バグのかけらをひたすら集めるクリームランド在住のデバッガー 作:けっぺん
チップデータの変換を終え、プライド様に新たなフォルダを渡した日の昼下がり。
私は飼育機で飼っているメットールとラビリーの餌となるバグのかけらを用意して、ウイルス研究室へと向かっていた。
バグのかけらは私自身、様々なことに必要としているが、ウイルスの餌としても利用される。
実際、これが無くとも可視化に至らない小さなバグを吸収することで活動できるのだが、こうしてかけらとなっているものをやるとやらないとではウイルスの調子が大いに違う。
それを軽視したり、知らなかったりするウイルス使いのレベルはたかが知れているというもの。
ウイルスを道具と見るにしろ仕事仲間と見るにしろペットと見るにしろ、適した世話というものがその力を最大限に引き出すのである。
そんな訳で、この科学省の飼育機で飼っているウイルスにもこれを餌として与えている。
当面の用意は私が担当することにした。科学省の技術者とはいえ、意識的にバグのかけらを集めるというのは大変だろう。
――そろそろ壊滅から一ヶ月は経ったゴスペルの影響か、私の目からすれば随分バグのかけらというデータの数が増えた。
怪しい場所をちょっとつついてやれば簡単に転がり出てくるレベルだ。
私としては助かるのだがあまり手放しに歓迎できる状況ではないな。特にクリームランドのセキュリティは用心するよう言っておこう。
現状飼育機で飼っているのはウイルス二種類。数も多くなく、このくらいなら何日でも養ってやれる。
私個人のウイルス飼育環境の消費は数十倍にもなる。そちらに比べたら安いものだ。
まだ省内で規定された昼休みも終わってあまり経っていないからか、遅れて昼休みに入ったのだろう面々が談笑していたりするくらいで静かな時間。
なのだが――ウイルス研究室に近付くにつれ、妙な騒がしさが耳に入る。
トラブルが起きている、というような緊迫感はない。
どちらかというと子供たちによる賑やかさのような――
「……」
――ウイルス研究室は、いつからか小学校の一教室へと変わっていた。
大勢の子供たちが、部屋のあちこちにある、無関係の者から見れば訳が分からないだろう機械を眺め、共同研究者たる科学省職員たちが彼らに応対するという謎の光景。
何が起きているんだ、と内心困惑していると、室長殿が駆け足で寄ってくる。
「ヴァグリースさん。すまない、困惑しただろう」
「いや、こちらこそイベントを把握していなくて申し訳ない。それで、どうしたんだい?」
「今日は秋原小学校の社会見学の日でね。ちょうど今さっきこの部屋の説明を終えて、見学に入ってもらってるんだ」
社会見学か。ネットワーク社会の最先端を行く、いつだって大忙しなこの科学省もそういうものを受け入れるんだなと感心する。
それであれば納得だ、と頷き、彼にここに来た目的だけ簡潔に告げて、ウイルス飼育機の傍の椅子に腰かける。
PETからバグのかけらをウイルス飼育機へと送り、中のプログラムくんに指示してそれぞれの飼育エリアにまで持っていってもらう。
エサ箱に置かれたバグのかけらに群がるウイルスたちをモニターで眺めつつ、体力値の変動などを確認していると――
「あれ? エールさんじゃん!」
「む?」
そんな風に、聞き覚えのある声で名前を呼ばれた。
もしやと目を向ければ案の定、一ヶ月前に無謀にもゴスペルと戦った少年少女がそこにいた。
光少年、大山少年、桜井嬢、綾小路嬢。
彼らはどうやら件の秋原小学校の学生であるらしい。妙な偶然もあったものだ。
「やあ、四人とも。まさかこんなにも早い再会があるとは思わなかった」
「どうしたのさ、こんなところで。パパからクリームランドに帰ったって聞いたけど」
「帰って、新しい仕事で戻ってきたのさ。このウイルス飼育機を中心とした共同研究のためにね」
特に光少年以外の三人とは、以降はもう会わないものかと思っていた。
綾小路嬢はあの後、ミリオネア氏に勝るとも劣らない大富豪のご息女であると知ったのだが、プライド様とはともかく私と今後の縁が出来るとも思えなかったし。
