バグのかけらをひたすら集めるクリームランド在住のデバッガー 作:けっぺん
その日訪れていたのは科学省だった。
プライド様は今日、この場所で何かしらの会議があるようで、私はオフであったのだが、ついでなので懐かしきウイルス研究室の様子を見に来たという訳である。
懐かしき、とは言うもののまだ半年とて経っていないのだが、帰ったのはWWWとの戦いが終わってすぐだったし、その後は一度日本に来たときも科学省には訪れていない。
小惑星の一件という大きすぎる出来事が挟まれたからか妙な懐かしさを感じられるものだった。
「随分増えたね。順調そうで何よりだよ」
「ああ。中には数が減ってきたウイルスもいる。保護の重要性が変わってきているがね」
相変わらずの様子の室長殿の案内で、研究室で保護されている無害ウイルスを見せてもらう。
当たり前ではあるが、あの時から保護されたウイルスは増えていた。
新たに増えたものには、水属性のウイルスが多かった。
エビロンにゲイラーク、ウズリム、そしていつの間にか数が減り、今では殆ど見られなくなったコリペンなんかがいる。
他にも……あれはウォーラか。シャーロエリアでよく見ると聞くな。
何というか……。
「……水族館みたいだ」
「私たちもそう思っていた。実際、コリペンのSP種は才葉シティの水族館で保護したものだよ」
エビにエイ、カニにペンギン、そしてセイウチ。
見事なまでの水族館的ラインナップだ。
私がいた頃に保護したジェリーも健在だし、ウイルス水族館として売り出したらどうだろうか。洒落にならんな。
世間一般的にウイルスとは脅威であり可愛らしさを見出すものは少ないようだ。
まあ、彼らが娯楽施設の一展示物になるのは私も望むところではないのだが。
「君の方はどうだい?」
「クーモスにプルメロ、マルモコを見つけた。SP種はまだだが」
無機的、というか置物そのものであるウインドボックスとバキュームファンが鎮座しているエリアを眺めて微妙な気分になりながらも答える。
……確かにウイルスではあるが無害とか有害とかの見分け、よくついたな。
あれ、バグのかけら食べるのか? 普通のウイルスとしてならたまに運用するため管理しているが、食べているの見たことないぞ。
「……世話役のプログラムくんが苦労していないか?」
「流石の慧眼だ」
「どれも激しく動き回る種だからね。想像はつく」
「一応、クーモスは戦闘時以外は大人しいよ。平時はあまり動くことはない」
「……興味深いな。ウラインターネットでさえ恐れられているウイルスと聞くが」
プルメロとマルモコに苦労している様子なのは否定しない。
最近は慣れてきたようだが、それでも狂ったように跳ねまわるプルメロたちと狂ったように走り回るマルモコたちに翻弄されているのはよく見る。
そろそろ追加で世話用のプログラムくんの作成を検討しても良さそうだ。
世話役たちが協力してあの暴走を鎮圧する光景を目にすることが出来るかもしれない。
「此方でも観察してみたいが……とはいえ、暫くはウイルスの捜索は中断せざるを得ない状況だ」
「……まあ、そりゃあね」
日本のインターネットエリアの殆どがネビュラに占領されている現状。
これで外のウイルスを探そうというのは無理な話だ。
ネビュラの占領を受けているのは、科学省エリアも例外ではない。
エリア全域という訳ではなく、科学省のホームページがあるエリア1――つまり、最後の砦だけは守り通しているのだが。
今の科学省は、決して穏やかに研究をしていられる場所ではなかった。
寧ろここは今の日本の防衛最前線。
既に一度、科学省そのものが攻撃を受けていることから侮られているものの、ネビュラと攻防を続けているのもここな訳だ。
「流石に科学省エリア全てが落とされる訳にはいかないからね。我々としても必死に――」
その時だった。省内全域を対象としていると思しき警報が鳴り響いたのは。
「……何事だい?」
「噂をすれば、というヤツさ。ネビュラの襲撃だよ。動ける職員は科学省エリア1を守るためにプラグインしろというね」
緊張感を宿した表情に変わった室長殿は、自身の席へと急ぐ。
なるほど――彼ら職員も、この状況では一人の兵という訳だ。
しかし、相手はネビュラ。ギリギリの攻防をいつまでも続けていては、一向に勝ちは見えてこない。
