バグのかけらをひたすら集めるクリームランド在住のデバッガー   作:けっぺん

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YOU CAN'T GO BACK-4 【本】

 

 

 およそ覇気のない、くたびれた顔が、私のはじまりだった。

 まだ、後の世界の基盤があちこちで築かれ始めたばかりの頃。

 私とは違うところにいるあの人は、喜びも達成感もあるらしいのにそれを表すことが絶望的に下手糞な笑みで、私に言った。

 

「――■■■■■■。それが、君だ。君は、私のすべてだ」

 

 色々な話をした。

 明確に覚えている話もあれば、不覚にも忘れてしまった話もある。

 そして、そうした話をしなくても、私は私のやるべきことを知っていた。

 あの人が私を想ってくれるのは理解していて、だからこそ私はそれに報いようとしていた。

 

 私の役目は、やってくる嵐を止めることではなく。

 嵐が過ぎ去った後で、壊れたもの、失ってしまったもの、悪くなったものを直すことだった。

 あの嵐がどうしようもないことをあの人は分かっていて、だからこそあの人は私にそれを止めさせようとはしなかった。

 それがあの人の選択だった。

 だから私は抗わずに、それに従った。

 

 

 悲しいことがあったと、あの人は言った。

 もともとくたびれた顔が更にやつれていて。まるで、そう……ゾンビ。ゾンビのようだと思った。

 無口な方だったあの人は独り言を度々口にするようになった。時折、話しかけられているのだと勘違いして応答してしまい、気まずい雰囲気になったことを覚えている。

 あの人に何があったのかは、その時は知らなくて。

 ただ、それを激情として吐き出せないあの人を見ているのがつらかった。

 それでも私は器用な慰め方など知らなかったから、少しでもあの人のためになればと、やるべきことを全うしていた。

 嵐が過ぎ去ってから、悪いものはずいぶんと増えた。

 日に日に悪くなっていくものもあって、それらを私はひたすら見つけて、ひたすら直した。

 あの人の近くで、何か、私にはどうしようも出来ないものが悪くなってしまったのなら、せめてそれ以上あの人の悲しいことを増やしてしまわないようにと。

 

 

 小さな、小さな、とても強い嵐に出会った。

 それは私の知らない嵐で、止めてはいけないものだと言われているものではなかった。

 ただ、嵐であることには変わりなくて、逃げようとして、それを嵐は許さなかったから、逃げるために戦って。

 気付けば体の何処から痛みを感じるかも分からないくらい、ぼろぼろにされた。

 

 

 役割を果たせなくなった私を、あの人は怒りもせずに悲しんで、一つの提案をした。

 少し前にあった悲しいことを話してくれた。聞いてみれば、私もそれを悲しいと思って、そして本当にどうしようもなくて悔しかった。

 でも――だから――あの人の提案の意味が分からなくて。

 嬉しいのだろうか。怒るべきなのか。それともこのまま混乱し続けることこそ正しいのだろうか。そんな迷いを抱いた。

 あの人はどちらも全ては失いたくないと言った。初めて私は、あの人の涙を見た。

 だから私は――あの人のために選んだ。

 あの人の大切なものを二度と失わないために生きることを。

 

 

 

 

 ――懐かしい夢を見た気がした。

 いや、これって私の記憶だっけ、とぼんやりと思う。

 間違いない。私自身の大切なものがまだ一つしかなかった頃。

 プライド様とすら出会う前の、私のはじまりだ。

 

『――いける!? 熱斗くん!』

『ああ、これならやれる! ここまで守られたんだ、今度はオレたちの番だぜ!』

 

 焼けるような熱さ。芯まで凍るかのような冷たさ。それらを同時に感じていた。

 轟く雷と、怒れる自然のエネルギーによって引き裂かれた体が、自分という存在の奥の奥にまで危機を訴えていた。

 碌に動かない体に全力で命令をして、状態を確かめる。

 手放しかけた命を細い糸一本で繋ぎ止めているような状態だった。

 

 ゴスペルの切り札だろう強大なエネルギーブレス。

 私の十人や二十人、一瞬で消し飛ばして余りあるだろうそれをまともに受けて、デリートという言葉すら生温いほどの威力の中、消え去ることを『アンダーシャツ』が許さなかったのだ。

 ただし、それは本当に一歩手前。

 プログラムくんに叩かれても弾けて消えるほどに死にかけで、瀕死までは問答無用で体力を奪っていくバグさえその要求を停止していた。

 重い目蓋を開けば、自分が大きな『ストーンキューブ』の陰にいることを知る。

 そして、激しい戦闘音と、ゴスペルの咆哮。

 どうやら光少年に声は届き、彼ら二人は再び戦闘を可能としたらしい。

 となると、助けられたか。どうしようもないな。やはり戦いは向かない、時間稼ぎをしても中途半端とは。

 

