バグのかけらをひたすら集めるクリームランド在住のデバッガー   作:けっぺん

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唯一の友人 【本】

 

 

 ――ネビュラが日本に大規模な攻撃を行った日から数日が経った。

 各国は日本に支援を回すことが現状出来ておらず、日本のオフィシャルによる抵抗が続いているもののインターネットが占領されているという事態は解決していない。

 支援が出来ないのは、自国の防備のため。

 元々日本のインターネットのセキュリティは世界有数を誇る。

 それが科学省を攻撃され、さらに国のインターネット全域を占領されたともなれば、決して自国の守りを過信出来ないのだ。

 かつてアジーナの中枢がゴスペルの手によって攻撃された時は、これほどの危機感は持たれていなかった。

 だが、それがインターネットの凍結事件、そしてWWWによるプロトの侵攻など全世界に向けたテロが発生したことで、ようやく共通した危険意識を持つようになったのである。

 

 現状、日本以外の国に大規模な攻撃は行われていない。

 しかし各国への攻撃のための部隊は整えられており、牽制のような小規模なサイバーテロによって日本どころではない、というのが現状だ。

 幸いクリームランドへの攻撃は殆どない。

 小国ながらセキュリティに関しての水準は上位であるこの国を攻めても利は薄いとでも考えられているのだろうか。

 一方で、隣国のシャーロへの攻撃は苛烈だった。

 攻撃部隊の陣頭に立つナビが非常に強力であるようで、高い軍事力を持つシャーロを動かすまいと足止めを担っているようだ。

 

 そうした緊張がありながらも、世間は表向き、平穏を保っている。

 あくまで一般市民から見れば最初の大規模な攻撃以外は水面下で行われているからか。

 日本もそれは同じのようだが、やはりインターネットが自由に行えないというのは厳しいだろう。

 アクセス自体は出来るようだがいつネビュラのナビに襲われるか分からないし、オフィシャルからも一般のナビに関してはプラグアウト指示は出されている。

 そんな状態がいつまでも続けられる訳がない。一刻も早くこの状況を打破しなければなるまい。

 

 ――光氏が連れ去られたという事件が齎した焦りは大きかった。

 私の知り合いにネビュラによる被害者が出たのだ。

 その事実は、日本が攻撃されたという大事件以上に、私に危機感を与えている。

 ……まだ足りない。外装の完成には程遠かった。

 過程として幾つか出来たものはある。だが、それだけでは不十分なのだ。

 急ぐ必要がある。今のままでは私一人でネビュラとは戦えない。

 疲れが溜まっている自覚はあるが、ネビュラは待ってくれる訳ではない。

 今もどこかで我が物顔でダークチップを使い、その被害を増やしている。

 だから、まだまだ――

 

「……?」

 

 その時だった。家のインターホンが鳴ったのは。

 宅配の予定は……何もなかった筈だ。

 時刻は昼前。最早朝か夜かなどどうでもいいくらい不安定な生活バランスになっているが、来客の時刻を気にする余裕はあった。

 宅配でないとしたら……この家への来客など限られる。

 外の様子を確認し、予想通りであることを確かめてからふらふらと玄関に歩いていく。

 扉を開ければ――そこには、身分の大きく違う、再び唯一となった友人の姿があった。

 

「……プライド様」

「――こんにちは、エール。入ってもよろしいですか?」

 

 今日は一体どうしたのだろうか。連絡などは貰っていないが。

 プライド様の笑顔はどこか、硬い。

 それは、怒っているようにも見えて――何か、不手際をしてしまったかと、不安になった。

 

「どうぞ……すみません、こんな格好で」

 

 外に出る予定もなかったし、寝間着のままだった。

 何か用があれば、呼んでくれても良かったのだが。そうすれば、流石にここまでだらしない姿を見せることなどなかった。

 

「構いません。エールは家にいる時、大体その格好ではないですか」

「……すみません」

 

 そうだっただろうかと、軽く顧みる。

 ……いや、出掛ける予定がなければその通りだ。

 プライド様が来ると分かっていればその限りではないが。うん……改めるべきかもしれない。

 リビングに招くと、すぐにプライド様は話を切り出した。

 

「……エール。最近、また睡眠を削っていますね?」

「はい……少しだけですが」

「……ネビュラ、ですか?」

 

 ――プライド様には、当然のように看破された。

 頷くと、ますます彼女の表情は暗くなる。

 

「光博士の件はわたくしも聞きました。それに、ネビュラ首領、Dr.リーガルについても」

「……」

「貴女が抱え込んでしまうほどのことだというのは分かっています。ですが……」

 

 それでも、関わってほしくない。

 そう言われるのは分かり切っていた。だから、私もプライド様に何も言わず、ここまで作業を続けてきたのだ。

 光氏とリーガル、この二人が私にとって特別な人物であることはプライド様も知っているのだから、ネビュラに関わろうとするということは容易に想像できるだろう。

 

「……すみません。関わらないと約束しましたが、私はネビュラと戦います」

「……他にも、理由があるんですね?」

 

