バグのかけらをひたすら集めるクリームランド在住のデバッガー 作:けっぺん
一週間の入院を終え、退院した日の昼に緑川氏に昼食をご馳走してもらったあと、私は紆余曲折あって翌日に着く便で帰ることになった。
発つ前に色々と話したい者もいたのだが、それ以上に急がなければならない理由があったのだ。
とはいえ、光少年たちあの場に来た少年少女――勿論伊集院少年は除く――は二度も見舞いに来てくれたし、何より同じ病院に入院していた帯広少年、そして浦川少年ともよく話すことが出来た。
まあ、退屈ではあったがそこそこに楽しい病院生活ではあっただろう。
……しかし、浦川少年、会ったのは数年ぶりだが、あまり病状が回復しているようには見えなかったな。
彼の父の紹介で知り合った時から発症していた心臓病は、かつては不治の病といってもいいくらいの厄介なものだった。
有効な治療法が見つかったのは最近だ。
手術を行えば、彼の容態も良くなる可能性は高いのだが……その方法が確立する前に行われた手術の失敗が、どうにも彼の心を閉ざしてしまったらしい。
治療の成否に関わらず、彼の父は浦川少年に大きな使命を与えてしまっている。それは私からしても非常に重要なことで、彼がそれを真っ当に行える日が来ることを願っている。
だが、幼少から知っている身として――その使命以前に彼には元気になってもらいたいところがある。
あわよくば彼の心を溶かせれば、と思っていたが……難しかったな。
やはり、例の話は受けるべきか。
この病院に来たのはそういうお導きというヤツなのかもしれないし、今回は短かったがもう少し長い時間があれば……きっと。
そうしてクリームランドに戻ってきた私は、そのまま城に向かうとすぐに応接室まで通された。
少しの間、城の人が出してくれたコーヒーを飲みつつプライド様を待つ。
やや少なめの砂糖で甘さより苦味の方が強いそれは私の好みそのままだ。何かと通ううちに覚えられた分量である。
ただ、それを素直に楽しめないというのはあるが。
すぐにプライド様はやってきた。テーブルを挟んで、反対側に座る彼女の落ち着いた所作は、沙汰を待つ私の姿を見て楽しんでいるのではないか――そんなあり得ない想像すら出来てしまう。
「――お帰りなさい、エール」
「はい、プライド様」
そしてその声色に、少しの違和感を覚えつつも――ひとまず言葉を返し、待っているであろう報告を行う。
「ゴスペル打倒、成し遂げてきました。ゴスペル首領、帯広シュンは電磁波の影響もあり二週間の入院の後、逮捕されるようです」
「はい。確かに、ゴスペル壊滅の報せは改めて、オフィシャルから世界中に通達されました。あれから大きなネット犯罪も起きておらず、貴女が対応した現場の状況からして本当に終わったと判断して良いでしょう」
先のフリーズマンの事件が終わった後、ゴスペル壊滅の報せは一度発表された。
しかしその後、それを嘲笑うようにサイバーテロは発生し続けていたのだが、今回はそのようなこともない。
流石にインパクトが大きすぎたのか模倣犯らしい者も殆ど出てきておらず、ここ一週間世界はようやく取り戻した平穏の中にあった。
帯広少年に既にその活動を続ける意思はなく、コトブキ町のマンションもコトブキスクエアも閉鎖が決まった。
今回の発表を以て、ネットマフィア・ゴスペルは本当に壊滅したと考えて良いだろう。
「お疲れ様でした、エール・ヴァグリース。貴女の一連の活躍は、我が国に大きな一歩を歩ませてくれました」
「そうであれば、私も尽力した甲斐がありました」
プライド様に刻まれた隈は、少しだけ薄くなっていた。
少しずつ健康を取り戻しているプライド様がいるという事実こそ、私にとって何よりの成果。
これならば、あの文字通りの死闘も報われるというもの。
「……対ゴスペルを掲げた電脳医療部も解散となりますが……」
「はい」
「貴女が望むのであれば、今後も支援を続けます。それだけのことを、貴女はしてくれました」
……それは、助かることではある。
今回のシャーロ軍の防磁服のように、私一人ではどうにも用意できないものというのは存在する。
私が
だが――
「――すみません。今回は特別でしたが、国に――プライド様に甘えることは、出来ないので」
私には、断固としてそうしてはならない理由がある。
私はそんな風に、特別に国に支えられる者であってはならないのだ。
