バグのかけらをひたすら集めるクリームランド在住のデバッガー 作:けっぺん
午後、昼食を済ませた後。
予定を決める前に一旦ホテルでも戻ろうかと思ったところ、声を掛けられた。
「ヴァグリースさん、ヴァグリースさん」
振り返ってみれば、科学省の方から駆けてくる真っ白な少女。
今日も今日とて一段と印象が白くなる白衣を着たグレース嬢だった。いや、私が言えた話でもないが。
直接会うのは小惑星の一件以来。当然、日本で会うのは初めてとなる。
「久しぶりだね、グレース嬢」
「はい、お久しぶりです」
挨拶をしつつも、グレース嬢はじっとこちらを見上げてくる。
相変わらずその表情からはさほど感情を感じられないが――安堵している、のか?
「……うん、ちょっとだけ安心しました。前に連絡した時、結構思い詰めている様子でしたから」
「あぁ……そういうことか。いや、うん。なら、心配かけた……というべきか。この通り、私は吹っ切れたよ」
「そうですか。なら、良かったです」
……参ったな。彼女にも随分と心配されていたようだ。
光少年についてもそうだが、どうにも情けないなと思う。これから先で挽回しないといけないな、これは。
「ところで、どうしたんだい? 急いでいたようだが」
「そうです、そうです。午前中ヴァグリースさんが来ていたってことで、探してたんですよ。今から時間ってもらえますか?」
「構わないよ。一体何を――光少年?」
どういう用件なのか聞こうとした時、光少年が走ってくるのが見えた。
同じ科学省の方から急いで来ている辺り、もしかして同じ用件だろうか。
「っ、はぁ……はぁ……いきなり走り出すから何かと思ったぜ」
「あ、ごめんなさい熱斗くん。待っててくれても良かったんですけど。例の件、ヴァグリースさんがいればもっとスムーズになるかなと思って」
「いや、そうだけどさ……それにしたって言ってくれよ」
肩で息をする光少年。
いやまあ、科学省から全力疾走してくればそうもなるだろう。私であればもっと酷いに違いない。
……同じ距離走ってきて、しかも光少年より速かったんだよな? グレース嬢、息も切らしていないぞ。
「それでですね、ヴァグリースさんにお願いしたいのが――あ、ライカくん。ライカくんっ、こっち、ちょっとこっち来てくださいっ」
本題に入ろうとしたところ、また逸れた。
グレース嬢と別行動で、しかもすぐ近くにいたらしい。
グレース嬢の視線の先を見れば、呆れた様子のライカ少年が歩いてきていた。
「ライカくんの力も借りていいですよね、熱斗くん」
「お、オレはその分早く解除できるだろうから歓迎だけど……流石に過剰戦力な気がするぜ」
「……一体何の用だ?」
「ちょっと手伝ってくださいライカくん。千載一遇の機会ですよ、光博士のコンピュータを覗けるんです」
「は?」
思わず、やってきたライカ少年と声が重なった。
光氏のコンピュータ……? どういう、というかこんな外で話すような内容か?
