バグのかけらをひたすら集めるクリームランド在住のデバッガー 作:けっぺん
■月■日
昨日からプライド様の命令で、ゴスペルとの戦いを始めた。
ひとまず普段利用しているセキュリティプログラムのレベルを引き上げ、追加で監視プログラムを追加する。
これは出来合いのものだ。私のホームページで使っているものの監視対象の条件を変更したもの。
案の定だ。昨日に比べてクリームエリアに対してのアクセスが多い。
過去のアクセス履歴無しのナビばかりな辺り、不審さを隠すことを知らないのか、隠すつもりはないのか。
後者と受け取る。ゴスペルなりの挑戦だと判断してやろう。
正当な理由の無いナビは全員プラグアウト指示。
激昂して攻撃を開始する短絡的なナビもいるが、今は非常事態だ。遠慮はせず全員確保。
連絡があれば引き渡しには応じるものの、本日連絡があった試しは無し。
この時点で十中八九、ゴスペルの使い捨てナビだと言って良いだろう。
さて、クリームランドのセキュリティ以外にもオフィシャルの方の仕事も進めないといけない。
サイバーテロの被害に遭ったエリアや電脳は各国にある。
ゴスペルは何ともグローバルだ。事後処理をする身にもなってほしい。
インターネットから繋がっていない電脳はここからでは直接見ることが出来ないため、デバッグプログラムを送るだけに留まるが、インターネット上の仕事は出来る限り現地へ向かう。
護衛はオフィシャル最低でも二名以上という条件を付けた。
さらにプライド様に付けていただいた護衛も一人。合計三人の護衛で仕事を進める。
やり過ぎ? 護身にやり過ぎなんてないのだ。
■月■日
オフィシャルにも渡しているセキュリティプログラムをアップデートする。
これはウイルスの脅威性を無くし、監視プログラムと同期して攻撃させるもの。
警報でナビが駆けつけるよりよほど早い。渡した時の副長官殿の反応が微妙だったのは遺憾である。
さて、今回のアップデートでは、そこそこに増えてきたドリームビットを提供した。
既にクリームランドの中枢コンピュータのセキュリティには採用している。
どうせ制御から外れたら自壊するし、コピーなんて出来ないだろうから、契約期間の間提供するくらい問題はあるまい。
ウラから拡散を止める旨の長文メールが送られてきたが知らない。これは既に私のものだ。そういう契約で貰った筈だ。
■月■日
クリームエリアに侵入してくる不審ナビがいよいよ露骨になってきた。
当然、何人来ようとセキュリティのレベルを緩めるなんてことはしないので悪しからず。
それはそれとして、一般ナビを巻き込むようなことは避けてほしいのだが。
しかし、何やら妙なウイルスも紛れ込んでいるな。特性が分からないため、被害が広がる前にエリアを小規模で隔離しているが、結構数が多い。
■月■日
昨日からゴスペルが送り付けているウイルスだが、これは少々不味いかもしれない。
アホみたいに強力な凍結プログラムを有したウイルスだ。
拡散力も強く、放っておくとどんどん範囲を広げていく。
ナビやウイルス、幾つかのプログラムを試してみたが、これらをフリーズする能力はない。
何に対するフリーズ能力を持っているか分からないのは厄介過ぎる。早急に調べなければ。
念のため、クリームエリア1と2を繋ぐ道を完全に遮断する。
数日で解消したいものだが。
■月■日
少々不味い、どころではない問題になったので簡潔に状況を記録する。
一昨日から姿を見せ始めた氷型ウイルスの目標は各国の環境維持システム。
既に他国、それも日本やアメロッパ、アジーナといった先進国のシステムはフリーズしており、地震やら洪水、異常気象なんていう昨今そうそう考えられない自然災害が頻発しているらしい。
被害エリアの早急な隔離でクリームランドのシステム自体は今のところ無事だが、一国が維持出来ていても災害の規模が広がれば限界が来る。
世界規模の災害による最悪の事態というのも冗談ではなく、あり得る話。
このままだと遠からずそのような状況になると考えられるため、一刻も早い氷の除去が必要だ。
+
気付いたら日が変わっていた。
本日の日記に先程オフィシャルから流れてきた各国の状況をまとめ、息をつく。
クリームランドに現状被害が起きていないことは良いとして、既に主要国のシステムがフリーズしているというのは厳しい。
先程からそれらを何とかしてくれという旨のメールが鬱陶しいほど来る。うるさい、どうにもならん。
こんなの一つ一つ直していったらその間に取り返しのつかない事態になるし、このウイルスを取り除かなければ一度復旧させてもまたフリーズするのに時間は掛かるまい。
クリームエリアのように最初の段階で完全に遮断できていたならまだしも、国中のインターネットにばら撒かれてしまっている時点で逐一直していくなど論外だ。
氷型ウイルスについて分かっていることは、色により除去に必要なプログラムが異なるということだ。
色は白、赤、青、黄の四種類。
それぞれ別のワクチンプログラムが必要となることから、全て溶かすのには相当な時間が必要と予想される。
つまるところ、よりによってこの世界全体に影響を与えるテロ行為に対し、完全に後手に回った訳だ。
「……手っ取り早い方法もあるにはあるが」
その方法を取ることがまず難しい。
ままならないものだ、と思いつつエナジードリンクを追加で開ける。
むぅ、空き缶が目立ってきた。早いところこの事件を片付けたいところだが。
