バグのかけらをひたすら集めるクリームランド在住のデバッガー 作:けっぺん
果たして限りがあるのかというほどの声援が、それぞれのPETに届いていた。
どこか、一定の施設に人を集めそこからの声を送っているらしい。
そのため――正直なところ、何を言っているのか分からない。
一方通行の通信のようで向こうに声は届かない。やや申し訳なく思いつつも音量を下げてグレース嬢に問う。互いの意思疎通の妨げになってしょうがない。
「グレース嬢、何か知っているかい?」
『知っていることといえば、先程ANSAから世界中に小惑星衝突の危機、そして私たちの作戦が発表されたこと。名人が危機に向けた意思の統一のため世界中に発言していたこと。あと、なんかシャーロ宇宙センターの前に山ほど人が集まっているらしいです』
今更――本当に今更、この星の危機は一般市民に公開されたらしい。
起きたであろう大混乱を思い頭が痛くなった。
ところが、それを少しでも抑えるべく彼らの先頭に立ったのが、誰しもが知るネットバトラーの筆頭たる名人氏である。
彼は人々の意識を、混乱から応援の形へと変えたのだ。
――今行われている作戦は必ず成功し、この星は救われる、と。
残り一時間を切ったタイムリミット。その中で、人々は恐怖を堪えて声を上げているらしい。
『さて、あと一つチャンネルがあるんだが――そちらから皆の声を彼らに届けられる。決意表明、もしくは頼み事とかあれば皆に伝えられるが、どうする?』
こんな時に、短い時間で何とも色々な細工をしてくれたものだ。
名人氏の行動力に呆れつつも、これはこの星から、小惑星で力を尽くす彼らに出来る唯一の手段だと悟る。
『……聞いていないんですけど……まあ、好きにしてください。僕の方からは何もないですが――』
『では通信室からどうぞ』
『部屋ごとなのも聞いていないです。ちょっと、もう繋がってるじゃないですか』
マイペースに過ぎる名人氏に振り回されるグレース嬢が少し可哀想だった。
どうやら今の声が各所に送られているらしい。このドタバタ感、デューオも見れば困惑するのではないだろうか。
『ああ、もう……えー、シャーロのグレースです。現在、小惑星の軌道を変える作戦、その最終段階まで来ています。難航してはいますが、まあ何とかなると思います。失言しそうなのでこの辺で。以上』
ライカ少年が眉間を押さえ溜息をついた。
何とも明け透けにものを言うというか……今のは人々に不安しか与えないのではないだろうか。
いや、そうしたことより彼はシャーロ軍が甘く見られることを危惧しているのかもしれないが。
『次は管制室、どうぞ』
『――では、代表させてもらう。アメロッパのラウルだ。今、これを聞いている者は、国も、見た目も、言葉も違うかもしれない。しかし言葉が違ったとしても、今や我々は偉大なる進歩を通して意思を疎通し合うことが出来る』
多くの部族を先導してきたラウル氏は、この場で最も彼らを奮い立たせる言葉を知っていた。
その長い人生で得た経験と、生まれた場所の教えをもって、彼は世界中の人々に向けて声を上げる。
『それと同じだ。隣り合う者たちを見よ。たとえ見知らぬ者であっても、相容れぬ部分があろうとも、我らは共通した願いを持てる! 我らが生きる星は一つなのだから! 神は信じる者に奇跡を齎す――我が部族に伝わる言葉だ! 強く祈るのだ! 我らが送り出したナビという名の戦士たちが、必ず我らに救いを齎すと!』
――何やら、遠くから声のようなものが聞こえた気がした。
冗談だろう。この辺の何処かにでも集まっているのか?
