バグのかけらをひたすら集めるクリームランド在住のデバッガー   作:けっぺん

160 / 175
それぞれの信念-2 【本】

 

 

 流石と言わざるを得ない強気な価格設定が高らかに発表された後も続くセールストークを、私はどうとも形容し難いものを抱きながら聞いていた。

 これまでも、手が届かないからと諦めた魅力的なツールは多く存在する。

 だが、今回は少し話が違う。危急の課題を解決せしめるプログラムなのだ。

 どう足掻いても今の私では手が届かない。とはいえ、これで諦めて良いものか。

 或いは――そう、ミリオネア氏の言う専属契約。あれを受けることにして、どうにか前借出来ないものか。

 そういう、将来的に見れば間違いなく良くない思考まで浮かんでしまう始末。

 これを「安い」と言い切れる金持ちの気持ちが分からない。色々な意味で私とは違う世界に住んでいるに違いない。

 

「それでは、特別に用意したウイルスを相手に、ブースターシステムの力をご覧いただきましょう!」

 

 セールストークも佳境。

 モニターの向こうでは、ウイルスバスティングという形でのデモンストレーションが行われようとしていた。

 耐久値を引き上げたウイルスに対し、どれほどの攻撃力が引き出せるか。そして、その逆に、強力な攻撃をどれほど耐えられるようになっているか。

 ナビの性能を計測するのに最もシンプルな二点を披露するのだろう。

 現れた多数のウイルスたちに向かい、強化されたナビたちが構える。

 今回の成功を左右するだろう、重要な一戦。その直前――

 

「……あれ?」

「――?」

 

 電脳世界の映像が、そしてそれに続いて部屋全体の照明が消えた。

 ……またトラブルか? ひとまず、プライド様の傍を離れず、その場で待機する。

 騒めきの中で、すぐに照明は復旧。そして、モニターも元に戻る。

 

「――あぁ!?」

 

 しかし、完全な元通りという訳ではない。映された電脳世界は様変わりしていた。

 ナビは一人残らず倒れ、再起不能状態。ウイルスたちは一体も残っておらず、おまけに守られていたブースターシステムは姿を消している。

 今の、現場を確認できなかった十秒あまりで、警備を突破しシステムを盗まれたのである。

 

「ぶ、ブースターシステムがっ! だ、誰だ! 誰がやった!?」

「……プライド様」

「ええ……」

 

 この状況でまず怪しむべきはたった一人。ただ、どうやったかという疑問は残る。

 機関室の一件を見るに、あの人物自体には大した技術がない。

 よほど慎重に腕を隠していた……のであればかなりの曲者だ。わざわざ機関室に映像を残す理由などないだろうから。

 会場は扉が開け放たれてはいれど、入り口には警備がいる。というか、外から入ってきたのであれば、あの短時間で事を起こすのは難しいだろう。

 実行しやすいのは会場内だ。犯人もこの中にいる、と考えるべきだが……。

 

「――なんだこいつ! テーブルの下だ! 怪しいヤツが隠れてるぞ!」

「ん……?」

 

 突然上がった怒鳴り声の方向を見てみれば、テーブルの下から何者かが引っ張り出されていた。

 ……件の男性である。いや、どうして。

 隠れるにしても、もっとこう、あっただろう。大柄な彼であれば隠れる場所も選ばなければならないのだろうが、それであってもテーブルの下って。

 男性は逃げ出そうとしたが、すぐさま複数の招待客に取り押さえられた。

 

「お前は誰だ! なんでテーブルの下にいた!」

「な、なんのことだか……」

 

 プライド様と視線を交わす。

 彼が……本当に犯人かはともかくとして、怪しい人物であることは間違いない。事件が起きている以上、情報は提供した方が良いだろう。

 

「――あなたが先程、機関室へ不法侵入したことは確認できています」

 

 騒がしい会場の中においてもよく通る声で、プライド様は誤魔化そうとする男性に言い放つ。

 ……オフィシャルとしてのプライド様はあまり多く見たことがある訳ではないが……恐ろしいな。

 

