バグのかけらをひたすら集めるクリームランド在住のデバッガー   作:けっぺん

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明日の地球を投げ出せないから 【本】

 

 宇宙にナビを送るという行為が、これまでに一度として行われなかったなどということはない。

 人工衛星との通信用に、プログラムくんだけではなくナビを使用した記録もある。

 しかし、それは打ち上げ前の人工衛星にあらかじめナビをプラグインさせておくという方法によるものだ。

 地表から宇宙へ、直接ナビを送信したという記録が発表されているならば、私もその情報くらいは知っている筈。

 それが無い以上、その計画は方法からして未曾有のものということになる。

 

「……発言しても?」

「日本代表、伊集院炎山くんだね。どうぞ。私たちには、君たちの疑問を全て晴らしておく義務がある」

「どうやって小惑星にナビを? 我々の持つPETのプラグイン機能では当然不可能だ」

「その手段については、用意してある。元々この作戦は予備のものでね。一つ目の作戦が上手く行かなかった時のためにあらかじめ計画しておいたことなのだ」

 

 ――つまり、この地球の危機。

 それを突破せんとする作戦は既に一つ、失敗していたというのか。

 

「第一の作戦は、このANSAからレーザーを照射し、小惑星の軌道を変えるというものだった。だが、それが失敗――その後、今日までにレーザー照射装置を遠隔通信装置に改造してある」

「レーザー照射を応用した遠隔通信……それで、ナビを小惑星に送れるということか」

 

 しかし、その失敗後の用意をしていたことで、次善の策を打つことが出来た。

 ナビもプログラムだ。現在の量産PETが赤外線による通信を行えるように、今やワイヤレスの通信など珍しくない。

 そうだとしても……地表と宇宙とでは、懸念点が出てくるが。

 それがオペレートの面で致命的であることは明らかだ。一応、それについて聞いてみれば、予想していたかのように答えは返ってきた。

 

「オペレートのラグについては?」

「シャーロ宇宙開発部隊の協力により、限界まで小さくなっている。その時々によるが……一秒未満には収まっているだろう」

 

 一秒――それを聞いて表情を険しくする者は少なくなかった。

 世界レベルのオペレーターであれば、ナビとの間に一秒のラグがあるということがどれだけ指示を難しくするかよくわかるだろう。

 

「なおも大きなラグであることは承知している。だが、現在の技術力でそれ以下にすることは不可能だ」

「――そうか」

 

 その遅延が私以外の、熟練のオペレーターにとって実際にどう響くかは分からない。

 もしかするとそれを加味した訓練を行っている者もいるかもしれない。

 だがどの道、出来る限り最善の条件であると言われては、これ以上言いようがなかった。

 条件を反芻する者、まだ状況を理解できていない者、何故自分が――と大会への出場を後悔する者、多々いるだろう。

 そんな中で、ラウル氏が核心を問う。

 

「もしも、この作戦が失敗した場合、更なる策は?」

 

 滑り止めがあるか、という、ほんの僅かであっても緊張の緩和に関わる問い。

 誰もが注目する中で、リーガルは小さく首を横に振った。

 

「――ない。世界有数のネットバトラーたちによる作戦……これが失敗すれば我々は地球と共に――ドカン、だ」

 

 誰かが、息を呑む音が聞こえた。

 自分が背負うことになるものが、まさか地球そのものであるなどと、誰が想像できたか。

 逃げ場はない。もしも誰かがこの責から逃れた場合、その分だけ作戦の成功確率――つまり明日一日を生きていられる確率が減る訳だ。

 静まり返った室内で、不思議な程に良く通る、不思議な程に冷静に聞こえる声で、グレース嬢が私たちに残酷に告げる。

 

「皆さんがこの星の最後の砦です。惑星単位の心中願望がある人は退室してください。タイムリミットより前に国に帰らせることが出来るよう此方も努力はします。自分、家族、恋人、友人――その他誰でも。誰か一人でも、死んでほしくないと思う人がいる者は、どうか力を貸してください」

 

