バグのかけらをひたすら集めるクリームランド在住のデバッガー 作:けっぺん
――小惑星の危機、去る。
朝のアメロッパのニュースはその話題で持ち切りだった。
新聞はともかく、テレビはどのチャンネルもその速報ばかりを伝えている。
当然だ。人知れずこの星の危機が迫っていて、あんな瀬戸際で知らされたのだから。
ANSAへの批判は少なからず存在する。目を向けていないだけで、もしかするとそちらの方が多数派なのかもしれない。
そんな事態の対処に関わったのは、つい半日前に二つの大会を戦っていたネットバトラーたち。要するに、一般人も含まれていた。
あまりにも少人数であり、さらには一般人たちも巻き込んだ作戦。
それが可能性の最も高い手段だったのだとしても、その情報だけではANSAの判断は謎でしかないだろう。
この問題に関しては、ANSAや光氏、そして名人氏が説明を請け負っている。
いずれ批判もなくなるだろう。どうあれ、この星は猶予を得たのだから。
メールで知らされた、三日後に行われる大会の閉会式、および表彰式について、不参加の旨を送信する。
それは義務感から。関わっていたのだからそれだけは済ませないとならない。
それ以外のメールは――差出人の名を見ても、開く気にはなれなかった。
浦川少年や緑川氏。白泉氏に荒駒少年、帯広少年や、桜井嬢ら秋原町の三人組。六方氏にチョイナのジャスミン嬢、それから何故かヒノケン氏――知り合いから次々とやってくるメールの内容は、大体想像がつく。
返さなければならないとは思いつつも、そちらの方の義務感は働かなかった。
「……」
PETを置く。戻ってきたホテルの自室で、私はベッドに寝転がって纏まらない思考をどうにか整理しようとしていた。
未だに理解が及ばない。いや、理解はすることは出来ても、認めることが出来ない。
ダークチップという代物の誕生に加担していたこと。それを告げて、リーガルが消えたこと。
それを聞いてなお、光氏も光少年も私を咎めず、オフィシャルである伊集院少年さえ見逃したこと。
そこから何があったかは、不覚ながら覚えていない。
気付けば私は光氏に支えられるようにANSAの廊下を歩いていて、一室でひとまず落ち着いた後はホテルに帰された。
そうだ……プライド様に会っていない。報告――報告、しないと。いや、もう既に今日の公務は始まっているか。
忙しいのに、私がプライド様の時間を奪う訳にもいくまい。
では、私は何をすればいい。
何を考えれば――
――己の首を絞めながら悶えるナビがいた。
彼のオペレーターは親友と共に切磋琢磨し、競い合って技術を高めていった。
毎日のようにネットバトルをして、時に勝利し、時に敗北した。
勝てば喜び、負ければ悔しがる。どちらにしても、最後は二人で笑い合った。
ある日、そのオペレーターは初対面の人物から一枚のチップを貰った。
それを使えば更に強くなれる。親友どころか大人よりも強い力を手に入れて最強のネットバトラーになれる。
そんな口車に乗せられて、チップを使った。圧倒的な力は、親友とのネットバトルであっという間に勝てるほどのものだった。
これさえあれば本当に最強のネットバトラーも夢ではない。己の不調を感じ使用を控えるようナビは訴えたが、オペレーターはその力の誘惑に逆らえなかった。
黒く染まっていき、ナビは己の心の柱を失った。夜毎であった何者かの囁きはやがてずっと聞こえ続けるようになり、自分が何を聞いているかも分からなくなっていった。
そして、思考を埋め尽くすほどの破壊衝動が周囲に牙を剥く前に、その黒に完全に呑み込まれる前に、ナビは自分を終わらせようとした。
ナビは善だった。悪に呑まれてなお、正しい心を持っていた。ゆえに今の自分が耐えられなかった。
――悍ましい闇に沈んでいきながら、なお縋るように何かに手を伸ばすナビがいた。
ナビにオペレーターなどいなかった。昔はいたが、仲違いの末に喧嘩別れした。
拠り所を失ったナビはごろつきの巣窟たるウラインターネットに転がり込み、暗がりでの生活を開始した。
そこは力が全てだが、力の振るい方を間違えればその日のうちにデリートされるし、自身の全力を把握した上で上手いこと渡り歩けば、生きるのは難しくはない世界だった。
何せ、ウラスクエアという中立地帯がある。ウラの王の加護あるその場所は、勿論自分では足元にも及ばないような化け物もいれば、自分と同じような境遇のナビも大勢いた。
やや退屈だが、それでも充実していると言っても良い毎日だった。
悪友は多く、払うものさえ払えば気に入らない者を消してくれるヤツや、不具合を直してくれるヤツもいる。
かつて商人の持ちナビだった経験を活かして、決して表沙汰には出来ないものの取引でナビは日々を送っていた。
