バグのかけらをひたすら集めるクリームランド在住のデバッガー   作:けっぺん

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開幕、レッドサントーナメント 【本】

 

 

 レッドサントーナメント当日。

 開会式を終えた後、選手たちが集まる控室で私は缶コーヒー片手に一息ついていた。

 ホークトーナメントとは違い、ここにあるモニターからは試合の様子を見ることが出来る。

 少なくとも他の選手の戦法を観察し、次の戦いに備えて対策を取ることは、当然とのことらしい。

 

 昨日、ブルースの一件を済ませた後、出来る限りの時間をジャンクマンとフォルダの調整に当てた。

 まだ私が彼のオペレート、そして戦い方について完全に理解できている訳ではない。

 ゆえに、その状態で最も有効だろう戦法を組み上げた。

 ジャンクマンの動きは最低限。

 それでいて、チップの使用や相手の迎撃など、指示が必要な部分については可能な限り、私が――エールハーフが使う場合と感覚がさほど変わらないように。

 彼の特性を戦いの基本に組み込むことで、そうした戦法は可能となった。

 今の私たちにとって、最も勝率の高い戦法と言えるだろう。

 戦いの“魅せ方”についても一家言あるレヴィアにもお墨付きは貰えた。――二度目は飽きられるとも言われたが。

 

「……しかし」

『……? エール、ドウシタ?』

「名人氏の姿が見えないのが、気になってね」

 

 開会式の時も、そして第一試合が行われている現在も、一度として名人氏の姿を見ていない。

 本来はこの時点で失格になってもいいとの事だが、そこはそれ。

 流石に名人氏が顔を出さないのはおかしいのではと言ってみれば、一応この第二試合を一回戦の最後に持っていくという形で譲歩が行われた。

 ようは、本来第四試合が行われる筈の時間までに名人氏が会場に辿り着かなければ、不戦勝ということになる。

 何が起きたかは知らない。

 運営も名人氏に連絡がつかないようで、私もここ数日について聞かれている。

 二日ほど稽古をつけてもらったものの、結局連絡先は貰っていないし、昨日一日は会っていないので何をしていたかも定かではない。

 それについては私も運営に事情を話しているし、昨日それどころではなかったことはブルームーントーナメント側の伊集院少年たちの証言もあって確認は取れている。

 私としてはこの時点でこれ以上の判断材料がないのだが――あの名人氏に限って、何の連絡もなく棄権するなどあり得るだろうか。

 

 そんなことを考えつつも、第一試合を細部まで眺めている自分がいた。

 不戦勝などあまり良い目では見られないだろうが、そうだとしても、それで勝ち上がった場合この試合の相手が私の二回戦での相手となる。

 あまり望ましい展開ではない。

 しかしあり得てしまう展開として、私の意識は次に移っていた。

 このまま名人氏を懸念していても私にとって有益にはならない。

 であれば、今しか手に入れることの出来ない情報に意識を向けるべきだ、と。

 

「キミも他の戦い、よく見ておくといい。その動きにどう対応するか、イメージを立てておくのは大事……だと思う」

『ワ、ワカッタ』

 

 戦いが拮抗すればするほど、それを観察できる時間は長くなる。

 とはいえ今回は――あまり長引くことはなさそうだな。

 何事もバランスが良いが特筆すべき部分はない――世界大会では全てが高水準であるということなのだが――ナビと、速攻型かつ火力に秀でたナビ。

 である以上、序盤の攻撃を防ぎ切れず防戦一方となってしまえば、覆すのは難しい。

 ジャンクマンは速度において、彼にはどうあっても勝てない。それは、現時点で彼にも分かっている筈だ。

 結局のところ、途中何度かの反撃を見せつつも、防戦となったナビは流れを変えることが出来なかった。

 

『デリート! スラッシュマン、華々しく勝利を飾りました!』

 

 ――アジーナ代表、パクチー・ファランとスラッシュマン。

 彼女があの時、ゴミ捨て場の調査に駆り出されたのは、彼女が代表の有力候補だったということもあるらしい。

 ジャンクマンが起こしていた事件を終えた後、危なげなくその座を掴んだとのことだ。

 あのゴミ捨て場で一度ぶつかっているジャンクマンだが、あの時はまだ彼も戦い方を知らなかった頃。

 あれから一週間強。彼も大きく成長している。

 戦うことになったとして、厳しい相手であることは変わりないが、決して勝ち目がない訳でもない――私はそう信じている。

 無論、それは一回戦をどういう形にせよ、勝ち進むことが出来ればの話なのだが。

 控室に戻ってきたファラン氏には、緊張の色は見られない。

 料理人という形で王族とも関わってきた、ある意味の大物だ。この程度何でもないということだろう。

 