 ――分かってしまうのか。

 内容自体を、プライド様は追及してこなかった。

 ダークチップのことを――プライド様は知っているのだろうか。

 いや、まだ知らない筈だ。知っていれば、間違いなく絶縁など免れないだろうから。

 誰よりも信頼する人である以上、言わなければならないことだというのは分かっている。それでも――私は、言い出せなかった。

 それを私が告げた時、プライド様にどれだけ失望されるかを考えれば、まったくと言って良いほど、口は動かなかった。

 

「――、そんな顔をしないでください、エール。大丈夫です。今は言えないというのであれば、わたくしは問い質しません」

「……すみません」

「もう……謝り過ぎです。ですが……ネビュラに対して動く際には、必ずわたくしに事前に報告すること。危険であっても、貴女の安全だけは保障しないといけませんので」

「そんなこと……」

「必要なんです、エール・ヴァグリース」

 

 事前報告。それに否やはない。

 プライド様がそれを求めているならば従う所存だ。

 だが、私の安全よりももっと重視すべきことはある筈だ。個人の事情で戦おうとしている以上、優先されることでもない。

 そう言い切ろうと思ったところを、ぴしゃりとプライド様に制された。

 

「貴女はこの国に必要な存在であることを――わたくしの友人であることを、忘れないでください。貴女を心配し、貴女を守ることは、何も不思議なことではないのです」

「……」

 

 友人――決して否定できない、否定してはならない言葉が、突き刺さる。

 プライド様に守られる。そこまでされるほどの存在ではないというというのに。

 私が一方的に、支えられるだけで良いのに。

 

「……重い話はこれまでです。心得ておいてください――さあ、本題に入りましょう、エール」

「え……あぁ、はい」

 

 笑みを浮かべたプライド様は、それ以上を言うことはなかった。

 それほど思いつめるほどのことではない、気楽に頼って良いと言わんばかり。

 私は……――ううん、今は、考えなくていい。本題がこれではないのなら。

 これを考えていれば、本題に耳を傾けられなくなってしまうから。

 

「近いうちに、わたくしは日本に向かいます」

「――日本に?」

 

 思わず、聞き返した。

 今の状況で日本に行くということに、あまり良いイメージは抱けない。

 現実世界で何ら大きな事件は起きていないとはいえ、ネビュラの攻撃によってインターネットを占領されているあの国に、一体何の用なのか。

 

「色々と公務がありまして、少し長めにいることになる予定なのですが……」

「……どれくらい、ですか?」

「少なくとも、一ヶ月以上は」

 

 ――長い。それだけの間、プライド様がクリームランドを離れるのは珍しい。

 恐らく結構な数の公務が重なっているのだろう。もしかすると――急遽決まったネビュラ関連の会議か何か、あるのかもしれないが。

 

「今回の予定の中で、幾つか貴女に頼みたいことがあるんです。可能なら、ついてきてくれませんか。難しいようであれば強いることはありませんが……」

「構いません。連れていってください」

 

 私は咄嗟に――プライド様が言い切る前に、同行を申し出ていた。

 ネビュラとの戦い。ダークチップへの対応。それへの気持ちは消えていない。

 だが、プライド様の信頼を失いたくなかった。

 プライド様の力になれないことが、今の私にとって何よりも恐ろしかった。

 

「……ありがとうございます。そちらの方が、報告や情報の共有もしやすいでしょう」

 

 その真意をプライド様は、知らないと思う。

 礼を言うべきは私だった。プライド様が現状の日本に長居していることは――不安だ。

 それを知っていれば私は何にも手が付けられなくなる。

 

「それに……滞在は長いですが、今回はそれなりに自由な時間も作れそうなのです」

「……はぁ。それは、良かったですね」

「そうではなく。たまにはエールと羽を伸ばしたいなと」

「私と、ですか」

 

 ――それは、嬉しい。

 だが、無理をしていないだろうか。わざわざ私のために時間を作ったりなど、していないだろうか。

 いつも以上に、そんな不安は大きかった。

 自身が今不安定であることは自覚している。そんな完全ではない私は、プライド様に気に掛けてもらうに足る存在なのか、と。

 

「本心ですよ。こうした余暇で何の気兼ねもなく、共に楽しめる人なんて、貴女しかいないんですから」

「……私で良ければ、何だろうと付き合いますよ」

「“私で良ければ”、ではなく貴女とでないと駄目なんです、エール・ヴァグリース」

 

 ――負担になってほしくはない。

 だが、プライド様にとって私がそういう存在であるのなら。

 私にとってその関係は何より精神的な支柱になるものだし、私にとっては望外な喜びだった。

 

「――――、分かりました。よろしくお願いします、プライド様」

「ええ。日程は後に伝えますが……ちゃんと睡眠だけはとってください。わたくしの睡眠を心配しているのなら、わたくしの前で寝不足で倒れるようなことは絶対に許しませんよ」

「……ぜん」

「善処ではなく、徹底してください」

「はい」

 

 予測され釘を刺されたことに驚きつつも、それならば仕方ないと頭の中で計画を組み直す。

 徹底しろと言われたならば、睡眠をここまで削ることは避けた方が良い。

 そのつもりはないものの、確かにプライド様の前で倒れるなどあってはならない。

 それの完成は少し先になるか、と思いつつも――出来た楽しみに、掛かる重圧は少しだけ軽くなった気がした。




日本行き(定期)
今回は珍しくプライド様と一緒です。よってエールのメンタルもほんの少し回復しました。
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