日が、連日の会議の正念場であり何かの落としどころを決める重要な日らしい。
私が関われる話ではないだろうし、深入りするつもりはない。
ただ――それでも、気疲れが見えているプライド様に掛ける言葉はある。勿論、確固たる信念をもって。
「――プライド様。何か困った事があって、私が手を貸せることであれば何でも言ってください。手遅れになるよりも前に。私は、何があってもプライド様の味方ですので」
「……はい。その時は、頼らせてもらいます」
ゴスペルの時――ネットマフィアを利用して、オフィシャルを利用して、それでもクリームランドを、そしてプライド様を逃れ難い現状から引き離そうとした。
平穏が欲しい。それは事実である。出来ることならば、何もないのが一番だ。
だが、いつでもあの時と同じように、使えるものを全て使ってプライド様を助けようという気持ちはある。
オフィシャルを使おう。各国の知り合いを使おう。ウラだって使おう。
各国で何が起きていようとも、私はプライド様の味方である。
「今は、大会に全力で挑むことを考えてください。全ての選手が健在の上で、両大会が閉幕することを、わたくしは望んでいます」
「……分かりました」
そう言われると、負けるだろうと思っても口には出せないな。
仕方なく、そしてあっさりと私は己の意識を切り替える。
少なくとも一回戦のその先を考えておくくらいの、ポジティブな気概は持っていた方が良いだろう。
名人氏が、私たちの万が一すら許さない実力の持ち主だったとすれば、それ未満の勝機を見出そうとしてみるのも悪くないかもしれない。
それはあまりにも私らしくはないが――毒を食らわば皿まで。
いっそのこと、必要な限りはとことん私らしくなく、やってやろう。
「エール、変な方向に吹っ切れていませんか?」
「気のせいかと」
「あまり羽目を外し過ぎるようなことはしないでくださいね、エール・ヴァグリース」
苦笑しつつ、支度を整えたプライド様。
――今更だが私の私室に来るのは大丈夫なのだろうか。
プライド様が宿泊しているのは上の階のロイヤルスイートだが、ここは一般客用の部屋だ。
選手の殆どが宿泊しているほか、当然ながら観客も相当数いる筈。
そんな部屋の一つに一国の王族がいるという状況は割と異常ではないか――そんな疑問を察したのか、口に出していないにもかかわらずプライド様は答えてくれた。
「代表の慰問は当然のことですよ」
そう言って、プライド様は部屋を出ていく。
どうやら部屋の外に護衛はしっかりと待たせていたらしい。なら……まあ、安心か。
『さて。残る時間はどうするの?』
「フォルダとナビカスの微調整。それ以外は、今日は余計なことはしないつもりだよ」
『まあ、懸命ね。何もしなければ何も起きない。厄介ごとを回避する最高最善の方法よ』
ホークトーナメントが終わり、クリームランドに帰った後。
日本で起きたことをレヴィアに話した結果、最初に帰ってきた言葉は、私が散々光少年に思っていたことだった。
――エール。貴女、呪われてるの?
呆れ、怒り――多分アイリスを巻き込んだことに対するもの――、そしてほんの僅かな心配を含んだ言葉。
流石に異常であるとレヴィアも思ったのだろう。
今のアドバイスも、ほんのちょっとした、彼女の気遣いのようだ。
確かにその通り。今日はこの部屋で明日に向けて少しでもフォルダを洗練させよう。
そう思った矢先――一件のメールが届いた。
『……』
『……』
『……?』
レヴィアとアイリスの小さな溜息に、ジャンクマンが首を傾げた。
この二人はメールの中身も確認していないのにどうして何かを察したような反応なのだろうか。
プライベート用――つまり、知人との連絡に使うメールアドレスに届いたメールだ。
依頼用の方でないだけ安心できるのだが……。
二人の予測を裏切ってくれないものかと思いつつPETに目を向ける。
メールの差出人の欄に書かれた『伊集院炎山』の名を見て、暫し目を瞬かせた。
随分と珍しい名前だと思いつつメールを開いてみれば、部屋に来てほしいという旨の簡素な一文があるのみ。
既に二人の日本代表――光少年と伊集院少年がやってきていることは知っている。
軽い挨拶も済ませているが、何事だろうかと首を傾げているうちに、続けてオート電話がやってきた。
――グレース嬢だ。ひとまず伊集院少年のメールより電話の方が先かと、それに出る。
『どうも、ヴァグリースさん。お元気ですか?』
「一応元気ではあるが。どうしたんだい? 別件があって少々手が離せないんだが」
『ああ、それはすみません。今さっき、炎山く――伊集院選手からメールが届いたと思うんですけど、もう確認ってされてます?』
「しているよ。別件というのはその話だったんだが……キミとも関係しているのかい?」
私の問いに肯定すると、PETの映像共有を求めてくる。
それを許可してやれば、数日前に会った時と同じように変化の乏しい表情のグレース嬢が映り、軽く頭を下げた後、PETを移動させたように画面が動く。
ここと同じホテルの一室。そしてソファに座る光少年と、ベッドに腰を下ろして難しい表情を浮かべている伊集院少年がいた。
『こういう状況でして』
「まったく訳が分からない」
状況を理解させる気があったのか? 今のに?
グレース嬢に何かこう、独特のセンスがあるのは察していたが、ここまで来ると追いつけないぞ。
『えっとですね。つまり先のメールは特に下心があってのお誘いということではなく、真剣な話があってのお願いということです』
「前者の疑いなどまるで持っていなかったんだが」
『それはそれで問題だと思いますけど……いえ、今は良いです。大会の前日でそちらもお忙しいとは思いますが、非常に大きな問題が発生しています。手練れのデバッガーたる貴女の手をお借りしたく』
「……伊集院少年の部屋に向かえばいいんだね? つまり、仕事が出来る物を持って」
『はい。詳しい話は、そこで』
手短に電話を終える。
パソコンを見てみれば、呆れた視線を此方に向けてくるレヴィアとアイリス、それからやはり理解していなさそうなジャンクマンが並んでいた。
『日本でお祓いでも受けてきたら?』
『れ、レヴィア……その時に、また事件に巻き込まれるんじゃ……』
『……あり得るわね』
だいぶ達者になってきたアイリスの言い分に、私は言い返せる自信がなかった。
大会前最後のイベント。
ラウル氏とは以前面識あるし、彼の部族に古くから伝わっているプログラムにも作用するなんか凄い呪文とかはやらないです。
本話での呪い云々はその代わりです。嘘です。