そんな彼らとの新たな縁が出来たことは、中々に良い偶然と言えよう。
「ウイルス飼育機? う、ウイルスなんて飼ってんのか!?」
「不思議なことでもないよ、大山少年。これはウイルスというものを知るための一番の近道だ。それに、上手く付き合えば良い味方にもなる」
「――あっ! アメロッパのプレジデントが言ってたわ、ゴスペル対策でクリームランド製のウイルスを使ったセキュリティが利用されているって。もしかして……」
「ご名答。たかがウイルス、されどウイルスってね。悪影響を与えるだけのものだと思っていても、見方を変えれば面白い使い道が発見できるものは多い。ウイルスという存在も、よく理解してやれば手を取り合えるってことさ」
例えばの話、火器の温度や威力を上げるために、プログラムくんの代わりに火属性のウイルスなど使えるんじゃないかなとか思っている。
ウイルスも言ってしまえば元は攻撃性を持たせたプログラムだ。
その特性を十分に理解すれば、専用のプログラムくんを構築する手間も削減出来よう。……その特性を把握するまでの手間の方が大きいと思うが。
「これの中で、ウイルスを飼ってるんですか?」
「ああ。今はメットールとラビリーだけだがね。可愛いものだろう?」
モニターに映っているウイルスたちは、バグのかけらをもしゃもしゃと齧っている。
工事現場のヘルメットを被った姿のメットールはややシュールな光景となっているが、ウサギの顔のような姿のラビリーが餌を齧る姿はどこか愛嬌がある。
最初にモニターを覗き込んだ桜井嬢の反応は――微妙だな。
むぅ、この二種は趣味じゃなかったか。となると何だろう、ダイジャンはもう絶滅した説が濃厚だし……バジリコとかキラーズアイなんてどうだろうか。
後者は最近ウラで発見された新種だ。大きな目玉が中々キュートだぞ。見つめ合っていれば多分ビームを撃たれるけど。
「ここで特性を観察し、その内彼らの力を借りたナビチップのような、ウイルスチップも作るのが当面の目標だ。『ショックウェーブ』や『ラビリング』とは一風違った使い心地のチップになるのではと考えている」
「なに!? コイツらがネットバトルで使えるようになるのか!?」
なるほど、大山少年はネットバトルへの関心が強いのか。
であればナビチップの有用性、バトルにどれほど影響するかは分かっているだろう。
それと類似の能力をウイルスで発揮できるとなれば、興味を惹かれない筈もない。
「大山少年はバトルが得意なのかい?」
「おうよ! 秋原町最強のネットバトラーとはオレのことよ!」
「そういうのは光くんにまともに勝てるようになってから言いなさいよ」
「うぐっ」
――まあ、光少年の次点というのであれば及第点ではないだろうか。
ナビのカスタマイズを出来るというだけで小学生にしては上出来のレベルではあるんだし、磨けば結構なものになると思うぞ。
「あの、エールさんはネットバトル、強いんですか?」
「弱いよ。というか、真正面からではウイルスバスティングも大して出来ない」
当然というべきか、三人は呆けたように目を丸くした。
光少年は苦笑い。この中で私の実力を知っているのは彼だけだし仕方あるまい。
「よ、弱いって……」
「ロックマンに一発で倒されたこともある。私にネットバトルを申し込むようなことはしないでくれよ」
光少年に向けられる視線。
……うん、確かに、信じられないというのも多少は分かる。
彼らから見た私は今のところ、ゴスペルの本拠地に乗り込んだオフィシャル関係者たる
だからこそ彼らは光少年を私に任せたのだろう。
だが結果はあのザマ。一撃で入院一週間など笑えん。
「でもさ、エールさんいなかったらあの時どうしようもなかったよ。弱いっていうけどさ、防御力がないからこその守り重視って感じで結構参考になるぜ」
「そっちに傾倒し過ぎて攻撃出来なかったら意味がないがね。あまり参考にして自分の長所を潰すなんてことはないように」
はっきり言って私のバトルスタイルなんて誰に見せられたものでもない。
