バグのかけらをひたすら集めるクリームランド在住のデバッガー   作:けっぺん

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群雲を超えて-1 【本】

 

 

 長期滞在のため、当面の拠点としているホテルの自室で、私はその日舞い込んできた突然の事態の対応に追われていた。

 事の発端はつい昨日。

 バレル氏とミヤビ氏を引き合わせたことである。

 

 あの後、なんだかんだで契約は無事締結され、ミヤビ氏およびシャドーマンはチームに加入することになった。

 一方で私は、ミヤビ氏が発言通り、プライド様や光少年を試す目的で襲撃してくることに備え、シャドーマンに対してもある程度通用するだろう防備を用意していた。

 プライド様には既に、近日中に抜き打ちでそういう事態があるかもしれない……と、国を超えた大事に至る可能性を考えて教えておいたのだが。

 あまりにもミヤビ氏の行動は早かった。

 もしかすると、私が何か対策をすることさえ予期していたのではないか。

 今朝、正体不明の人物からの挑戦を受け、ナイトマンが負傷したという連絡がプライド様から届いたのである。

 

「……エール。ナイトマンは、大丈夫そうですか?」

「はい。プログラムが破壊されていたならともかく、これなら復旧は難しくありません」

 

 プライド様が言うには、賊は凄まじい速度でナイトマンに襲い掛かり、重要なプログラムを奪ってしまったそう。

 それを私がいない場で安易に受けるのはどうかと思ったが……今言ったところで仕方ない。

 既に奪われたプログラムは、ジャンクマンの助けもあって回収済みだ。

 会話、行動、思考、戦闘……いずれもナビにとって、重要なプログラム。それらを奪われれば、ナビは喋れない、動けない、喋れない、戦えないというデリート寸前の状態に陥ってしまう。

 それらを奪うことで、デリートさえ容易かったと宣告する意味合いがあったのだろう。

 

「これだけで済んだ、とも言えます。プライド様とナイトマンの奮戦があったからこそでしょう」

 

 抵抗の内容によっては、デリートしても構わないという判断を下しかねないのがシャドーマンだ。

 そうさせなかった……ナイトマンの大きな弱点を思い知らせるだけで済ませたのは、及第点の証明と言っても良い。

 

「……それほどに、野蛮なのですか? あくまで、訓練と聞いていましたが」

 

 気味の悪いものを前にしたかのように、プライド様の声は僅かに震えた。

 その時、作業を行っていたパソコンにレヴィアが入ってくる。

 アクセス制限の関係でウラへ行くのが面倒になったと文句を言っていたが、何だかんだ向こうで暇を潰していることも多い。

 今日も今日とて、適当に遊び歩いていたらしい。気楽なようで何よりだった。

 

『あら。随分手酷くやられたみたいじゃないの。プライド、誰にやられたのかしら?』

「い、いえ、わたくしもよく……エール、あの男は誰なのです? どうやら向こうは、あなたを知っているようでしたが……」

 

 ……チームのことは、ジャンクマンやアイリス、レヴィアには話していない。

 そのため、この場で口に出すべきか少し悩んだが――それについてはプライド様も織り込み済みだ。

 問題ないか。個人的には、この場でその名前を出してどうなるか、ほんの僅かに興味もあったし。

 

「ナビについては名前を聞いたことがあるかと。シャドーマンです」

『――――』

 

 プライド様の驚愕。それはそれであまり見ない、珍しい表情ではあったが、今回ばかりはパソコンの画面の向こうにもっと珍しいものがあった。

 苦虫を噛み潰したような表情を悟らせまいと平静を繕ったことが丸わかりの、不自然極まりない表情を浮かべたレヴィアである。

 持っていた槍を少し滑らせかけたことも見逃さない。

 無論、それを見抜けるのは私だけではない。ジャンクマンや、作業を手伝ってくれているアイリスが首を傾げていた。

 

「シャドーマン……? あれがシャドーマン、なのですか?」

「はい。オペレーターについては、私も先日が初対面です」

『――――』

 