「……とりあえず科学省に戻るとしよう。詳しく話を聞かせてくれるかい?」
「うん。えっと、少し前にオレ、パパに科学省に招かれたんだ。デカオたち――オレの友達と一緒に。その時にネビュラがやってきて、パパを連れて行ったんだけど……」
歩きつつも、光少年は話し始める。
事件の日……光氏が連れ去られ、大山少年、桜井嬢、綾小路嬢のPETが盗まれた一件か。
光少年のPETが持ち去られなかったのは本当に、不幸中の幸いと言えよう。
もしもそんなことがあれば、今こうしてチームメンバーとして関わることもなかっただろうから。
「オレさ、パパがあの日一体何を見せたかったのかって気になったんだ。それでさ、パパのコンピュータにアクセスしようと思ったんだけど、すごいセキュリティが掛かってて、オレとロックマンじゃどうにもならないんだよ」
……なんか嫌な予感がしてきたな。
ここから先を聞くのが怖いぞ。聞かなかったことに……いや、それも不味いな。
「だから、みんなに手伝ってもらってパパのコンピュータのデータを見てもらえないかなって」
「待て、待て待て。光少年、キミ今何を言っているか、本当に理解しているのか?」
「世界トップクラスの博士のコンピュータを見られる機会なんて今後回ってくるかも分かりませんからね。腕が鳴りますよ」
「なんで乗り気なんだグレース嬢」
「こういう風に頼られるのは悪い気はしませんよ。それにシャーロでは日常茶飯事です。ね、ライカくん」
「……まあそうだな。そのくらい出来なければシャーロ軍人は務まらないぜ」
「シャーロ軍のセキュリティ意識はどうなっているんだ?」
ちょっと待て。もしかしてまともなのは私だけか。
科学省の代表的な科学者、そのコンピュータをハッキングしろと言っているのか、彼は。
どう考えてもおかしいだろう。光少年が言い出していることは、実行されれば大した事故になるぞ。
如何にグレース嬢がシャーロ軍においてそういった攻撃を専門としているとはいえ、光氏のコンピュータに対して嬉々としてそれをしようなどと考えられるものか。
ライカ少年も止めてほしい。シャーロ軍人に必須のスキルだろうが何だろうが、もっと常識的なリテラシーというか、そういうのあるだろう。
「でもエールさん、色んなセキュリティ突破したりしてるじゃん。お願いできない?」
「そういうことをすべき時とすべきでない時があるだろう……」
「まあ……彼女の言う通りではある。日本トップレベルの科学者のコンピュータ……それを他国の技術者や軍人に無断で見せて良いものなのか?」
「大丈夫だよ。だってエールさんはチームメイトだし、グレースとライカもこれから協力していく仲間じゃんか。全然問題ないよ」
即答してくる光少年。彼が納得しているのなら……いやいや、そうだとしても。
私たちは入館用のライセンスを発行してもらっているとしても、私たちは限りなく部外者に近い。
光氏のコンピュータに触れるどころか、光氏の研究室に入ることすらグレーだぞ。
「仲間……そっか。へへへ。そうまで言われたら、やらない訳にもいかないか。責任の所在についても、伊集院に伝えればいいだろ。な、グレース」
「ライカ少年、やけにテンション高くないか?」
「シャーロではいつもこんな感じですよ、彼。今回は軍の命令でもないですし、羽目外してるんです」
なんだか違和感のあるライカ少年の態度について、グレース嬢がさらっと説明してくれる。
そうなのか……そうなのか? グレース嬢が言うのなら正しいのだろうが、ライカ少年にとっては大会の際より息を抜いているということか。
「そうだな……よし、炎山と、それからバレルさんに話してくる! それで許可が下りたら、エールさんも手伝ってよ!」
「む……うむ……」
なんだろう。思わずナイトマンみたいな返し方になってしまった。
伊集院少年、それからバレル氏が許可を出せば、その特例は罷り通るだろう。
ネビュラ襲撃のタイミングで、光氏が見せようとしたもの――それがネビュラの狙いのヒントに繋がる可能性もなくはない。
もしもそれで協力要請が来れば……仕方ないか。
それはそれとして、光少年には一度しっかりセキュリティ意識を身に付けてもらわなければなるまい。
どうにも私が悪い見本になっている気がして胃の痛みを感じる。ウラ流、本当に程々にした方が良いかもしれない。
十五分後、私たちは光氏の研究室へやってきていた。
許可は下りた。下りてしまった。伊集院少年もバレル氏も、何か重要な鍵があることを期待してか特例を許した。
伊集院少年はともかく、バレル氏にはしっかり言っておかなければなるまい。光少年が見習う大人として。
まったく……理解しているのだろうか。ここ、この国でもトップシークレットの部屋だぞ。
「これだよ、お願い三人とも」
「はい。よし、パパッとやっちゃいましょうか、ライカくん、ヴァグリースさん」
「ああ」
「……」
どうにも乗り気な二人に呆れしか起きない。
流れで付き合わされているが、やはり本当にそれで良いのかという不安があった。
あとで光氏に何か言われないだろうか。……ネビュラとの戦いが終わったら、彼らの分も含めて謝罪しておかないと。
仕方ない。腹を決めよう。
こうなったら光少年の期待に応えるとも。グレース嬢やライカ少年とセキュリティの解除に挑むというのは初ではあるが、複数人で事に当たる場合の方法は彼らも熟知しているだろう。
「じゃ、ギャラクシーマン、お願いしますね」
『かしこまりました、グレースお嬢様』
「よし……サーチマン、頼むぞ」
『了解ダ……セキュリティ解除、開始スル』
二人のナビがコンピュータにプラグインし、彼らと共にセキュリティの解除を試みる。……サーチマンも、あんなだったか?
