バグのかけらをひたすら集めるクリームランド在住のデバッガー 作:けっぺん
闇の力を誇るように笑う様子は、普段のロックマンからは想像も出来ない。
ダークソウルの増幅によって、本来の人格が奥の方に押し込まれてしまったのだろう。
ダークチップ乱用による末期症状とはまた違う。闇の力を絶妙に浸透させる、高い技術の賜物だ。
『ろ、ロックマン! 冗談だよな……!?』
『冗談だと思うか? 光熱斗……ああ、こう呼んだ方がいいか? なあ? 熱斗クン?』
……もしも、プライド様に一喝されるよりも先に、この光景を前にしていたらどうなっていたか。
冷静じゃないと断言できるあの状態であれば、今このセキュリティを一人で通ってでも、ロックマンを連れ戻そうとしていただろう。
現時点で、それが不可能なことは分かっている。
彼がダークソウルに支配され、敵となったのならば、それに適した対応がある。
『……そうか。お前は本当に、ネビュラに下ったというのだな?』
『だからそう言ってるじゃねえかよ。なんだ? テメェまで納得できないってのか?』
『いや――安心した。それならば、心置きなく斬れるというもの』
カーネルが体勢を低くする。
必要とあらばいつでも飛び出せる状態――それを止めるかどうかは、悩みどころだった。
彼も、ロックマンを奪還することに否やはないだろうが、必要とあらばこのまま躊躇いなく切り捨てる……そんな気がした。
『ま、待ってくれカーネル!』
『光熱斗。お前の気持ちも分かるが、手心を加えて勝てる相手でないことは、お前が最も理解している筈だ』
ロックマンの力は、光少年との絆によるところが非常に大きい。
とはいえ、ロックマンが単独であれば、注意に値しないなどと考えるのは大きな間違いだ。
加えて、今の彼がネビュラに与した、ダークソウルに満ちたナビであるのだとすれば。
『甘ちゃんオペレーターに比べて冷静だな、カーネル。その通りだぜ、光熱斗。エンドエリア2より先に進みたいなら、オレをデリートするつもりで来な。じゃなけりゃあ、テメェらはここまでだ』
宣戦布告のように、ロックマンは右腕を闇に満ちたキャノンに変化させ、私たちに突き付ける。
『ダークキャノン』――正真正銘、ダークチップの一枚だ。
『バンッ……つってな。コイツはオレが追い込まれてないとまともに働かねえんだったか。ハハ、どうもダークチップは難しくていけない』
冗談のつもりなのだろう。
放たれた砲弾は、私たちに届くまでに煙のように消えていった。
あのチップは使用者が瀕死に近付けば近付くほど、起死回生に足る威力を実現させる。
無傷の状態では『エアシュート』にすら劣る豆鉄砲に過ぎない。私たちへのダメージに至らなかった砲撃を嗤い、ロックマンはこちらに目を向けた。
『なあ、エールサンよ、『ダークチップ使い方講座』とか開いてくれねえか? なんならリーガル様に口を利いてやってもいい。ネビュラ団員全員参加のセミナーなんて、いい小金稼ぎになる筈だぜ?』
『……お断りだ。ネビュラとの敵対、ダークチップの根絶は既に私の当面の目標として決めたこと。幾ら積まれてもやる気はないよ』
『つれねえなあ。コレでも尊敬してるってのに。ダークソード! ダークドリル! ダークワイド! フォルダリターンッ! あんなイカレた使い方してるヤツなんて、ネビュラを見渡してもいやしねえ。是非とも、ご教示願いたいぜ』
『……』
……随分、嫌なことを思い出させてくれる。
私にとって、復讐の最終局面。手段を択ばず、とにかく仇敵を滅ぼそうとしていた、去年の末の出来事だ。
その頃の記憶を有している――光少年のナビであったという記憶は、失われてはいないのか。
ダークチップの投与によるダークソウルの増幅は、あくまでも体を操る人格が入れ替わるという形で発現する。
だからこそ、過去の記憶を有しつつ、こうして私たちに最適な衛兵として、このエリアに配置することが出来るわけだ。
『だ、駄目だロックマン! ダークチップなんて使ったら……!』
『使い方だろうがよ。コイツのリスクの根幹はダークソウルの増幅にある。既に闇に支配されきっているオレが使う分にはなんの問題もねえ。だろ?』
