バグのかけらをひたすら集めるクリームランド在住のデバッガー   作:けっぺん

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バグ医者によるアフターケア 【本】

 

『熱斗くん! しっかりして!』

「――っ――ん……」

『熱斗くん、気が付いた!?』

「ロック、マン……オレたち、やったのか……?」

『うん! ゴスペルを倒したんだ! もうサーバーもストップしてる!』

 

 目が覚めた光少年が、目の前に転がったPETの中に戻ったロックマンの状況説明に顔を綻ばせる。

 戦いが終わり、ゴスペルが消え去ると同時に二人のフルシンクロ状態が解除された。

 光少年が最後に行ったのは、ロックマンのプラグアウト。

 それを見届けて私も罅だらけのサーバーの電脳から元の体へと戻ってきていた。

 どのくらい経っただろうか。多分、五分くらいはこうして、光少年を見ていたと思う。

 彼の容態を診ることも出来ないし、彼への再度の呼び掛けもロックマンに任せるしか出来なかった。

 どうやら彼は無事なようで、ゆっくりと起き上がると防磁スーツの、頭部を覆っていたフードやゴーグルを外していく。

 サーバー群は停止し、電磁波はどんどん弱くなっていく。

 既に生身でも問題ない強さにまで落ちているようだ。

 

「エールさんは大丈夫?」

「ああ――」

 

 重い腕をやっとのことで動かし、暑苦しいヘルメットを外す。

 しかし掴むことが出来ず床に落ちた。傷ついてないと良いけどな。

 防磁服の本体の方も脱ごうと努力しつつも、続ける。

 

「とりあえず無事だよ。私はいいから、動けるようなら彼の容態を確かめてくれ」

「あ……! そうだ、おい! 大丈夫か!?」

「……」

 

 光少年がテーブルからずり落ちるように倒れていた少年の体を揺さぶるが、目覚める様子がない。

 生身であれだけ長い時間電磁波を浴びていたんだ。

 まだ息はあるようだが、もしかすると――

 

「……、……ん?」

 

 どうにか上半身だけ防磁服から抜け出し、半分暑苦しさから解放される。

 それだけで肩で息をするほどに疲弊しつつも解放感を覚える。

 そのタイミングで、ふと、テーブルの上の一冊の本が目に入った。

 表紙には何も書かれていない。手記の類か。

 力を振り絞って立ち上がり、倒れ込むようにテーブルに体を預けると、手記を手に取る。そのついでにずり落ちた防磁服を脱ぎ捨て、シャーロ由来の重みから完全に解き放たれた。

 扱いが雑ですまない。返す時は……洗濯すればいいのか?

 

「エールさん、それは?」

「手記……日記か。だいぶ古いな。五年前、これは……」

 

 多分、この少年の日記。

 椅子には――戻れないと判断して、テーブルに背を預けて床に座る。

 本を開いてみると、そこに書かれたのは日本語の羅列。

 一応、読めなくはない。だいぶ昔に綴られたらしいそれの中に、一枚の新聞の切り抜きが入っていた。

 

「…………そういうことか」

 

 その切り抜きを見て――私は無意識に、唇を噛んでいた。

 これが、彼のスタートだったのか。

 

「どうしたの?」

「……知っているかい、これ。五年前にあった飛行機墜落事故だ」

『それって……飛行機の操縦装置とエンジンがバグっていたっていう……』

「うん、覚えてる。世界最初の大きなネット犯罪で、人が大勢亡くなったって……」

 

 発表によれば生存者ゼロ。徹底的に生き残るすべを断たれた乗員乗客は絶望の中で死んでいった。

 彼は発表されていなかった生き残りなのか、それともたまたま、乗っていなかったのか。

 どちらにせよ、この事故によって彼は――両親を失った。

 横から覗く光少年とロックマンを無視して読み進める。

 

 飛行機事故で人並の幸福を失った彼の絶望が、書き連ねられていた。

 受け継いだ遺産はそれなりにあった。だがそれは彼を決して幸せにはしなかった。

 彼を引き取った親戚は彼を気遣うこともせず、余計に彼を苦しめた。

 ひたすらに続いた苦痛は彼から世界を奪い、いつしか彼は自分の世界に閉じこもるようになった。

 コンピュータは裏切らない。無機質に、彼の信頼にこたえてくれる。

 そうして、歪んでしまった彼はインターネットで大人を演じ、自分と同じく世界へ恨みを持つような人間を集め――ゴスペルを結成した。

 その憎悪を煽り、世界を混沌に陥れ、自分自身を虐げた世界へ復讐するために。

 