そんな中で手に入れた一枚のチップは、ナビに大きな力を齎した。
たった一枚使うだけで、格上だった連中を簡単にデリート出来る。
それは巷で噂の危険物だというのは知っていたが、ナビは承知の上でその力を振るった。ウラという世界ではやがてこうして上に行かなければ生きていけないと思ったから。
ナビはそれを使い続け、当然のように闇に溺れて、気付けば引き返せないところにいた。
ウラという世界でしか生きられないから、そこで安定を得たい。そんな危機感からの仕方ないきっかけだった。
もがく手を掴む者はいない。もう既に、周りには誰もいなかった。
――光に向けて走り続けるナビがいた。
そのナビは悪と戦うべき者だった。
ウラの悪人たちに誰より恐れられ、彼らにとっては死神にも等しい存在だった。
そうあれかしと作られ、忠義を誓ったオペレーターにそれを求められ、ゆえに冷徹に己の力を振るった。
強き存在でなければならなかった。自分と並び立つ者が現れても、焦りはない。信じるオペレーターと共に更に腕を磨き、やがて超越すればいいと思っていた。
ナビは任務の中で、犯罪者集団の拠点の一つを叩いた。
判断を誤っていたことに気付いたのは、戦闘を開始してからだ。既に撤退出来ない中で、ナビは数百の敵に囲まれていた。
ナビは強かった。たとえば百なら問題なく片付けられただろう。だが、それは単独ではどうにもならない程の数だった。
敗北が必至となり、ナビは考えた。
己の身だけならば良い。しかしこの場でナビが敗北すれば、任務は失敗となりオペレーターが築き上げた信頼に瑕がつく。
使ってほしいと懇願した。この場を打開するにはそれしかない。自分は闇に溺れることはないと叫んだ。
そして沈んだ闇の世界は悍ましいものだった。
蠢く絶望は掛け値なしの地獄と呼ぶに相応しいもので、ただの一秒たりとも、そこにいるべきだとは思えなかった。
「ッ――――!」
体中を駆け巡った怖気のようなものに、思わず飛び起きた。
ギリギリと走る頭痛に手が鞄の中の頭痛薬を求める。
そこそこの滞在となる予定だったため大き目だった鞄を漁り、あれでもないこれでもないと中の荷物を次々手に取って――そのチップケースを掴んだ。
ほんの一瞬思考が止まった。これは何だったかと頭の中で考えた。
「――ぅあ!?」
そして気付けば私はそのケースを壁に投げつけていた。
違う。これではない。嫌がらせのように奥底に入り込んでいた薬を取り出し、一粒口に放り込む。
水でそれを流し込んで――その冷たさにようやく、その思考が冷えていった。
『エ、エール……?』
『……』
『……何してんのよ。貴女、いつもの五割増しでおかしいわよ』
持ち込んだノートパソコンにいる三人のナビは、それぞれ自分なりの困惑の表情を浮かべていた。
何をしている――何を、していたのだろうか。
冷え切った思考の中で私はいま投げたものに目を向ける。
ケースから飛び出し床に散らばった、闇の抜け殻ともいえるそれ。
「……何でもないよ」
『無理があるわ。ジャンクマン、何があったの? 貴方たちが知らないうちに星を守っていたことしか知らないのよ、私』
『ム……ゴメン、レヴィア。オデ、話ガヨク、ワカラナカッタ』
一時の衝動で商売道具をぶちまけるものではない。
そう言い聞かせて、一つを拾い上げる。『ダークソード』のチップは効果を失ってなお、爛々と黒く輝いている。
これが一体、何人のナビを闇に落としてきた。戻ることの出来ない混沌に沈めてきた。
迷惑だからコイツの取引をやめろって? 誕生の片棒を担った私が言えた話か。
そもそも私がいなければ、こんなものは生まれていなかったというのに。
不具合を見つけそれを直すべき私が、こんな過ちが世に氾濫するきっかけを作ってしまった。
私はこれを……どうすればいいのだろうか。
「……そうだ。ジャンクマン、キミへの礼の内容。決めているかい?」
――その時の私は、逃げることを選んだ。
押し潰されそうな罪悪感の中で、それ以上深みに落ちることを耐えられなかった。
『ダークソード』をテーブルに置き、内心の恐怖を堪えながら私はベッドに座りなおす。
突然の問いに、ジャンクマンは首を傾げた。
『エ……?』
「私のことなら気にしなくていい。キミにも、レヴィアにも、アイリスにも背負わせることじゃない。ひとまずそれより、キミの話を優先したい」
ジャンクマンは訳が分からないと言った風に、レヴィアを見る。
肩を竦めたレヴィアは、小さく、処置なしよとだけ呟いた。
「というか、此方の事情は少し頭の中で整理したいんだ。だったら、先に決められることは決めたいってことだよ」
補足した言葉には、多分に誤魔化しが含まれていた。
整理出来る気のしない問題は現在進行形で私を蝕んでいる。
そんな中で、私は少なからず安定したかったのだ。
