バグのかけらをひたすら集めるクリームランド在住のデバッガー   作:けっぺん

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ゼロの残響-2 【本】

 

 

 ノートパソコンを含め、幾つかの仕事道具を適当に纏めると、私はそれを持って部屋を出た。

 レヴィアとアイリス、それからジャンクマンには、とりあえず部屋の電脳世界で待たせてある。

 何が待っているかは知らないが、必要があれば呼ぶことにしよう。

 エレベーターで伊集院少年の部屋がある階へと向かう。

 光少年がいる理由は……まあ、友人であるのだし分からなくもない。

 だが、グレース嬢がいるのはどういう理由か。何か、彼らの一回戦に関わるようなことか?

 その部屋の前まで辿り着き、扉を叩く。

 すぐに、中でばたばたと音がして、程なくして光少年が扉を開けた。

 

「あぁ、エールさん……ごめん、大会前日に」

「まあ、忙しくはあったが何やら緊急のようだったからね」

 

 部屋の主ではないが、伊集院少年は取り込み中だろうか。

 入室の許可を貰って部屋に踏み込む。

 

「どうも、ヴァグリースさん。ご足労いただき感謝です。僕じゃどうにもならない問題だったんで、貴女が同じホテルにいて良かったですよ」

「私がどうにか出来るかは、何も聞かされていないから知らないんだがね。一体何があったんだ?」

 

 ソファに座ってぺこりと頭を下げてくるグレース嬢。

 そして伊集院少年は――相変わらず、ベッドに腰掛けて俯いたままだ。

 彼にしては珍しく、ひどく動揺している様子だが、一体何が――

 

「――」

 

 部屋に入ってみれば、自然と目に入るものがあった。

 テーブルの上に置かれた、伊集院少年のものである赤いPET。

 そして――その隣に置かれているのは、一枚の黒いバトルチップ。

 一体ここ一ヶ月で何度これに関わりかけただろう。それらを極力突っぱねて無関係であり続けてきた、闇のチップがそこにあった。

 

「……伊集院少年?」

 

 声は返ってこない。

 一つ、思い浮かんだ猛烈に嫌な予感を、出来れば否定してほしいと思いつつ彼のPETの画面に目を向ければ、ブルースはスリープ状態に入っていた。

 継続実行されているのは強制スリーププログラム。

 つまり、今、伊集院少年は己が何より信頼しているだろうブルースを強制的に眠らせておかないとならない状況にある。

 では、それは何故か。――問うまでもない。その答えは、ここにあった。

 

「……使って、しまったんだ」

 

 ぽつりと、疲れの滲んだ声が零れた。

 少しだけその声は掠れている。どうしようもないほどの後悔が、そこにあった。

 

「……。代償を理解していなかった訳ではあるまいね?」

「――仕方なかった。あの時は……ああするしか、なかったんだ」

 

 彼は若いとはいえ、オフィシャルの中でも突出した実力を持っているのは最早思い返すまでもない。

 だからといって精神が成熟している訳ではない。それもまた、当然のこと。

 であれば、彼はダークチップの誘惑に負けることもあると言えるか。

 ――否だ。少なくとも彼は、並のオペレーターたちのような理由では決してこれを使うことはあるまい。

 

「……五百体。ネビュラのナビ、五百体を相手に生き延びるには、この力に頼るしかなかった」

「それだけの数をブルース一人で殲滅しようとしていたと?」

「ウラにある、ネビュラのダークチップ流通拠点。内部のナビは五十と目されていた。だが、罠だった。プラグアウトも出来ず……オレは、咄嗟に、使ってしまった」

 

 五百体のネビュラの兵。確かに、絶望的な数と言える。

 既にバトルオペレーションに入っており、プラグアウトも出来ない状態だったブルースが生き延びるための唯一の手段。

 それこそが、彼らへの闇からの囁きだった。

 結果としてプラグアウトは叶ったものの、たった一度、ダークチップを使ってしまった――と。

 

「ブルースの状態は?」

「今は眠らせているが……オレのオペレートを受け付けない、暴走状態だ」

「たった一度でそんなことになります?」

「普通は一度の使用、そして数日やそこらではそこまでダークソウルの侵食が進むことはない。考えられる原因としては、このダークチップが特別なものだったか、使った場所にあった大量のダークチップが誘発してブルースに作用したか」

 

 まあ、原因などどうでもいい。

 この場ですべき――というか、求められているのはそれではないだろう。

 