 それは、あまり表情に感情が浮かばないからこそ、この場で言い出せる言葉だったのかもしれない。

 悪く捉えれば、大切な人を人質にして協力を強要したとも思われかねない発言。

 ただ、それは当然のことだ。

 自分たちが最後の砦であるというのなら、その大切な人を助けるためには逃げる訳にもいかない。

 自分がいなくても、他の者たちが――などとは言えない。地球を救うための作戦に、たった十五人のネットバトラーしかここにいないのだ。

 そこから、どんな理由であれ世界大会の代表となった自分が消えるなど――考えられる筈がない。

 私もまた、言うまでもない。プライド様に、そしてクリームランドに危険がある。それだけで、私が手を出さない理由など完全に消えたのだ。

 

「――あまりにも重い責任だ。一般人もいる以上、強要は出来ない。まだ暫く、遠隔通信装置の調整には時間が掛かる――その間にミーティングを行う。部屋を移動し、三十分後に開始するので、無理だという者はこっそりと申告してほしい」

 

 ついてきたまえ、とリーガルは選手たちを先導し、歩き始める。

 やはりまだ、皆戸惑いの方が大きいらしい。

 もしかするとこの中から何人かは、参加できないかもしれない――と何となく思う。

 

「あ、光選手、伊集院選手、ライカ選手、ヴァグリース選手は僕についてきてください。別に話があります」

 

 グレース嬢は部屋を出てから、私たちを呼んだ。

 それは織り込み済みのようでリーガルが止めることはない。

 四人で顔を見合わせ、仕方あるまいと別の方向へ歩いていくグレース嬢に続く。

 

「――どういう事だ、グレース」

 

 歩きつつも、我慢ならないとばかりにライカ少年が切り出した。

 

「どういう事だ、とは? どの辺りから分からないんですか?」

「お前はいつから知っていた。いつからこれに関わり、何処まで知っていた」

「最初から、そして先程説明されたことは全部知ってました。小惑星が発見されたのは一ヶ月以上前、レーザー作戦が失敗したのは一週間前。宇宙開発第二部隊は発見当初からANSAと共同で動いていましたから。勿論、そちらの対応が大統領からの最優先命令です」

 

 白衣を揺らして歩く少女は、淡々と説明する。

 大統領の命令とあれば、ライカ少年にそれ以上は問うことが出来なかった。

 エレベーターで上の階へと移動し、長い廊下を歩きつつ、ぽつりぽつりと彼女の言葉は続いた。

 

「で、予備の作戦が決定しその人員を集めるために各国に世界大会の代表選抜を求めたのが大体二週間前。この時やむを得ず、まだ知らされていなかった各国の首脳陣には説明しています」

「だから、こんなに大会までが急だった訳だ」

「時間がないにも程がありましたからね。この件についての説明がなかったのは、申し訳なく思ってます。トップシークレットともなると、こうなってしまうんですよ」

 

 そうして辿り着いた部屋をカードキーで開けると、私たちを先に入れる。

 他の施設との通信室らしい。中には数人がいるばかりで、ぽっかりと空いた一角にグレース嬢は歩いていく。

 そして私たちに椅子を用意した後、自分もモニターの前の席に座った。

 

「改めて、レッドサントーナメントとブルームーントーナメントの優勝者と準優勝者たる皆さんに問います。本作戦に協力してくれますか?」

 

 再度の意思の確認。

 恐らく、私たちにも強要はしないだろう。

 だが、別の場所に連れてきた時点で私たちに何か違う役目を与えるのは明白だった。

 そうなればまた話も変わる。ゆえにそれは、私たちが逃れるための最後の機会。

 

「……私は構わないよ。クリームランドがどうこうというレベルの話ですらないし、やるしかない」

「参加せざるを得ないだろう」

「是非を考えている場合ではないことは明白だな」

「ああ――オレたちが駄目だったらこの星も終わりなんだ。なら、やるしかないよ!」

 

 それでも、誰もこの部屋から出ていく者はいない。

 自分はともかく、光少年や伊集院少年がまたもこんな大事に関わることになってしまったのが心苦しいが。

 ライカ少年だって、まだ成人には程遠いだろう。そんな彼らに、今度は“関わらない方が良い”と言うことさえ出来ない状況なのだ。

 

