バグのかけらをひたすら集めるクリームランド在住のデバッガー 作:けっぺん
ビーチストリート。
デンサンシティの海岸線沿いにある通りはブティックや小洒落たカフェだのレストランだのが軒を連ねる人気スポットらしい。
日本の科学の中心地であるデンサンシティの中でも一風変わった雰囲気のそこは、観光客にも人気だとか。
上品な賑わいを見せる街道にある湾岸病院の一室で、私はそんな空気とは無縁の殆ど寝たきり生活を送っていた。
ゴスペルとの決戦の翌々日。
一昨日の戦いの場にいた者は例外なく病院に放り込まれることになった。
というかそう指示したのをちゃんと彼らは聞いてくれていた。伊集院少年は当然のように無視しようとしていたらしく光氏の説得が必要だったようだが。
全員異常らしい異常はないまでも、電磁波の影響を少なからず受けていたことから検査入院。
あの場に集った小学生一同は一日の病室生活を終え、今朝がた退院した。
そして元ゴスペル首領――帯広シュン少年は二週間。生身で電磁波を浴び続けていたのだから当然で、しかし意識ははっきりとしていることと、本人の希望から既に病室でいくらかの取り調べが始まっている。
そんな中で私はより頑丈な防磁服を着ていたのだが、最後の最後で気を失ってしまったこともあって中間の一週間、この殺風景な部屋で過ごすことになった。
倒れたのは電磁波による影響ではなく、独自のバトルオペレーションによる精神疲労だと説明するのは非常に面倒で、昨日の昼間に目が覚めてから夜まで掛かり、最終的にクリームランドから証明を発行してもらう事態にまで発展した。
結果として、ゴスペルとの決戦に向かうと連絡してから一日以上音沙汰無しでようやく連絡を寄越したと思ったらそんな地味に厄介な事態になっていたこともあって、プライド様の逆鱗に触れた。
成功率が低い状態でエールオールによるパルストランスミッションを実行したこと――これはプライド様に通知が行くようになっている――をはじめとして、その状態で無茶をして結果として病院送りになったことや、でもゴスペルは壊滅しましたという言い訳をしてしまったことに対する往生際の悪さ。さらには今回の発端の出来事までもう一度掘り返されて、ひたすら説教された。
院内では原則オート電話も病院のネットワークを利用する都合上、それを盾にしてどうにか消灯時間で終わらせることに成功したが、本日の朝早々に、
『おはようございます、エール。逃げられると思いましたか?』
そんな第一声で二回戦が始まった。
一応病人ではあるのだが、この状態の私は目覚めてしまえば意識はそれなりに元通りになることをプライド様は知っているので一切の容赦がない。
友人としても王女としても敬愛しているプライド様ではあるが、だからといって説教に喜ぶような趣味を私は持っていない。ないったらない。
説教は昼前まで続き、ガッツリ削られたメンタルの中で迎えた午後、私は面会客と話していた。
「改めて、熱斗たちを助けてくれてありがとう、ヴァグリースさん」
「私は何もしていない。あの場にいた大人としては彼らを引きずってでもコトブキ町から逃がすべきだった」
光祐一朗氏の礼は、素直に受け取るにはあの時の私は役立たずが過ぎた。
結局は彼らの決心に折れて同行を許したし、光少年が残ることも許可したのだ。
彼らの言葉に耳を貸さず、問答無用でどうにかするのが正しい行動だったと思う。――力任せは私には出来ないが。
「君がいたことで冷静になれたと言っていたよ。残ろうとする熱斗を安心して任せられた、ピンチから復帰するまでの時間稼ぎを君がしてくれた、そんな風に聞いている」
「……美化され過ぎだ。結果として貴方のご子息を危険に晒していたんだぞ」
「私はその場にいなかった以上、熱斗たちが話してくれたことを信じるしかないんだ。皆の評価が、今回の君の行動の結果なんだよ」
「…………頑固だな。ご子息はそれをよく受け継いでいる」
「よく似ていると言われるよ。父――
三代続けて筋金入りの頑固者か。
そりゃあ光少年も二度も世界の危機に対して立ち向かうような度胸を持つ筈だ。
光正博士。現在のネットワーク社会の基盤を築いた科学者。
生まれて間もないインターネットの混沌の中で人々を導き、後の歴史に刻まれる問題に対峙した現代の英雄。
なるほど、彼の孫だ。光少年も将来の栄光と苦労は決まったな。
「では、時間稼ぎについての礼だけは受け取ろう。結果として、ゴスペルを倒せたという得があったことだし」
「そうか――熱斗とロックマンから聞いたよ。今までとは違う新たな力が発現したと」
その姿を思い出す。
薄緑に輝くロックマン。限界を超えたシンクロによる強化は凄まじい能力を持っていた。
「あの姿は電磁波で現実世界と電脳世界の境が曖昧になっていた状況が生んだ奇跡だと判断しているが……今も変われるのかい?」
「いや。それは不可能なようだ。だけど二人は、いつかもう一度その力を使えると信じて、更に絆を深めると言っていた。そして、その姿を――サイトスタイルと名付けたよ」
――サイトスタイル、ね。
あの時の光少年とロックマンの会話。