いや――それならそれで、近くからその効果というものを感じられるか。
『最後にANSA屋上、どうぞ』
名人氏の言葉に私たち――正確には私と、伊集院少年と、ライカ少年――三人は示し合わせたように光少年に目を向けた。
まるでその場の空気に釣られたようなライカ少年は我に返って困惑しているが、まあ、つまりそういうこと。
この場から声を上げるべきは彼であると私たちは思っているのだ。
「……へ? オレ!?」
早くしろと無言のプレッシャーを向ける伊集院少年。
光少年は一度、光氏に助けを求めるように目を向け――彼から何でも構わないとでも言うかのような笑みを向けられると、観念したように頭を掻いた。
「えっと――日本の光熱斗です! 今、オレたちのナビが、小惑星の軌道を変えるために必死で頑張ってるんだ! だから頼む――ロックマンたちを……皆を応援してくれ!」
『ありがとう、熱斗くん――さあ、私たちに今出来るのは、信じて祈ることだけだ……それ、皆、腹から声を出せ――!』
それが小惑星に届く道理はない。
だが、精一杯に叫べば、もしかすると。
そう思わせるほどに――今、この星は一つとなっている。
誰しも、死んでほしくない人の一人や二人存在するのだ。それがいる限り、この星諸共滅びることなど許容できない。
ゆえに――
「ブルース!」
――叫ぶ。
「サーチマン――」
――祈る。
「……ジャンクマン」
――願う。
「頑張れ、ロックマン――――ッ!」
遥か空の向こうで戦うナビたちが、限界以上の力を引き出し、奇跡を起こすことが出来るように。
『ぐ、くぅ……まだ、まだぁ!』
『諦メルナッ! 絶対ニ、皆ヲ、助ケルゾ!』
『オレたちの後ろには――失われてはいけない人々が大勢いる!』
『彼らのためにも……!』
奇跡とは、こういう場でこそ起きるべきだ。
まだ希望は残っている。絶望するのは、喉が枯れ果ててからでも遅くはない。
諦めない限り、人々の総意は――きっとあり得ないことさえ可能にする。
『――大気圏突入まであと三十分を切った。もう諦め――なんだ? この大気圏を震わせるほどの声は――馬鹿な!』
デューオの驚愕が、それを証明した。
『人間たちの声だと!? あり得ん!』
『聞こ、える……ボクたちを応援する声が! ――熱斗くん! 力を貸して!』
「ああ! 行くぜ、フルシンクロ! いっけええええええええ!」
その奇跡は、ナビが疑似的な心を持っているからこその――限界を超え得る力を引き出した。
何億、何十億という信頼と激励が、彼らの不可能を突破した。
可能なオペレーターは小惑星にいるナビと完全な同期を果たし、その力を後押しする。
そして、全員が信じる中で――コントロールシステムは勢いよく回転を始めた。
『――小惑星との通信を維持。軌道の再計算は後回しで構いません、ナビの帰路を確保してくださいっ』
数秒、ジャンクマンとの通信が乱れ……すぐに復旧する。
これまで順調だった通信に突然障害が起きたということは、それはつまり。
『……軌道は変わった。見せてもらったぞ、お前たちの可能性』
――私たちは勝利したということだ。
デューオ自らの宣言で、ANSA内から歓声が聞こえてきた。
力を使い果たしたようにナビたちはその場にへたり込んでいく。
中でも特に力を使ったらしく倒れかけるロックマンを、ブルース、サーチマン、ジャンクマンの三人が支えた。
『文化も思想も異なる生き物が想いを一つにし、可能性を切り拓く。であれば、お前たちは本当に星に根付く悪に決着を付けられるかもしれない。我はそれを期待し、此度はこのままこの星を去ろう』
ジャンクマンに送るプラグアウトコマンドを用意しながらも、私はデューオの言葉に耳を傾ける。
この星にあと三十分で訪れる筈だった滅びは回避した。
だが、それで完全な終わりではないと、彼は言っている。
『数十年後、或いは数百年後……再びこの星に訪れ裁きを下すべきかを見定めよう。いずれ来るその日まで、お前たちは悪と向き合い続けるが良い。さあ、帰るのだ、小さな戦士たちよ――』
これで安堵するなという警告。
戦いの中で啖呵を切ったことだ。それを虚言とすることを、デューオは赦すまい。
そして、私がプラグアウトコマンドを送信する前に、デューオは自身の権限でナビたちを外へと送り出した。
程なくしてPETに戻ってくるジャンクマン。どうやら、ロックマンたち、他のナビも同様らしい。
「……お帰り、ジャンクマン。良くやってくれた」
『――アァ。ヤッタゾ、エール』
あまりにも大きなことを成し遂げてくれた仮初の相棒に、労いの言葉を掛ける。
彼が戻ってきたという事実は、危機が去ったことを実感させてくれた。
