バグのかけらをひたすら集めるクリームランド在住のデバッガー 作:けっぺん
その後、ANSA側で出された夕食を済ませ、選手たちには作戦開始の時まで仮眠の時間が与えられた。
そもそもその日は大会があったのだ。
作戦に向け、疲れを少なからず癒す――重要なことだろう。
「……ジャンクマン。キミにもまた、背負わせてしまうことになった。すまない」
この星を救うための作戦までの、ほんの少しの休息。
私はパソコンに向かいながら、ジャンクマンに謝罪していた。
ジャンクマンにはここまで私に付き合う義理はない。
今の関係だって仮初のものだ。私と彼は、本当のパートナーという訳ではない。
だというのに、彼は此度の作戦への協力を承諾してくれたのだ。
『イイ……エール、オマエハ、オデノ願イヲ、叶エテクレタ。ダカラ今度ハ、オデガ、エールヲ、助ケル、番ダ』
「……感謝するよ。キミがいなければ、私はこの作戦に大した力を貸せないお荷物になってしまう」
生まれたばかりである影響か。
ジャンクマンは純粋だった。どうも、それを利用している気がして申し訳なさを覚える。
大会に出たことだって、どちらかと言えば私の事情であるところが大きいのだ。
それを彼が恩義だと感じる必要は、本来はない。寧ろ私が礼をしなければならない程に。
「……この作戦が終わったら、何か礼をしよう。私が叶えられるものであれば、何でも構わない」
『ム……考エテオク』
「そうしてくれ――よし。これでブルースも完了だ」
ジャンクマンとの、他愛のない雑談。
それをしながらも私は請け負った作業を坦々と進めていた。
「あとはサーチマンとロックマンか――」
「順調かね?」
残り二人となった作業。終わりが見えたことで一度体を伸ばす。
リーガルが部屋に入り、声を掛けてきたのはそのタイミングだった。
「ああ。作戦開始時刻には問題なく終わらせられる」
「頭が下がる思いだ。私も装置の整備に集中する時間は多く取りたかったからね」
「そちらが終わったなら、少しでも寝ておいた方がいい。ここ数日、装置の調整で碌に寝ていないと聞いたぞ」
施設に備えられていた自販機で購入したエナジードリンクを飲みつつ、リーガルに目を向ける。
彼の目元には薄く隈が見えた。
ああ見えて、常に最大の能率を発揮するために適度な睡眠を欠かしていない彼のことだ。ここまでなるのは相当だろう。
彼もまたこの星を救うために、全力であることが分かる。
「それは君にも言えることだと思うがね。今更ではあるが、あまり女性が睡眠を怠るのは感心出来ん」
「二時間は寝たよ。それに、他の皆がメンテナンスに割く時間を睡眠に使えるのなら、たかが一日の徹夜くらいは慣れている私が削った方が効率的だ」
――請け負っているのは、作戦に参加するナビ――つまり、大会に参加したナビのメンテナンス。
大会の直後であり、この後に重大な作戦が控えている以上、最低限のものはやっておいた方が良い。
ナビが本来のパフォーマンスを発揮できる程度の整備を通して、それぞれのナビの能力を把握も出来る。それぞれの能力を知っている者は、一人でも多い方が良い。
「――言わせてもらうが、君は少々自己犠牲が過ぎる。献身は結構だが、そうであるなら尚更、己の健康管理は徹底すべきだ」
「……こういう性質なんだ。キミなら分かることだろうに」
あまりにも正論なリーガルの言葉に、あっという間に言い訳はなくなった。
とはいえ、私がこれで良いと思っていることもまた事実。
そうであることを、リーガルは理解している筈だ。
「まったく……予想外だった。君がネットバトル大会に出ているとはね。一体いつ、ナビを持ったのだ?」
「一週間ちょっと前だね。この大会のためにナビを見つけたというのが正しい。まさかこんな目的があったとは思わなかったが」
「なるほど。クリームランドは良い代表を見出したものだ」
そう……なのだろうか。
確かに、ここ一年間で世界の危機となる可能性のある事件に関わった回数であれば、クリームランドでも随一である自覚はある。
だがそれは、言ってしまえば光少年の補佐という面が強い。
プロトの時など、一時期プロトそのものを放置してフォルテへの復讐という私情を優先したのだ。
