バグのかけらをひたすら集めるクリームランド在住のデバッガー   作:けっぺん

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バグというもの-3 【本】

 

 

 強力なチップデータを作成するにおいて、大切なのはバランスである。

 一枚で戦局を変えることが出来るようなチップを作ろうとすれば、必然この課題と向き合うことになる。

 一つのチップに書き込めるデータ量には限界がある。

 火力、効果範囲、発動速度、リスク、エトセトラエトセトラ。どれかを高めようとすると他の能力を低下せざるを得なくなるのだ。

 強力過ぎて弱点のないチップは作れない。それは「チップデータを作りたい」と思った者が最初に知らねばならないことである。

 『サンクチュアリ』? あれは例外だ。あのチップ一枚のために専用の圧縮ツールまで作ってギリギリチップデータとして成立させている。容量が大きすぎてレギュラーチップにしようと思ったらPETの他機能を制限して容量確保しないとならないというおまけがついたが。

 

 さて、今回使用したチップは火力と効果範囲をどちらもチップ一枚で発揮できるうちでも上位の域まで突き詰めたものだ。

 その名も『ブラックボム』。読んで字の如し、黒い爆弾である。

 威力はカスタマイズしたナビでもただでは済まないほど。

 そんなチップだ。数あるボム系チップの中でも前代未聞な癖が付いてきた。

 ――爆発しないのである。

 放つのは不発弾。そのまま放置しておけば爆発することなく、やがてチップの効果時間が切れるまでその場で鎮座し続ける。

 外部から火属性による着火を受けることで、初めて真髄を発揮するのだ。

 爆発させるための火属性チップが必要と考えると、チップ二枚による総合火力とも言い換えられる。そう考えると、このチップの攻撃力は際立って高いとは言えなくなる。

 一枚のチップとして最大限のリターンが返ってくる方法が、このように通常武装として火属性を備えるナビとの協力である。

 

『ゲホッ、ゲホッ……!』

 

 ダメージこそ受けなかったものの真正面からその衝撃を浴びて咳き込むロックマン。

 爆発の中心地にいてこれで済む辺り、やはり『バリア』は手軽で優秀なチップだ。耐久性なら殆ど上位互換と言っていい『エレキオーラ』がホーリーパネルの上にいたにも関わらず吹っ飛んだし。

 結果として、爆発は功を奏した。

 辺りの氷は破片すらなく消し飛び、氷の戦場の一角が黒焦げと化している。

 その中心で私たちは無傷で立っていた。

 

『この人、もしかしてすっげえ過激じゃ……』

『過激でない者は個人でゴスペルに喧嘩売ったりしないものだよ、光少年』

 

 開けた視界は、閉じる前とさして変わりない。

 よほど気に入っているのか、再び氷山の上に立つフリーズマン。

 多少新しい傷は見られるが、まだ十分戦闘は可能だろう。

 対して無傷のレヴィアはなんてこともなさそうに槍を持ち直しつつ、此方に歩いてくる。

 

『その子との逢瀬は楽しかったかしら?』

『張ったオーラが吹き飛ぶくらいには刺激的だったね』

 

 冗談かどうか分からないので冗談で返す。

 さて。此方はほぼ無傷、フリーズマンは少なからずダメージを負っているが、場の有利は彼にある。

 しかし――そちらの方が都合がいいか。レヴィアの興味も薄れているし、私個人の目的は果たすことが出来そうだ。

 

『二人とも、頼みがあるんだが』

 

 小声で二人に言う。

 

『何をするの?』

『なんてことはない。ただの教育さ。あるチップを私の代わりにヤツに当ててくれれば良い』

 

 本来はあまり使う気のないチップだ。

 こんなものをフォルダに入れることすら、私としては好ましくない。

 だが、今回ばかりは別だ。将来有望な光少年とロックマンという二人もいることだし――彼らもそのうち、向き合うことがあるだろうから。

 何をしようとしているか察したのだろう。僅かに熱を帯びた笑みを浮かべると、ロックマンに目を向ける。

 

『起爆が遅いわ。ちゃんと狙いなさい』

 

 両手に一つずつ出現させたそれの片方を左手で受け取り、レヴィアは再びフリーズマンへと向かう。

 私がやるには、少々速度が足りない。私ではあの氷山を登り切る前に迎撃されるがオチだろう。

 だが、レヴィアとロックマンであればいける。フリーズマンに接近し、かつこれを命中させられる実力がある。

 