『ねえ、エール。そのドリンク、あまり体に良くないと聞いたのだけど。今日だけで一体幾つ飲んでいるのかしら』
「今日は二本目だな。一本目は日付が変わる前に開けたから実質一本目と言っていい」
全力でその声に呆れの感情を滲ませるレヴィア。
その表情は察しがつくので見たりはしない。この生活に問題があることは重々承知だ。
『そんなに大変な何かが起きているの?』
「ああ。各国のインターネット中に氷型ウイルスが発生している。これで各国の環境維持システムがフリーズした。既に多くの国が自然災害に見舞われているらしい」
普段、いつ外に出ているかはまったく把握していないが、今回の件を知らないということはここ暫くは大人しくしているらしい。
まあ、未知の問題だ。余計なトラブルに巻き込まれるのは勘弁してほしいので好都合だが。
『ふぅん……大変ね。最近よく名前を聞くゴスペル? ってのの仕業かしら』
「そうだろうさ。まったく、自爆テロも甚だしい。果たして自分がやっていることを分かっているのか」
世界諸共心中するつもりにも思える今回の事件。
どうやらオフィシャルも相当に焦っているらしい。
引っ切り無しにやってくるメールは止む気配がない。
オフィシャルのメンバー全員に送られる共有メールはともかく、私宛ての対応依頼を逐一チェックしていかなければならないのはあまりに時間の無駄だ。
大体は氷型ウイルスの対処と、環境維持システムの復旧に関するもの。というかそれ以外は今はそれどころではないので空気を読んでほしい。
「……む?」
メールを流し見していくうちに、珍しい名前を見つける。
数日前、利用し、敵対し、敗北した。こう並べてみると最悪だが、あの後ちゃんと彼にも納得のいく説明が行ったのだろう。
あれ以降はさして関わることもないと思っていたが、まさか向こうからメールを寄越してくるとは。
文面は多分、あのロックマンに代筆ないし添削をしてもらったな、これ。
まあ、そんな考察は置いておくとして――少々ばかり、無視できない単語が紛れていた。
闇医者、だと?
よりによってあのぼったくり爺さんに用事があって、あまつさえその情報を私に聞くだと?
『……? エール? クマで悪く見える目つきが更に悪くなってるわよ?』
「余計なお世話だ。それに、クマは仕事を重ねた勲章だよ」
落ち着け、そんな事情を光少年が知っている訳もない。
彼がなんの理由があって闇医者など探しているのかは知らないが、しょうもない理由ではないことは間違いない。
であれば、業腹だが教えてやるほかあるまい。
うむ。手が滑った。
闇医者の情報を教えてやるつもりだったんだが、まさかこんな返信をしてしまうとは。
まあ仕方ない。闇医者よりよほど優良かつ善良な医者がここにいるのだから。
「…………」
『……? エール? 作ったことが丸分かりの絵に描いたようなドヤ顔がいきなり真顔に戻ったわよ?』
――ロックマン。恐らく先程代筆なり添削なりしていたのだろうロックマン。
何故ここでいきなり光少年らしい文面が送られてきたんだ。
誰のこと、じゃない。メールしている、と言っているだろうが。
一つ深呼吸し、落ち着きを取り戻してからメールの署名の番号にオート電話を掛ける。
『も、もしもし?』
「やあ。こんばんは、光少年。早速だが、キミは些か察しが悪すぎないか? 闇医者の爺さんより、まともな、
『……あ!』
本当に気付いていなかったのか。日本流のボケとかじゃなく。
いや、確かにデバッガーらしいことなんて彼の前ではほぼしていなかったんだが……だからと言って今のに気付かないのはおかしいだろう。
「……それで。一体闇医者になんの用があったんだ?」
『えっと……いまインターネットにある氷を溶かすためにワクチンを作らないといけないんだけど……』
「それでヤツに、か。まああの爺さんなら技量は問題ないだろうが……幾らふんだくられるか分かったもんじゃないぞ」
『そ、そうなのか……?』
「まあ、そんな訳だ。私の客にならないか、光少年。お代はオフィシャルに請求するから安心したまえ」
これも戦略というもの。
闇医者の客は私の客だ。まあ、法外な額を要求されかねないのは正しいし、これは親切でもある。
こんな状況であってもあの爺さんはがめついのだ。
『オフィシャルに?』
「ああ。氷をどうにかしろと喧しいほど言われていてね。それのついでだ」
私も鬼ではない。この局面でどうにかしようと走り回る小学生に請求などはしない。
オフィシャルからの依頼ということにしてしまおう。それにこれは、確かな実力を持った協力者が得られたとも言える。
「光少年、指定する場所まで来れるかね? そこで一旦落ち合おうじゃないか。これは一刻も早い解決が必要だ。もたもたしてはいられん」
『分かった――けど、何処に?』
決まっている。
どうせ彼は赴く覚悟くらいはしていただろう。
ならばテストも兼ねて、あそこに来てもらおう。そうしたら、氷型ウイルスを殲滅する作戦を開始する。
「ウラスクエアだ。そこまで辿り着くくらいは容易いと信じているよ」
■フリーズマンさんがログインしました。
■フリーズマンさんが文明破壊作戦に参加しました。
■ロックマンさんがログインしました。
■エールさんがログインしました。
闇医者との間に暗い過去があるとかそういう話ではなく、単に一番気に入らない商売敵であるというだけです。