「……そうですか。それでは今日を以て貴女の任を解きます。ありがとう、エール」
「こちらこそ、ありがとうございました、プライド様」
明日からはまた、あまり会うことはないながらも、プライド様の友人として。
従う者とは違う形でプライド様を支えていく。
結局、私が求める役柄とはそういうものなのだ。
それが、私がなりたいと思った、プライド様との関係性なのだ。
「そうなると、わたくしからの話はこれで終わりですね」
「え?」
「どうしました?」
「……いえ。エールオールの件について、お叱りがあるものかと……」
「望んでいるならそうしますが……言うべきことは電話で言いました。今回はエールオールを起用するだろうと、わたくしも薄々思っていましたし」
追加攻撃がないことに、私は少なからず困惑していた。
正直病院での電話を超えるほどの長時間の説教も覚悟していたのだが……。
ちなみに断じて望んでいる訳ではない。ないったらない。
「わたくしからそれに関してもう一つ言うことがあるとすれば、もう、一人の状況でエールオールを使うのはやめてください、ということですね」
誰かに守ってもらえる状況でのみ、ということか。
今回は光少年が間一髪で意識を取り戻し、ロックマンの復帰が出来たからこそ、どうにかなったと言える。
そもそもの話、エールハーフよりはまともというだけでまともに戦おうと思えるほど力がある訳ではない。
誰かのサポートという状況で、ようやくそれなりに活躍できるのが私なのだ。
時間稼ぎも満足に出来ないというのは痛感した。プライド様の言葉に、否やはない。
「わかりました。その上で、これまで以上に慎重に使用します」
「そうしてください。では、昼食にしましょうか。色々と話を聞かせてください」
そう言って、プライド様はお付きの者に用意をさせる。
昼食での話なら、楽しいものの方が良いだろうと考えて、ならこの話は先にしておいた方が良いかと切り出す。
「プライド様。来月からになりますが、また日本に向かおうと思ってます」
「あら。新たなお仕事かしら。貴女が外に出るなんて、珍しいわね。何処からの依頼なんです?」
「ええ――科学省のウイルス研究室です」
そこそこ長い期間になると思う。私のウイルス利用がどうやら注目されたらしい。
何やら興味深い研究もしているらしいし、そちらの技術の進歩も共同で進めたいという依頼。
本職から外れているような気がしないでもないが――一応ゴスペルとの戦いは終わったことで、普通の依頼の受付も再開する予定だ。
その傍らで新たな技術に手を出してみるというのも、悪くない。
とまあ――そんな気持ちで何となく決めた長期の日本行き。
その結果として、私は色々な清算をしたり、酷い目に遭ったり、大切なものを得たり失ったりし、またとんでもない事態に関わったりするのだが――そんなこと、今の段階で知ることなど不可能だった。
その日の夜。
ウラインターネットの深層、知る人ぞ知る広場で、暗がりに生きる荒くれ者どもが集まっていた。
このエリアの中では開けた視界であることから、闇討ちを好まない実力者どもが暴れる場所としても使われる。
デリートされたナビは数知れない。そんな場所で、本日も多くの屍が生まれることとなった。
――冷たくも熱を持った声。滑らかで、それでいて鋭い音。
備えられたステージの上で、レヴィアは流れるような歌を紡いでいた。
ウラインターネットにおいて不定期に行われるイベント、レヴィアのライブである。
彼女の得物として数々の敵を打ち砕いてきた――味方を打ち砕いたこともある――槍はこのステージにおいては彼女の歌を乗せるための音を奏でる楽器と化す。
その静かな調べは、ウラが持つ雰囲気には合わないかもしれない。
だが、そんなもの知ったことかとレヴィアは歌を紡ぎ、チンピラから手配中の犯罪者、何年もウラの外に出ていない筋金入りの闇の住人からこのためだけにここまでやってくるような普段はオモテの住人たる者まで大勢がそれに聞き入っている。
さて、基本的に、このライブを企画しウラ掲示板で周知させるのは私の役目である。
いつしかレヴィアにそう任命された。チケット代わりの、ここのセキュリティドアを通るためのゼニー全額と引き換えに。
今回もその役目の下、セッティングを行い開催する運びとなった。
帰国して早々にこんなことをする羽目になったのは深い理由がある。
――エール、また出掛けるの?