「やあ、お疲れ様。一回戦突破おめでとう、ファラン氏」

「ああ、ありがとね。初戦で負けていたらアジーナの皆に示しがつかないってもんだよ」

 

 テーブルを挟んで反対側に座るファラン氏。

 選手同士の会話は構わないとのことだったが、とはいえ少なくとも一回戦の前に気楽に話す者などいないというのが、このレッドサントーナメントの実情だった。

 第三試合――これから始まる戦いに向け、控室に入って早々に相手に殺気を送って部屋の空気を些か微妙なものにしたライカ少年。

 そして第四試合の、ほぼ間違いない勝者となるだろうアメロッパ代表のラウル氏は物静かで、ライカ少年とはまた別のベクトルでの近寄り難さを放っている。

 そんな彼らにその対戦相手はすっかり委縮し、結果私たちも静かに話さざるを得ない空間が生まれたのである。

 

「では、第二試合を最終戦に持っていくため、第三試合を開始します。準備をお願いします」

 

 次の試合を戦うことになる二人が控室を去っていく。

 哀れなるかな、ライカ少年とサーチマンという対戦相手を宛がわれた選手は怯えつつも控室を後にした。

 

「……名人、まだ来ないのかい?」

「みたいだ。運営も連絡が付いていないようだね」

「――ま、それならあんたが二回戦の相手になる訳だ。まさかジャンクマンと組んでいるとは思わなかったけど、いざ戦うとなると楽しみだね。たったこれだけの期間でどれくらい仕上がったやら」

「少なくとも、対戦相手に退屈はさせたくない、かな」

 

 このレッドサントーナメントの選手の中で、僅かでもジャンクマンの情報を持っているのはファラン氏だけだ。

 しかし、そこは卓越した腕前を持つネットバトラーであるファラン氏。

 まさかジャンクマンの力があの時のままだとは思うまい。

 決して油断のない相手――そんなファラン氏に、策が上手く通用するかどうか。

 

 それから先は、小さくファラン氏と会話しつつ、時が過ぎた。

 当たり前のようにライカ少年が勝利して。

 必然のようにラウル氏が勝利して。

 その後規定の時間になる直前、名人氏から大会の運営に電話が来た。

 

 ――曰く、アッフリクで弟子が起こした事件の対応に予想以上の時間が掛かった。

 アメロッパ行きの飛行機には乗っているが、到底間に合わないため、棄権としてほしい、と。

 

 何故、よりにもよってこのタイミングで、名人氏の弟子がそのような不祥事など起こしたのか。

 それは当事者でもなく、対戦相手としてそんな理由だけ教えられた私には知る由もない。

 ともかく、結局私はネットバトラーとしての初戦となる筈だった負け試合を戦うことなく、二回戦に駒を進めたのだった。

 

 

 

 二回戦が始まるまでおよそ一時間。

 私は不戦勝という結果に複雑な気分になりつつも、一度控室を出ていた。

 それは、話をしたいという人物が現れたため。

 そんな連絡が来たのは、私と、それからライカ少年。

 

「…………サーチマンに予測を行わせるまでもなく答えが分かるが、一応聞こう。大会はどうした」

「言うまでもなく分かっていると思いますが一応答えてあげます。しっかり負けてきました」

 

 言わずもがな――グレース嬢である。

 ブルームーントーナメント、シャーロ代表。ギャラクシーマンのオペレーターであり、一回戦で伊集院少年と当たった少女である。

 彼女は、大会における己の出番は早々に終わったとばかりに、此方の会場にやってきていた。

 

「此方はかなり早く一回戦が終わったのだが。よくこっちまで来る時間があったね。名人氏の棄権があったし、ライカ少年が試合を三分で決めたこともあって」

「まだまだですね。僕は二分で負けました――待ってくださいライカくん、言われた通りちゃんと戦った結果です、暴力反対です」

 

 今の良く分からないどころかまったく自慢出来ないマウントを聞いて、特にライカ少年に変化が表れたようには見えなかった。

 だが、グレース嬢は確かに何かを感じ取ったようで、彼女なりに慌てた様子で私を盾にした。巻き込むな。暴力反対というなら私で防御しようとするな。

 

「……それで?」

「ああ、はい。僕の試合が第一試合だったので、負けてからさっさとこっちに来たという訳です」

「その理由は?」

「ライカくんの応援のため……だったんですけど、ヴァグリースさんの不戦勝は予想外でした。なので二人とも応援しようと思います」

「……まあ、それはありがたいが」

 

 その、ついでであっても応援する対象に隠れて盾としているのは私はどうかと思う。

 

「お前にとってこの大会は、完全に娯楽のようだな」

 