「ありがとうございます。それでは――これを」

 

 答えを受けたグレース嬢は、白衣の内ポケットに入れていたらしいチップホルダーから合計八枚のチップを取り出し、私たちに二枚ずつ手渡してくる。

 そのうち一つは、ギガクラスのチップだ。

 赤い縁取りに、赤い日輪か青い月輪――各国の宇宙センターで使われているマークが象られている。

 

「『メテオレッドサン』に――」

「……『ブルームーンレイ』?」

「ANSA主導で開発された次世代のチップです。この世界にそれぞれ二枚しかないチップで、もう一方のチップに入った認証コードがないとフォルダに取り込めないので、注意してください」

 

 コピー不可能で認証コード付き……前者はギガクラスチップなら当たり前のことだが、後者のそれにより他者の手に渡っても使うことが出来ないようになっているらしい。

 それぞれに渡されたのは、出場した大会の名を冠したチップだ。

 

「どうして、これを私たちに?」

「四人のナビには特別、重要な役割を任せたいと思っています。コントロールシステムの操作をロックマンとサーチマン、その護衛及び補佐にブルースとジャンクマンという形で。無論、小惑星の電脳世界の作りによって動きを変えることになりますが、基本は四人に最前線で動いていただくことになります」

「……責任重大って訳か」

「重大も重大ですよ。パフォーマンスが落ちない程度に気負って貰わないと困るほどに」

 

 グレース嬢が自身の席の前にある大型モニターを操作すれば、程なくしてそこに、若者を中心とした技術者の構える一室が映し出される。

 彼らが――彼女が指揮をする部隊の面々か。

 

「勿論、僕の部隊はシャーロ宇宙センターにて全力でサポートさせていただきます」

 

 各々の所作でそれに応じる彼ら。

 これまであまりグレース嬢に対して、ライカ少年のように部隊を預かる存在だと思える一面を感じたことがなかった。

 しかし、画面の向こうの面々には、隊長に対する確かな信頼があった。

 

「強いて気休めを言うのであれば――皆さんの背中を、大勢の人が支えています。皆さんにやってもらわないといけないこと以外は全て僕たちが補います」

 

 果たしてそれが、誰に対しても気休めとなるかどうかは分からなかった。

 より、その責任感というものを自覚してしまう言葉と、そう捉えることも出来る。

 しかし、彼女なりの本気の言葉なのだろう。

 呆れたように息をついたライカ少年がフォローを入れた。

 

「こいつの部隊は……こいつの不真面目さのせいで浮ついたところはある。だが……ここぞという時に発揮する能力が随一であることも確かだ。こいつ自身の技術も含めて、な」

「……、……。――はい、それほどでもあります。なので、安心して世界を救ってください」

 

 ――恐らくそれは、とても珍しい光景だっただろう。

 沈黙したグレース嬢は数秒のうちに、瞬きと視線の移動による狼狽を見せた後、一目で取り繕っていると分かる硬い表情で告げた。

 そういう風に評価されることに慣れていないのか、それとも……いや、考えるだけ野暮というものか。

 彼女としては想定外だろうが、多少なり、光少年たちの気は楽になっただろう。

 ほんの少しだけ柔らかくなった空気の中で、何処かばつが悪そうに咳払いをした後、グレース嬢は話を締めくくる。

 今この施設と、シャーロ宇宙センターにいる者全ての、今から十数時間の最終目標でもって。

 

「――誰も、諦める理由はありません。ここには、こんな危機なんて打ち砕くに足るメンバーと技術があるんですから。きっと――明日の地球を守りましょう」

 

 失敗など考える必要はない。

 この星を救えるという確信を持ったグレース嬢の言葉に、否定など出てくる筈もなかった。




方針説明と今回のチップ渡す枠(エールとは言ってない)
作戦に参加するメンバーが多くても別に難易度が下がるとかそういうことは一切無いんで安心してください。
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