バグのかけらをひたすら集めるクリームランド在住のデバッガー 作:けっぺん
戦闘開始、チップはPETを通してフォルダから一定間隔ごとに自動送信され、その中から使用するものを選ぶことになる。
即座に『アンダーシャツ』を使用し、その上『バリア』を二枚選択、私とロックマンにそれぞれ一撃分の保険を張る。
最初の準備はこれで完了。
ロックマンが一歩前に出て、攻撃を開始する。
『メガキャノン!』
隙の少ない砲撃系の上位チップ。
赤いキャノン砲から放たれた弾は、ゴスペルの鼻っ面に向かっていき、着弾すると同時にあまり期待の出来ない音で弾けた。
『効いてない!?』
『電脳世界最大級の怪物と同じ生まれ方をしたんだ。簡単にはダメージは通らないさ』
まるで効いていない、ということはないだろうが、これでは何百発撃てばいいのかも分からない。
反撃とばかりにゴスペルが前足で床を踏みしめる。メットールのつるはしが折れるほどの威力で振るっても比較にならないほどの衝撃波が私たちに向けて突き進む。
動きが分かっているためそれの回避は容易だったが、ヤツが体を大きく動かした影響で一部のバグが剥がれ落ちていた。
ヤツにとっては古い表皮が剥がれたようなもの。
だがバグの塊であるヤツの表皮とは即ちバグだ。それが勢いよく剥がれたことで、巨大な岩塊が飛んできたも等しい凶器となる。
『チッ、こっちの方が厄介だな!』
右手を前に突き出し、防御手段の実行。
ゴスペルに対抗するように発生させた黒い瘴気を固め、大口を形成、跳んできたバグの塊を噛み砕く。
続けざまに左手にも同様の口を形作ると、ゴスペルに向けて射出する。
巨大な前足に食い付いて、表面を齧り取る。あの巨体からすれば気にするほどのものでもないだろうが、それでも効果はある。
口が再び瘴気へと戻り、喰らったバグを変換。
私自身の力となったそれが体に戻ってくると、私の調子は最高潮にまで引き戻される。
エールハーフも、エールオールも、その力の素となっているのは大量のバグである。
バグを私にとって殆ど無害なものにして、それを護身用の武装として身に纏うのがエールハーフ。
此方はバグを直すためのもの。どちらかというと私の本懐であり、
対してエールオールは、バグを本来の性質を持ったままに身に纏うためのもの。
此方のやり方は、バグを喰らう。発生したバグを私が支配するバグで叩き潰し、喰らうことで対象から取り除く。
その性質から、穏便に済まない毒を強制的に無害化させる、言わば荒療治。
こんなものを纏っていて無事に済む筈もなく、この体は常に瀕死に向けて体力を減らし続けるという悪影響と共にある。
ただ立っているだけで力が抜けてやがて入院沙汰になるような、外に出せばクレーム間違いなしの代物。
悪影響をカバーするため、フォルダに入ったリカバリー系チップ以外にもこの体には回復を兼ねた機能が複数備わっている。
その一つが先の『バグイーター』。喰らったものを私の体力に還元する優れものだ。
『今の攻撃なら効くのか!?』
『倒すまで千回じゃ済まないだろうがね』
ゴスペルの咆哮が最初の一撃に劣らない衝撃波を飛ばす。
空間そのものが軋み、先のそれより避けづらい。その上で爪やバグの塊による追撃があるのだから性質が悪い。
『それならどうすりゃいいんだ!? とにかく弱点を見つけないと――次のチップだ!』
『ビッグボム!』
新たなチップが転送され、ロックマンが手元に現れたボムを投擲する。
巨大を名前に冠するボムもヤツを前にすれば小さく見える。
ゴスペルは大口を開けてそのボムを招くと、勢いよく閉じて押し潰す。
口の中から悲しいほどに籠った音の爆発と煙が上がり――
『グゥゥ……――――!?』