『それが当たれば、勝てるのか?』

『約束しよう。そこからは、キミたちにとっても勉強となるのでよく見ておくように』

『よくわかんないし、勉強は別に良いけど……とにかくやるぞ、ロックマン!』

『う、うん! 了解!』

 

 残った一つを持ってロックマンもレヴィアに続く。

 走りながら再びスタイルチェンジ。赤い姿から、黄色い姿へ。

 私が初めて見たスタイル――エレキブラザーだったか。

 ナビチップの能力変化を可能とする、電気属性のスタイルは攻撃を繋げて目的のチップを命中させるのに向いている。

 向かった二人を見送り、私自身も『ラビリング』をはじめとした電気属性のチップで援護する。

 私のわがままで彼らの片腕を封じているのだ。その代わりくらいは果たさなければ。

 

『何度も同じ手は通用しない』

『そのようね』

 

 衝撃波の陰からの奇襲。氷の弾丸。

 それらを氷柱で攻撃を兼ねながら迎撃するフリーズマンにレヴィアは面倒そうに反応し、一際大きく槍を振るう。

 槍の先から放たれたのは氷の竜。

 圧倒的な量で攻めるフリーズマンを嘲笑うように、レヴィアは小規模の、鋭い氷で攻め立てる。

 

『ず、ぁ……ッ!』

 

 竜を構成する氷の棘は容易に氷柱を砕き、フリーズマンを貫いて進む。

 おまけとばかりに放られた私のチップによるボム。

 そしてレヴィアが跳んで退避した一秒後に爆発。あまりにダメージが無いことにフリーズマンが困惑した様子で――この状況であまりに致命的な隙を晒した。

 

『いっけえ、トードマン!』

 

 光少年が使用したナビチップによって出現していた、背の小さなカエルを模したナビ。

 ゲコ、と“らしい”鳴き声が形を成し、フリーズマンへと進む。

 あれは……まさか緑川氏のナビか? 光少年と知り合いだったのか、彼女。

 フリーズマンの動揺に突き刺さる、電気を纏った音符。

 それは大きなダメージと共にフリーズマンの動きを止め、更にロックマンが追撃として放ったラビリングが麻痺効果を延長させる。

 レヴィアから一歩遅れて、ロックマンがボムを投げる。

 フリーズマンが再び行動を可能とする頃には、二つ目のボムも爆発し彼はその爆風を浴びていた。

 

『――。先程から、一体何を。一切傷も負わぬ攻撃でワタシを倒そうと思っているならば、それは――』

 

 よくやってくれた、二人とも。

 これでようやく、私が本当に彼にしたかった話が出来る。

 戻ってきたレヴィアとロックマン。対して、私はゆっくりと近付いていく。

 不審に思うだろう。反撃したければするがいい。出来るものならば。

 

『――――、これは』

 

 思わずといった様子でふらふらと後退るフリーズマン。

 何が起きているか分かるまい。それとまともに向き合おうとしていなかった彼は、初めてここで恐怖というものを知る。

 足元をしきりに気にして、今立っている場を離れようとしている彼の姿は、傍から見れば異様な光景だ。

 最早彼に反撃する余裕はない。もう一枚チップを使い、彼に撃ち込む。

 

『ッ、何が、何が起きている!?』

 

 与えるダメージは大したことはない。

 しかし影響は如実に現れる。躱そうとしていた方向にフリーズマンは大きく踏み込み、重さに耐えられなくなったように足元の氷が崩れた。

 それでバランスを崩し、彼は氷山に罅を入れながら転げ落ちてくる。

 立ち上がろうとするも、彼の演算機能はそれを良しとしない。

 思考そのものに攻撃して、体に反映される動きを本人の意図とは違うものとするチップ、『アナザーマインド』。

 それによってフリーズマンは正常に動くことが出来ない。“立っている場所に罅が入っていく”という、存在の確立そのものが不安定になっている現状に、抗うことが出来ない。

 

『お、おい……フリーズマンに何が起きてるんだ?』

 