「……まったく」

 

 本を閉じ、光少年に手渡す。

 こんなオチはないだろう。黒幕にこんな過去、こんなきっかけが存在するなど。

 

「う、ん……」

「っ――気が付いたか!」

 

 光少年が横にしていた少年が呻きを上げる。

 ゆっくりと目が開かれ、駆け寄った光少年がその視界に入ると、慌てた様子で彼から距離を取る。

 

「っ、ぼ、僕の負けだ! 好きにしろよ!」

 

 自暴自棄になった少年は、膝を震わせながら叫ぶ。

 電磁波の影響が残っているのか、それとも今の様子が空元気であることの証明か。

 そのまま足に力が入らなくなったようにへたり込み、しかしその目は世界への反抗の色を如実に映している。

 

「どうせ――どうせ、僕なんて生きていてもしょうがないんだ!」

「死んでいいヤツなんている訳ないだろ、馬鹿!」

「誰が馬鹿だ! お前――そうだ、お前だって、僕が死ねばいいと思ってるんだろ!」

 

 少年は私に指を突き付ける。嫌なタイミングで此方を標的にしてきたな。

 

「何故?」

「僕はお前の国を、お前の国の王女を利用したんだ! 怨んでるんだろ!?」

「まあ、それに関しては許せないところではある。だからゴスペルを叩き潰そうと思った訳だしね」

 

 立つのも歩くのも億劫なんだが、しかし、そこの蹴りはつけておかなければならないか。

 今一度、体に力を入れて、ゆっくり、時間をかけて立ち上がる。

 ほんの少しなら歩くことも出来そうだ。異常に重くて、今にも力が抜けそうな体に鞭を打って、足を引きずる。

 

「え、エールさん、本当に大丈夫?」

「もう少しなら」

 

 そしてようやく、少年のもとまで辿り着く。

 気丈に見上げてくるこの少年が、落ちたクリームランドに――それを憂うプライド様に目を付けたのか。

 数々のテロを背後から指揮して、世界中の環境維持システムをフリーズさせて、その小さな身で世界への復讐の達成を目前にしていたのか。

 自分の全てを奪ったバグを使って、今度は世界から全てを奪ってやろうと目論んだのか。

 

 ゆっくりと片手を握り込み、持ち上げる。

 その動作で何をしようとしているのか察したらしく、来たる衝撃に備えて目を閉じる。

 良い覚悟だ。ならば遠慮なく。

 

「――――ぇ」

 

 その頭に軽く拳を落とし、一度浮かせてから開き直して再度頭に置いた。

 

「キミの計画を潰した時点で私の報復は終わった。あとのキミの罪を問うのは私じゃない」

 

 今の拳は、紛れもなく全力だ。

 それを振り下ろした以上、私からの少年への仕置きは終わりであり、私がゴスペルの首領に対してやるべきことはなくなった。

 私は彼を裁く権利など持っていない。

 私はオフィシャルどころか市民ネットバトラーですらなく、ゴスペルが壊滅した時点でただの医者(デバッガー)に戻るのだから。

 少年の頭に置いたもう片方の手でポケットから紙の名刺を取り出し、彼に渡す。

 

「必要があれば連絡を寄越せ。色々と台無しにした詫びに暫くはオフィシャル払いで世話を焼いてやる。とっとと罪を償って、出てきたら仕事の斡旋くらいはしてやってもいい」

 

 彼には今後、厳しい追及が待っているだろう。

 その中で彼の境遇が同情を呼ぶことはあっても、やったことの大きさからして罪が軽くなるということはない。

 心の支えになってやれるのは、ゴスペル首領として彼を見ることを終えた者のみだ。

 私でそれが務まるとは思えない。思えないものの――選択肢の一つとして、私のような者がいても悪くはあるまい。

 

「――ぅ、あ……」

 

 小さく声を漏らす少年に、光少年が近付く。

 そして優しくも眩しい笑みを彼に向け、とっておきの文句でゴスペルという組織に終止符を打った。

 

「罪を償い終わったらさ、オレと友達になろうぜ!」

「――――うわああああああああん!」

 