『……さてね。ダークソウル自身が制御出来ないほどにまで闇が深まったら、どうなるかは私にも分からない』
『へぇ? それならそれで楽しみだ。もっと強くなれるかもしれねえってことじゃねえか』
こちらに――下りてくる様子はなさそうだな。
今取れる手段では、彼を捕えることは難しいか。これでは外装の副産物も効果を期待できない。
『で? どうすんだよカーネル? 技術屋は扉を開けねえ、光熱斗はオレと戦う気にならねえ。結局回れ右か?』
『……ままならんな。撤退するぞ。今の状況ではこれ以上の進展は望めない』
――同感だ。私としても、ロックマンを気にしながら扉の解析を試みて、最適なパフォーマンスを発揮できる自信はない。
収穫はあった。ロックマンは単にネビュラに囚われているわけではなかった。
リーガルは、彼を光少年――並びに私たちへの先兵にすることを選んだのだ。それは、少なくとも私にとっては光明だった。
必要な条件を整えて、少しだけ先に手を伸ばせば、ロックマンに届くということだから。
『首を洗って待っていたまえ、ロックマン。必ず私がキミを治療する』
『――――ハハハハハハハッ! そうかよ! やっぱり治してえよなあエールサン! あんた、ずぅっと
腹を抱えて笑うロックマンの挑発を聞き流しつつ、カーネルに目配せする。
近日中にこのエリアのセキュリティの対策は取らないといけないが、今日のところは解散だ。
パルスアウトの準備を整え、実行――する直前。
『いやあ、“意味が分かると笑える話”ってやつだな!
『――――』
――聞こえてきた言葉への抵抗感を堪えて、意識を引き上げる。
本当に、関係は断たれたと分かってはいたが……お喋りだな、リーガルも。
一体何をどこまで、どう語ったのかは知らない。リーガルも一から十まで知っている訳ではないし、正確な情報がロックマンに伝えられたということもないだろう。
……医療器具、か。そういう解釈をするのは勝手だ。好きにすればいい。
ものの捉え方などそれぞれだ。どうあれ、私は私のことを
そう、自分に言い聞かせて、冷静さを保つ。
しかし、あんな風に直球に言われたのは久しぶりだったな。
もうそれを知っていて、かつ私への攻撃としてくる者なんていないと思っていたのだが。
そんなことを考えていれば、そう時間を掛けずに光少年からオート電話がやってきた。
『――エールさん、今大丈夫かな……?』
「ああ。ロックマンについての話だね?」
先程の作戦が始まって、合流した時よりも疲弊した様子。
……当然か。ロックマンが敵になるなど、彼は想像したこともなかっただろう。
『ごめん、オレにカーネルを立ち向かわせる覚悟があれば、状況は良くなったかもしれないのに……』
「キミが謝る必要はない。動揺するなという方が無理なんだ。だが――」
気を落とされたままではいけない。きっと、私がやらずとも、またバレル氏が彼に適切な言葉を掛けてくれるだろう。
だが、それとは別に、私が彼に何も言わない訳にはいかない。
ロックマンの治療――執刀すると決めたのならば、それは彼に伝えて然るべきだ。
「光少年。私は今、対ダークソウルに特化したプログラムを開発している。想定通りの効果を発揮すれば、ロックマンを侵しているダークソウルを浄化し、元の状態に戻すことが出来るだろう」
『――本当に!?』
「あくまでも、完成すれば、だ。一つ課題があって、それが近日中に解決するかどうかで、完成の時期も大きく変わってくる」
これを言えば、少しだが光少年の背負う重荷は軽くなる。
だが、同時に私の逃げ場も塞ぐということ――どうでもいい。最初から、逃げるつもりなどない。
「最短で、次のリベレートミッション……エンドエリア2の解放で、それを用いた治療が行えるようになる筈だが、その前にキミに確認しておきたい。ロックマンの執刀を、私に任せる気はあるかい?」
光少年に問いたいのはその一点。
自分の半身とも言うべきナビを元に戻すための手術を任せるほどの信頼が私にあるか否か。
成功するという確証のないその治療。ロックマンを最初の患者とする覚悟があるか否か。