『……自嘲している場合ではないな』

 

 体を引きずってストーンキューブに体重を預けながら上半身を起こす。

 とにかく今のままでは立つこともままならない。

 エールオールの体はあちこちがばらけかけていて、ズタボロの精神データが表側に露出してそれらの繋ぎになることでどうにか維持できている状態。

 体が精神を運ぶには耐えられず、精神も体を支えるには耐えられない。

 さて、どうするかと考える。選択可能なチップの中にはリカバリーは一枚。こんな時に限って攻撃系チップが集まっている。

 ……勿体ないがやむを得ない状況。惜しんでもいられないか。

 

『……禁じ手だ。失敗してくれるなよ』

 

 正直、やったことはない。だが、理屈上はそうなる筈。

 反則どころではない外道技。良い子は真似……出来ないか。

 なけなしのリカバリーを使用し、フォルダに別れを告げる。回復力は高いチップなのに、体が若干修復された程度にしかならない辺りだいぶダメージは大きいらしい。

 しかし餌を与えられたバグは喜んでそれを貪り始める。貪欲なことだ。

 最後の活躍なのに微妙だな、と感じつつも、躊躇いはしない。

 私からバグを切り離し、一つの機能に特化させたものに変化させてから、私のPETに逆流させる。

 

 与えた機能は、チップフォルダ用ストレージの破壊。

 PETから送られるチップのカスタムデータが消滅する。当たり前だ。登録していたフォルダそのものが消えたのだから。

 PETに登録できるチップフォルダは、最大で三つ。

 そのうち二つはオペレーターが所持しているチップデータを用いて自由に編集して設定できるフォルダ。此方はそれぞれ異なる状況に合わせて違う様式のものを構築する者が多いだろう。ここでオペレーターの資質、個性が出る。

 そして、一つは予備フォルダという、誰かによってあらかじめ構築された編集不可能なフォルダデータをインストールしておき、不測の事態の際に自動装備される非常用という認識の強いフォルダ。

 不測の事態とは、ウイルスなどの干渉でフォルダが現在登録しているナビには使えない構成となったり、最悪の場合フォルダデータそのものが破壊されたりということを指す。

 ――ようは、今この瞬間である。

 

 装備していたフォルダが破壊されたことで自動的に予備フォルダに切り替わる。

 完成されたデータしか持ち運べないため、予備フォルダというものは柔軟性が無く、とにかく安全圏まで逃げ延びるための最低限のチップしか入っていない場合も多い。

 チップデータも、それのコピーも、フォルダデータのコピーもタダではないのだ。普段使うつもりのないフォルダに強力なチップを回す余裕があったらその分いつものフォルダを強化する。

 まあ――そんな訳で、私の予備フォルダも私にとっての十全な戦いをするためのものではない。

 『アンダーシャツ』で保険をかけ、『バリア』で身を守り、『エリアスチール』で逃げ回りつつ『リカバリー』で耐え凌ぐ。場合によっては繋ぎやすかったり避けにくいチップで攻撃するという消極的な戦法が本来の私だ。

 予備フォルダはそもそも、戦うことを想定していない――

 

『――バグリカバリー』

 

 ――実験用フォルダである。

 

 作成途中だったり動作が不十分なチップ。他者に渡すつもりのない私専用のチップ。倫理的にプライド様に怒られそうなので隠したいチップ。遊びで作ったチップ。

 そうしたものを纏めて放り込んだごった煮フォルダ。

 同じチップなんて一枚として入っていない、バランスなどまるで考えていない構成。

 ゆえに――無茶で異常なものだってそれなりに入っている。

 

 体の解れた部分にバグのかけらが湧き出て、修復を行う。

 通常のリカバリーでは通用しない傷がカサブタのように塞がり、麻痺効果の応用で痛覚が遮断される。

 精神データが疑似的に復元され、体力を貪ろうとするバグに干渉して消費が止まる。

 そして、傷が固く塞がれた影響でいくつかの関節を曲げられなくなり、チップの出力機能の一部が動作不良を起こす。

 無理やり戦闘を続行可能な状態にまで回復させ、代わりに幾つかのバグを背負う。それが『バグリカバリー』。

 動きにくくはなるものの、先程まではそもそも動けなかったのだから状況は良くなった。そして体力を失い続けることで定期的な回復を余儀なくされることもなくなった。

 戦闘再開可能だ。ストーンキューブの陰から飛び出して、暴れ回るゴスペルに『ジャミングアイ』を浴びせる。

 