 ゴスペル事件、これにて一件落着。

 少年から離れて、防磁服を鞄に戻そうかと一歩踏み出し――当たり前のように限界がやってきて、膝が崩れた。

 驚愕に目を見開く少年二人に心配いらない、と軽く言葉を投げ、PETに手を伸ばす。

 半分が死にかけただけなら、歩くので精一杯という程度で何とかなるが、精神全部があんなエネルギーの波に呑まれればこうもなる。寧ろよくここまで耐えられた。

 リカバリーは所詮、ガワを直すだけなのだ。エールオールの中身である精神データが修復される訳ではない。

 そちらは今もって死にかけで、激痛は当然パルスアウトしても持ち越し。

 そんな訳で、痛み以外の感覚がだいぶなくなってきた指でオフィシャルの救急部門を探して、通話ボタンを押し、

 

「――すまない。あとは任せた」

 

 コール音という子守歌に、これは駄目だと諦めて、あとを少年たちに任せて目を閉じることにした。

 

 

 +

 

 

 ウラインターネット。複雑に入り組んで、何処に繋がっているかも分からない道が無数にある無法者のたまり場。

 そんな世界のとある先端。最初から知っていなければ、迷い込むことすら難しいような場所に人知れずリンクが存在していた。

 その先は人気のないエリア。

 広いだけで特徴らしいものはなく、誰が、なんの目的があって作ったかも、見ただけでは分からない場所を、黒いナビが移動していた。

 マントを纏った、鋭い目のナビ。その姿を見る者が見れば、すぐに恐れをなして逃げ出すだろう。

 それほどまでの恐怖。インターネットにおける絶望の象徴。

 ナビの目は何も映していない。口は動かず、目的がないかのように、一定速度で動き続ける。

 何処へ向かっているのか、自分でも分かっていないのかもしれない。

 そんな、無機質で覇気のないナビを突如として襲うものがあった。

 

 飛来する光弾。迎撃しようとナビは腕をそちらに伸ばし、あまりの速度に対応できず光弾に腕を突っ込む形になった。

 爆発し、前腕を吹き飛ばされて怯むナビに間髪入れずにもう一撃。

 今度は迎撃する意思すら抱く前に側頭部に直撃し首が大きく捻じ曲がる。

 襤褸のようなマントが焦げて散っていく。

 ナビの感情のない瞳が、ほんの一秒、襲撃者を捉える。

 

『――ァ』

 

『消えろ、紛い物』

 

 まったく、同じ姿――

 ナビがそれを理解するかしないかという刹那の合間に頭ががっしりと掴まれ、床に叩き付けられる。

 一切の防御も反撃もままならず、瞬間的に流し込まれたエネルギーのあまりの強さに、ナビの体は即座に砕け散った。

 霧散しようとする残骸データを踏み躙り、頭があった場所――自身が刻んだ罅を見下ろしているのは、真なる強者だった。

 

『――老い耄れが。この程度の力しかないオレの贋作をこうも無遠慮にばら撒くとは』

 

 たった今散った同じ姿のコピーとは比較することすら烏滸がましい。

 オリジナルたる黒いナビは、出来損ないをそう酷評し吐き捨てた。

 全身から放たれる覇気。その眼に映る憎悪。心に宿る強さへの渇望。

 どれを取っても、コピーは足元にも及んでいない。

 彼の強さの本質というものを何一つ理解していないコピーへの怒りは、エリア全域へと伝わりピリピリと空間を震わせていた。

 

『人間……存在価値のない醜悪な弱者共め。いずれ貴様らの愚昧さが裁かれる時が来る――それまで、精々堕落の中で安寧を貪るがいい』

 

 掃除を終え、真なる強者はマントを翻してその場を去る。

 再び誰もいなくなったエリア。空間の震えも無くなった場所で、床に刻まれた罅だけがそこで何があったかを訴えていた。




これで2編は終了となります。
まずはここまでお付き合いいただきありがとうございました。
プロット作りのための再履修としてシリーズをやり直しましたが、やはり名作は今やっても楽しいものですね。

さて、本作はこの後、後日談その一、掲示板回、後日談その二と三話を挟んでから、3編に移ります。
クリア後のストーリーに関しては原則として扱いません。多少、本編内で多少触れることもあるかもしれませんが。
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