バグのかけらをひたすら集めるクリームランド在住のデバッガー 作:けっぺん
「……っと?」
レヴィアのメンテナンスも終わり、部屋で適当に時間を潰し始めて暫く。
これまでまったくの揺れを感じていなかった船が、唐突に大きく揺れた。
……船のシステムの不調か?
『……? エール、船全体ヘノ、緊急連絡ダゾ』
「緊急連絡……?」
メインエリアに通じる、各個室にあてられた小さなエリア。そこにメッセージが届くと同時、メインエリアへのリンクが遮断される。
何らかの事態が起きたことは明らかだ。まだパーティは先だが、ネビュラが動き出したか。
メッセージを見てみれば、機関室のシステム異常が発生したとのこと。
航行には今のところ問題はないが、復旧までメインエリアでの各種イベントを中断する。
ナビはそれぞれプラグアウトを行ってほしいという旨だ。
機関室のシステム異常。つい先ほど、疑わずにはいられない出来事があったな。
まさかとは思うがあれだろうかと思っていれば、プライド様からのオート電話が届いた。
『エール、緊急連絡は見ていますか?』
「はい。機関室となると、先程の……」
『その可能性が高くなってしまいましたね……ともかく、急ぎましょう』
どういう手段を取ったにせよ、機関室が掌握されているというのは船に乗っている身としては不安しかない。
火に続いて海までトラウマになるなど笑えない事態である。いやまあ、元から得意ではないのだが。
「ジャンクマン、アイリス、PETに来てくれ」
『ワ、ワカッタ!』
『うん……』
「レヴィア、留守は頼むよ」
『はいはい。万が一変なのが来たら氷像にしておくわ』
「船のスタッフを凍らせたりはしないように」
二人を素早くPETに転送し、後はこの場はレヴィアに任せる。
別に個室のエリアを目的にするようなこともないだろうが、別動隊がやってくる可能性はゼロではないのだ。
部屋の外に出てプライド様と合流し、機関室へ向かう。
廊下ですれ違う他の客の様子は、特に変わりない。航行に影響はないと通達されているからか、或いは事態を把握し切れていないのか。
代わりにスタッフには慌ただしさが見えた。彼らが犯人を見つけてくれれば助かるのだが。
「お客様、すみませんがこの先の機関室は立ち入り禁止で――」
機関室に近付けば、当然のように止めてくるスタッフ殿が現れる。
しかし、ここは緊急事態。プライド様はPETに入ったライセンスを提示した。
「オフィシャルです。機関室のシステム異常については預かりますわ」
「……! 助かりますが、ドアのロックが掛かってしまっているようで……」
立てこもられたのか……? 或いは、単なる時間稼ぎか。
豪華客船にしては警備が手薄だ。だからこそ、ネビュラが狙ったのではとさえ思える。
ともかく、こんなところで足踏みなどしてはいられない。ロックが掛かったならこじ開ける。ウラのやり方と、オフィシャルの緊急時、どちらも手法は同じだ。
「已むを得ません、エール」
「はい――アイリス、頼めるかい?」
『や、やってみるわ――』
こういう時の高速解析は、アイリスの得意分野。
とにかく一番重要な部分に手を届かせるということに関しての速度は、彼女の右に出る者はいない。
念のための護衛の目的で、ジャンクマンと共にアイリスを送り込み、三十秒余り。
ガチャリと音を立てて、ドアのロックが解除された。
「犯人がいた場合、確保が必要です。頼めますか?」
「え? あ――はい!」
ついでとばかりにそのスタッフ殿を捕まえ、プライド様は遠慮なく機関室に入っていく。
……強気になったな、プライド様。割と元々ではあるが、こういう時の遠慮がなくなった気がする。
招待券の数の関係で、護衛もいない状況だ。私とプライド様だけでは、いざ犯人を前にした時に困る。
急ごしらえでも、安全のための男手は多い方がいい。
機関室に入って辺りを見渡すが、人の姿はない。
ここのシステムは船内のネットワークから隔離されていて、直接のプラグインが必要のようだ。
ドアにロックが掛かっていた以上、中に犯人がいると見るべきだが……。
「ナイトマン、システムの復旧を。不審なナビがいたら、すぐに伝えてください」
『お任せを、プライド様!』
プライド様はナイトマンをシステムに送り込み、機関室の調査を続行する。
――不意の状況における、咄嗟の判断をナビに委ねる、信頼感の証か。
ジャンクマンも同様に送るかと考えて、躊躇った。私のオペレートで何が変わる訳でもないが、何がいるか分からない電脳世界に送り込んだ上で目を離すという状況は避けたかった。
もやもやとした気分になりながらも、機関室を歩き回る。
そう広くもない部屋だ。隠れられるような場所もそうはないし、それらを覗き込んでみても何も見つかるものはない。
「この部屋……あのドアの他に出入り口は?」
「あ、あそこに点検用の通路が一つあります」
「どこへ繋がっているのですか?」
「甲板です。操舵室近くに……」
もう既に、犯人は逃げた後だろうか。
スタッフ殿が示した通路はロックが掛かっていない。
というかそもそも、機関室に異常があって、入り口のドアが開かないとなれば、こちらから入れば良いのでは?