そしてその名称から、何となく導き出せる答えがある。
理論の上では可能なだけでおよそ考えられることではない。だがロックマンと、
もしかすると私の答えは正しくて、或いは光氏は私にそのことを話そうとしたのかもしれない。
「そうか。良い名前だ。もしも自在に使いこなすことが実現すれば、大きな力になるだろうね」
だが――悪いがお断りだ。その話を詳しく知って良いほど、私は彼らと近しい訳ではない。
少なくとも私はそう判断している。ゆえに、感付いていることはある、といった程度の曖昧な態度で聞き流すに留めた。
「ああ。だが、良いとは言えない変化もあってね。まず、限界以上の力を出した影響か、ロックマンに適用されていた強化プログラムの殆どが破損してしまったらしい。さらにPETも電磁波の影響で機能の大部分が壊れ、チップデータやライブラリが初期化されてしまった」
「おや……それは。絆はともかく、外付けの強さは一から鍛え直しということか」
強化プログラム――HPメモリや、各種ナビの固有能力に作用するプログラムは、そのままナビの強さに繋がる。
特に前者はどんなナビでも必要なもので、丈夫なナビを作ろうとすればかなりの金額を投資する必要がある。
そして、これまでの彼の戦いの歴史とも言い換えられるチップデータやデータライブラリ。
此方に関しては、PET以外にバックアップを残しておいたり物理チップにしておく等で予防出来なくもないが――それも安い仕事ではなく、残念ながら用意はしていなかったらしい。
ようはロックマンそのものは初期状態近くにまで戻ってしまったようだ。
「まあ、彼らであればまたすぐに強くなるさ。外付けの力など、代わる手段なんていくらでもあるしね」
「そうだね――そしてもう一つ。これまで彼らが使えていた四つのスタイルのうち、防御のスタイル……ウッドシールドスタイルを残し、三つが別のスタイルに切り替わったらしい」
「ほう?」
「まだいずれも試していないが……ダメージを受けず、回避を旨とするスタイル。戦場を把握し地形を味方に付けるスタイル。そして、バグを強い力に変えて身に宿すスタイル――これらは、もしかすると一緒に最終決戦を戦った君の戦法が影響したのかもしれないと、二人は言っていたよ」
スタイルチェンジに影響か。
それはてっきり光少年とロックマンの戦法のみが影響することであの四つが発現したものだと思っていたが、違うのか?
いや、或いはサイトスタイルの能力で私のチップを彼が利用することが出来るようになった際、私の戦闘スタイルでも参照してしまったか……あの姿に秘密が多い以上、そんな推測すら浮かんでくる。
「……頑張って使いこなしてくれ、と言ってあげてほしい。あと三つ目に関しては絶対に使用禁止だ、とも」
「君からのアドバイスとして伝えておくよ」
バグを利用するなど、まだあの二人には早い。というかいつになってもやってほしくはない。
第一人者である私が絶対と言い含めておけば少しは理解する……と思いたいが。
ともかく、これで彼らはヒートガッツスタイル、エレキブラザースタイル、アクアカスタムスタイルを失った訳だ。
恐らく属性はそのままでスタイルが持つ特質が変化したというところだろう。
……あの戦局を一撃で変え得るカスタムスタイルの代わりがバグ溜まりとかじゃないだろうな。だとすると流石に責任重いぞ。
……そんな話をしているうちに、光氏に一本のメールが入る。
どうやら新たな仕事が入ってきたらしい。ゴスペルが壊滅してもネットワーク社会の最先端は大忙しだな。
「それじゃあ、お大事に――っと、そうだ。忘れてた」
「ん?」
「君がオフィシャルに提供してくれたウイルスを利用したセキュリティがあっただろう? あれを科学省のウイルス研究室が注目していてね……是非詳しく教えてほしいとのことだ」
「……それは、一度クリームランドに帰ってから詳細を聞くとしよう。担当にメールを寄越すよう伝えてくれるかい?」
「分かった。では、私はこれで」
速足で出ていく光氏。院内では電話も落ち着いて出来まい。
彼が暇になる時は果たして来るのか、と何となく思う。
光氏に何かがあってしまうようなことは――避けたい。
数少ない、私の真実を知っている人で。あの人がいなくなった後も、あの人の友人として私を気に掛けてくれた人だから。
湾岸病院からインターネットに出るには病院のホームページを介する必要がある。
ここからは各病室への連絡を行うことも出来、外から面会の事前希望などに訪れるナビも多い。
そんな訳で私の病室にも連絡用のモニターが存在し、プログラムくんが常駐している。
彼は患者への各種連絡のほか、消灯時間中のインターネットへの接続の監視なども行っているらしい。徹底的なことだ。
先程光氏が面会に来る前も報告を行ってくれた彼が再び声を出したのは、光少年のPETに発生したような不具合が私のPETにも発生していないか確認している最中――大体光氏が去ってから二時間くらい経った頃だった。