付き合う以上手は抜かない――というか、手抜きをしていれば遅れるな。
グレース嬢は当然だが、サーチマンの情報処理能力も相まってライカ少年の作業もかなりの速度だ。
光氏のコンピュータとはいえ、ウイルス等を使用していないセキュリティであれば、解除は時間の問題である。
「……よし。解除できた」
「え、もう?」
というより、元々光氏のコンピュータにしては、随分と易しいセキュリティであったように思える。
彼が大した意識を持っていないようには思えないし、そこまで重要なデータがそもそも入っていないのだろうか……?
中身を見てみれば――ビンゴ。入っていたのは大した容量のないメモ程度のテキストデータが二件だけだ。
「テキストデータ二件……次世代ネットナビの
「そんなもの期待していたのかい?」
「夢があるじゃないですか。光博士のコンピュータなんて何が入っていても不思議じゃないですよ」
いやまあ、それはそうだが……そんな情報があったらあったで困るぞ。
しかし、また随分と古いデータだな。別の、もっと前の機器から持ってきたのだろう。
「テキストデータって、何が書いてあるの?」
「日本語で書かれてますね――まあ、当然ですけど。これは……光正博士からの手紙?」
「お爺ちゃんの?」
無遠慮に、グレース嬢によってテキストデータが開かれる。
一方でライカ少年とサーチマンはもう片方のデータを開いた。
ああ……なんか結構前に流行ったらしいな、こういうタイプでテキストデータを組み合わせる形式。
暗号でも何でもない、ちょっとした遊び心のあるクイズのようなものだが。
「ふむ……光少年、内容を組み合わせたデータをそっちに送るよ」
「ありがとう、エールさん――これって……」
我が息子、祐一朗へ
ガウの世話を怠らんようにたのんだぞ。
いつも言っているがガウを水にぬらしてはいかんぞ。
ごきげんが悪くなるからな。雨が降ったら家の中にいれてやってくれ。
「ガウ……? ロックマン、聞いたことあるか?」
『ううん、初めて聞くよ……でも、この赤くなってる文字だけを読むと……』
光正博士から、光氏に宛てた手紙。
内容だけを見れば、ガウなる名前の……恐らくペットか何かの世話についてのことしか書かれていない。
だが、もう一つのテキストデータが指し示す箇所だけを読めば別の文字列が浮かんでくる。
「裏の犬小屋……犬小屋って、ウチの? 裏のってことは、防犯装置の方じゃなくて……」
『裏庭にあるアレのことかな? けど……これのほかには特にネビュラが欲しがりそうなものはないみたいだね』
確かに――光氏がこのテキストデータのためだけに光少年たちを呼び出したということもあるまい。
この内容は何かしらのヒントになるのだろうが……まあ、私が気にすることでもないか。
「まあ、熱斗くんにとっては意味があるのだろうそのデータが出てきただけよしとしましょう。僕たちも、良い経験になりましたよ」
「それに、ネビュラが求めるようなデータはないと分かったことも収穫だな」
二人の言う通りだな。これが光少年にとって重要なデータであるのならば、こんなことを仕出かした意味があったといえるだろう。
これがネビュラにとっても意味のある内容であれば恐ろしい話だが……いや、流石になさそうだな。
ネビュラが犬小屋を探し回っているとかそういうのは、少し想像したくない。
「とにかく三人とも、助かったよ!」
「いえいえ、また何かあれば声をかけてください。まだしばらくは日本にいるでしょうから」
「このくらいならおやすいご用だ。いつでも力になってやるよ」
「……まあ、ほどほどにしたまえよ。あまり褒められた方法ではないからね」
先に部屋を出ていくグレース嬢とライカ少年を見送った後、光少年に改めてセキュリティ意識を説こうとして……やめておいた。
実際にこれをやった後で私が何を言ってもまるで説得力がない気がした。
あの頃は気にならなかったけど今見るとヤバいことしてる部門5編最優秀賞イベント。