「キミはリーガルが悪事を告白したあの場にいただろう。私とリーガルの関係について、全ては分からなくとも、私の過去の研究が結果として何を生んだのか。何故私がネビュラと戦うことに決めたのか、大体想像がついていると思う」
『……うん』
「その上で、私が作るプログラムにロックマンを任せられるか。完成したとして、ロックマンが完全に元通りになるという確証はないが、それでも私に賭けられるか。それを聞かせてほしい」
元を辿ればその原因は私にある、今回の一件。
こんな事態を引き起こしたという責任感と強迫観念が、私を突き動かしてきた。
そして、下手をすれば取り返しのつかないことになりかねない状況で、私は随分と落ち着いていた。
光少年の信頼に、判断を委ねよう。
私にロックマンを任せるというのなら、全力を尽くす。無理だというのなら、それでも光少年が自身の力でロックマンを取り戻すことを私は信じる。
ロックマンは彼のナビだ。最終的な決断は、彼が下すべきだ。
『……オレさ、ネビュラとかダークチップとかのことで、エールさんが責任を負う必要はないと思ってるんだ。リーガルがあの時、エールさんにそのことを話したのは、リーガルなりに思うところがあって、けじめをつけるためだったんじゃないかな』
――けじめ、か。
そうなのだろう。あれは、彼なりの、私との訣別だったのだろう。
彼の道と私の道は異なるからこそ、それ以上に私が未練を持って付いてこないように。
『昔のエールさんとか知らないよ。オレが知ってるのは、一年前の、オフィシャルのゴスペル対策会議で知り合ってから先のエールさんだもん。いつも助けてくれるエールさんを、信じられない理由がどこにあるってのさ』
……それが光少年の解答。
過去のことなど知らないから、信頼できるかどうかは自分の経験で定めるしかないと。
なるほど――子供特有のものなのだろうか。彼の人との付き合い方は。
ウラに染まった私からすれば、あり得ない信頼構築。相手の前歴を考慮しないと生きていけない世界とは正反対だ。
だが……悪くはない。私では無理な話なものの、彼がそういう基準で私を信頼してくれるならば。
「……ならば、その信頼に応えられるようにしないとね。いつも通り、キミらの助けになれるように努めよう」
『――うん! どんな方法かは知らないけど……オレ、ロックマンには絶対に戻ってきてほしい。だからお願い、エールさん』
光少年からのGOサインが出たというのなら、なおさら確実性を増さなければなるまい。
何をしたところで、絶対には至らない。
最善を尽くし、後は可能性に賭ける……こればかりは私らしさというものを望めないが、仕方ない。
「だが、光少年。どうあれ、キミはエンドエリア2でロックマンと戦うことになる。……出来るかい?」
光少年にとっては大きな試練となるだろう。
最短でも、これを運用できるのは次のリベレートミッションだ。
その時に間に合わなければ、ロックマンを確保して完成を急ぐことになるが、どちらにせよミッションの実施自体は変わらない。
次の敵はロックマン。ミッションでナビをオペレートするのは光少年である以上、彼との戦いは避けられない。
だが、分かっていると光少年は強く頷いた。
『ロックマンが敵として立ちはだかるなら、オレはロックマンを倒す。倒して、捕まえて、エールさんのところに引っ張っていく。だから、大丈夫だよ』
「そうか――なら良かった。では、次のミッションまで腕を磨いておくといい。せっかくカーネルのオペレート訓練に集中できる環境なんだからね」
あの扉をどうするかという課題もあるにはあるが、ひとまず光少年は持ち直した。
さて、次は私の正念場だ。
明日のパーティでネビュラを止めつつ、ブースターシステムを入手する。
光少年の期待を受けている。その上、パーティにはプライド様も参加するのだ。何事もなく進められればいいのだが。
ダークロックマンとのお話。いつかのフォルダリターンについて、多分彼は本気で引いてる。
エールさんは今回は割と冷静でした。プライド様の突撃カウンセリングのおかげで精神ダメージが軽減されています。