バグのかけらをひたすら集めるクリームランド在住のデバッガー   作:けっぺん

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すべてが飛び込む場所へ-2 【本】

 

 

 ホテルを出て、メトロの駅にやってくる。

 既にプライド様に連絡は済ませてある。全部終わらせて戻る、と。

 

 ――回避可能な危険は冒さないように。絶対に……無事に帰ってきてください。

 

 その言葉だけで気力は無尽蔵に湧いてくる。

 大して力のない私が、それでも何でも出来るような感覚。

 慢心するな。そんなことを出来るものが待っているとは思えない。

 今なおゴスペルが活動しているのだというのなら、今から行く場所にはフリーズマンを超える何かがいる可能性も高い。

 今回はレヴィアもバラッドもいない。ウラの力は借りられないということだ。

 

「やあ、おはよう。待たせたね」

 

 とはいえ、今からコトブキ町に向かうのが私一人ということもない。

 先行した光少年だけでどうにか出来るとは思わないと、自身の任務を急ピッチで進め馳せ参じたオフィシャルネットバトラー。

 伊集院少年は防磁スーツを身に着け、備え付けのマスクを首に下げた状態で改札の前で待っていた。

 

「……まさか貴女と行動を共にすることになるとは」

「確かに。しかし今回は隠し事もなく、ゴスペルと戦うためにここにいる。警戒は不要だよ」

「その言葉を信頼するには貴女の人となりを知らなさすぎる」

「それでは今回の一件で理解してくれるとありがたい。出し惜しみするつもりはないからね」

 

 話をしつつも、改札の先を覗く。

 まだ一般には開通していないメトロだ。それを今回のために特別車両を用意した上で一部の者に使用許可が与えられている。

 

「……それで。その荷物はなんだ?」

「これかい? よっ、と……借りてきた防磁服だ。着てくるには少々見た目がアレかつ重くてね……」

 

 コトブキ町の電磁波対策として、シャーロのネットワーク軍から借りた防磁服。

 軍事国たるシャーロの軍は作戦行動が困難な区域でのオペレートが必要とされており、そのための防磁服の技術は世界でも最上位に入る。

 クリームランドとシャーロは長年親交があったことからプライド様に要望してみたが、ギリギリで借り受けることが出来た。

 私の場合は、電磁波の強い影響を受けては少々不味い事情がある。ゆえにこれがなければ、ここに来るという選択は取れなかっただろう。

 

 さて、ゴスペル対策ということで借りられた防磁服だが、電磁波を十全に防ぐという目的から分厚く、宇宙服染みた外見だ。

 流石にこれを着て人の多い往来を歩く趣味はない。

 そもそも重い。試しに着て、少し歩いただけで疲れた。今更だがこれ大丈夫だろうか。

 まあそんな訳で、鞄に入れて背負ってきた。

 どちらにせよ重いが、此方の方がマシだ。明日は間違いなく筋肉痛だな。

 

「……白衣を外で着ることはいいのか」

「ん?」

「何でもない。電磁波対策が取れているならいい。行くぞ」

 

 何やらぼそぼそと呟いていたが、聞き取れなかった。独り言らしいし気にしない。

 まあ、立ち止まって話をするのはほどほどにしなければ。

 どうせこれからメトロで移動の時間があるのだ。

 下ろしていた鞄をもう一度担ごうとして――伊集院少年にひったくられる。

 

「コトブキ町に着くまでに体力を消費されても迷惑なのでな」

「……小学生にこの荷物を持たせるというのも、中々罪悪感を覚えるのだが」

 

 唖然としながらもそう返すが、伊集院少年は何も言わずに改札を通る。

 男子とはいえ、体が作られる前の小学生となると、私とさほど体力も変わらない……と思う。

 ……何というか、それはそれとして。

 善意かどうかは知らないがこういう親切を受けるのは少々、照れくさいな。

 

「まあ、確かに体力は不安なところだった。ありがとう、伊集院少年」

「……」

 

 その背を追って改札を通り、人気のない構内を歩く。

 既に車両は停まっていた。乗り込む人員については連絡がされていたようで、素早く乗り込むとすぐに扉が閉じられる。

 伊集院少年は私の鞄を隣の席に置くと、自分も座って肩を揉む。

 ――やはり重かったんじゃないか、まったく。

 鞄を挟む位置に座る。それからすぐに、車両は動き出した。

 

「――そういえば、聞きたいことがあった」

「なんだい?」

 

 地下であることから、代り映えのしない真っ暗な窓の外をぽけっと見ていたら、伊集院少年が話しかけてきた。

 どうせ暫く暇だ。信頼されるには足りないらしいし、答えられることなら答えておこう。

 

「アメロッパで行われた世界会議、あれはオフィシャルの訓練という形で片付けられたが……少なくともあの時ゴスペルと関与していたのは間違いないだろう」

「まあそうだね」

「……」

「どうかしたかい?」

「どうせまた、『根拠は?』とでも返して誤魔化すと思っていた」

 

 確かに、普段の私ではそうしていただろうが……。

 あの時の最後の、プライド様のうっかり。あれを根拠に出されると私も流石に表情を変えかねない。

 今更あの様子を誤魔化せはすまい。完全に素だったし。

 

「あの時点では、どうにもならない状況だったんでね。体よく縁を切ることを兼ねていたというのが真実だ」

「……。では、オフィシャルと協力を始めてからは一切関係はないということだな?」

「勿論。ゴスペルは私の敵だ。どんな理由があれ、許すつもりはないよ」

 