僅かにゴスペルが苦悶の声を漏らした。
『効いてる……もしかして!』
『口の奥だな。まだバグから変わりたての世間知らずということだ。大口を開けば、形を保つためのコアが露出する!』
これがある程度時間が経ち、完全に怪物として成立してしまえば、コアを縮小し体内に収める本能が生まれるだろう。
だが、ヤツはまだバグ融合が完了したばかり。
形を維持するためにコアを巨大にするしかなく、そしてそれを隠す知恵もまだない。
それを証明するように、ゴスペルが怒りに満ちた咆哮を上げる。
注目してみれば、その奥には一目でコアだと分かる光が輝いていた。
『ずっとそうやって“あーん”していれば良いんだがね!』
本人に自覚がないだろう隙だらけの状態に、遠慮なく『ネップウ』を放つ。
火を纏った風は大口の中に吸い込まれ、コアを傷つけた。
『熱斗くん、ボクたちも!』
『ああ!』
怯んだゴスペルに放たれる『テトラニードル』。
炎の風に巻かれたコアに突き刺さる棘が更なるダメージを与える。
『何やってるんだよ! 口を閉じれば良いんだバカ! おい、言うことを聞けっての!』
現実世界から聞こえてくる少年の声。
しかし、彼の声は届かない。たとえゴスペルに聞こえていたとしても、その命令の意味など理解できていない。
此方を噛み砕こうと接近してくる巨大な頭部。
餌になるつもりはないと『バグイーター』をその口に放り込んでから脱出する。
喰らったコアからエネルギーが還ってくる。良い回復量だ。
『む――!?』
躱した私を真正面に捉えていたゴスペルが笑った――そう錯覚した直後、その頭部が歪み、変形した。
大渦を巻く削岩機。ドリルへと変わった頭部が勢いよく射出され、背筋を走った寒気から私は咄嗟に『インビジブル』を使用する。
爆音を上げて突っ込んでくるドリルにバリアが呆気なく吹っ飛び、私自身は透明化のおかげでどうにかそれをすり抜ける。
『エールさん!』
『問題ない、が……危ないな。あと一瞬遅れていたらどうなっていたか』
再び頭部を変形させ、元の形に戻したうえで首と繋げるゴスペル。
とっておきの不意打ちを避けられてさぞご立腹なのか、ギリギリと歯が軋む音と共に唸り声を上げている。
『落ち着け! この、どうすれば――』
『グオオオオオオオオオォォォ――――――――!!』
その怒りを、耳障りな声が逆撫でしたのだろう。
再度の咆哮は爆轟の如く。全身を不気味に光らせゴスペルは吼えた。
それと同時に辺り――電脳世界に満ちていくヤツの威圧感。これはまさか――!
『ぐあぁ――!?』
『お前、どうし……ガハッ!』
『熱斗くん!?』
『サーバーパワー、四百……六百……不味い、逃げろ二人とも!』
無制限に引き上がっていくサーバーパワー。
既にそれは機械としての限界を超えている。電脳世界も不安定になりあちこちが崩れ、空をノイズが駆け巡り始める。
ヤツめ、自爆するつもりか。或いは限界というものを知らず、何処までも力を高められると思い込んでいるのか。
だが、それは道連れにも等しい。私たちもそうだが、何より現実世界の二人が耐えられない。
『ぐ、ぅ、ぁあああ!』
『こん、なの……僕、しらな……』
光少年の絶叫。少年の声も徐々に小さく、弱くなっていく。
それが共に消えた時、辺りにノイズが鳴っているにも関わらず世界が静寂に包まれたような恐ろしさを覚えた。
『おい、二人とも返事をしろ!』
『熱斗くん!? 熱斗くん!』
呼び掛けに答える声はない。
PETとの通信が切れた訳ではない。声は向こうの部屋には伝わっている筈だ。
だというのに、返ってこないということは――
最悪の想像をした瞬間襲ってきた爪に寸でのところで対応する。