プライド様はこのことを知った上で私を代表に推薦したのだろうが、あまりこの場に相応しいとは自分自身思えない。
……任された以上、恥じない働きをする所存ではあるが。
「念のため言っておくが、パルストランスミッションは使わないことだ。此度は地球の外へのアクセスを行うもの――精神の送信は危険に過ぎる」
「確かに……今回ばかりは抵抗があるが。ナビを送る時点で私が行くのも変わらないだろう。そこまでの心配の必要はないよ」
「友人を気に掛けることくらい許したまえ。たまの善意というものだ」
そんな――ひどく彼らしくない言葉を聞いて、ほんの少し、作業の手が止まった。
「…………友人?」
「不満であれば撤回しよう。君との関係性を強いて言葉にするならばこうなると思ったのだ」
「いや…………構わない。少し驚いただけだ」
友人――友人、か。
少なければ一年に一度、私の頼み事のために会うくらいではあるが、信頼しており、対等である関係。
それを定義するならば――そうなるのか。
他者との関係が何なのかと、あまり真剣に考えることを、私はしないようにしている。
プライド様を友人だと思えているのは、彼女が言及してくれたからだ。
そうでないと、その距離感が何なのか私には分からない。
だから今回もまた、リーガルとの関係性が友人というものであると、言われて初めて自覚した。
「……まあ、そうであれば、その忠告は聞き入れるよ。本当に必要な状況にならなければ、パルストランスミッションは使わない」
「それで良い。今の君には信頼できるナビがいるのだろう。彼に任せたまえ」
そうだな――此度の作戦は、ジャンクマンに多くを任せることになる。
私に出来るのはバグの捜索と修復だけだ。今回のそれには、必要がないかもしれない。
であれば私はジャンクマンに任せよう。それが、この星を守ることに繋がる筈だ。
日が変わった頃、私たち四人はANSAの屋上に集まっていた。
そこにあるのは巨大なレーザー発射装置だったもの。
既にそれは遠隔通信装置となっており、ナビを宇宙に上げるためにANSAの技術を総動員したものに仕上がっている。
これと、シャーロ宇宙センターの協力で地上のオペレーターとのラグを極限まで減らし、通常のそれに近い指示を可能とする。
室内の管制室から既に他の選手たちはナビを装置に送っており、オペレートの準備は整っている。
刻一刻と迫る作戦開始時刻。
その中で私は星の良く見える空を眺めながら、プライド様と話をしていた。
「――流石に、夜は冷えますよ、プライド様」
「クリームランドに比べれば大したものではありません。それに、少し話をしにきただけですから」
首脳陣はこの日、ANSAに集まってまた会議を行っていたようだ。
どこに宿泊することになっているかは知らないが、この時間の屋上にプライド様がいるという状況は如何なものか。
護衛の者も、どこか遠慮がちな様子であった。こんな時ではあっても、健康的になってきたプライド様の睡眠を削るというのは好ましくない。
「……黙っていてすみません。これを任せるにおいて、わたくしが頼れるのは――貴女しかいませんでした」
「構いません。困惑こそしましたが……命を預けていただけるほどに信じてもらえているのは、喜ばしく思います」
もしも私が――私たちが失敗すれば、当然プライド様も死んでしまうことになる。
そんなこと、絶対に許容できない。彼女は私にとって、全てを擲ってでも助けたいと思う存在なのだから。
「ええ、信じています。貴女であれば、わたくしは全てを託せる。少々……いえ、大いに自分を蔑ろにする点は不満ではありますが」
「む……」
「ですが、そんな貴女が、わたくしを――そして、クリームランドを救ってくれたのです。それならきっと、この星だって救える筈。わたくしはそう思っています」
――今度の背負うものは、あまりにも大きすぎる。
だが、そんな言葉を受けてなお――無理だと思える筈もない。
プライド様が、この私に全幅の信頼を置いてくれている。
そうである以上私が成し遂げられないという結末など、考えるだけで愚かなことだ。