あくまで非常用として、乗員もあまり重視していない通路なのだろうか。それならそれで、この船に乗っていることが不安になるが。
「……ふむ」
通路の中を覗いてみる。
薄暗い真っ直ぐな道が続いているな。走って逃げて、反対側から出てくるところを見つからなければまた招待客に紛れ込めるという訳か。
あらかじめ向こう側を見張っておけば……見張る、か。
「――アイリス。さっきのドアのロック、記録が残るものがあったりしたかい?」
『あ……カメラがあったと思うわ。多分、開錠の時に、ちゃんとスタッフか判断するためのやつ。止まってたけど……』
「そ、そうでした! この部屋のシステムはクルージングごとに入れるスタッフを再設定しているんです。正規のスタッフの情報と顔を照合して……」
「……簡単に止められたら意味がないだろうに」
このご時世にあまりに杜撰なセキュリティ意識である。
ここがクリームランドだったら監査で一蹴されるだろう。いや、日本でこのレベルが許されるものなのかも疑問だが。
まあ……その手の不満は無事に航海が終わってからでいい。
せっかくだ、そのカメラ映像は有効活用させてもらおう。
「二人とも、カメラの映像の再生を頼む」
もう一度ドアにジャンクマンとアイリスを送り込む。
最早セキュリティは約に立たないものになっているし、ジャンクマンでも容易に映像を確認することが可能だろう。
『ン……エールト、ヒメサマガ、入ッテクル、二十分ホド前ニ、ダレカ来テルゾ』
「ああ、ありがとう――うん、ビンゴであってほしくなかったな」
「エール、何か分かりました……あぁ、やはりですか」
PETを覗き込んできたプライド様と共に呆れ返る。
出来れば、この予想は合っていてほしくなかった。なんというか、気が抜けざるを得ないという意味で。
映像には先ほど機関室前にいた、怪しげな男性が映り込んでいた。
『時間に合わせて不正アクセスも確認できるわ。犯人って……断定して、いいかも』
まあ、スタッフであるならばあの時入室を禁止されるようなこともなかっただろうし。
アイリスが裏を取ったことで、状況証拠としては揃っただろう。
……彼がネビュラの手先であると、現状断言しきれないところはあるが。
もしそうでなければ、ネビュラとは別の手の者ということで、私たちの本題からずれたところで引っ掻き回されただけということになるぞ。
『プライド様。システムの復旧は完了いたしました。ウイルスの形跡も無し、ただシステムを停止しただけのようです』
「ありがとう、ナイトマン。……混乱が目的ですかね。それにしても、お粗末なものですが」
わざわざ機関室への侵入を成功させて、やったことはこれだけか。
彼が今回の本命であったのなら、その……色々と楽になりそうではある。
いや、油断するのは良くないな。これだけ微妙な印象を植え付けて、いざ本気で動けばかなりの厄介者という可能性も否定できない。
「パーティは中止になりますか?」
「い、いえ。勿論開催しますよ!」
ここで中止にならないのも、幸か不幸か。
この船に乗っていることに不安が高まっていく中で、パーティの時間は刻一刻と近付いていた。
そして夜。
パーティの始まるギリギリのタイミングで、私は会場にやってきた。
プライド様とは時間をずらしている。プライド様ほどの立場ともなると、掛けられる声も多くなる。そこに巻き込んでは迷惑だろう……と、プライド様に気遣われてしまった。
まあ……今は顔を広める機会ではない。集中したいことがあるために、プライド様に甘える形となった。
