バグのかけらをひたすら集めるクリームランド在住のデバッガー 作:けっぺん
オラン島。
無人島となって十年以上が経過しているそこは、すっかり廃れ切っている。
廃坑はかつて人がいたという痕跡はあるものの、まあ――ひどい。
各所のドアのロックは掛かりっ放しで、解除しようとすればウイルスが流れ込んでくる始末。
システムは最早骨董品とも呼べるレベルだ。
この電子ロック自体、ネットワーク技術の黎明期に出来たものであることが窺える。
案内してくれている職員殿は時折ここの整備に来ているようで、そのおかげでどうにかこのドアなどは動くようだ。
しかし、廃坑の中心にある削岩機は中を通るのに支障もないため、長年放置されているとのこと。
そこまでのドアを開き、プライド様と共に中に入れば――広い部屋に鎮座する巨大な機械があった。
「これが、件の削岩機です」
「何というか……」
見たところ四つの制御装置でコントロールしているらしい。
その一つの前に立って、電源を入れてみる。うん――骨董品だ。
「時間は掛かりそうですね」
「直せるものであるだけ、良かったです……」
まともに動かす余地があるだけ驚きだ。よく電源入ったな、これ。長年放置されていたのが逆に功を奏したか。
まあ、ちゃんと復旧させれば以前のように動くようにはなるだろう。
ドリルやら何やらがイカレていなければだが。そちらの方は管轄外だ。
「まあ、不可能ではなさそうです」
「では、準備が整い次第、作業を始めていただけますか? わたくしは他の場所の見学に向かいます」
「ごゆっくりどうぞ」
プライド様も大変だ、とは思う。炭鉱の見学なんて王女がやることじゃないのではないだろうか。
新型PETのためとはいえ、妙な仕事まで公務として受け過ぎだ。適当に別の人に流してやれば良いのに。
案内を受けながら去っていく友人の相変わらずの過度な働きっぷりに肩を竦めつつ、私は制御装置の前に置かれた椅子に腰を下ろす。
砂っぽい……というのはこの状況に相応しい言葉だろうか。
砂どころか周りは岩である。設備の搬入のためあらかじめある程度掃除されていたジゴク島とは違い、こちらは放置の影響を多分に受けている。
それでも、一国の王女を呼ぶためか手が加えられている様子は見て取れるが……まあ、落第点だな。
「プラグインは……出来るな。ネットナビが生まれた頃はまだ現役だったのか」
専用の端子が生きていることを確認し、PETを繋ぐ。
そして最初に送るのは、戦闘用のプログラムたち。
『オデハ、マダ行カナクテイイノカ?』
「ああ。流石にこの量を最初に相手していたら、作業の前に疲れかねない。しっかり守ってもらう必要がある以上、最初の掃除は彼らに任せるさ」
侵入者を感知して流れ込んでくるウイルスたちに、放ったプログラムは悠々と突っ込んでいく。
……見られるウイルスも古いこと。
ナビやバトルチップと同じようにウイルスだって日に日に新しくなっていく。そんな今の時代では懐かしさを覚えるようなラインナップだ。
だが、悲しいかな、それを迎撃するプログラムたちは最新だ。最新の機能、最新のチップデータで次々にデリートさせていく。
生まれがよほど規格外でもなければ、この世界では古いものは基本的に弱いのだ。
「……」
『……? なに?』
「いや、なんでも」
ふと視線を向ければ、アイリスは怪訝な表情を返してきた。
こうした作業を手伝ってもらう前後に、彼女の軽いメンテナンスを行うことがある。
あまり深部までを明け渡してはくれないが――確認できる場所を見る限り、使われているプログラムにはかなり古いものが含まれている。
殆どは比較的新しいものに組み替えられているものの、所々に残っているそれは気になるところだ。
WWW絡みの、何らかの過去を持っていることは間違いない。だが、それ以上の情報は掴めていないというのが現状。
ただ、もしもWWWの面々に彼女を連れていることを知られても不味い。ゆえに外では変装をさせている。
レッドサントーナメントの際、組むナビとしてレヴィアには一応話をしたが、アイリスにはしていなかったのはそれが最たる理由だ。
……もう一つの理由として、アイリスが驚くほどの非戦闘特化だったことがある。
逃げることは出来るものの、自分で相手を攻撃する機能をはじめとしてまともな戦闘能力がまるで備わっていないのだ。