「え、エールさん……ブルースをどうにか、出来るよね?」

 

 求められているのは即ち、ブルースを正常な状態に戻すこと。

 

「僕も出来る限りの手伝いはしますよ。時間がないのは分かっているので」

「――ところで、グレース嬢。キミは何故ここに?」

「先程、彼から連絡が来たんですよ。大会は棄権するって。一回戦の相手だから僕に寄越して来たみたいです。で、ちょっと許容できないので来ました」

「許容できないとは? 不戦勝で二回戦に進めるというのに」

「勝ち進めるなら勝ち進めるで良いんですけどね。ただ、ブルースがこの状態で大会から脱落するのは困るんですよ」

 

 よくわからないが……彼女も、伊集院少年がこのまま棄権するというのは許容できないという訳だ。

 ブルースが復帰し、無事大会に出場する。

 それは、私としても望ましいことではある。だが。

 

「……ダークソウルを完全に抑え込むまで、耐え続ける。数ヶ月もすれば、元に戻る可能性はある」

「……それじゃあ、明日の試合に間に合わないよ!」

「だから、そう言っているんだよ、光少年」

 

 空いたソファに腰掛け、諦めきれないといった様子の光少年に目を向ける。

 彼は友人として、ライバルとして、彼と決勝戦で戦う光景を思い描いていたのだろう。

 決勝戦を前にして中止になったN1のやり直し。

 その機会がダークチップのせいで失われることなど、あってはならないと思っている。

 

「ああ――キミの認識が甘いのは私の責任だな。いいかい、光少年。これが本来の、ダークチップを使った代償なんだ」

「――――」

「一番手っ取り早い方法を教えようか。ブルースをデリートしたまえ」

「なっ……!」

「それから、ダークチップ使用前のバックアップに戻せばいい。伊集院少年ほどのネットバトラーがバックアップを残していない筈がないだろう? ダークチップの影響がなく、ブルースにそれを使ったという記憶も残らない、一番遺恨の残らない方法だ」

「そんなこと出来るわけないだろ! エールさん、ナビを何だと思ってるんだよ!」

「プログラムだよ。家族、相棒、道具、オペレーターにとって扱いなんて異なるだろうけど、全てのナビが自覚していること――」

「はいそこまで」

「っ!」

「冷たっ!?」

 

 憤るのは分かる。だが、それは紛うことなき事実だ。

 そう告げようとしたところで、頬に触れた異様な冷たさに、思わず言葉が止まる。

 

「熱斗くん、熱くなり過ぎです。事が事なので多少は仕方ないですが、女性に手を上げかけるのは如何なものかと」

「けど――」

「あくまで方法の一つでしょうに。ですよね?」

「キミ、手冷た過ぎないか?」

「冷え性なので」

 

 私と光少年に当ててきた手を引っ込めつつ、グレース嬢はあっけらかんと言う。

 別にまあ……それで激昂するならそれでも良いとは思っていたんだが。

 どうあれ、現実を知る以前に私が抜け道を使って乱用していた様子を見て、もっと軽度なものだと思い込んでしまった訳だし、それは私の責任だ。

 

「明日までにダークソウルを克服するというのは、無理ですかね?」

「前例は知らないな。オペレーターとのシンクロを介した呼び掛けで比較的早く抑え込むことは可能なようだが、暴走状態でのシンクロというのはまず無理だ」

 

 そもそも、闇に染まったナビと精神同期を行うというのは非常に危険だ。

 ともすれば、パルストランスミッションでの事故と同等以上に、精神への被害が出かねない。

 

「……やはり、大会は諦めざるを得ないな」

「炎山!」

「今はブルースを元に戻すことが先決だ。この状態では、オレがまともにオペレートすることもままならん」

 

 ――それが妥当だろう。

 時間を掛ければ取り戻せるものなのだ。気負うことは大切だが、一朝一夕での解決を目指すのは良くない。

 ひどく後悔している彼であれば、これ以上ダークチップに誘惑されることなく、ブルースと真摯に向かい合うことが出来よう。

 完全にダークソウルに呑まれている訳ではない。それだけまだ、希望はあるのだ。

 

「そういう訳だ。今回は逃げる訳ではないが、お前に――」

 

 その時だった。

 

『――ォ、おおぉぉおおおおおっ!』

「ッ、ブルース!?」

 

 部屋に響き渡る咆哮。

 強制スリーププログラムが停止――否、解除され、ブルースが覚醒した。

 PETを手に取り再実行しようとする伊集院少年。

 だが、それよりも先にブルースは単独でPETの機能を使用する。

 そして――部屋に備えられたホテルのパソコンに、飛び込んでいく。

 