 そうでなければゴスペルの本部まで殴り込んだりはすまい。

 多分そのことは知っているだろうし、今の私が完全にゴスペルと敵対していることも分かる筈だ。

 

「ウラではバグ医者だなんて言われているがね。向こうでもそう評価されるくらいには、バグは私の仕事相手だ。それを下手に利用しようとしているなら、たとえ戦えるのが私だけだろうと消し去ってみせる」

 

 私の存在理由と真っ向から対立する組織というのが、ゴスペルだ。

 WWWであればこれほど力を入れたりはすまい。

 しかし、ヤツらだけは、インターネットの全てが沈もうと私は立ち向かう。

 それが、国もプライド様もない、バグを収める者としての私の立場。

 

「ゴスペルの目的がバグの収集による究極のナビの開発……でなければ、ここまで協力はしていなかったと」

「ああ。グレイガの二の舞だなんてごめんだからね」

「何故そこまで実感の籠った物言いが出来るんだ? 電脳獣の話が真実なのであれば……年代的に貴女が対応したようには思えないが」

「おっと、それはトップシークレットだ。話すにしてもややこしいし、簡単に信じられはしないだろうからね」

 

 ――少しだけ、話そうか迷って、やっぱりやめた。

 こんなこと、コトブキ町に着くまでに話せるようなものでもない。

 それに、これを話して伊集院少年にいらぬ不安を抱かせ、これからの戦いに支障をきたす訳にもいかない。

 女の秘密、ということにしておこう。この概念は実に都合がいい。

 本当に必要になるようなことがなければ、彼にとって私は妙な技術を持った医者(デバッガー)ということで良いのだ。

 

「キミの言った『真実なのであれば』、この認識で良いんだ。電脳獣は伝説の話で構わない。今更新しいものが生まれるなど許されないんだよ」

「……下手をすれば、新たな電脳獣が発生し得る、ということだな?」

「ああ。それだけは何があってもさせてなるものか」

 

 戦いの果てにアンダーグラウンドに封じられ、眠りについた電脳獣。

 プロトの反乱に次いで発生した災厄は現在のインターネットの基盤が出来てそう経たない頃の出来事で、一人の人間に一人のナビというほどの普及もしていなかった時代であるため、二十年程度しか経過していないというのに実在を信じる者はそういない。

 だがヤツらは確かに実在する。電脳世界のあらゆるものが、ヤツらの爪に引き裂かれたことは紛れもない事実。

 である以上、同等の被害になりかねないゴスペルの凶行は止めるべきものだ。

 バグがあんな風に変化する事態、二度とあってはならない。

 

「そんな訳だ。どの道ゴスペルとの戦いを終わらせる以上、オフィシャルとの協力も終わる。悔いのない共闘と行きたいものだが」

「……」

 

 むう、答えが返ってこない。これは本心なのだがな。

 気難しい少年の警戒をどう解いたものかと考えているうちに、車内に機械音声が響く。

 

『あと五分ほどでコトブキ町に到着します』

 

 どうやら、お喋りはそろそろお終いということらしい。

 伊集院少年を見てみれば、PETを操作してブルースの最終調整を行っている。

 そういうのも、任せてもらえればこの場でくらい無償でやっても良いのだが――まあ、ナビの調整はナビのことを一番分かっているオペレーターがやるのが一番だ。彼はそれを理解しているのだろう。

 

 それでは私もそろそろ準備をしよう、と鞄のファスナーを開き、防磁服を引っ張り出す。

 やっぱり重いなこれ。仕方ないものと受け入れるほかないのだが、ちゃんと目的地のマンション、エレベーターはあるんだろうな?

 これで階段上るとか無理だぞ私。

 こんな服を着て作戦に臨むシャーロの軍に同情する。こんな指先も自由に動かない状態でどうやってオペレートするんだ。

 頭の中で考え付く限りの文句を並べ立てながらも、それを着込んでいく。袖を通した瞬間に掛かる重みが、真剣に臨まなければならない気概に陰を作る。

 

「……それも、白衣の上に着るのか」

「勿論皺にならないよう注意はしている。安心したまえ」

 

 何せ仕事着だ。これからゴスペルとの決戦だというのに気を緩めてもいられまい。

 何故か納得していない様子の伊集院少年に首を傾げつつも、防磁服を着込み終える。

 頭はヘルメットのようになっていてゴーグルとマスクで顔もしっかり覆われる。

 クリームランドのPETをシャーロに輸出している影響から、腕に取り付けるタイプのモデルに対応したPETホルダーも完備。良い仕事だ。これで重くなければ完璧なのに。

 PETの操作も不可能ではないことを確認したタイミングで、停車する。到着したようだ。

 

「では行こうか、伊集院少年」

「……」

 

 声が若干籠るのは……まあ仕方ないか。

 微妙な顔をするな、伊集院少年。私だって出来ればこんなもの着たくない。

 彼もオフィシャルが用意したらしいマスクと防磁ゴーグルを装着し、目深にフードを被る。それで大丈夫なのか?

 ギリギリで私服と判断できるような軽装を不安に思いつつも、歩き始める。

 駅の外に出れば、目的地はすぐに分かった。

 人の姿が見えず寂れた住宅街。その中に一つ、異様なものが存在する。

 あまりに強い電磁波の影響で一部が電脳世界と一体化しノイズが走ったように歪んでいる、質の悪いSF映画のようなそれは、悪の組織の拠点と称するには相応しいものだった。




変な宇宙服っぽい防磁服はダサいと思えるくらいの感性はあります。

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