まるで、戦闘という機能をそのまま抜き出したような不自然さを感じる。そのおかげで、非常に優秀なハッキング能力がより異質に際立っている。
一体誰が彼女を作ったのか。私には想像くらいしか出来ないものの、何とも極端だ。
アイリスから見られる自衛も何もないコンセプトに若干の呆れを抱きつつ、プログラムくんたちの作業に目を向ける。
初動は収まったようで、襲ってくるウイルスたちもいなくなった。
あとはジャンクマンが十分どうにか出来るだろう。
エールハーフを起動しつつ、ジャンクマンとアイリスに呼び掛ける。
「さて。始めようか。準備はいいかい?」
『う、うん』
『イツデモ、イイゾ』
プログラムくんたちを回収し、二人を削岩機の電脳世界に送る。
一歩遅れて
これを再利用しようという節約精神をポジティブに見るべきか否か、悩みつつも作業を開始した。
――
集中が少し途切れる度にそんなことを思う、素晴らしく最悪な環境だった。
外は風通しの良い大自然。しかしここは風など吹く余地もない炭鉱のど真ん中。
日差しがないだけまだマシだが、余計に感じられる蒸し暑さは如何ともしがたい不快さを生む。
この炭鉱でかつて働いていた作業員に敬服せずにはいられない。石炭一つ掘るのにも、人は大いに苦労しているのだと実感する。
夏真っ盛りという季節じゃなくて良かった。そうだったらまず耐えられなかっただろう。
クリームランドに慣れているとこんな気候、苦行でしかないのだ。
割とプライド様が大丈夫そうなのはやせ我慢である。そうに違いない。彼女だってこの暑さはつらい筈だ。
そんな中でも、作業を続けるのが私なりに存在する
制御装置の復旧は三つ終了し、最後の一つに取り掛かっていた。
アイリスとジャンクマンはプラグインさせていない。
どうやらこの炭鉱の鉱石が放つ磁力が電脳世界に影響を与えているようで、あまりナビにとって良い環境ではないようだ。
短時間ならば問題はないのだが、長時間この場にいれば暴走しかねない。
制御装置の中にいるプログラムくんたちは適応できているようだ。外からの客は久しぶりだと感激され、彼らが自発的に起動してくれたセキュリティによってウイルスの心配がなくなったため、単独での作業を行えている。
ベルトコンベアに載って流れてくる大岩に跳ね飛ばされるウイルスを横目に続ける復旧作業。
現実世界は暑いし、電脳世界はこのセキュリティの影響で物音がうるさい。
涼しくて静かな環境がどれだけありがたいものか。その環境が当たり前のように与えられていることを感謝すべきかもしれない。
「エール、終わりそうですか?」
「あと少しです」
見学を終えたプライド様は船に戻ることもなく、作業に付き合ってくれていた。
暑いしせめて外で待っていてほしかったのだが、申し訳なさの一方、これはこれで私個人としては能率が上がるというもの。
この環境の中の唯一と言って良い清涼剤こそ、プライド様だった。
猛然と進む作業の中で――一つ、妙なデータを見つける。
「……は?」
「どうかしましたか?」
思わず漏れた声を聞いてか、プライド様も覗き込んでくる。
不可視の状態になってはいるものの、電脳世界に後付けで組み込まれた異物感は拭えない。
恐らくは過去の作業員が何らかの理由で追加したもの。
それが既に使われていないこの削岩機に存在する理由は分からないが。
「このファイルは……?」
「パストビジョンです。現実世界のある一瞬をデータ化したものですね」
思い出の保存方法としてはかなりマイナーかつ手間の掛かる手段だ。
ここにあるということは……このオラン島のものだろうか。中を確認するつもりもないし、そもそもキーがないので開けないのだが。
「そんな技術があるんですね」
「クリームランドにも幾つかありますよ。自由に閲覧できるものではないですが」
現在となってはわざわざ電脳世界に残す理由もないし、ビデオカメラで事足りる。
何らかの思い出を残すと考えれば、改竄や破壊の危険性の少ない現実世界で保存した方が良いだろう。
あくまでこれは今では使い古された手段。珍しいものではあるが、特別気に掛けるほどのものでもない。
「私たちが見るべきものでもないでしょうし、気にしない方が良いでしょう。無理やり開くのも気が引けますし」
「無理やり開く選択肢が出てくることがまずおかしいですよ」
ご尤もなプライド様の言葉に口を噤む。
軽率だった。手っ取り早いウラ流の解決法はプライド様の前では自重すると決めているのだ。