真上から落ちてきたバグの塊を喰らい、更なる追撃で放ってきた衝撃波を『メットガード』で防御する。
『くそ、空気の読めないヤツめ――! ロックマン、光少年に言葉を投げ続けろ! その間の無防備は私がどうにかする!』
『う、うん! ありがとう! ――熱斗くん、しっかり!』
手元に灯らせた光から、視線の先に線を走らせる。
前足の片方を結晶で固め、動きを阻害。かつロックマンへの注目を逸らす。
彼が呼び掛けを続ければ、もしかしたらということがあるかもしれない。だが戦いながら光少年に意識を向け続けるのは不可能だ。
本来私は標的となり続けることに向いた性能をしていないのだが――今回ばかりは特別だ。
『さあ、余所見などするなよ』
足の一本が重くなり、困惑した様子のゴスペルに、更なる拘束を掛ける。
床から飛び出し、各足に巻き付く鎖。
先端の蛇の頭が足に噛みつき固定される。
そこから敵のエネルギーを吸い取る回復を兼ねた拘束。
だいぶ力を投資した。回復する体力は維持するために消費する力で殆ど相殺され、結果として元々有する体力消費が生き続け私という存在を削っていく。
リカバリーチップを利用して回復しつつ、ゴスペルと対峙する。
この拘束の強度がヤツに通用するかはともかく、これを仕掛けたのが私であるというのは理解しているらしく此方に向けて大口を開ける。
放たれる衝撃波。対して私は普段利用しない攻撃チップで挑む。
『隙だらけだな!』
『フミコミザン』――ブルースであれば高速、必滅の斬撃となろうが、私には不意打ちのための一歩が精一杯だ。
口の中に飛び込んで、メスをコアに突き刺す。
更に両手から発射した大口を叩き込み、その衝撃に乗って外に飛び出す。
動きを拘束してさえいれば、幾らか対処しやすい。素早く振るわれる爪も、この状態なら問題ない。
これならば、鎖を維持するための負荷以上のリターンが期待できる。
ロックマンのための時間稼ぎも、少しは務まろう。
『熱斗くん! 返事をしてくれ! 頼む、届いて……熱斗――――!』
ノイズで荒れた電脳世界。
ゴスペルの暴走と、過負荷の掛かったサーバーから発される電磁波。
それにより現実と電脳が半ば一体化していた影響か――
『――――その――声――――』
PETの向こうからではない。
近くとも遠くともつかない距離――耳をすませば、ロックマンのすぐ傍だと思える――から、幽かな声が聞こえた。
届いた。希望が繋がった。
『ウオオオオオォォォォォォォッ!!』
『ぐっ、ぅ……っ!』
鬱陶しそうに拘束を振り解こうとするゴスペルの膂力を、更なるリソースを投じて封じに掛かる。
『熱斗!』
『――――彩斗、兄さん――――?』
しかし、そうしていれば体力の消費は加速度的に増えていく。
集中していれば回復もままならない。限界を迎える前に拘束との繋がりを断ち切ると、一瞬でそれらは引き裂かれた。
邪魔なものはなくなったと、たった一歩で此方に詰め寄ってくるゴスペル。
咄嗟に足が動かず、足元に『バグイーター』を放つ。爆発させて自分の体を吹っ飛ばせば、その直後、元々立っていた場所に巨大な足が叩き付けられた。
何度目か分からないリカバリーチップ。これだけでフォルダを構成している訳ではない。これがなくなれば、ヤツからエネルギーを奪うことでしか回復が出来なくなる。
『良かった……ボクの声、聞こえてる?』
『うん……でも、遠いし、暗い……ここは……?』
『しっかりするんだ! 君は電磁波の壁に閉じ込められて気を失ってる。まだゴスペルは残ってて、エールさんが時間を稼いでくれているんだ』
遠くの会話が不思議なほどに聞こえてくる。
私の名前は出さなくていいから、早くしてくれ。
全力以上の死に物狂いをどれだけ長引かせるつもりなんだ――!