『グァアウ!?』

 

 ちょうど跳びはねたところで足に浴びせたからか、バランスを崩して巨体が転げる。

 

『エールさん! 大丈……夫じゃ、なさそうだな』

『ゲテモノなギプスだが性能はそれなりでね。守られるのは結構だが、アレを相手に何もせずに寝ているというのは悪い。参戦させてもらうよ』

 

 体勢を立て直そうとするゴスペルを待ち受けつつも、ロックマンを見る。

 今の光少年の声は彼から聞こえてきたように思えた。

 

『で……キミたちは今どういう状態だい?』

『今、オレとロックマンは一つになってるんだ。心でオペレートってのがどんなことなのか、言葉じゃわからなかったけど、今なら分かるぜ!』

『うん――これまでよりずっと体が動く。最高の調子だよ!』

『――フルシンクロか』

 

 ナビとオペレーターの心、その完全な合一。

 その時ナビは潜在能力を最大限に引き出すことが出来るというが、それが至難の業というのは常識だ。

 心と心の隔たりというものは簡単には取り除けない。だが、今の二人にはそれがない。

 ――時間稼ぎの間、聞こえていた会話から来る推測を問うのはあまりに無遠慮、かつ野暮だろうと考える。

 だがもしもその推測が正しければ、この異常な状況でのオペレートが一転して奇跡を呼んだ。

 ロックマンを包んでいた小さな輝きが強くなる。

 

『これなら絶対ゴスペルを倒せる!』

『うん! 今のボクたちの力なら――もっと強くなれる!』

 

 立ち上がったゴスペルが口を開き、コアを輝かせる。

 悍ましい程の威力を持った攻撃の予兆に恐れることなく、ロックマンは私の前に立った。

 ――ならば、頼ってみようか。

 

『オオオオオオオオォォォ――――――――ッ!!』

 

 吐き出された破壊の奔流。

 今の私には『アンダーシャツ』の効果もない。ここに立ち続けているのは、分の悪い賭けにも程があった。

 それでも私は、己の勘を信じる。

 今の二人ならば必ず防げるという確信。当たり前のように、光が満ちても私の意識が飛ぶようなことはなく。

 破壊が通り過ぎた時、薄い緑色の輝きを纏ったロックマンは傷一つなく私の前に立っていた。

 

『すごい――力がみなぎる!』

 

 反撃のバスター。本来堅牢な防御を貫くほどの威力を持っていない筈のそれは、ゴスペルの体に容易く罅を入れる。

 

『ゴアァァ!?』

 

 守りを完全に打ち砕く圧倒的な火力。

 それはフリーズマンとの戦いで彼が見せた火属性のスタイルを思わせるものだった。

 しかし、出力される性能は比較にならない。

 そして今のロックマンには属性が付加されていない。この場で――いや、この特殊な状況で奇跡的に発現した、この場限りの新たなスタイル。

 戦闘スタイルとは関係ない。光少年とロックマンの限界を超えたシンクロが引き出した、彼らの潜在能力から成る一つの到達点。

 

 最大級の攻撃を防がれ、かつ体を傷つけられたからか。

 憤怒に満ちた表情で周囲にバグをまき散らしながら、その足元に闇を顕現させる。

 その闇が三つに分かれて纏まり、完成したのは見たことのないナビを模した形。

 ロックマンたちは焦らない。彼らを包む光の輪が広がり、私をも包み込む。

 その時に見えた、本来あり得ざる可能性が、ここまでの力を発揮している二人が見せたものであるならば、信じない理由がなかった。

 

『エールさん!』

『ああ――これを貸そうじゃないか!』

 

 彼らが呼び込んだようにカスタムデータに出現したチップデータ二枚が可視化され、それを掴んで投げ渡す。

 チップには、種類によって定められたコードが存在する。

 コードが違い、チップが違えば、それは同時に使うことが出来ない。ゆえにコードの可能な限りの統一という要素もまた、強力なフォルダを作るうえでは必要となる。

 今選んだ二つのコードはそれぞれ『Z』と『L』。本来並び合うことのないそれらがどんなコードとも手を取り合う『(アスタリスク)』へと変わっていたことで、先の可能性は確信へと変わる。

 