「……そんなこと、他でやっていませんよね?」
「…………、やってないです」
「最初の方の声をもう少し大きく」
「……たまにしかやってないです」
「以後、特別な理由が無い限り禁止します」
「はい」
そこですぐに、汎用的な“特別な理由”を考え始める自分の胆力に感心する。
プライド様と共にいる時はともかくとして、ウラのあれこれをやっているとこうした“手癖の悪さ”はないと生きていけないものだ。
ウラにある扉など、ウラランクをかざし、それで開かなければ不正の解除試行、それでも駄目なら押し通る。それが原則なのだから。
「ともかく、これの修復が優先です。そのファイルは放置しましょう。これの修復が終われば、本格的に採掘のために動けるので」
「分かりました」
まあ、今日修復して今日から開始ということもないだろう。
そこそこ長いスパンの計画のようで、そこはプライド様があまり急ぎ過ぎていないことに安堵する。
「――そういえば、先程職員の方から聞いたのですが、今日はわたくしたちの他に、一般の方がこの島に来ているみたいですよ」
作業の合間、世間話の一環として、プライド様がそんな話を切り出した。
一般……つまるところ、観光客ということだろうか。
人の手が入っていない場所が多く、自然豊かな島――というか無人島な訳だが、そんな場所にやってくるとは。
この炭鉱以外にもしかすると見るべきところがあるのかもしれないが、物好きもいたものである。
「なんでまた、この島に?」
「どうやらここの砂浜は、日本では知る人ぞ知る海水浴のスポットらしいのです。定期便がある訳でもないので、やってくる手段がまず少ないのですけどね」
「……ほぼ貸し切り状態でしょうね」
海水浴のためにこんな無人島まで来るとは、ご苦労なことだ。
今来ている一般人とやらもそれが目的なのだろうか。
お金持ちの道楽はよく分からない、と肩を竦めた。
「ふふ。エールにはやはり興味は薄いですか」
「まあ――海は私には合わないでしょうし」
海で遊んだことはないが、そもそもの話、私は泳げない。
特段、海というものに憧れを持つこともないし、恐らく今後も海で泳ぐことなどあるまい。
「まだプールで溺れかけたこと、気にしているんですか?」
「プライド様、忘れてくださいって言いましたよね。あとあれは溺れかけたんじゃなくて本当に溺れてたんです」
「あら。そうでしたの」
くすくすと笑うプライド様だがこっちは割と必死だった。
そしてあの時も必死だったのを覚えている。というか今になって掘り返されるとは思わなかった。
苦い記憶ではあるが――うん、プライド様の笑いの種になるなら、悪くはないか。少なくとも、プライド様にとっては愉快な思い出になってくれているということだ。
そんなことを思い出させてくれたその一般人とやらにも、欠片ほどの感謝を投げる。
向こうは見ず知らずの者にまったく覚えのない感謝をされて困惑するだけだろうが。
――――この時来ていた一般人が、見ず知らずではなく既知の少年少女だったことを、私はこの日知ることはなかった。
・パンツやぶり
今回の話の裏で行われている、昔から伝わる禁断の秘儀。
まずズボンを脱ぎ、パンツの上に海パンをはいてからパンツを脱ぐ。
こうすることで一度もすっぽんぽんにならずに海パンに着替えられる。
しかし、この大きなメリットと引き換えに恐ろしいリスクも持っている。
海パンの裾から下にはいているパンツを引っ張り出して片足ずつ脱がなければならないため、パンツのゴムが千切れるギリギリまで伸ばさないとならないのだ。
もしも力加減を誤った場合、限界を超えたパンツは音を立てて引き千切れ、最悪の場合――ここからは話すまでもないだろう。待っているのはある種、死よりも恐ろしい凄惨な事態だ。
作中世界での知名度が如何程かは不明だが、二百年後にも伝わっている。
二百年後では敵ポジションのキャラも空気に乗る。しかもあろうことか女性が監督の上での犯行である。クインティア先生マジパネェッス。
職員さん「今日は大事なお客さんが来ているから炭鉱に入るのは駄目だよ」
熱斗「えっ」
エール「なんかパストビジョンあるんだけど」
光正のナビ「えっ」
プライド様一人でのお忍びはなくなった結果、熱斗との遭遇自体が消滅しました。
磁力の影響も未然に発見されたため、アイリスの考察、パストビジョンの発見、思い出話と一切熱斗の関わらない話となりました。