 やがて、レヴィアは私たちの視線を受け、表情を誤魔化しれないと悟ったのか、げんなりした様子を表に出した。

 一年前では到底想像できなかった怒涛の表情変化である。レヴィアも変わったものだ。

 

『レヴィア……どうしたの?』

『なんでもないわ』

『シ、シャドーマンッテナビ、知ッテルノカ……?』

『知らないわ』

 

 明らかになんでもなくないし、知っている態度であった。

 どうやら思いのほか、レヴィアの彼に対する苦手意識は強かったらしい。

 まあ……あわやデリート、なんて事態に至った経験の少ないレヴィアにとって、あれはよほど大きく記憶に残ったのだろう。

 

 シャドーマンを知らない相手に説明するには、レヴィアが引き分けた――レヴィアを知らない相手に説明するには、シャドーマンが引き分けた――そんな風に時折説明に使っていたが、今戦ったらどうなるだろうか。

 実現こそしてほしくはないが、気になるところ。

 それより上は比較対象にすべきではない相手だし、事実上ウラランク持ちの頂上決戦である。

 

「てっきりいつかの件でご存知なのかと」

「シャドーマン……彼は、あくまでゴスペル首領――帯広シュンに雇われていただけ。ゴスペルという組織に所属していた訳ではありませんから。彼の任務は計画の要の一つ……トップシークレットでしたの」

「彼が成功させていれば、世界は引っ繰り返っていたでしょうからね……」

 

 ゴスペルにおける最大の作戦は、ほぼ組織内でも共有されていなかったということか。

 彼が動いた頃は、私もゴスペルに関わるつもりのなかった頃。

 万が一、彼が首尾よく日本のインターネットの壊滅さえ完了させていれば――今のネビュラの事態よりも悪い状況になっていたに違いない。

 そんな最悪なもしもを思い浮かながらも、ナイトマンの修復作業を終わらせる。

 

「……プログラムの再インストールと各部のメンテが完了しました。すぐにナイトマンを起こせますよ」

「本当ですか……っ!?」

 

 ナイトマンが四重苦を背負っていると私も困る。

 それに、ナビの基本プログラムは領域を空けておくと思わぬバグを誘発しかねない。

 この僅かな時間でも、多少のバグのかけらが回収できたほどである。

 中には、言語プログラムなど、不要と判断したものを敢えて搭載せず、その分火力を突き詰めたナビなども存在するが――それも割と高度な技術である。

 好感が持てるかはともかく……本当にともかくとして、フレイムマンのようなカスタマイズを可能とするヒノケン氏の技術はそれなりだということだ。

 真剣に苦い記憶しかない相手を思い出し、レヴィアと同じようにげんなりとしつつ、ナイトマンを再起動する。

 

「ナイトマンッ!」

『ウ……ム、プライド様、申し訳ありませぬ……このナイトマン、不覚を取りました』

「――いいえ。適切な指示を出せなかったわたくしにも責はあります。此度の相手は極めて速度で秀でていました……対策をしないと」

 

 勿論、ナイトマンの弱点が速度であることなど、プライド様はよく理解している。

 速度を武器とする相手にどう立ち回るかという戦法も、複数パターン用意しているだろう。

 だが、今回に関しては、あまりにも相手が悪かった。

 シャドーマンの速度はプライド様の想定を遥かに上回っていたのだ。

 

『かたじけない、エール殿。手間を掛けさせましたな』

「ありがとう、エール。本当に助かりましたわ」

「いえ、このくらいなら。ナイトマンも、何か不調があればすぐに言ってほしい」

 

 しかし……こうなると、光少年の方にも厄介なことが起きていそうだ。

 どんな状況にも対応できるだろう、光少年とロックマンであっても、シャドーマンは決して安心できる相手ではない。

 場合によっては、彼らさえ不覚を取りかねない相手だ。

 一層の注意を促しておくべきか……と考えた時、PETにオート電話が掛かってくる。

 

 ――噂をすれば、というか、思い浮かべればか。

 チームについての話であれば……ジャンクマンたちに聞かれるのも、あまり良くない。

 パソコンの音声入力を切り、PETを通話状態にする。

 私とて今やナビ持ち――いつもではないが、PETにジャンクマンやアイリスが入っている頻度も増えてきている。

 ……今はタイミングが良かったものの、チームのやり取りのためのサブPETを用意しておくべきか。

 