「……もう、休んでください、プライド様。朝は間違いなく迎えられますので。私に――私たちに任せてください」
「――はい。頑張ってください、エール。夜には時間が取れる筈ですから……夕食に、話を聞かせてくださいね」
そう残して、エレベーターへと歩いていくプライド様。
守らなければならないものをより強く、自分の内に刻み込む。
ああ、この星を守る作戦だ。夕食の席で話すのであれば、中々良い話題になるだろう。
「――時間だ」
ライカ少年が歩いてきて、作戦開始時刻の到来を伝えてくる。
頷いて、通信装置に近付く。
光少年と伊集院少年。それから光氏にリーガル。
合計六人という、今から行われる作戦が担う未来を考えればあまりにも少数な集まりだった。
『――通信室、グレースです。アメロッパ時間、零時三十分。これより小惑星の軌道変更、作戦名サンアンドムーンを開始します。各員、準備はよろしいですか?』
シャーロ宇宙センターとの協力による通信の全面バックアップ。
ある意味この作戦の頼みの綱でもある部分を担うメンバーの代表として、グレース嬢が問う。
『管制室、ラウルだ。護衛部隊のメンバーは問題ない』
私たちの護衛として、想定される電脳世界内の戦闘に参加する他の選手たち。
彼らの代表は長年に渡り少数部族を導いてきたラウル氏だ。
恐らく、各国の代表の中でも経験は最も多い。指揮官として相応しいだろう。
「こ、こちら屋上の熱斗! こっちも問題ないぜ!」
こうした報告を行う機会は初めてだろう。
少し緊張気味に光少年は続く。
幸い、そんな不慣れな様子が生んだのは不安ではなく、空気の緩和だった。
『はい、ありがとうございます。改めて再確認ですが、本作戦の最終目的は小惑星の軌道を変更し、地球への衝突を回避すること。計算では大気圏突入までおよそ五時間。小惑星がこの星の重力に引かれることも考えれば、それに迫るほど作戦の成功確率は低下します。可能な限り、迅速な達成を目指してください』
五時間――そのタイムリミットが短いのか、長いのか。
小惑星の電脳世界が未知の世界である以上どちらかは分からない。
しかし、どれほどの迷宮でも、たとえ道が無くとも、私たちのやることは変わらないのだ。
『それでは、屋上の軌道変更部隊、プラグインを。光博士、リーガル博士。送信をお願いします』
「了解した。この面々であれば、必ず作戦は成功できる――頼んだぞ」
光氏の言葉に、大きく頷く光少年。
恐怖がない訳ではないだろう。もしかすると、押し潰されんほどの不安があるかもしれない。
だが、父の言葉を受けたその表情には、確たる決意だけがあった。
偉大な父と共にいる状況であれば、一切心配する必要はない――そう信じているように。
「行くぜ、ロックマン! この星を守るんだ!」
『うん――やろう、熱斗くん!』
「頼んだぞ、ブルース」
『お任せください、炎山様』
「これまでの如何な任務より失敗は許されない。任せるぞ、サーチマン」
『了解しました、ライカ様』
「――よし。準備と覚悟はいいね、ジャンクマン。信じているよ」
『ダ、大丈夫ダ……任セテクレ、エール!』
四人同時に、PETを通信装置に向ける。
目指すは地球の外。現在進行形でこの星に向かってきている小惑星。
「プラグイン! ロックマン.EXE! トランスミッション!」
「ブルース.EXE、トランスミッション!」
「サーチマン.EXE、トランスミッション」
「ジャンクマン.EXE――トランスミッション」
始めよう――当たり前に訪れる筈の未来を守るための、この星最大の作戦を。
なんだ、やっぱりいい人じゃないか、続編で髭生やしてそうな人。
という訳で地球を救うための作戦開始。
エールは以前プライド様の独白であったように、友人という距離感が自覚できないのでこういう反応になります。
その言葉で対象との関係を顧みることは出来るので友達扱いすれば簡単についてくるちょろい感じではないです。寧ろ判定が独特な分めんどくさいです。
ところで屋上とかで白衣のポケットに手突っ込んで裾が靡いているの、凄くかっこいいですよね。
例に一人挙げようとしたら出てきたのがAXESSのOPで出てくる名人さんでした。なんでや。