 光少年の疑問の声。

 先程まで冷静に大きな力を振るっていたフリーズマンが突然狼狽し、誰が見ても明らかな隙を晒して悶えている状況に、理解が追い付いていないのだろう。

 それならば教えてあげよう。或いはデリートよりも恐ろしい、ネットナビにとっての苦悶というものを。

 

『簡単なことだ。バグ、だよ。フリーズマンの体は、現在進行形でバグに蝕まれている』

 

 光少年への教示、そして、フリーズマンへの宣告を兼ねた。

 当然、彼にも聞こえているだろう。

 

『バグ、だと』

 

 先程レヴィアとロックマンに手渡したのは『バグボム』。

 他のボム系チップに比べれば起爆も遅く、その爆発自体もウイルス一つデリート出来ない。

 だが、その爆発はネットナビやウイルスを侵す。

 

『危険なんだよ。使い道を誤れば電脳世界で最も恐ろしいものになる。ネットナビにとっては、病にも等しいんだ』

 

 フリーズマンの傍まで歩み寄る。

 反撃されることはない。己の身に起きていることで、それどころではないのだろう。

 

『だから私は医者(デバッガー)をしている。こんなものが、決して蔓延ったりしないように』

 

 取り出したのは、四角い光が疎らに灯る黒いナイフ。

 (エールハーフ)の機能として備えられた攻撃手段。それを三本、同時に投げる。

 これも攻撃を目的としたものではない。

 フリーズマンの背中に突き刺さったナイフから伝達されて、その身に侵食していく毒。

 

『ッ、ぁ……、し、知らない。こんなもの、ワタシは知らない』

『そうか。なら存分に味わうといい』

 

 ナイフに込められた新たなバグが彼に発現する。

 力が抜けていく。そして、動くことも躊躇われる状況でありながら思考が移動を強制しようとする。

 それに抗おうとして余計に体力を消費していくフリーズマンに、さらに新たなナイフを突き立てながら私は問い掛ける。

 

『それがバグだよ、フリーズマン。そんなもので、本当に究極のナビなぞ出来ると思うか?』

『――出来ない。出来ない! こんなものがナビを作るなど! 不可能だ!』

 

 バグを利用して何かをしようというのなら、まずはそれを理解するべきだった。

 下調べをするだけでも危ないのだが、認識もせずに大量に集めるなぞという愚行は行うまい。

 

『正解だよ。ご褒美だ、私が集めたバグのかけらを欲しがっていたね、フリーズマン』

 

 四肢を動かせなくなったようで、目を大きく開いて私を見上げてくるフリーズマン。

 その首に手を添える。拒否などさせない。欲しがったのは彼なのだから。

 渡すと思うか、とは聞いたが渡さないなどとは言っていない。ゴスペルの計画に使わせるつもりはないというだけだ。

 

『やめ――』

 

 私の手から、バグのかけらを直接流し込む。

 所詮はかけらだ。少量がその場にあるだけでは、直ちに異常が発生したりはしない。

 だが、本来ナビの中に入るべきではないものを無理やり放り込んだりすれば、その限りではない。

 既に発生しているバグを加速させ、新たなバグを発現させる。

 対処が必要となるようなものは発生させないように調整しつつ、ただひたすらに彼の症状を悪化させていく。

 戦闘プログラムを破壊し、行動プログラムを破壊し、言語プログラムを破壊し、ナビとして必要なもの一つひとつを丁寧に腐らせていく。

 思考だけはそのまま。自分が一体、何のためにここまで多くを傷つけてきたのかを知らしめる。建前は、そんな感じ。それだけなら、私はここまでしない。

 ――プライド様を利用した。それが本心。

 

『――バックアップがあるのなら。その恐怖を知らないキミが戻ってきてしまうというのが、残念だ』

 

 組成を破壊し尽され、散ってゆくフリーズマン。

 バックアップがあるから、という考えを、私は好まない。

 どれだけ終わり際に大切なことを教えても、忘れてしまう。もう一度口で教えても、実感にはならない。

 

『…………』

『覚えておきたまえ、光少年。バグとはこういうものだ。キミはロックマンをこんな目に遭わせてはいけないよ』

『――ああ。当たり前だ。こんなものを見せられてナビを大事にしないヤツなんて、オペレーター失格だぜ』

『熱斗くん……』

『うむ、いい子だ。バグに溺れた者の末路は悲惨だ。こういうのは、出来れば私も無い方が良いと思ってる』

 