「手伝おう。今は部外者の身だが、ここが落ちたら困る」
「……それを結構だ、と断じられないのがつらいところだ」
私も空いた適当な席に座る。
ジャンクマンたちは連れてきていない。
こんな状況、想定していなかったし――そもそもネビュラとの戦いに、彼らを巻き込むつもりなど私にはなかった。
モノは未完成だ。だが、運用できるものもある。いつかは宣戦布告をしなければならなかった――ああ、良い機会だ。
「――解凍。エールハーフ.EXE、パルストランスミッション」
起動を確認。エールハーフにそれを適用させて、精神を切り離す。
ついでに正体を隠すための黒いローブを羽織り――警報鳴り響く科学省エリアに降り立った。
ウラでよく使われる匿名化のためのアバターを私が用いることは殆どないが、今回は別だ。
まだネビュラの目に付くには早い。味方側に疑われるリスクはあるが、そちらの方が幾らかマシだろう。
ひとまず研究室の面々には敵でないことを告げ、前線に走っていく。
反対側からやってくるナビたちは――確認するまでもないな。
右腕に『ダークソード』を構えたナビが三人。幾らかの小隊で動いているらしい。
『あ……? 何だありゃ』
『ここにいるってことは科学省のナビだろ。デリートだっ!』
『死っ――』
当たり前のように利用されたそれに込み上げてくる吐き気を堪えつつも、一歩先を行くナビの足に向けてジャミングアイを放つ。
纏わりついた光は結晶のように固まっていき、部位の重さを増す。
バランスを崩して動きの止まったナビに衝突し、三人纏めてすっ転んだ。
『てめえ、何してやがる!』
『いや、足が――』
喧しい。起き上がる前に『エレキリール』を放ち、広がっていく電流で三人纏めて撃破する。
ソード攻撃など近付かれなければ脅威にもならない。ブルースが強力なナビとされているのはそれに足る技術があるためだ。
まるで戦い方を知らないナビにダークチップを与えたとて――中途半端に力を得たものにしかならない。
そして生まれたダークソウルは中途半端でしかないナビの魂を容易く蝕む。
待っているのは、抗っても脱出することの叶わない無間地獄――
『ッ』
余計なことを考えるな。戦いの場でこんなことを考えていられるほど、私は強くない。
集中しろ――ダークチップを半端に使うようなナビだけならば、特に問題はない。
だが、それだけではない筈だ。
この程度ならば科学省のナビだけで科学省エリアまで取り返せる。
それが出来ていない理由は、他に勝ちを拾い切れない要因があるからだ。
やってくるナビを撃破し、時に他の職員のナビに押し付け、エリアの奥へと向かう。
普通のチップを使ってくる様子などない。
一つ覚えのようにダークチップを振り回す、既にダークソウルの侵食が進んでいるような力任せのナビばかり。
こんな様子のナビでは指揮もままならないだろう。本命が何処かにいる筈。
『貴様ぁ!』
『うるさい』
突っ込んでくるナビに『マグナム』を浴びせ沈黙させる。
時間が経ち、乱戦になれば寧ろ私としては都合が良くなった。
積極的に此方にやってくる数が減り、戦いと戦いの間を縫って奥に進める。
どこを向いても視界に映るダークチップの闇が此方に重圧を掛けているような感覚は、無視するのがつらかった。
だが、今ではない。まだ私に――その闇を払う力はない。
そう言い訳しながら目を背ける。一回一回に感じる痛みを噛み締めながら。
『ふん、ふん……んん? オマエも科学省か、もしくはオフィシャルのナビか?』
そうしているうちに、次のエリアへの入り口付近で一体のナビを見つけた。
おどけた外見だが、その身に纏う闇の力はその辺にいる連中の比ではない。
雪だるまの形をしたスキーヤー。そんな外見のナビは、ずんぐりむっくりとした体をゆっくりと此方に向け、問い掛けてきた。
『どちらの所属でもないが、ネビュラの敵だ。そういうキミは?』
『ヒュルルー……ボクはブリザードマン。ここへの攻撃を任せられたダークロイドさ』
ブリザードマンと名乗ったそのナビには、同じくダークロイドたるシェードマンやレーザーマンのような邪悪さは、少なくとも外見では見られない。
しかし存在感は強かった。あれは、完全に闇の世界の住人だ。