『エールさん、今大丈夫?』

「大丈夫だよ。どうしたんだい?」

『えっと――あ、プライドさんもいるんだ。ちょうどよかった』

「わたくしもですか?」

 

 PETの画面を覗き込んできたプライド様に気付いた光少年。

 どうやらプライド様も含めた話題らしい。やはり、チームに関することか。

 

『うん。そっちにさ、シャドーマンってナビのオペレーター来なかった?』

「――ええ。つい先ほど、わたくしのもとに。ナイトマンが負傷し、今エールにプログラムの修復をしてもらったところですわ」

 

 彼からシャドーマンの名前が出てきたということは、どうやら向こうに接触した後。

 とんでもない行動力だ。まだプライド様から襲撃の連絡が来てさほど時間も経っていないぞ。

 その迅速さの全力をもってエリアの偵察に努めていただきたいのだが。

 

『やっぱり……今そのシャドーマンを追ってるんだけど、プライドさんとナイトマンを試したなんてこと言ってたからさ』

「追ってる……? 一体なんでまた……」

『いや、なんかオレたちのチームのこと、知ってるみたいで……自分たちの事情を知りたければ、捕まえてみろって』

 

 ……光少年とロックマンを挑発した上で、鬼ごっこに興じているらしい。

 無論、加減などしていない、彼らの本気の速度をもってしてのことなのだろうが――ウラの暗殺者が鬼ごっことは。

 どことなく緊張感に欠ける出来事である。いや、チームのことを知っていると告げたのだ。光少年たちを乗せることは容易いだろうが……。

 

『それで、科学省エリア1に来てるんだ。そしたらやっぱり、雲で満足に進めなくてさ……エールさんなら、どうにか出来るかなって』

「簡単に出来るようならもう次のミッションに入っているんだが……」

 

 その雲――特に、解放すべき科学省エリア3へのリンク付近のものは、私たちが足踏みしている理由でもある。

 あんな場所で鬼ごっこに興じること自体、シャドーマンがあの仕掛けをどうにか出来る証左ではあるが、そこに光少年を呼び込んでいては本末転倒ではないか。

 ……仕方ない、と腹を括る。

 科学省エリアはその名の通り、科学省のお膝元。ネビュラに占領されているとはいえ、あまりウラらしいやり方などするつもりはなかったのだが。

 

「……今から行くよ。落ち合おう。科学省エリア1、オラン島エリア行きのリンク前で待っていてくれ」

『分かった! ありがとエールさん!』

 

 彼らには既に、私のやり方は伝わっている。

 さほど見せびらかすようなものでもないのだが、シャドーマンも大人げないというもの。

 ナビにはそれぞれ、得意不得意があって当然だというのに。

 オート電話を切り、今ある手札から雲を多少なりともどうにか出来る手立てを組み立て始める。

 

「……エール、大丈夫なんですか? シャドーマンは相当の相手ですよ」

「まあ……光少年とロックマンがそこで足踏みするのは彼らも想定内でしょう。二人が対策として私を選んだなら、チームの力量を確かめるという名目の上でも自然です」

「やはり……彼らが新しいメンバー、なのですね?」

 

 プライド様の確信のこもった問いに頷く。

 やや複雑そうに、その表情が曇った。ゴスペルのことを思い出したか、或いは……。

 

「……プライド様。先に言っておきます。オモテのエリアですが、少しだけ『ウラ流』の対応をするかもです」

「……そうですか……目を瞑りましょう。怪我をしないように、それと、ロックマンをしっかりと守るように」

「心得ています」

 

 まあ、実際のところ守られるのは私の方だが。

 そんなことを思いつつ、ナイトマンをPETに戻したプライド様が部屋を出るのを見送ってから、私はパルスインの準備を整えるのだった。




原作ではわざわざミヤビ氏がオラン島までやってきてプライド様に陰湿な嫌がらせをしていきます。
どうやって行ったのかは知りません。密航とかしたんですかね。
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