バグのかけらをひたすら集めるクリームランド在住のデバッガー 作:けっぺん
その後、私はひとまず事の説明をするため、プライド様とジャスミン嬢を連れて個室ありの甘味処へ入った。
あのまま往来で話し続ける訳にもいくまい。
なんかどっと疲れた気もするし、ここで休ませてもらおう。
「それにしても、驚きました。エール、チョイナにお知り合いがいたのですね――あの国には行ったことありましたっけ?」
「いえ、ありません。彼女と知り合ったのはインターネットですね。というのも……」
隣で出された茶を啜るジャスミン嬢に目を向ける。
ジャスミン嬢との出会いは私としてはややありふれたもので、彼女としては新鮮なものだっただろう。
聞かれたくない話題であれば話すつもりもなかったが、こちらの視線に気付き首を傾げる彼女のその様子はない。
あれは苦い記憶と思ってほしいのだが……。
「……二、三年くらい前ですかね。ウラの入り口近くで出会ったんですよ。奥の方に向かっていく彼女のナビに」
「ウラインターネットに……?」
「ハイ。私のナビ――メディ言うネ。どうしても欲しいものがあって、ウラの奥に行こうとしたのヨ」
ジャスミン嬢はテーブルの上にPETを置く。
ストレートに看護師姿をした医療ナビ、メディ。当然だが、彼女も久しぶりに見たな。
メディは一度こちらを見て何やら微笑んだ後、プライド様に視線を向けた。
『初めまして、姫様。アタ……ワタシはメディと申します。ジャスミン……様のナビを務めています。お……エールさんの一番弟子で――』
「あ、メディ、ズルい! お弟子にしてほしいってお願いしたのは私のが先ネ!」
『ジャスミン、断られてたじゃないの。あの時も、今も。つまりアタシが一番弟子よ』
「メディ、キミについても認めた過去は一切ないよ」
『……あら、集音の具合が悪いわね。PETの不具合かしら』
「IPCの最新PETのようだが」
「一ヶ月前に買った新品ネ。メディが『これが良い』って駄々こねたやつ」
『じゃ、ジャスミン、なんでそれ言っちゃうのよ!? お師匠様には内緒にって……』
「言われてないヨ。日本でお師匠に会うなんて私も思ってなかったし」
別にナビがPETの機種のデザインや内部の“居心地”を気にすることなど、今の時代珍しくもないし良いと思うのだが。
私も古い機器にいるパルスインすると、当然負荷が高まって体が重く感じる。あれを居心地と呼ぶべきかは微妙だが、最新機種の方が疲れないのは確かだ。
ともかく、メディの背伸び癖は相変わらずのようだ。
学習プログラムの存在を考えても、直接カスタマイズしない限りナビの性格なんてそうは変わらない。
大人ぶっているがその実、危険を省みず判断を迷わないお転婆娘……医療ナビとして相応しいのかそうでないのか、議論の余地があるな。
そしてそんなやり取りは、どうやらプライド様のツボに入ったようだった。
「ふ、ふふ……可愛らしいお弟子さんですね、エール」
「いえ、ですから弟子ではなく……話を戻しますね。ウラの奥に向かっていくメディを見たので、警告をしたんです。肝試し気分でウラに来るのはやめた方が良いと」
あまり柄ではないが、それでも表層で一般人と思しきナビを見かけたら、警告してやるのがまともなウラの住民である。
何せ奥に行けば行くほど、まともではないウラの住民は増えてくる。
すれ違いざまに襲い掛かってくるような、どこかをおかしくしたナビなど珍しくもない。
深層ではプラグアウトにも時間が掛かるし、ウイルスも強力になる。
だからこそ、生きて帰ることすら難しい場所に踏み込もうとする命知らずを脅して追い返す、比較的善性の輩が表層にはそれなりにいるのだ。
――ウイルスに追われて息絶え絶えのナビにフルエネルギーを一万ゼニーで売りつけようとする輩もいなくはない。
「それでも、引き下がらなかったと。……どうしてウラに? 話しにくいことならば無理に聞きはしませんが、一般人が赴く場所でもありませんよ」
「分かっていたけど……どうしても欲しかったネ。ウラのずっと奥にある、秘密の医学書データが」
「医学書……?」
「東洋医学の秘伝が記されていたようです。私も噂にしか聞いたことはなかったですし、信憑性も薄かったのですが」
秘伝なんてものを隠すのに、ウラは絶好の場所である。
今日も今日とて無尽蔵に広がり、ウラの王と広げた本人しか知らないような道が増えていく。
“迷おう”と思って歩いてみれば簡単に迷うことが出来る場所だ。だからこそ、知見のある者だけが見つけられるデータというものも数多い。
――まあ、そういうデータに付き物な高度なセキュリティは往々にして強行突破というマスターキーに対応してしまっている場合が多いのだが。
「お爺ちゃんの病気を治すのに、絶対に必要だったのヨ。それを説明したら、お師匠が付いてきてくれて……!」