『っ……はぁ……お疲れ様でした、皆さん。ナビの帰還を確認、小惑星の軌道修正の完了。再計算の結果、このまま地球を通り過ぎることが分かりました。これにてミッションコンプリート――サンアンドムーンを終了します』
「――やったぜ! ロックマン!」
『うん!』
だいぶ昇ってきた朝日に目を細める。
私たちは、当たり前の“明日”というものを迎えることが出来たのだ。
『という訳でライカくん、ちょっと通信室来てください。軍の関係で積もる話が幾つかあります』
「そんな話は聞いていないが?」
『作戦後のことを作戦前、ないし作戦中に話すと不幸なことが起こるんですよ。知らなかったんですか?』
「……ジョークにも等しい都市伝説だろう、それは……すぐに向かう」
――それだと、私もプライド様と今夜の食事について話をしていたな。あと、ジャンクマンへの礼についても話していたし。
あれか。倒しかけた相手に『やったか!?』とか言うやつか。
幸い何も起きていないが。この通り、ジャンクマンも戻ってきているのだから。
小惑星の危機は去った。私たちは、平穏を手に入れたと言える。
だが、それでやるべきことが全て終わった訳ではない。
あと一つだけ、答えを出さなければならない話が残っているのだ。
「――リーガル!」
ANSA屋上。下に向かうエレベーターへの通路ではなく、柵もない反対側へ向かって歩いていく彼についての答えを、私はまだ信じていないのだ。
名前を呼ぶとその足は静かに止まる。しかし、彼は振り向くことはない。
「キミは……」
「元々、この計画は大会優勝者のみで行う予定だった。そして、小惑星に向かう予定だったナビをデリートし、代わりに私のレーザーマンが向かい、小惑星を手に入れる。これが本来想定されていた、私の計画だ」
淡々と、リーガルは己が抱いていた本来の目的を吐露する。
この時点で、私にとっては信じられないことだった。
本音を言えば、今すぐにでもこの疑念に蓋をしたい。聞かなかったことにしたい。
だが、それでは誰もが納得しない。その葛藤が、言葉を紡ぎ続ける彼を黙らせることをしなかった。
「結局一名ではリスクが大きすぎると修正されたがね。その時点で私はこの時点での計画を諦め、ひとまずこの星の危機の回避に集中することにしたのだ。この星がなくなっては元も子もないというのは、紛れもない本音だからね」
再び、彼は歩き出す。
それを私は、ふらふらとした足取りで追った。
「それでは……やはり貴方はそうなのか、Dr.リーガル」
光氏の問いに答えたのは、屋上の端にまで歩いてから。
追いつけないと感じていたもう一歩を歩むことなく、もう一度立ち止まった。
「そうだとも。ダークチップシンジケート、ネビュラのリーダー――それがこの私、リーガルだ」
「――――」
耳を塞ぐ前に、彼はそう宣言した。
ウラにひしめくダークチップをばら撒いた、WWW壊滅後に活動を活発化させた犯罪者組織の筆頭。
ここ最近に、幾度となく事件を起こした連中に上に立つ者こそ、自分であると。
頭の中で整理が付く前に、次の一歩を踏み出そうとして――光氏が引き留める。
「待て! 何をするつもりだ、リーガル!」
「消えるのさ。私はオフィシャルなどに逮捕される人間ではないのでね」
「っ!」
まるで何の躊躇いも無く次を踏み出してしまいそうだった。
気付けば私は駆け出して、引き留めるようにその腕を掴んでいた。
許容など出来るものか。たとえネビュラを束ねる者であったとしても、私はそんな結末は認めない。
「エールさん――リーガル、今ならまだやり直せるだろ! お前だってデューオに立ち向かって、ナビと一緒にこの星を守ったんだから! ここにオフィシャルの炎山もいるんだ、自首して今までの罪を償えば……」
「……思い違いをしているな、光熱斗。私が罪を償う気があると、本当に思っているのかね? これまでの行いに罪悪感など持っていない私が?」
だって――そう、彼は友人なのだ。
それとこんな訣別、あって良い筈がない。
――此方に向けられた視線は、冷たかった。今まで同じようでありながら、しかし異なる温度は――私が知るリーガルという男と同一人物だとは思えなかった。
「人には人の正義がある。それが誰かを傷つける結果を生んだとしても、正しいと信じるものがそれだ。それは悪ではない――わかるかね?」
その冷たい視線をリーガルは、光少年に、伊集院少年に、そして光氏に向ける。
それぞれの正義を断じるように。
「光熱斗。少し前に、我がシンジケートのナビを追ってパークエリアに侵入しただろう。その際、事情を知らない警備のナビを倒したね?」
「っ」
「当たり前だが、警備とは侵入を許した時点で不祥事なのだよ。あのナビにもオペレーターがいただろう。開園前のテーマパークのエリアへの侵入だ。小さくない責任を取らされただろうね」
その時、光少年に何があったかは知らない。