 ロックマンが私のチップ二枚を受け取り、自身のフォルダのチップ二枚と合わせる。

 そして成立する、もう一度発動されることはないだろうプログラムアドバンス。

 出現したのはブルースとレヴィア。ナビチップの特性を引き継ぎ、決められた攻撃パターンを二人が実行する。

 ブルースの残像を残しながらの斬撃と、()()()鹿()()()()()()()()()()レヴィアの()()()()が闇を捉え、何もさせないままに斬り裂く。

 

 そして、二人のナビが道を切り拓いた先には再び大口を開けるゴスペル。

 少しずつ知恵を付けてきたまでも、まだまだ浅い。

 見様見真似の時間稼ぎなど、あまりにも読みやすいというものだ。

 

『そら――“待て”、だ!』

 

 チップを使用し、出現した注射器を投擲する。

 輝きを強めるもまだ攻撃力は持っていないコアに突き刺さり、中の成分がコアに注入される。

 次の瞬間、ゴスペルは溜めている最中だったエネルギーを吐き散らしながら大きく仰け反った。

 

『凄い――!』

『ヤツのバグの蠢きを一時的に止めてやっただけだ。すぐに動き出す――今のうちに撃ち込め!』

『うん!』

 

 意趣返しのように、バスターに溜めたエネルギーをロックマンが射出する。

 コアを撃ち抜き、胴体まで貫通した一撃はこれまでとは格が違う。

 

『ゴ、ォ、ア……ッ!』

 

 ボロボロと体から剥がれ落ちるバグ。

 口からはコアから零れるエネルギーが滴り落ち、唾や血を思わせる。

 大きく目を見開き、痙攣し、苦悶するそのさまは死に瀕してなお足掻こうとする獣そのものだった。

 だが――残念だったな。それに同情するようでは医者(デバッガー)など務まらない。患者の体に巣食った病原菌が殺さないでくれと懇願したところでそれを受け入れる医者がいてたまるか。

 体から分けた多数のバグを蛇の頭のように変化させ、ゴスペルを襲わせる。

 いくつかはそのまま突撃。いくつかは落ちたヤツの皮膚を呑み込み、巨大化して更なる脅威となる。

 皮膚の剥がれた部分から露出するコアを齧り取っていく蛇たち。捕食される恐怖に転げまわる獣を指さし、光少年に告げる。

 

『次の一発で決めろ。皮膚が剥がれた部分から、まだギリギリ保たれているコアの中心部を撃ち抜く――今!』

『行っけええええええええええ――――!』

 

 緑色の輝きを伴った、最後のチャージショット。

 それは的確にコアのど真ん中に飛び込み、巨大なバグが活動を維持するための統制を打ち砕く。

 断末魔すら上げることもなく、急速な勢いで崩壊は進み――

 

 

 ――ロックマンの姿が元に戻ると同時に、ゴスペルは消滅した。




・サイトスタイル
2における最強のスタイル。
戦いの中でフルシンクロの状態が続き、ロックマンの潜在意識がSaito.bat(サイトバッチ)を再び取り込んでしまったことで発現した。
ゲーム中では色が僅かに白みを帯びただけだが、公式イラストや漫画版では青い部分が薄緑色になりラインが発光したかっこいい姿となっている。
その能力は絶大で、2に登場する四つのスタイル全ての能力を兼ね備えるが、HPが半分となるという大きなデメリットも伴う。
後のシリーズにも『サイトバッチ』としてこのスタイルの能力を基にしたナビカスパーツやチップが登場する。

本作ではこれまで登場した全スタイルの強化能力を有する設定。
内容としては以下の通り。
・バスター、チャージショットにガードブレイク効果付与(ガッツスタイル)
・シールド展開で無敵状態化、貫通攻撃を無効化(シールドスタイル)
・ナビチップの攻撃パターン変更、味方とのチップの貸借(ブラザースタイル)
・チップ複製、全チップのコードを一時的に*に変化(カスタムスタイル)
ブラザーとカスタム由来の効果併用で本来存在しないプログラムアドバンスが発現したりもする。


・ファイナルゼロ
『ブルース B→*』+『ナビスカウト X→*』+『レヴィア L→*』+『Zセイバー Z→*』
サイトスタイルとなったロックマンの力で発現したこの場限りのプログラムアドバンス。
ブルース、本来の姿から変化し得物を持ち替えたレヴィアの赤き二人による連続攻撃。
トランスムーブとZセイバーにより正面の敵を合計六回斬り付ける。


という訳で今は謎でも良い回想のようなものとゴスペル戦後半でお送りしました。
サイトスタイルやらオリジナルプログラムアドバンスやらフォルダ破壊やらやりたい放題。
せっかくの最終決戦(笑)だしこのくらい好き勝手やってもいいんじゃないかなって。
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