 ついさっきまでフリーズマンだったもの――その場に転がった幾つかのバグのかけらを拾う。

 戦闘プログラムによって発生していた部屋の氷も一部侵食され、それらも小さなかけらに変わっていた。大量だ。

 遠くのものをレヴィアが拾ってきてくれた。あまり触ってほしくはないんだが。

 

『ありがとう、レヴィア』

『次はもっと楽しいステージが良いのだけどね』

『善処しよう』

 

 さて、一斉解凍まであと少し。バラッドにもそろそろ連絡しておこう。

 氷の中にいるウイルスについても対策するため部隊が展開されている筈だ。

 ウラはその限りではないが、あちらはバラッドがどうにか出来る。

 最近めっきり姿を見せない電脳ツバメがいれば効率も二倍なのだが……まあ、王様に直談判すればそれこそすぐに終わるだろう。

 

『さて、解散だ。これでゴスペルの中枢は潰した。オフィシャルへの連絡は私がしておこう。今日の内にここの調査が入るだろうさ』

『これで……終わったのかな?』

『終わったと思いたいな』

 

 とはいえ――コトブキ町か。スクエアに本部があったからといってその住宅街に何かがあるとは限らないが、調べてみる価値はあるかな。

 もしかすると、ということもあるし……。

 

『レヴィア、私たちも帰ろう。いい加減眠い』

『別にこのまま気を失ってくれてもいいわよ。ちゃんと送ってあげられる自信はないけど』

『遠慮させてもらうよ』

 

 今は精神を二つに分けていることで、そういう感覚に鈍くなっているものの、多分戻ったら数分と持たない。

 ナビと同等のデータ構造を保障することでプラグアウトは可能ではあるが、それが出来ない理由がある。

 レヴィアはPETが無いゆえプラグアウト出来ないのだ。

 私のホームページの隠し通路を経由してパソコンまで戻ってくるのは徒歩になる。

 

『そんな訳だ。光少年、ロックマン、私たちはこれで』

『うん、ありがとう、エールさん』

 

 レヴィアを伴って、ゴスペル本部――であった部屋を出る。

 相変わらず人気のないコトブキスクエア。ここが賑わうことになったとしても、次に訪れるようなことはないと思いたい。

 

『それじゃあ、戻るまで護衛を頼むよ、レヴィア』

『任せなさい』

 

 また、ウラを経由してホームページまで帰る。

 それまでの間にオフィシャルの解凍作戦が実行されたことを確認。ウイルス退治も順調であるとのことだ。

 バラッドの方も問題なさそうだ。ウイルスがばら撒かれて、それが残ったとしてもウラの馬鹿共ならすぐに鎮圧出来よう。

 そちらは解決しそうだったので、あとは此方の状況もオフィシャルや光氏に報告。

 ゴスペル本部を日本のコトブキスクエアで発見、市民ネットバトラーの光熱斗およびロックマンと協力し、最高司令官を名乗るナビをデリート。

 調査は任せる。復旧のサポートが必要であれば休憩を挟んでから対応する。

 同じ報告をプライド様にも送る。先程、ワクチンを作る目途が立った時には起きていたものの、あれから二時間ほど経過している。

 流石にもう眠っているだろう。そうでないと困る。一日も早く健康を取り戻していただくよう言ってあるのだから。

 詳しい報告は寝てからします、すみません。よし、完了。

 戻ってくる自分の半身を待ちながら、コトブキ町について調べ始める。

 ぼんやりとし始めた思考の中で、『アンダーシャツ』の効果が発揮するような状況にならず良かったと思った。




■フリーズマンがログアウトしました。
■文明破壊作戦が解散しました。
■対ゴスペル戦線が解散しました。


・バグ
プログラムに発生する不具合。
エグゼシリーズではバグのかけらや、3以降のシステムであるナビカスで発生するものが有名か。
後者はナビカスのルールに違反する構築をすると発生し、ロックマンに様々な異常が発生する。
大抵はバトルで不利にしかならないものだが、時々暴発してチャージショット相当になるバスターを連射したり、情緒不安定になったロックマンの怒りをうまいこと利用したりする鬼畜な熱斗くんもそれなりにいる。

ゴスペルとの戦いは終わりではありません。きっちり後始末もしてもらいます。
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