「ブルース単独でのプラグインだと……!?」

「――普通は不可能だな。ネビュラに何か仕組まれていたか。ブルースは何処へ向かっている?」

 

 ダークチップに本来、そのような権限を越えた行動を強制する効果はない。

 使用した際、辺りにいたというネビュラのナビが何か仕掛けたという可能性が高いだろう。

 であれば、今向かっているのは連中がいる場所――

 

「……ウラインターネットだ。ッ……ブルースとの通信が切れた。恐らくは、先のネビュラの拠点だ」

 

 ――当然、ウラとなる訳だ。

 

「ヤバいじゃん! 今すぐ連れ戻さないと!」

「……そうだな。ダークソウルはどうあれ、ブルース自体を連れ戻さないとどうにもなるまい」

 

 ダークソウルを消し去ることは出来ない。

 だが、これに関しては手伝うほかあるまい。この中で最もウラに通じている大人である以上、無視する訳にもいかない。

 

「っ……すまないが、力を貸してくれ」

「ああ! エールさん! それから、グレースも!」

「連れ戻すまでだ。そこから先の面倒は、残念だが見られないぞ」

「僕も手伝うのは全然良いんですけど、その前にちょっとお待ちを」

 

 部屋の入り口の方まで歩いていったグレースは、オート電話を掛け始める。

 相手は誰か、というのは彼女の口からすぐに判明した。

 

「ライカくん、今何してます? ――ああ、ちょっと。切らないでください。真面目な用件です」

『――――』

「ああ、例の……ならちょうど良いです。それ終わったら付き合ってください……待って、まだ切るのは早いです」

『――――』

「――ええ、はい。ネビュラ関連です。急を要しているのでこっち優先でも構いません。あとで僕から説明するので」

『――――』

「状況が分かってないのでまだ何とも。必要があればサインを送ります。それまで待機でお願いします」

 

 ライカ少年との電話だったらしい。今繋がって早々に切られかけていなかったか?

 

「お待たせしました。保険を掛けてきましたので、これである程度安全にはなったと思います」

「ウラである時点で安全なんてないがね」

 

 急ぎの事態だ。ビーストマンを呼んでいる時間はないな。

 それに、ロックマンに加えてブルースとも関わる――というより、ブルース奪還という目的など流石に、素直に頷くまい。

 ――此方に招いておいてよかった、と思いつつ、私はレヴィアに連絡を寄越す。

 こんな事情であれば、ウラの歩き方を知っている護衛はいた方が良い。

 

「炎山! ブルースが向かった場所、心当たりがあるんだろ? 案内頼むぜ!」

「……ああ。場所はウラでもかなり奥の方だ。幾つか、厄介なアクセス制限があるが……」

 

 チラ、と此方に視線が向けられる。

 ……あまりこうした、アクセス権の乱用はすべきではないが、今回は仕方あるまい。

 

「全部が開ける訳じゃない。最悪、不正アクセスも覚悟したまえ」

 

 ウラランクは即ち、ウラにおける最上位のアクセス権限だ。

 一部、セレナードしか開けない光のカーテンで封じられた場所は存在するものの、それ以外の大抵のセキュリティドアはウラにある限りは開けることが叶う。

 無論、悪用は厳禁だが。ネビュラによる犯罪を止めるためとでも言っておけば、セレナードも渋い顔をするだけに留まろう。

 ……ウラが絡むなら、ジャンクマンは置いていった方がいいな。彼はまだオモテしか知らない筈だし。

 エールハーフを実行する。

 ――まさか大会前日にまでネビュラと関わることになるとは思わなかった。これは……誰の不幸だろうか。

 

「では、行くぞ」

 

 ――作戦開始。

 日本、シャーロ、クリームランドの共同戦線だ。




Q.踏み込みプラグインは?
A.拙者オカルトはちょっと……。

ダークチップが絡む貴重な大会シナリオ。
自分を棚に上げていますが、それで誤った理解を与えてしまったゆえの割と本気のお説教。
貴重な外装にはしっかり影響が残って使い捨てになるし、中毒で壊れたナビは山ほど見てきているので、抜け道は使っていても危険性は分かっているのです。

という訳でブルースを助けるための三国同盟+レヴィア。
過剰戦力? ナビ五百体とか言われたらそりゃ警戒するでしょう。
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