バグのかけらをひたすら集めるクリームランド在住のデバッガー 作:けっぺん
そこから先は、ネビュラが無断利用しているエリアだった。
ある程度管理はされているようで、中にウイルスが溢れているようなことはない。
その辺り、その外よりは歩く分には安全といえた。
だが、警報が鳴っている以上中にいる連中に異常事態が発生していることは筒抜けである。
当然のように、対処に向かってくる哀れなナビたちが走ってくる。
『いたぞ! 侵入者だ!』
『全員デリートし――』
口上を最後まで言わせてやるという情は、残念ながら先頭を行く歌姫には通用しない。
ソードを構えて突っ込んでくるナビを突き刺して黙らせ、その後方でボムを投げて援護しようとしていた者についでのように氷弾を放って頭を飛ばす。
連中がウイルスを召喚すれば近付く前に水流でナビ諸共押し流し、まるで障害でもないかのように歩いていく。
『ネビュラ団員、前方でウイルスを多数召喚し、待ち構えている様子。数は百を超えて――』
『ふっ――』
『――ゼロになりました。暫く安全です』
ギャラクシーマンの報告が終わる前に大きく槍を振るったレヴィア。
次の瞬間、前方にあったらしい広場に水が噴き上がった。
ウラという世界であっても、これほどの蹂躙がまかり通ってしまう実力。
そんな、電脳世界において幾らでも存在する理不尽の一つがこの歌姫なのだ。
「……なんかさ、オレたち、いる意味ある?」
「大いにあるよ。レヴィアが楽しみ始めたら護衛がいなくなるんだから」
『愉しい輩がいるとも思えないけどね、こんな退屈な場所に』
ここまで、私とギャラクシーマンがデリートしたナビ、ウイルスは堂々のゼロ。
ロックマンも十を超えたかどうかというレベルである。
連中も、腐ってもネビュラの構成員だ。ウラの拠点に配置されている以上、並以上の力は持っているのだろう。
だが、何も考えずに突っ込んでくるばかりでは、彼女にとっては数にもならない雑兵以上にはなれない。
「……想定外の強さだが。これなら最深部までもうすぐだ。だが、相当の数が待ち伏せしていると考えられる」
「だそうです。どうです? ギャラクシーマン」
『……確認しました。最深部にネビュラ団員と見られるナビが十七体。また、ブルースが拘束されております』
「っ……」
ギャラクシーマンは早くも最深部の状況を確認したらしい。
ナビが十七体――それはまあ、注意はすれど脅威ではないだろう。
だが、ブルースが拘束されているという以上あまり無茶な動きを出来ないのも事実か。
『……レヴィア。今回の目的はナビの奪還だ。そこは配慮してくれ』
『善処するわ』
『言っておくが、それは言い逃れのための言葉ではないからね』
『生憎だけど知っているのよ、それ』
……不安ではあるが、こう言い付けておけば彼女も考慮はするだろう。
そうしてレヴィアが辺りのナビを片付けている間に、私たちでブルースを奪還すれば良い。
方針を定め、少しだけ静かになった通路を進んでいく。
レヴィアには遠慮も警戒の様子もない。
我が物顔で歩き、やってきた者から撃滅していくというだけ。
やがて、私たちにも見えるようになってきた。
最深部の広場で待ち受けるネビュラのナビたち。
そしてその奥にいる、特殊な拘束プログラムで縛られたブルース。
ネビュラ団員たちがこれ以上近付いてくるつもりはないようだが……。
それ以上の襲撃もなく、広場に踏み込めば、ブルースの傍に立つ責任者であるらしいナビが笑い声を零す。
『クク……よく来たなネズミ共……というには暴れすぎているな。だがそれもこれまでよ』
『ネビュラ、ブルースを返してもらうぞ!』
『まあ待て。もう間もなく、ダークソウルがブルースの全てを支配する。その時こそ、最強の殺戮兵器、ダークブルースが誕生するのだ!』
――ダークソウルはまだブルースを侵食し切ってはいない。
それは吉報ではある。だが――また別の、まったく別の嫌な予感があった。