「あぁ……」
なんですかプライド様。その何もかもを察したみたいな目は。
いや……私も別に最初からそうした回答を予想し、手を貸すつもりで声を掛けた訳ではない。本当に警告のつもりだったのだ。
ただ、現実世界と電脳世界という舞台の違いがあるとはいえ、
まだ護衛対象が一人二人増えたところで問題ないレベルの用心棒もいたことだし、ウラの奥に行く手立ても整っていたのだ。
そのタイミングで、それぞれが頼んだものがやってくる。
ジャスミン嬢はさっそく、アイスの存分に盛られたあんみつを食べ始めた。
「……それで何日か付き合った結果、医学書データを見つけたのですが……保存状態が劣悪でした」
「ウイルス混じりのミステリーデータのような?」
「ウイルスもそうですが、バグまみれでした。相当の年月放置されていたのでしょう」
放置されたデータなどが集まって出来るミステリーデータ。
安全なエリアであれば有用なチップデータに変換されている可能性も高いが、ウラにおいては大半がバグのかけらか、ウイルスに染まり切ったものだ。
時折メガクラスチップが見つかったりするものの、好き好んで漁ろうとするナビも少ない。
オモテに比べて危険に陥るリスクが大きすぎるからだ。
ジャスミン嬢が探していた医学書データは、一目でわかるほどにバグに侵されていた。
データを雑に保管していると、数年も経てば当然劣化する。インターネットに繋がりウイルスが近付くような環境だと、その劣化はより早まる。
あれから一年も経てば、当の医学書データも修復不可能となっていただろう。
「それから、お師匠に依頼してボロボロのデータを修復してもらったネ」
「――よくお金がありましたね。エールはどんな事情があっても、依頼料に関する交渉はしないと聞いていますが……」
これは私のポリシーであるのだし、誰かを贔屓する訳にもいかない。
いつかの、伊集院少年の件についてもしっかり依頼料は受け取ったし、子供であっても関係ない。
もちろんジャスミン嬢にも請求した。とはいえ、私も事情を酌むことくらいはある。
「事情が事情ですし、急を要していたでしょうから、出世払いで良いと告げました」
「……当時、雪でも降りました?」
「降った気がします」
プライド様の真顔のジョークにジョークで返す。
ともかく、まだジャスミン嬢は学んだ医学を仕事に出来る年齢ではないだろうから、支払いはいつでも良いと伝えた。
医学書データの修復はそれなりの仕事だったし、費やした時間を考えれば事実上のただ働きとなることに複雑な気持ちがなかった訳でもない。
それでもジャスミン嬢の祖父を救うのが先だろうと、当時の私なりに格好をつけて。
……まあ、それが多分、過ちだったのだと思う。
「お師匠のおかげでお爺ちゃんは良くなったネ。すぐにお師匠にはお礼したかったけど、お金持っていなくて……だからいい方法考えたのヨ!」
「……はぁ」
「一体何があったのですか……」
ジャスミン嬢の行動力は凄かった。
光少年らと知り合った今ならばともかく、あの頃は彼女の行動力には驚嘆するしかなかった。
「その一件から何ヶ月か経ってからですかね……家に来たんですよ」
「……え?」
――バグ医者エールさん! 働かせてもらいにきたヨ!
あの日のこと、忘れることなどあるものか。
仕事の最中にインターホンを鳴らし、ドアの前で大きなリュックを背負って立つ少女が、聞き覚えのある声でそんなことを言い出したあの日を。
そう。ジャスミン嬢ははるばるチョイナからクリームランドにやってきて、私の家を突き止めてやってきたのである。
当時も、私が依頼を受けるホームページのオモテ側のリンクがクリームランドのインターネットエリアにあることから、私がクリームランドの
とはいえ、当然ながら素性……住所まで割れるような情報の取り扱いはしていない。
こちとらウラで生きて長いのだ。十分に気を付けていた。
だというのに――ジャスミン嬢は私の家を見つけ出した。
「え……え?」
「プライド様。私、あの日まったく同じリアクションをしました」
「ええ、でしょうね……ではなく。一体、どうやって……」
『とっても苦労したわ。ウラへ行ったり、クリームエリアで聞き込みをしたり。クリームランドに来てからも一週間くらいは探し回ったわよね、ジャスミン』
「……それだけ滞在できる資金があるなら普通に依頼料を払えなかったのかい?」
「……」
今更、苦労の内容を知らされ、思わず指摘すれば目を逸らされた。
クリームランド行きの飛行機や、一週間の滞在。
どれだけ格安で用意しても、そこそこの金額になるだろう。
それで足りるかはともかくとして、どうしてそれを使い私を探すという選択になったのか。
「……まあ。それを追い返す訳にもいかず。仕事の手伝……いえ、ほぼ教えていただけですね。しばらく住み込みで色々と教えていたわけです」