「なんで、そ、それを……」

「オフィシャルの調べによるところ、ブースターシステムをネビュラが狙っていたとか。少なくとも、何かを企てていて、理由があって隠れていたのでしょう?」

「い、いや、だからオレは――」

「なにぃ! ネビュラだと!? おいっ、ブースターシステムはどこだ! 出せ! 今すぐ出せ!」

 

 招待客たちを押し退けて男性に掴みかかったのは、先程までステージで喋っていたビッグカンパニーの社長であった。

 会社の今後に関わる商談会が台無しになったのだ。居ても立ってもいられないのだろう。

 感情に任せて男性を激しく揺さぶる社長。しかし男性は必死に首を横に振った。

 

「お、オレじゃねえよ! さっきの停電も! オレが盗ろうと思った時に停電が起きて、戻ったと思ったらもうブースターシステムは盗まれてたんだ! オレ以外に犯人がいるんだよぉ!」

「なんだと!?」

 

 ――自白が取れたのは良いとして、もっと別の厄介ごとが発生するとは。

 どうやら彼は、機関室の件で評価した通りの人物であり、いざ事を起こそうとしたタイミングで何者かに先を越されたらしい。

 

「……エール、これを」

 

 彼のポケットから零れたPETを、プライド様が手渡してくる。

 PETの押収と強制チェック。些か強引だが、オフィシャル権限である。

 狼狽えているナビを放置して、中を少し探ってみるが――確かに、ブースタープログラムはないな。

 ちなみにダークチップの所持と取引の記録は山ほど確認できる。ネビュラであることは間違いない。獲物を横から掻っ攫われたネビュラ団員だ。

 

「言っていることは本当のようですね。ブースターシステムが保存された記録も、転送された形跡もありません」

「ありがとうございます。そうなると――犯人探しとなりますか」

「い、一体誰がブースターシステムを……っ!?」

「私たちで調査します。彼は捕えておいてください。共犯、ないし現時点で確認できていない手口の可能性も考えられるので」

 

 愕然とする社長にそう言ってから、プライド様は私に目配せして、会場入り口の方に歩いていく。

 ついてくるように、という視線である。足早にそれに続けば、プライド様は小声で伝えてきた。

 

「犯人はこの会場にはいません」

「……誰か、分かったのですか?」

「いいえ。ただ、件の彼が犯人でないならば、先の数秒で何が起きたか、見当はつきます」

 

 少なくとも、プライド様の中ではこの会場内で犯行が実行されていないことは確証があるらしい。

 プライド様は入り口で扉を一瞥した後、立っていた警備に問う。

 

「停電の間、誰かが会場に入ってきましたか? 或いは数秒前から、近付いてきていた者は?」

「ノー……どっちもいないよ。停電だろうとここには猫の子一匹入れさせないし、既に入っている招待客以外には近付いてすらいないよ」

「そうですか。……扉はずっと、開け放たれていたままでしたか?」

「あ、ああ、それは間違いない」

「ありがとうございます。エール、付いてきてください」

 

 警備からそれだけ聞いて、プライド様は迷うことなく歩き出した。

 ……探偵ではなく医者(デバッガー)である私にはまだ、考えが至らない。いや、プライド様も探偵ではないが。

 プライド様は時折止まって周囲を見渡しつつも、真っ直ぐ歩く。どんな根拠があるのだろうか。

 

「犯人はどうやら、相当に下見をしたようですね。考えなしにこれを実行するのは不可能でしょう」

 

 暫く歩いて、プライド様は突然踵を返した。

 それまで向かっていたのは、機関室方向。対して今度は、甲板の方向だ。

 何か、勘違いがあったのだろうか――それにしては、プライド様の様子に変化はない。どちらかというと、ある程度歩いて確証を得たかのような。

 

 今度は途中で足を止めることなく、私たちは甲板まで辿り着いた。

 パーティが始まっているからか、こちらに残っている招待客の姿は見られない。

 強いて言うなら、たった一人。

 

「ん? なんだ、もうパーティは終わったのか?」

 

 怪訝そうな表情で首を傾げる、特別ゲストたるネットバトラーの少年。

 正規の招待客ではないから、パーティにも参加していなかったのだろうか。彼は暇そうにネットバトルマシン前の椅子に座っていた。

 

