バグのかけらをひたすら集めるクリームランド在住のデバッガー 作:けっぺん
再使用した『ティンパニー』の音が戦場を揺らしている隙に、『ストーンキューブ』を叩き込む。
単純明快。しかし、動けないという条件下で石塊の重量から逃れるのは困難だ。
それを受け止めたスラッシュマンは、その重量に膝を付きつつも、鉤爪で切り刻んでいく。
既にそれなりの時間使用し、だいぶ消耗したものだ。もうこれ以上持つまい。
という訳で、早々に破棄。
『ライトニング』を使用して雷を降らせ、破壊すると同時にスラッシュマンにダメージを与える。
『ぬぅ……!』
「次だ」
「それなら!」
復元は間に合わないので二枚目の『ストーンキューブ』を使用。
暫くのクールタイムを挟んだ『ティンパニー』がもう一度音を響かせようとした時、その姿が掻き消える。
『エリアスチール』――一気に踏み込んだスラッシュマンは腕の一振りで管楽器を切り裂く。
迎撃のために飛ばした『ストーンキューブ』は彼の体をすり抜けた。『インビジブル』による緊急回避――この踏み込みで形勢を変えに来たか。
今使えるチップでの対処を、と考えているうちにスラッシュマンはジャンクマンの目の前にいた。
『ハァ!』
『ウワッ!?』
それは、突風を伴う一振り。
『バリア』を吹き飛ばし、再度接近しようとした『ストーンキューブ』を押し退けて、ジャンクマンを『ホーリーパネル』から引っぺがす。
三つのチップの効果を同時に無力化したそれは、『フウジンラケット』。
流石に、いつまでも籠城を決め込ませてはくれないらしい。
奪った聖域にスラッシュマンは立とうとしない。
寧ろ、ダメージを軽減する手段がなくなったと積極的に攻撃をしようとしてくる。
その体を回転させ、刃飛び交う竜巻となってジャンクマンに迫る彼を縫い止める手段は一つ。
――『デスマッチ2』。
両者の立ち位置以外に穴を開き、移動を著しく制限するノーガード上等のチップ。
此方に迫るための道のりがなければ近付くことは出来ない。
とはいえ、彼には遠距離の攻撃手段がある。切れ味十分のクナイの投擲はその精度も確かなものだ。
「まだ『ストーンキューブ』は残ってるけど、追加の置物を配置する場所もなくなったよ?」
「分かっているさ」
その手にクナイを構えるスラッシュマン。
此方の攻撃にいつでも対応するという意思表明か。
だが、迎撃にも限界がある。『ストーンキューブ』を浮かせ、同時にジャンクマンは手を小さな砲塔に変える。
発射するのはボルト型のミサイル。
弾速は遅いが、その分重い。こうして動きを制限した相手への攻撃には最適だ。
それへの対応をすれば、横から飛んでくる石塊が避けられなくなる。オペレートをするにも、両者に意識を向けるには困難だろう。
そんな危機を――
「使わせてもらうよ!」
「っ」
スラッシュマンは立っている小さな足場から飛び退き、飛来する『ストーンキューブ』を蹴ってミサイルの軌道から外れるように突っ込んでくる。
『ストーンキューブ』が浮いたことで空いた足場に跳ぶという予想とは違う攻撃的な構えに、思考が遅れた。
ジャンクマンが立っている床に降り立ったスラッシュマンの駒爪が、その隙を逃さず突く。
『グ……ッ!』
――大丈夫。まだその体力には余裕がある。
彼は私とは違う。寧ろ、そのポテンシャルを磨いたことで並のナビよりも頑丈になっている筈だ。
引き寄せた『ストーンキューブ』がスラッシュマンを追い出すに至るまで、二度、三度と繰り返しその斬撃を受けた。
そして、撤退する際にも投げられたクナイが刺さり、決して少なくないダメージを負う。
一度戻っていったスラッシュマン。
それを、私は好機と見た。
「今だ、ジャンクマン」
『ク、ォオ!』
『ヌゥ、またしてもっ!』
ジャンクチップとして復元した『ブラインド』。
何歩と歩けない足場に戻ってきたと同時に襲った盲目に、スラッシュマンは狼狽する。
唐突なそれで、もう一度此方に跳んでくるための距離感を奪えればそれでいい。
あとは、この戦場を利用して迅速に決着をつける。
使用されたチップにより、穴という穴から蛇が飛び出してくる。
『カモンスネーク』――戦場の制約が多ければ多いほどその暴威を増す取って置きの一枚。
これが最大限に効果を発揮する場は、どちらも動くこともままならない『デスマッチ2』によって齎される戦場だ。
膨大な蛇の群れがスラッシュマンに殺到する。
「まだまだぁ! 周囲一帯だよ、スラッシュマン! 全力で身を守るんだ!」
『応――!』
その場で回転し小さな竜巻となったスラッシュマンは目が見えないままに蛇を切り裂いていく。
全体が刃となったように、何処に飛び込んでもダメージとなることなく引き裂かれる蛇たち。
彼はただ闇雲に駒爪を振り回している訳ではない。
自身に飛び掛かってくる蛇の気配に合わせて適格に捉えているのだろう。
全神経を使った迎撃。
その集中力は、蛇が次々に飛んでくるおよそ十秒間一切途切れることなく続いていた。
――ゆえに。
『行ッケェェェェェ――――!』
『カモンスネーク』の使用後、『フルカスタム』によって即座に送信したそれが必要とする時間は稼ぐことが出来た。
たった三秒。しかし、スラッシュマンというナビを相手取るには長すぎる時間。
それが数えられる間、彼とファラン氏を釘付けにして、回避が不可能になった頃合い。