だが、実際に起きた出来事ではあった。ホークトーナメントの仕事をしていた時、そんな話を聞いたことがある。
その侵入者がこの場にいたことに驚きつつも、やはりそれを受け入れる前にリーガルは言葉を続ける。
「伊集院炎山。オフィシャルのネットバトラー――その勇名を轟かせるまでに、君は数多のナビをデリートしてきただろう。たとえ容疑者として浮上した者が無実の罪を着せられていようと」
「……」
「その中の、ただの一人にでも謝罪したことがあるかね? ない筈だ。オフィシャルという権利、そして大儀の名の下に行った正当な行為なのだから」
伊集院少年もまた、リーガルに言葉を返すことはなかった。
つまるところそれは、彼の活躍にはそうした過ちも存在していたということだ。
「光祐一朗。君が築き上げたネットナビの時代。今や世界は彼らを用いたネット犯罪が蔓延っている」
「――――」
「そして、その基盤たるネットワーク社会の繁栄により排斥された者は決して少なくない。ようやく復権を果たしたクリームランドが長年苦しめられていたように」
違う。それは、彼の罪ではない。
光氏が成したことは、偉大なことだ。ネット犯罪の増加は、あくまで結果論に過ぎない――
「それに、だ。一度完全に失われて、手から零れ落ちようとしているものを、別の形になっても残そうという考え――それを私は、到底褒められた行為だとは思えんね」
「ッ! リーガル……っ!」
――リーガルが何を指して言っているのか、私は理解出来た。出来てしまった。
そういうものなのだと、私は少し前に知った。私はそれを糾弾しようとは思わなかった。思う――資格がなかった。
ああ……リーガルはこの場にいない者に向けても、言葉を投げている。
そしてそれには、同時に私という存在への憐れみがあった。
「……そうだ。もう一つだけ、このネットワーク社会が追いやった例を挙げようか。かつては人々のためを想っていた、一人のロボット工学の科学者だ。かつて……私が父と呼んだ男だよ」
「――お前は、まさか……」
「今となってはどうでも良い話だがね。他にも例を挙げればきりがあるまい。誰かの正義は、常に誰かにとっては悪であり、罪なのだ」
その時、リーガルを掴んでいた腕を、彼がもう一方の手で引き離す。
自分の手が震えていることに――今、気付いた。
「これが人間だ、ヴァグリース。罪無き者など存在せず、己の正義のためなら他の全てを利用する。そして悪は伝播していく」
「――なんで、それを、私に……」
「一つだけ――友人として君にだけは謝罪しておいても良いと思ってね」
何を言い出そうとしているのか。聞きたくなかった。
それを聞けば私は確実に後悔することになるという確信があった。
だというのに――手が動かない。耳を塞ぐことが、出来ない。
「ナビに根付く闇を増幅させるプログラム。あれはかつて君と作り上げたものだったね。あれは今や、私が作成した悪を生み出すプログラムと共に我が組織の礎となっている」
「…………ぇ?」
そして私は、聞いてしまった。
無自覚のままに、あまりにも大きな罪を背負ってしまったことを。
「あの時のダークライセンスが、ダークチップの半分を構成しているということだ」
「――――――――ッ!」
息が詰まって、背筋が冷たくなっていった。
いつか闇のチップを使う実験のためだと、彼に依頼されて共同で作成したプログラム――ダークライセンス。
あれが複製されてウラで取引されていることを知った時、彼に詰め寄ったことを思い出す。
あの時私は、どうしたんだっけ。結局のところ、彼を咎めることは無かったのだと思う。
彼の研究への意識は確かなものだったから。それが、少なくとも彼の悪事に使われることはないと思ったから。
それが――よりにもよって、あれに、あんなものに、応用された?
多くのナビが中毒に溺れ、ダークソウルに支配される、あの地獄は――私が作った?
「――ルさん! エールさん! しっかり!」
「っ」
――光少年に揺さぶられて、その場に蹲っていたことに気付く。
前を向けば、そこにいた筈の友人はいなかった。
爆発するような罪の重さに唇が震えて、何故リーガルがそこにいないのか、この場の誰に問い掛けることも出来なかった。
ただ、彼と再び道を同じくすることはもう出来ないのだということだけは、何となく理解できた。
デューオの退場。そしてここで明かされるエールの事実。
リーガルは大切なものを盗んでいきました。エールのメンタルです。
ダークライセンスとダークチップの繋がりは本作独自の設定であり、公式ではありません。
ただし、ダークライセンスが手に入るバグスタイルをネビュラが研究していたという設定は存在します。
4編は残り一話。その後掲示板回を挟んで、5編へと移ります。