 心底から呆れた様子のライカ少年。

 そう思われるのも仕方あるまい。国の代表として選ばれた、紛いなりにも軍人である者がここまで呑気だとは。

 しかし、グレース嬢はそんな溜息交じりの言葉を即座に否定した。

 

「そんな訳ないでしょう。誰より必死ですよ」

「……何だと?」

「ライカくん、優勝するのは勝手ですけど、試合で全力使い切らないでくださいね。最悪サーチマンを動かせる意識だけは残してください――ごめんなさい、今のなしで。五体満足気力万全で終わってください。えっと、そうですね……うん、たかが大統領の命令ごときでライカくんが使い物にならなくなると本気で困るので」

「――――」

 

 出会ってたった数日ではあるものの、それが普段の彼女の言動と違うというのはすぐにわかった。

 今見ているものが信じられないとばかりの表情を浮かべるライカ少年に、相変わらず感情の分かりにくい瞳をジッと向けているグレース嬢。

 これが公の場であればただでは済まない発言だった。

 それを知らないグレース嬢でもあるまい。

 

「……何を言ったのか分かっているのか?」

「ええ。こう言えば多少は本気に受け取るでしょう。ま、程々に頑張ってください。こんな大会で優勝する以上の“箔”、後で幾らでも付くんですから」

「……」

 

 難しい顔をしつつも、踵を返して控室へと戻っていくライカ少年を見送る。

 ……これは、私が聞いても良かったことなのだろうか。

 

「何があったのか、とは聞くべきではないかな」

「言いたいけど言えない。本当は喉を潰して叫んででも大勢に伝えたくはある、なのでこうして口も軽くなるってところですね。馬鹿げてます。狂ってます。もう何かこっちが狂いそうです」

「……キミ、焦っているのか?」

「焦ってますよ、そりゃあもう。ただ、今更もう別の選択肢を取ることは出来ないですからね。だったらまだ冷静さを繕って、私のやるべきことをやっていた方が良いというだけです」

 

 あくまでも淡々と、心情を吐露するグレース嬢。

 何か大きなものを彼女が背負っている。そして、それは大会後にライカ少年にも関わってくること。分かるのは、それくらい。

 その詳細は不明で、彼女の焦燥や恐怖の程を測ることは出来なかった。

 

「……貴女も、程々に頑張ってください。ライカくんを倒してあの過剰な自信を叩き割ってくれるなら、それでも良いです」

「…………まあ、善処しよう」

 

 何かを取り繕うような間の後、グレース嬢はそんな風に、何処か抜けた様子でそう言った。

 彼女たちの事情は知らない。私は事前の意気込み通りに大会に臨むだけ。

 一応のそんな気概を見て取ったのか、グレース嬢は頷いて去っていく。

 ――その途中、ふと立ち止まり、問い掛けてきた。

 

「……ヴァグリースさん。何処にバグがあるか、幾つ、どれだけの規模で存在するかも分からない、もの凄く大きなシステムがあったとして。力のあるデバッガー一人が集中して対応するのと、その人物も含めた複数人のチームで役割を分担して事に当たるの。どちらが正しいですか?」

「……? 物にもよるが、何も分かっていない状態なら後者じゃないか?」

 

 その力ある一人というのが主軸になるならともかく、個人の力に限界がある以上単独での対応は褒められたものではあるまい。

 ゴスペル――はともかくとして、プロトを除去するためのあの戦いを、光少年とロックマンのみでやり切れというのには無理があっただろう。

 後者のチームにその力ある一人が含まれない、もしくはその一人がとんでもないワンマン気質であるならともかく、そうでないならばチームで事に当たらない理由が無いと思うが――。

 

「…………、そうですよね。ありがとうございます。少し気が楽になりました。では」

「……それは、良かった?」

 

 解答に満足したようで、グレース嬢はどこかおぼつかない足取りで、観客席の方へと歩いていく。

 ……あれ、大丈夫か? 余程思い詰めているように感じるが。

 大会が終わったら、可能であれば何かしら手助けもしてみようか。

 そんな風に、言いようのない不安の中で私はふと思った。

 

 ――彼女の抱えているものが他人事ではなくなるまで、あと数時間。




一回戦不戦勝。名人氏の大会シナリオが裏で起きています。
簡単に説明すると、かつて破門された名人氏の弟子が復讐のため、アッフリクの村の住民にライオンをけしかけて人質に取り、名人氏をボコボコにしようというシナリオです。
原作では熱斗の介入でどうにかなりましたが、熱斗もエールもアッフリクに行く理由がないしエールが行ったらライオンがどうこうの前に暑さでぶっ倒れるので名人氏が一人で解決しました。
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