「皆さま! 本日は我がビッグカンパニーが送る新商品、ブースターシステムの完成披露パーティにご来場いただき、まことにありがとうございます!」
時間ピッタリ。巨大スクリーンを備えたステージの上には、ビッグカンパニー社長が立っている。
ふむ……大勢の招待客の中には、一目見ただけで分かるような重鎮もいるな。
ビッグカンパニーとしては決して失敗できない、一大商談会となるだろう。
「このブースターシステムを既存のプログラムに組み込むと、そのプログラムの性能を飛躍的にアップさせてくれます。倍増はお手の物、使い方によっては出力を三倍四倍……建設事業やソフト開発、もちろんネットナビのカスタマイズまで、幅広くお役に立てることでしょう!」
元々、ビッグカンパニーは製品の汎用性で名を上げた会社である。
なんにでも組み込める多種多様なシステムを世に出すことで、ネットワーク社会の発展と共に凄まじい勢いで成長してきた。
そんな会社が作り上げた、単純な性能向上を齎す製品が、魅力的に映る企業は一つや二つではない。
私は企業こそ経営していない、フリーの存在だが、だからこそ扱えるものは扱いたい。
「それでは早速、現物をご覧いただきましょう。スクリーンにご注目ください!」
彼の背後にあったスクリーンに映し出されるのは、同じくステージの上に立つ展示台の電脳か。
中央にある一つのプログラムを囲むように、八人のナビが警護している。
こうして見るだけでは、あのナビたちがどれほどのものかは分からないが……。
「この警護ナビたちは、ノーマルナビをブースターシステムで強化したものです。その性能は無改造のおよそ十倍! ブースターシステムを用いるだけで、これだけのカスタマイズを簡単に行うことが出来ます!」
なんの改造も受けていない市販のノーマルナビは、多少プログラミングを学んでいれば、性能の基準としては分かりやすい。
大抵のナビはそこからカスタマイズを施すことで独自性を高めていく。
そんな真っ白なナビに、ブースターシステムを用いるだけで性能は十倍、と。
単純な性能の数値としては、中々強力ではあるが、更に上は幾らでもいるといった程度。
だが、ブースターシステムだけでそこまで到達したという点が重要だ。他のプログラムと組み合わせることで、ポテンシャルを更に何倍にも引き上げられるということなのだから。
プログラムの説明を聞きつつ、プライド様を見つけて隣に立つ。
良かった――気疲れしている様子はないな。
以前はクリームランドの評価もあって、こういう場を嫌悪するほどだったプライド様だが、変わってくれて何よりだ。
「流石はビッグカンパニーですね。ネビュラが狙うのも分かります」
「それがこの企業の売りでもありますからね……」
今回の本題はあくまでネビュラではあるが、このプログラムはプライド様も評価しているようだ。
説明を聞く限りでは、機能の出力向上にも問題なく使用できる。
無論、検証は慎重に行わなければならないが、私が直面している問題を解決するには一番の近道であることは間違いない。
「さて、本日はこのブースターシステムを、三億ゼニーで販売いたします!」
「…………」
「……エール」
――――間違いない、のだが。
その近道が実際に私が通ることの出来る道かどうかは、また別の話。
科学省レベルの大口依頼が何回分なのかというほどの、“大企業レベル”の金額は、少なくともフリーの
色々なところと繋がっているとはいえ、フリーの