――ああ。ゴスペルを片付けてくる。二、三日で戻るさ。
そう言って日本に行ったきり一週間以上戻っていなかった結果、だいぶ心配というか……色々と負担を掛けることになってしまった。
病院の回線からウラインターネットに行く訳にもいかず、退院してからようやくウラ掲示板を覗いたのだが、まさかあんなことになっているとは。
事態を知ってからすぐにウラスクエアでレヴィアと合流し――まあ、バラッドがいなければ大変なことになっていたのは間違いあるまい。
それでご機嫌取りも兼ねて、急遽開催することになったのが今回のライブだ。
そんな事情を知らず連中は歌を楽しむ。今回の場合は事情を何となく察しているヤツもいる。
連中は歌を楽しみ、それを奏でるレヴィアの姿に魅入る。そして、中にはもう一つの楽しみを心待ちにしている者も。
先走るようなルールに反する者はいない。
そんな者がいたら、ステージに辿り着く前にデリートされる。
ここの観客は、同時にレヴィアの
ステージを荒らすような者も、観客席で不要な暴動を起こす素振りを見せた者も、ここの
ライブというより性質の悪い宗教だ、と言ったヤツが昔いたが、まったくその通りである。ちなみにそれを発言したナビは次の朝日は拝めなかったという。
『……ん?』
いつも通り、彼女の歌に聞き入る姿など想像できないような連中の集まり。
それを何となしに眺めていて――妙なものを見た気がした。
ふわりと揺れる、長い髪。暗い色のナビ共の間を行く、ピンクのスカート。
そんな、ライブ会場どころかウラの世界になど決して似付かわしくない何かが、いたような。
『……気のせいか?』
少し移動してみるも、その姿はもうなかった。
既にこの場からいなくなったのか、それとも単なる見間違いか。
どちらにせよもうこの場で見ることはなさそうだと、再びレヴィアに目を向ける。
やがて曲が終わり、次の曲が始まると同時、レヴィアが浴びるライトの色が変化する。
――それは、このライブの熱狂の始まり。
気が早くも、ルールを弁えた一番槍が観客席の最前列から飛び出し、ソードを装備しながらレヴィアに突っ込む。
誰もそれを止めようとしない。どころか、それに続いて各々チップを使用し駆けていく。
ゆっくりと立ち上がったレヴィアは、音を奏でたままの槍を振るい、一番槍の胴体を切り裂いた。
そのナビは受けた攻撃を回復するでもなく、反撃を試みて――二撃目の刺突を受け散っていく。
一言も発することはない。発さないように、全力で食い縛り、彼女の歌を最低限しか妨げずにデリートされる。
勇敢なファースト・ペンギンをレヴィアは微笑みで送り、ステージに氷を広げていく。
歌に支障がない程度の小さな動きで、殺到するナビ共を次々突き刺し、切り裂き、氷の弾丸で撃ち抜いていく。
その異様な熱狂こそ、ウラの中でも更に血生臭い連中にすらレヴィアが支持される理由であった。
一対多の変則ネットバトル。ただ、それは断じてリンチではない。
狩られる側は、あくまでも襲い掛かる観客側なのである。
最初から勝てると思って戦うヤツなどそうそういない。
あろうことか――ヤツらはレヴィアにデリートされることを求めて突っ込んでいくのだ。
『……なんとも、凄い光景だな』
『確かに。オモテの連中はこれを見てどう思うやら』
思わずと言った様子で声を上げた隣に立つ観客に同意を示す。
アレに突っ込むことはしない観客は多い。そういう者は純粋にレヴィアの歌を求めたり、或いはこの殺戮劇を目的とする違ったベクトルの変人だ。
ちなみに私はこの殺戮劇の何が良いのかはまったく理解できていない。
殺される側もそれを観戦する側もどちらも変態である。
『オレはこのライブは初めてだが、血気盛んなウラの住民が好むのも理解できる。これは確かにオモテでは存在しない娯楽だ』
悪人面のナビは、その言葉の半面引いている様子はない。
ここの噂は知っていた――というよりは、ああ、なるほど。
『バグ医者』