「…………」
プライド様が頭を抱えてしまった。私もそうしたい気分ではある。
誰かと過ごすということがどれだけ大変か、あの時思い知った。
あの時の私は、ジャスミン嬢がいる間の暫く、プライド様と関わることがなく悟られなくて安心していたが、まさかこのような形で知られることになるとは。
「……教えていたというのは、エールの
「はい。特にメディは、私の仕事を知っておけば役割の幅が広がりますから」
バグの治療を専門とする私と、傷の治療を得意とするメディでは厳密には役割が違う。
だが、こちらの仕事を学んでおけば、よりナビとして深いことが出来るようになる。
そしてジャスミン嬢もまた、私の仕事の覚えは早かった。
人の病を治す医療者を志すジャスミン嬢に必要なスキルではないものの、私の医学書データの修復に何か思うところがあったようで。
それに、彼女やメディの補佐能力は優秀だった。はじめこそおぼつかなかったが、コツを覚えてからの技術はアイリスに勝るとも劣らないものだったと言えよう。
『つまりアタシが、お師匠様の本命としてバグの修復を習った一番弟子ってことです、姫様』
「――で、認めていないのですがその頃からこんな風に呼ばれるようになってしまいまして」
「な、なるほど……」
あのくらいでどうして師事しようと思えたのかはわからないが、ともかくそういう話。
結局住み込みのバイト代として医学書データの件は帳消しとし、そのまま放り出すのも酷なのでチョイナへの飛行機代の分まで働いてもらったわけだ。
プライド様の表情は難しかった。
当然だろう。この件を報告していなかったことについても、不満があるだろうし。
「お師匠、また色々教えてほしいネ! 私もメディもあれからたくさん勉強したヨ! ごはんもまた私が作るから!」
「……えっと……ジャスミンさん? 今更なのであまり強くは言いませんが、あまり迷惑をかけては――待ってください、あなたが作るとは?」
「あ、いや……ジャスミン嬢、それは――」
「お師匠、あの頃全然ちゃんとしたごはん食べてなかったネ。あれじゃバグを治す前に倒れちゃうと思って……だから、私がごはんを作ってたのヨ。しっかりスタミナのつく、火力イノチのチョイナ料理ネ!」
まずい、と思って止めようとして。
しかしジャスミン嬢は気にせず、自慢げに話してしまった。
「――いつか、台所まわりが妙に整っていたのはそういう話ですか……!」
「い、いえ、その……」
「ジャスミンさん。あなたがエールの家にいた頃の話を詳しく聞かせてくれますか? 主に、エールがどんな生活をしていたか」
「え? は、ハイ……?」
プライド様の雰囲気の変化にジャスミン嬢は戸惑いつつも、話し始めてしまう。
……メディと目が合い、彼女からは仕方ないと呆れの視線をいただく。
いや……うん。過去の話だし、否定もしないが……今お説教をいただくようなことでも……。
居心地の悪さを感じながらも、注文した和菓子を口にする。
今は甘味よりも、この空気を吹き飛ばすチョイナ料理の強い辛味の方が欲しいと思った。
・メディ
5チームオブブルースに登場するナビ。オペレーターはジャスミン。
看護師の姿をしたナビであり、その見た目の通り癒しの力を持つ。
ジャスミンよりやや大人びた印象で、飛び出しがちな彼女のストッパーでもあるが、こちらもこちらで意外と強気で人の話を聞かない一面がある。
セキュリティを破って無理やりウラインターネットに行こうとした際、ブルースが自分を庇ったことの責任を取るため、支援担当としてチームに参加する。
専用コマンドのツインリベレートは、自身と直線状に並んだナビと協力し、その間のダークパネルを一気に解放する強力な効果。
カーネル版にて対応するトードマンのコマンドとの違いは、こちらは地形やバリアパネルを貫通できないが、直線状にもう一人のナビが辿り着けさえすれば、ダークパネルが何マスあろうと一気に開ける点。
ブルース版にはダークパネル上を飛行できるうえ、空き地がなくても爆撃リベレートで作り出せるジャイロマンがおり、彼との連携が非常に重要となる。
ただし、ツインリベレートにはメディともう一人の戦闘が必須となり、メディもジャイロマンも打たれ弱く戦闘面がそこまで優秀ではないため、苦戦してリベレートに失敗しオーダーポイントを無駄にしないよう注意。
GBA版ではツインリベレートをオーダーポイント消費なしで実行する裏技があったがアドコレでは修正されていた。残当。
そんな形で、自称一番弟子がいたという話。そして数年前エール宅では滋味深いチョイナ粥を中心としつつも辛味の強いチョイナ料理が並ぶ時期があったという話。
ここで登場こそしましたが、そこまで深くこれからのネビュラとの戦いに関わってくる訳ではありません。
あくまで本作の5編はカーネル版をベースとしております。