辺りに殺気を振りまくこともせず、レヴィアが妙な表情でブルースと、高説を垂れるナビを交互に見ているのだ。
「そんなことさせるか! ロックマン、バトルオペレーションだ!」
『うん! まだ完全じゃないなら、ブルースを助けられる!』
『そう焦るな。一つ、貴様たちに教えてやろう。確かにダークソウルの侵食はまだ完全ではない。だが――こやつは既に貴様らを忘れた暴走状態だ。そうなるよう、とびっきりの毒をたんまりと仕込んだからな』
『毒……?』
――まさか、と焦燥がつのる。
私の考えていることが事実であった場合、今から私は何をすべきか、と。
或いは、ブルースを連れ帰ることすら諦めざるを得なくなる可能性。
そこまで愚かなことなど、流石のネビュラもしないだろうという願望を――そのナビは、当然のように否定した。
『我々が奇跡的に手に入れた、ナビすらも侵す超強力な毒――ゼロウイルスの生き残りよ!』
『――――!』
『レヴィア!』
ナビが掲げた、ブルースに使った残りだろうデータが氷に貫かれる。
槍から伸ばされた氷柱はデータを完膚なきまでに消し飛ばし、持っていたそれが消えた手をナビは呆然と眺めている。
――不味い。未遂だったならこれで終わるだろうが、既に事は済まされている。
『なっ……!?』
『落ち着けレヴィア、アレの言うことが真実だったとしても、それはヤツの管轄から外れた残り物に過ぎないんだ』
『――二度言わないわ。離して、エール』
失態を悟った。ここにレヴィアを連れてきたことは、失敗だったと。
いつもより少しだけ大きく目を開いたレヴィアは現在進行形で衝動を抑えていると一目でわかる。
このまま私が彼女の肩を掴んでいれば――その槍が此方に向けられることもまた、察することが出来た。
それ程までに、今の彼女が他を捨ててでも優先すべき事態が、起きている。
『おのれ、我がゼロウイルスを……! かくなる上は!』
この状況でブルースの奪還を可能とする唯一の手段。
それを此方の考えなど知らないままに、ネビュラは取った。
『行け、ブルース! 奴らを排除するのだ!』
『ゥ、オオオオオオオォォォ!』
縛めが解けたブルースは、一つ咆哮するとその武器であるソードを闇色に染め、突っ込んでくる。
それを見て私はレヴィアを掴んでいた手を離した。
刃と刃がぶつかり合う。不味い事態ではあるが――これが唯一だ。
今、この場でブルースが解放されなければ、その胸をレヴィアが貫いていたのだから。
『――何をしているのよ、こんなところで。もう体は消えたじゃない。なのに私の中以外に生きた証を残すなんて、“貴方らしくない”じゃないの?』
『――ォォォアアアアアアア!』
辺りにいるナビたちも、到底手出しが出来ない激突。
一秒の間に幾度も打ち合う刃は、しかし互いへの傷には至らない。
「ブルース!」
「え、エールさん、レヴィアを止めないと! ブルースと戦いに来たんじゃないぞ!」
「……止めるなら、ブルースの中からゼロウイルスを消滅させる。そうでないと、レヴィアは止まらん」
ダークソウルが一定以上に侵食しているからか、ダークチップに匹敵するほどの闇の力を連続して振るうブルース。
それに対して、レヴィアは一切劣ることなく真正面から槍をぶつけている。
どうにもならない、というのが本音だ。
今のレヴィアをブルースから引き離すことは出来ない。
ブルースの中にある、レヴィアのかつての執着の残り香を消滅させない限りは。
「ゼロウイルスって……?」
「……ナビを侵食し、暴走させる特殊なウイルスだ。既に絶滅した筈なのだが……生き残っていたとは」
それは昔、私がレヴィアと出会った時に対処したウイルス。
その母体である強大なウイルスは既にデリートされた。そして、“彼”を発生源としていたあのゼロウイルスも絶滅した筈だった。