「いいえ。ちょっとしたトラブルが起きており、中断しています。あなたはずっとここに?」

「ああ。パーティは特に興味ないからな」

「なら、この場に誰か来ていたか、あなたは見ていますか? そう……特に、操舵室前の通路から、誰かが出てきたとか」

 

 ネットバトルマシンは甲板のど真ん中に設置されている。

 この人気のない状態で、誰かがやってきたならば、あの場所にいれば彼は気付けるだろう。

 ディンゴ少年は少しの間、暗くなってきた空を眺めてから、返してくる。

 

「……んー。誰も来ていないぜ。パーティが始まってからやってきたのは、あんたたちが最初だ」

「なるほど――」

 

 それだけ聞いたプライド様は、操舵室に向けて歩いていく。

 やはり、その歩みに迷いはない。何を掴んでいるのだろう……正直、まだ私には分かりかねている。

 プライド様は操舵室前に設置された通路の扉を開き、中を確認する。

 あれは機関室と繋がっていた筈だ。機関室については先程プライド様と向かっていたが、途中で足を止めてこちらにやってきた。

 この先に見るべきものはないと判断したと思うのだが……。

 

「なあ、何があったんだ?」

 

 どうやらこちらが気になったようで、ディンゴ少年が歩いてくる。

 それには答えることなく、プライド様は操舵室のドアノブに手を掛けて――扉はあっさりと開いた。

 機関室同様、ここも厳重にロックしておくべき部屋だと思うが……。

 部屋の中は、ぱっと見る限りでは特に異常は見られない。

 今や船や飛行機の自動操縦も当たり前。それを利用したネット犯罪も存在してしまうのだが、まさか。

 

「おい、あんたたち……」

「ディンゴと言いましたね。あなたのオペレート技術を見込み、頼みがあります」

「お、おぉ……!?」

 

 PETを取り出しつつ、プライド様は唐突にディンゴ少年に言葉を投げた。

 

「今回のパーティでビッグカンパニーが売り出す予定であったブースタープログラムが、何者かに盗まれました。犯人が引き続き、船を乗っ取る可能性を考慮し、至急操舵室と機関室のシステムチェックを行います」

「そ……それでオレにどうしろって? オレのナビはバトル専門だ。そういうの、得意じゃないぜ?」

「犯人のナビと遭遇した際、確保の支援をお願いします。あなたとあなたのナビの力なら、問題なく任せられます」

 

 起きている出来事を話したプライド様に少し驚く。

 確かにかれらの実力は、いざ犯人と遭遇した時に頼れるものだろうが、現時点で一般人の力を借りる状況なのだろうか。

 ……やはり、分からない。今、プライド様がどこまで辿り着いているのか。

 ディンゴ少年はプライド様の要請を受けて、何やら言い淀んでいる。

 

「あー……悪いけど、トマホークマンも連戦でちょっとばかり疲れてるからな。先にその……機関室? ――の方をやってきてくれないか? そっちをやっているうちに回復させて、この部屋のチェックは手伝わせてもらうぜ」

 

 思いのほか慎重だな。こういう時、四の五の言わずに押しかけてくるタイプだと思っていたが。

 一旦協力を断ったディンゴ少年の様子を窺いつつも、プライド様は頷く。

 

「そうですか」

 

 短く、それだけ言って。

 部屋の外に出ることを促そうとするディンゴ少年を無視して、プライド様はPETを操舵室のコントロールパネルに向けた。

 

「あっ――!」

 

 不思議なまでに狼狽えるディンゴ少年。

 素早くプラグインを行ったプライド様は、PETに視線を落とす。

 私も自然とそちらに目を向けた。ナイトマンが降り立っていたのは、この船をイメージしたような、水に満ちた電脳世界。

 そして、彼と向かい合う一人のナビの姿を認めて、ようやく思い至る。

 

「……あなたのナビは元気そうですが?」

 

 そこに立っていたのは、トマホークマン。

 なんの理由もなく、操舵室のシステムにプラグインする許可など下りないだろうナビだった。




ブースターシステム強奪事件。
エグゼの事件の中でも、納得出来なくはないトリックだけど流石に無理があるだろ部門で良い線いけると思います。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。