『そっか……ごめん、オレ……これじゃあ、彩斗兄さんのオペレーション、出来ない……』
『熱斗くん、しっかりするんだ! ボクはロックマン――君の兄の彩斗じゃなくて、いつだって君のオペレーションが必要な、ロックマン.EXEなんだ!』
更に踏み込んできて、逃げ場がなくなったところで口を開いた頭部が迫ってくる。
床を下顎が削り、諸共私を噛み砕こうとしたのだろう。
閉じられる両顎を間一髪、『カースシールド』をつっかえ棒にして止め、逃げ延びる。
砕けない何かに違和感を覚えたのか、少しだけ口を開いたと同時、衝撃に反応した盾が牙を剥きコアに向かって突っ込んでいく。
結果は見ない。盾が時間を稼いでいる間に体の下を通って反対側に逃げる。その道中、腹の下に設置したのは『リモローソク』。
火が点っている間、溶けた蝋が体力に還元される回復チップ。
『兄さん……でもオレ、どうすれば……』
『今からボクのココロ・プログラムを君にフルシンクロさせる。PETが操作できなくてもいい……心でボクをオペレートするんだ!』
素早く反転。どころか自分の下にある置物にも即座に反応し、後ろ足で蹴散らすように引き裂いて消滅させる。
思わず舌打ちする。死角のものには反応が鈍いと思ったが、そうでもないらしい。
次の攻撃を対処するチップを選ぼうとして――頭の向きを変えたゴスペルに、一瞬思考が真っ白になった。
ヤツが見据えているのは、完全に無防備を晒したロックマン。
今出来ることをじっくりと考えている暇はなかった。とにかくここからの数秒、ロックマンを守れる手段だけを考えてチップを選ぶ。
『エリアスチール』でロックマンの傍まで移動、『トップウ』を配置し、その体をとにかく遠くへ吹き飛ばす。
『うわ!?』
『すまない、ロッ――!?』
一気に戦場を跳躍し、着地した足が背後に持っていかれる。
いや――足だけではない。体中が鎖で縛られたように動かなくなり、後ろに引っ張られる。
先の風で吹き飛ばしたロックマンは同じ目には遭っていないようだが、一体何が、と振り返って――空間を震わせながら大きく息を吸うゴスペルの姿が目に映った。
剥き出しになった、強く輝くコア。
不味い――と感じてしまったことさえ愚かだったことを、一秒後に知る。
次のチップはまだ選べない。であれば、私に備わった機能からその一秒で何かを模索出来たかもしれない。
そんな、肝心な時に頭を暴れ回るあまりにも余計な思考の中で、時間切れを示す福音が鳴り響く。
『ゴアアアアアアァァァァァァ――――――――ッ!!』
単純明快。それゆえに敵を粉砕するのに何よりも適した攻撃手段。
コアに集中した莫大なエネルギーが放出される。
巨大な奔流が電脳世界に亀裂を入れながら驀進する。
視界全てが光で覆われ――ほんの一瞬、痛みのようなものを感じた気がした。
・光彩斗
光熱斗の双子の兄。幼少時、とある心臓病でこの世を去った。
彼の遺伝子データを父・光祐一朗がネットナビに組み込むことで誕生したのがロックマンである。倫理的にあまりにNGだったのか原作以外の媒体ではこの設定は出てこない。
各シリーズの終盤、ロックマンが兄として熱斗に言葉を投げるシーンはいずれも名シーン。
エールオールは攻撃手段が豊富になって耐久力も増えたけど代わりにHPバグを背負う姿。
バグイーターはこの姿での溜め撃ち的なイメージ。
ダストクロスのスクラップリボーンくらいの速度で飛んでいってダメージ分回復できます。
まあ最大HPがアレなのでブレス一発で消し飛ぶんですけどね。