『なんだ?』
『ゴスペルと戦いに行っていたのだろう』
『耳が早いことで』
『非力なお前がそんな風に積極的に関わるのは珍しいのでな』
『今回は特別だった。バグを下らん目的で使うのは許せなかっただけだよ』
歌の妨げにならないよう、小声でそのナビと話す。
同じタイミングでプライド様に声を掛けたのがもしもWWWだったら、或いは僅かに消極的だったかもしれない。
許しがたい事態二つが重なっただけだ。
『ウラにも及ぶ問題だった。それを早期に解決出来たことは感謝する』
『なに、ウラがなくなったら私も困る。ただ、こういう対処できる問題じゃなければ力にはなれないのでそのつもりで。キミのいう通り、私は非力だからね』
たとえば今この場の連中がライブ以上の横暴を始めたから止めてくれなどと言われても私にはどうにもできない。
それはレヴィア自身や、この場での騒ぎを鎮圧するためにいるバラッド、それから――最悪コイツの役目。
『そうそう、来月辺りから暫く日本に滞在する予定だ』
『……何故それをオレに?』
『仕事もそうだが、浦川少年のことも心配でね。見舞いの予定もしているから、キミにも伝えておいていいかなと思って』
私が見舞いに行って、彼に手術に踏み出す勇気が出るとは――思えない。
元々会ったこと自体は少ないし、電話やメールでの連絡が主だった。
とはいえ、手術を促してやることなら出来る。その結果、関係が壊れてしまうという可能性を考えると……少し、怖いが。
『――彼には、伝えても?』
『ああ構わないよ。どのみち、近いうちに連絡はするつもりだったし』
暫しの沈黙のあと、声色を変えたナビ。
悪人面でその落ち着いた声は似合わないぞ。
『では、そのように。彼は喜ぶと思います』
『さて、それはどうだか』
『貴女の入院中、昨日まで毎日話してくれていたと言っていました。貴女の自己評価以上に、彼は貴女を気に入っていますよ』
『……キミがそこまで言うなら、多少は自信が持てなくもないが』
そういうことなら、余計な真似もし甲斐があるというもの。
コイツが彼を理解できていないことはないだろうし、そう評価されるのは、まあ、嬉しい。
『頼みますよ、エール・ヴァグリース』
『任されたよ、セレナード』
小声で交わされた会話は、当たり前のように歌声に消えていく。
変装までしてレヴィアと私、どっちを目的にして来たのかは知らないが、なんというか。
そうまでしないと、こんな場所にも来れないとは――ウラの王も大変なものだ。
・浦川まもる
3に登場する車椅子の少年。
よかよか村にあるうらかわ旅館の一人息子。ちなみにメタルマンのオペレーターであるたま子さんは叔母にあたる。
H.B.D.という重い心臓病を患っており、三歳の頃から湾岸病院に入院している。
中盤のシナリオのメインとなるほか、終盤にとんでもない設定抱えて再登場する。
明らかに以降のシリーズで出てきてもいいレベルの重要キャラだが4以降は影も形もない。
熱斗との友情のチップ『コオリホウガン M』によって少なくないプレイヤーにトラウマを刻んだらしいが友情のチップを提案したのは熱斗である。
・セレナード
3に登場する、ウラの王、“S”とも呼ばれるナビ。
同作終盤のシナリオで存在が言及されるが、クリア前では姿を現わさず、戦うことが出来るのはクリア後の隠しシナリオとなる。
ウラを支配するナビとは思えない、金色で荘厳な雰囲気を持っている。
男性と女性の要素を持っており、厳密な性別は存在しない。
上述のまもるとはとある関係性が示唆されている。
言及されている訳ではなく、あくまで推測の域を出ないが、本作ではその設定を採用する。
という訳で日本行きが決定。これは3のシナリオ上、日本にいないと関われないため。
ウイルス研究室という色んな意味で露骨なポジションに配置します。
次話からは3編。序盤は大胆にカットします。基本的にストーリー中盤から関わっていくのがエールクオリティ。