『……ナラ、オデ、オマエノ……エールノトコロニ、イタイ』
「何?」
『レヴィアト、アイリス、ミタイニ。必要ナラ、オデハイツデモ、オマエノPETニ入ル。オマエノ、指示デ、戦ウ。ダカラ、タ、頼ム……!』
――少しばかり予想外な願いに、一瞬だけ私は頭の中の混沌を忘れた。
オペレーターを探してほしいとかそういうことになると思っていた。もしくは、“野良”となるのに困らないほどの準備の支援とか。
どうあれ彼との関係はこの大会と作戦が終わったことで、終わりだと思っていたから。
「……私よりまともなオペレーターなんて、幾らでも探せるぞ。それに、ナビの居場所として私の下が、その……相応しいとは思えないが」
『ココガ、イインダ。オデヲ、助ケテクレタ……強クシテクレタ、ココガ。オマエガ、オマエタチガ、ヨケレバ、ダガ……』
正気で言っているのだろうかと、私は暫しジャンクマンを疑った。
しかしその様子は紛れもなく本気であり、彼がここに居続けることを望んでいることは明らかだった。
『いて迷惑って訳じゃないわね』
『う、うん……別れるよりは、そっちの方が』
……レヴィアはともかく、アイリスはジャンクマンと別れることを望んでいないらしい。
悩むまでもない。困る話ではないのだ――困惑しているだけで。
「……私は構わない。でも、本当にそれでいいのかい?」
『アァ――ココガ、オデノ、イルベキ場所ダッテ、思ッタンダ』
「そうか……なら、好きにするといい。キミの気が済むまで、ここをキミの居場所にしていいよ」
どうやら、ジャンクマンとの別れはここではないらしい。
レヴィアやアイリスのように、ではない。彼には必要な時は私のナビとして動いてもらうことがあると思う。
それでも構わないと言ってくれるのならば、望むところだ。そういう機会は少なからずあるのだから。
喜びを露わにするジャンクマンと、どこか安心した様子のアイリス。
そしてそんな二人を呆れた様子で眺めているレヴィアを見て、改めて私は思う。
少なくとも私はこの三人がダークソウルに魅入られるようなことを許容できない。
自分が蒔いた種を、あれをどうにかすべきなのは他でもない私だ。私はそれが可能でなければならないのだ。
私の役割を思い出せ。自分で不具合の種を生み出したのならば、それはどうにか出来て当たり前だ。
ダークチップは持っている。クランケは――私自身がどうとでも出来る。
ジャンクマンに迷惑を掛けるより先に、やらねばならない。
見出した私なりの責任。まるで強迫観念に駆られるように、私は頭の中でそれの設計図を描き始めた。
強くあれ、エール・ヴァグリース。
私はダークチップに弱くてはいけない。
壊れたものを、崩れたバランスを修復するのは私の役目だ。もう一度それを思い出せ。
――君は、私の全てだ。
そうだ。私はあの人の全てだ。
あの人のためにも――私の過ちは私がどうにかしないとならないのだ。
友人との離別、そしてまたも背負ってしまった責任。
2編や3編とは違い、だいぶ重い形で4編は終了となります。
この後は掲示板回を挟み5編。残ったタグがようやく回収されますね。
以下、4編についていくつかまとめをば。
・ジャンクマンについて
ジャンクマンの救済に関しては、本作のテーマの一つでもあります。
原作ではロックマンとの戦いの後、体に限界が来て消滅してしまいます。
この際、ソウルが共鳴しジャンクマンの生きた証はロックマンに残り続ける、という話になっていますが、本作では生存し今後はエールファミリーの一人として生きていくことになります。
・ソウルユニゾンについて
4編でロックマンが取得したソウルは、ガッツ、アクア、ウッド、メタル、ロール、ブルースの六つとなっています。
ブルームーン4つ、レッドサン2つとなっていますが、これはブルームーンを基準としてシナリオの都合上二つを入れ替えたためです。
上記のラインナップになったのは以下の理由から。
・ジャンクマンはロックマンと反対の大会に参加することが確定していた。
・お察しの理由でナンバーソウルをここで取得しておく必要がない
・4編で取っておかないとブルースソウルの自然な取得タイミングがなくなる
・ウッドマンとメタルマンは4よりも前に熱斗たちが知り合っており、共鳴相手として説明がつきやすい
空いた2枠にはレッドサンから、秋原町組を選択しました。
・ダークチップについて
3編でフォルテ相手に使用し、4編で本格的に関わり始めたチップ。
ダークライセンスの話題は3編の掲示板回で出ています。
また、ホークトーナメント後のレーザーマンの言葉が、エールがダークチップ誕生に関わっていたことを示唆しています。
・エールはダークチップ/ダークロイドのママだった?
その発想はなかった。その子供たち壁に投げつけてるけど。