『ストーンキューブ』が置かれていたことにより『デスマッチ2』による破壊を免れた足場に配置された巨大な塊をジャンクマンが浮かせてスラッシュマンの上方に飛ばす。
そして、彼の直上に辿り着いた瞬間、そのカウントは“0”を刻む。
――そして巻き起こした大爆発は、スラッシュマンをいとも容易く飲み込んだ。
「スラッシュマンッ!」
『カウントボム』三枚によるプログラムアドバンス――『ギガカウントボム』。
元となったチップと同じく、それが効果を発揮するのには三秒間を有する。
だが巻き起こす爆発の威力は比較にならない。
そのダメージは並のナビであれば一撃で倒して余りある。
念のため回避策となるチップを用意しつつ煙が晴れるのを待つ。
そして――足場がもぬけの殻となっていたことで、一気に力が抜けるのを自覚した。
「――スラッシュマン、デリート! 勝者、エール・ヴァグリース選手!」
勝った――実感があるのか、ないのか。微妙な感じ。
喧しいほどの歓声が爆発し、それに僅か眉を顰めつつも、ジャンクマンをプラグアウトさせる。
『……? エール、カ、勝ッタノカ……?』
「……みたいだね」
『ソ、ソウカ。皆ガ、オデヲ、見テイタノカ……!』
……まあ、ジャンクマンが喜んでいるようなら、この歓声も良いものだろう。
どうにもまだ喜びのようなものは出てこない自分に辟易しつつも、ジャンクマンを労うことにする。
「お疲れ様、ジャンクマン。完璧な戦いだった」
『ア、アァ!』
「やるじゃんか、エール。それにジャンクマンも。こんだけの期間で仕上げたとは思えなかった」
「どうも、ファラン氏」
試合終了。次の試合の準備があるため、二人揃ってスタジアムを後にする。
今回は、咄嗟の判断が少なくて済んだからこそ、事前に決めておいた作戦を盤石にこなすことが出来ていた。
だが、もう一度戦うことがあればこうはならないだろう。
今の試合によって、互いの情報に差はなくなったのだから。
「あんな戦い方、初めて見たよ。殆ど攻撃チップなんて使ってなかったんじゃないか?」
「そうだね。大抵の攻撃チップでは、すぐに対応されてしまうだろうと思った。ジャンクマンにしか出来ない戦い方で挑ませてもらったよ」
「『ストーンキューブ』をぶん投げてくるなんて想定外にも程がある。これから普通に使われている時も警戒しちまいそうだよ」
置物チップは他のチップと組み合わせて利用するのが基本だ。
今回使った『ストーンキューブ』も、風系統をはじめとしたチップで押し出し攻撃に転用することは出来る。
とはいえジャンクマンがやったように、あれの動きに高さを与えるのは簡単なことではない。
油断はできないものの――ジャンクマン以外がそうそう可能なことではないとは思う。
「ま、今回は私たちの負けだ。次は負けないからね。だろ? スラッシュマン」
『当然だ。振り返ってみれば、幾度となく対応に甘さがあった。次はこうはいかん』
「……なら、次の機会があれば、別の手段を取ろうと思う」
結局ネットバトルに慣れることはなさそうだし、今後幾度やっていくことでもないとは思うが、そう答えるのが礼儀というものだろう。
控室に戻る途中、第二試合を戦うライカ少年とラウル氏とすれ違った。
「……」
「見事な戦いだった」
「どうも」
「二人も頑張りなよ」
歩みも止めず、短く言葉を掛け合う。
どちらか勝った方が、私が決勝戦で戦う相手となる。
ライカ少年とサーチマン。ラウル氏とサンダーマン。どちらの恐ろしさも、私は知っている。
先の一回戦は見ていたし、サーチマンについてはウラで何度も伝え聞いた逸話や、ブルースの一件での正確無比な狙撃。サンダーマンはN1で十分なほど戦いを見ている。
スラッシュマンとどちらが強敵か、とは一概には言えないものの、私たちにとって格上であることは間違いない。
しかしながら――ファラン氏に勝てたことで、僅かなりとも不安は消えた。
これなら、次も戦える。
ファラン氏と共に控室に入る。
既に敗退した選手たちも、そこに残っていた。表彰式と閉会式には全員で出席するためだ。
名人氏と、次の試合に向かった二人を除いた五人がここにいる。
特に席が決まっている訳ではないものの、何となく選んでいた隅の席に座る。二回戦が終わった後、決勝戦までは一時間ほどの猶予がある。
第二試合の勝者によってフォルダを調整する時間は十分にある訳だ。
しっかりと次の試合、観察させてもらおう。
『……! エール、ヒメサマ、カラノ、メールダゾ』
「む? ――そうか。ありがとう」
モニターに目を向けていれば、ジャンクマンがそんなことを伝えてきた。
彼からの報告に少しの間、目を瞬かせていたが……よく考えれば、当然のことか。
「なんだか新鮮だな。ナビにメール着信を伝えられるのは」
『イ、今ハ、エールノナビダ。当然ダロウ』
どこか誇らしげに胸を張るジャンクマン。
その、外見からは想像もつかない、妙な感情表現の豊かさは彼の個性の一つだった。
彼に感謝を述べつつ、メールを開く。
それに書かれた、プライド様からの祝福の言葉。
簡素なものではあったが――『初勝利、おめでとうございます』というメッセージは、ようやく私に“勝ちの喜び”というものを抱かせるのだった。
ゼロ寸前まで迫ったギガカウントボムを放り投げる戦術での初勝利。
エールなりにパルストランスミッションと使用感の変わらないチップを中心に頭捻りまくって考えた戦術だったと思います。
闇のチップとか出所の怪しいチップ使えないと思いのほか戦術が制限されますね。