ちなみに私のPETは電磁波が強かった時、防磁服のPETホルダーに入れていたため、幸いゴスペルとの戦闘中に自分で破壊したチップフォルダ以外は特に破損しているデータなどは無いようだった。まあ、この中にあるものは殆ど全て何処かしらにバックアップなり元データなりを取っているのだが。
『エール様! エール・ヴァグリース様! 面会希望ノオ客様カラ連絡ガ届イテイマスー!』
「ん? 誰だい?」
『エットデスネ――』
件の面会客らしい者のナビは、プログラムくんが喋っている間に後ろのリンクから現れ、ひょこりと割り込むようにモニターに近付いてきた。
『ワワワッ!』
『ケロッ!』
その緑色の姿は――見覚えがあった。
頭に付いたライトが目を見立てており、全体でカエルのマスコットのようなデザインを持つ、小さなナビ。
彼の姿を見たのは、彼の与り知らないところ。氷型ウイルスの対処の際、フリーズマンとの戦いで活躍したチップのオリジナル。
「キミは――」
『DNNの看板アナウンサー、緑川ケロのナビ、トードマンだケロ!』
そうそう、トードマン。なんかこうしてプログラムくんと並んでいると緑のマスコット同士で何か印象が被るな。
「アメロッパで出会った緑川氏だね。どうかしたのか?」
『どうもこうも、お見舞いに来たケロ。エールさんがここに入院していると知ってやってきたケロ!』
「何処で知ったんだその情報」
『…………ケロ』
なんだその意味深な笑み。
初対面だけどキミ間違いなくそういう性格じゃないだろう。
いや、まあ、テレビ局の関係者であれば何かと情報は入ってくるんだろうが……だからって病院の入院患者とか外に知られて良いものなのか?
『という訳で! 今からお邪魔するケロ! ケロー!』
「あ、おい」
伝えたいことを足早に伝えてプラグアウトするトードマン。
何だ今の。嵐か何かか。カエルなのに。
『ボ、ボクノ仕事ガ……』
「……強く生きてくれ。ああいう手合いもいるらしい」
役目を取られて気落ちした様子のプログラムくんを適当に慰める。
どうやら、本日はもう一人面会客が来るらしい。
元々大して人と関わることもなかったし、鬱陶しいほどやってくるナース殿やドクター殿のおかげで人肌恋しいという気持ちはまったくと言って良いほどないのだが……。
とはいえ、来るというなら迎えねばなるまい。
今からと言っていたし、PETの確認作業は一旦中断して、
「お邪魔します!」
「ちょっと待て。キミ何処からプラグインしていた?」
「一階の共用パソコンからよ?」
トードマンがプラグアウトして一分経ったか経たないかという、今からお邪魔する、という表現において適格と非常識を併せた斬新なタイミングで緑川氏は病室の扉を開けた。
カエルをイメージしているらしい帽子はそのままに。有名人じゃないのか。こういう場所に来るならあまり目立つのもどうかと思うが。
というか、やっぱり早すぎる。病院の一階で連絡を寄越してきたとして、この病院に来るまでが早すぎる。
「一時間くらい前にテレビに出ていたような覚えがあるんだが」
「観ててくれたの? ありがとう!」
「いや、聞いていただけだ。作業用BGMというヤツにしていた」
「アメロッパの時から思っていたけど、ものすっごい正直よね、貴女」
「ウソをつくのが下手なものでね」
目的があって演技をするならともかく、なんの事実もない嘘はどうにも向いてない。
こういうのは正直に話すのが一番だ。
「まあそれはともかく。DNNのテレビ局はビーチストリートにあるのよ。車ならここまで十分も掛からないわ」
「なんだ、そうなのか。今日はもう仕事は終わりということかい?」
「ええ。今は
それはそうだ。公私は分けるに越したことはない。
「という訳で、ゴスペル壊滅において大活躍した貴女に是非ともインタビューしたいのだけど!」
「キミ十秒前に何を言ったか思い出したまえ。それともキミは休んでいる間も仕事が忘れられないという性質か?」
「如何なる時もスクープのチャンスは逃さないのがマスコミなのよ!」
「道理で深夜も絶え間なく放送している訳だ。テレビ局の関係者というのはワーカホリックの集まりなんだな」
オフを宣言した直後にインタビュー依頼。破天荒が過ぎるぞ。
ベッドに乗り出してきた緑川氏の勢いに圧され、思わず身を引く。
まだ本調子じゃないんだから急な動きをさせないでくれ。
「第一、どこでそんなことを知ったんだい? ここに私が入院していることも含めて」
「熱斗くんに聞いたわ。流石に退院したばかりの小学生にあれこれ聞くのは気が引けるし、別の人をと思って尋ねてみたらまさかの名前が出てくるものだから驚いちゃった」
「光少年への追及を控えたのは良い判断だね。ところで私は現在進行形で入院中の病人なんだが」
私の言葉が聞こえているのか、聞こえていないのか。
うんうんと適当に頷きながら、緑川氏は部屋に備えられていた椅子に腰かける。
「そもそも、初対面の時から思っていたが、私のことを何処で知ったんだい? はっきり言って私は一般人に知られるような知名度はないぞ」
「えっと、知ったのは初めて会った日の前日ね」
「は?」
あの日の前日って、オフィシャル会議の日か?