ひたすら避けて、避けて、避けつつ隙を見つけて少しずつ弱らせていくなど、光少年が実践したら多分まどろっこし過ぎて途中で投げるぞ。
緊急回避用の『インビジブル』を使い切る前に我慢の限界が来てプログラムアドバンスでもぶっ放す光景が見える。
豊富な戦法とそれを可能にする実力が彼の武器だ。普通のウイルスに対しても同じ戦法を取らざるを得ない私とは違うのだ。
――ちなみに今回の更新を色々と悪用して容量の圧縮に成功した『サンクチュアリ』だが、これも私一人の状況で使うことはそんなに無い。
エールオールの時ならまだしも、エールハーフだとホーリーパネルの上にいたところで大して変わらないのだ。
「そんな訳だ。キミたちはキミたちなりのバトルスタイルを見出したまえ。これはその役に立てるといい」
「へ?」
ポケットからチップケースを取り出し、光少年に手渡す。
一つのフォルダを組むための、三十枚分の物理チップが入るケースいっぱいに入っているのは昨日在庫処分を決定した『フルカスタム』。
薄い青色に塗装されたチップは更新に先立って用意しておいたメガクラス用の物理チップである。
今後知り合いに会ったら軽率に渡していこうと考えていたものだが、早速全部掃けた。
「クラスに何人いるかは知らないが、見たところ適当に分けられる人数ではある。フォルダに入れておくと役に立つよ」
「め、メガクラスチップじゃんか! いいのかよ!?」
「ああ。便利だったから元々大量に用意していたんだが、先の階級規定でメガクラスになってしまって、どうにも困ってたんだ。それならキミたちに渡した方が無駄にはならないだろう」
儲けは出ないが、ウラの連中に売るよりも将来の希望にはなるだろうし。
ああ、先生殿への説明などはしないので悪しからず。そちらで適当に処理してほしい。
「ありがとうエールさん! チップのデータが全部飛んだから参ってたんだ!」
「ああ、話は聞いていたよ。災難だったね。新しいフォルダは用意できたのかい?」
「うん。パパが初期フォルダは用意してくれたよ。また一から作り直しだけど、その分楽しみも増えたって感じかな」
「ポジティブな考えは良いことだ。キミらも、何かあれば相談くらいは受け付けるよ。
そう言いつつも、三人に連絡先を渡す。
こうした繋がりで将来のクライアントを増やしていくのだ。いや、今依頼されても受けることには変わりないのだが。
「はーい、みんな集合してくださーい! これからこのウイルス研究室の室長さんにウイルスバスティングの講習をしてもらいまーす!」
その時、元気の良い声で生徒たちに招集が掛かる。
あれが彼らの先生殿か。まだ若いようだが人望はあるようで、あちこちにばらけていた生徒たちはすぐに集まっていく。
「っと、まり子先生だ。じゃあエールさん、また今度!」
「さっきのチップ、ありがたく使わせてもらうぜ!」
「色々とありがとうございました!」
「何か困った事があれば連絡させてもらうわね!」
慌ただしく、足早に言って駆けていく少年少女を、適当に手を振って見送る。
教師同様生徒も元気が良いものだ。あの姿を見て、一ヶ月前、電磁波飛び交うコトブキ町に殴り込みに行った子供たちだとは誰も思うまい。
集まった生徒たちに向かい、室長殿がウイルスバスティングの講習を始める。
小学生相手の講習というなら、対象はメットール辺りだろう。
初期フォルダとはいえ光少年が苦戦するような内容ではないだろうな、と考えながら、再び飼育機のモニターと向き合う。
講習をBGMに、食事を終え満足した様子のメットールとラビリーの体調の記録を付け始める。
うん、今日も元気だ。
――この日はどうやらバレなかったようだが、後日、今回の社会見学について感想を纏めた際、何人かがチップを貰ったことについて記述したことで先生殿に伝わり、校内でちょっとした混乱に発展したとか。
今話と次話の間で起きたこと:フラッシュマンが死んだ。
原作のプロローグ部分。
顔出しのみでここから中盤までは本編に加入しないので裏側で色々起きることになります。
次話は3からの、チップのクラス規定に並ぶ大きな新システムについて。