残っていたのは、予想外だ。そしてそれがデリート出来ないナビに感染したという状況は最悪にも程がある。
「……レヴィアはそのウイルスに因縁があってね。このままだと不味いな――」
「なら、止めやすくはしておきます? 辺りのナビの片付けなら出来ますけど」
「頼む。完全な対応が可能なワクチンは持っている。ブルースに近付けさえすれば、ゼロウイルスはどうにか出来るが……」
まさかあのプログラムをまた持ち出すことになるとは思っていなかったものの、PETに入っていたのは幸運だった。
ゼロウイルス用のワクチンは作成済みだ。ブルースに打ち込む隙さえあれば、何とかなる。
その隙というのは、レヴィアとブルースを同時に止めて、どちらが優勢になることもなく近付くことが出来る状況である。
そんな状況を作る以上、周囲のナビという不確定要素は減った方が良い。
「了解です。……ライカくん、合図送るので、五秒でお願いしますね」
今、辺りのネビュラ団員はレヴィアとブルースの戦いの様子を見て、動揺している。
そんな彼らを浮遊したギャラクシーマンが上方からライトを当てた。
『……? なんだ――』
それは、ブルースを解放した管理者のナビも例外ではなかった。
ギャラクシーマンを見上げたナビたちの隙は、シャーロの軍人に対しては大きすぎるものだった。
『ギャッ!?』
『ゥ――!?』
『ゲッ……』
合計十七発。どこかから連続で放たれた弾丸は、一発残らず標的に命中した。
私たちと、そしてレヴィアとブルースを囲むネビュラのナビたち十七体。
それらがほぼ同時にデリートされ、一気に戦場が広くなる。
「……今のって……」
「外で待機していた協力者です。あとは、ブルースに集中しましょう」
――サーチマン。その実力を図らずも確認することが出来たな。
礼を言いたいところだがライカ少年はここにはいない。ひとまず、今はレヴィアとブルースが先決だ。
『グォォオオオオオオオオアアアアアアア!』
『そうよ、必死にぶつけてきなさい。私にその全部を!』
……アレに近付くのか。気が乗らないというか、普通に死力を尽くす覚悟が必要だな。
殆ど口には出さず、過去のものだと明言して、割り切っていても、目の前にそれが再び現れた以上、彼女は全力でそれと対峙する。
かつて――私がまだ彼女を知らなかった頃。
ゼロウイルスを撒いた張本人たる一体――否、一人のウイルスに、レヴィアはひどく執着していた。
どちらも生き残るという選択肢は存在しない。どちらかがもう片方をデリートするまで終わらない戦い。
どのような形であれ、レヴィアはそれに勝利して、彼をデリートした。
である以上、ゼロウイルスが残っているなど許されない。彼女は彼の痕跡全てを、既に過去と判断しているのだから。
『ねえ――ゼロォ!』
振り下ろされた槍をソードが受け止める。
辺りに迸った水流を、ブルースが放つ闇の奔流が相殺する。
圧倒的な力同士の激突による爆発を至近距離で眺める――それだけでも勘弁だというのに。
……やるしかないか。かつてのように偶然という訳ではない。
ここまでレヴィアという存在と共に過ごしてきた身として――この戦いに介入してやろうとも。
・ゼロウイルス
外伝作品たるトランスミッションに登場するウイルス。
ナビにも感染し、暴走させる機能を持つ。その性質はエグゼシリーズにおける一般的なウイルスではなく、現実のコンピュータウイルスに近い。
一つの母体から発生し、その端末として広がり母体に情報を返す性質がある。
トランスミッションではWWWの残党が関わっているゼロウイルスの一件だが、本作では本編開始の数年前に発生した事件が由来しているという設定。
母体のデリートによってその事件が収束し、ゼロウイルスも全滅したと思われていたが、生き残っていたものがブルースに注入された。
ちょこちょこと触れていたエールとレヴィアの過去について、少しだけ掘り下げ。
少しと言いつつほぼほぼ核心のようなものですが。