プライド様救出作戦の真っ最中だぞ。事件ということにもなっておらず、取材が来るような騒ぎにもなっていなかった筈だ。
そんな日に、何がどうなって、私を知ることになる?
参加者の誰かが話した? 考えられるが……緑川氏も仕事で来たとは言っていたし、彼らと接触するようなことは恐らくなかった。
やはり彼女が私を知るような要素など、あの日のアメロッパには――
「あの日はちょうどミリオネア夫人への取材があったんだけど、上機嫌に話してくれたわよ。専属の腕利き技師で昨日もPETをメンテナンスしてくれたって」
――あったな、そういえば。うん、あった。
世界に名高い大富豪。なるほど、日本のテレビ局の企画で取材があってもおかしくない有名人だ。
そしてその前日に、偶然普段会わないような場所で出会い、偶然知己であるらしい一国の王女を同伴していた。加えて話の流れで依頼も押し付けてくれば、翌日に話すネタとしてはだいぶ新鮮で印象深いものとなるだろう。
「それだけじゃないわ。スネークマンの値下げ交渉に一度も頷いたことのない、唯一の人物だとも。まあ大絶賛だったわね」
「……知った経緯は分かった。二つ訂正すると私はミリオネア氏の専属ではないし、値下げ交渉は誰彼問わず受け付けていない。……まさかその話の内容、お茶の間に流してはいないだろうね?」
「そこは安心して。本題に入るための掴みの部分だったから。取材のムードを良くするための雑談よ。カメラも回っていないわ」
――間一髪、不特定多数の視聴者にミリオネア氏専属技師として無駄に広く知れ渡るようなことは避けられたらしい。
洒落にならないぞ。そういうことして外堀埋める気じゃないだろうな。あとで抗議しておこう。
「そんな経緯から知った貴女に、是非色々と聞きたいことがあるの! それを基に特集組めば高視聴率間違いなしよ!」
「……。絶対私の素性が割れない内容にしてくれ。今回は理由があって出張ったが本来そんな性質じゃないんだ」
「勿論! DNNは視聴者の権利と想いを第一に考える局なので!」
……それ視聴者ではない私は例外になっていないだろうな。
この分だと断り続けても消灯時間まで居座りかねないと判断し、仕方なく了承する。
勿論、私はゴスペルとの戦いに参加した匿名のオフィシャル協力者ということは徹底させたうえで。嘘は言っていない。
途中トードマンのメンテナンスを軽く行ったりしつつ、あっちへこっちへ脱線しながら、日が暮れるくらいまでは話していたと思う。
後日、ようやく退院した日にそれらの謝礼としてご馳走してもらったレストランの料理は、中々に絶品だった。
ゴスペルと戦ってくるのでシャーロの防磁服借りたいです。
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サクッとゴスペルぶっ潰してきます。
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成功率低い状態でパルストランスミッションしました。
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丸一日近く眠っててさっき目覚めたけど説明しにくいので証明書ください。
これに加えて「ゴスペル壊滅は果たしたので情状酌量となりませんか」みたいな言い訳で勝手に自爆したのでEXターン突入しました。
多分目覚めて説明が入るまでは病院には一番の重傷者扱いされていたと思います。
そしてパパとケロさんの本編初登場。
3への移行のための色々と今後の伏線でお送りしました。
餌付けされてますが別にそこまでエールはチョロいわけではないです。
次回は掲示板回。ウラの反応と、それからあの人とかあの人についてです。