『ふぅん? つまり、キミを倒せば科学省エリアは奪還したも等しいと』
『残念。科学省エリアの管理は別のナビだよ。ボクの役目はあくまで攻撃さ。ほんとはあの陰気なヤツに従うのなんか御免だけど、ボクのエリアを取り返すためだ、仕方ない』
『取り返す? キミ、奪還されたエリアの担当だったのか』
現状奪還されたエリアは数少ないものの、確かに存在する。
そうした場所にはネビュラ側に強力なナビが少なかったようだが――彼は余程の外れを引いたようだ。
『ああ、そうさ! あのエリアはネビュラ専用のゲレンデに改造するんだ。すぐに取り返してやる!』
――少しだけ驚いた。ダークロイドにも娯楽の概念があるらしい。このデザインは自身の嗜好も反映されているのか。
『……自分が占領したエリアを追い出されてここの小間使いになったと』
『腹立つヤツだなオマエ! これでもボクは強いぞ! あの時だって負けていない! 無駄だって分からないのにアイツらの諦めが悪いから気味が悪くなっただけだ!』
要するに、かなりしぶとい連中に抵抗され、根負けしたということらしい。
彼もダークロイドだ。恐らく――先の二人のように、闇の力による圧倒的な耐久力を有しているのだろう。
それを突破するために手っ取り早いダークチップを使う訳にもいかず、ひたすらに削ったと考えるべきだが……。
だとすれば、確かに諦めが悪い。どれほど長い時間を掛けて彼を追いだしたのだろうか。
『くそ、思い出したらムカついてきた……ダークロイドの恐ろしさってヤツを思い知らせてやる!』
『っと――』
不意打ちのように放ってきた氷を伴う息吹を横に飛び退いて躱す。
いきなり激昂するなよ。自分で勝手に事情をバラしてきただけなのに。
ともかく、好都合だ。このナビがダークロイドだというのなら、本番とさせてもらおう。
自分の体ほどもある雪玉を作り出し、蹴り飛ばそうと足を振り上げる。
そこにチップを叩き込もうとして――
『ふっ――』
『おわ!?』
――その雪玉は蹴られる前に粉砕され、ブリザードマンは空振りして崩れた体勢を立て直せないまま引っ繰り返った。
そして、無防備な体の真ん中を斜めに分断するように衝撃が走る。
今のは――斬撃か? ソードを用いた衝撃に見える一撃を受けたブリザードマンは――残念、その傷を粉雪のように散らばる闇を集めて修復してしまった。
しかし、この攻撃の主は何者か。
透明化、もしくは、ソニックブームに類似する、斬撃を用いた遠隔攻撃……?
或いはブルースだろうかと周囲を見渡せば――見知らぬナビがいた。
『そこまでだ、ブリザードマン。大人しく投降しろ』
右腕にソードを装備した、黒い軍服姿のナビだ。
緑色のマントを揺らし、確固たる歩みで近付いてくる彼の雰囲気は、ブルースとは似ても似つかない。
まるでブルースがあと十年かけて身につけるような重厚な威圧感があった。
『げっ、またオマエか! 本当にしつこいな!』
ブリザードマンは知っているのか。
彼の動揺を見た限り、彼を担当のエリアから追い出したのはこのナビのようだ。
『抵抗するならば、今度こそデリートさせてもらう。……そこのナビ、お前もだ。此方に敵対する意思がないならば大人しくしておけ』
『お断りだ。私にもやるべきことがあるのでね』
『――ほう』
何者かは知らないが、私の目的もある。
ここで何もせず、はいそうですかと待機している訳にはいかないのだ。
・ブリザードマン
5に登場するナビ。属性は水。
ネビュラに所属するダークロイドで、秋原エリア3を占領している。
最初のリベレートミッションのボスとなるナビ。
秋原エリアをネビュラ専用のゲレンデにしようと画策している。ネビュラもスキーを嗜むらしい。
ダークロイドたちの中では唯一ノリが明るい。悪人面しかいなかったことからこういうデザインになったらしいが、この顔でパストビジョン一般通過犬を雪玉にしたりするので普通に邪悪。
クリア後シナリオの最後のリベレートミッションでは中ボス枠として登場する。
バリアキーとの連携で基本的に無視できない配置となっているが、チームオブカーネルでは闇討ちされたり元気が出たナビに無視されたりする。
科学省での事件。原作ではなかった戦いです。
ブリザードマン、及び彼との出会いとなります。