バグのかけらをひたすら集めるクリームランド在住のデバッガー 作:けっぺん
夜も近く、ビーチストリートからひたすら続く海がオレンジに染まるという時間帯。
ジゴク島から帰り、DNNの会場に戻ってきた四人の準決勝進出者を迎えたのは、盛大な拍手と歓声だった。
それに思わず後退ったのは光少年くらいのもので、あとの三人は当然のように受け入れている。
――というか伊集院少年とQに至ってはまるで気にしていない。ただ、伊集院少年の表情はジゴク島にいた時よりもさらに硬くなっていた。緊張、という訳ではないだろうが……。
「さあ! 厳しい予選を勝ち残った選手たちの中から、遂にベスト4が決定しました! この中からN1グランプリチャンピオンが決定します!」
歓声にも負けないほど張った声。緑川氏には緊張は見られない。
なんだ、やっぱり大丈夫じゃないか。本番への対策はバッチリということらしい。
「それでは各選手、セミファイナルに向けて、一言ずつ意気込みをお願いします。まずは光選手!」
「ここまで来たからには、優勝を目指して頑張ります!」
「はい! 優勝まであと一歩、頑張ってください!」
光少年はスタイルチェンジとチップの性質のコンボで勝ち抜いてきた。
制限されたフォルダでそれが出来ていたのだ。
ここから先の、自分のフォルダで戦うことになる戦いではよりそれが顕著になるだろう。
自分で構築した、自分のバトルスタイルに最も合った、使い慣れたフォルダ。
戦いやすくなると同時に、相手が使うフォルダの内容は予測できなくなるが、未知の相手に対しての対応力は十分に持っている筈だ。本来の力を発揮できれば、光少年には十分優勝を狙えるポテンシャルがある。
「続いて荒駒選手!」
「ベスト4の顔触れ見て安心しましたわ。ワイに勝てそうなヤツはいてませんから。勝負になるんは伊集院くらいやろな」
「自信満々なコメント、ありがとうございます!」
この大会が始まるまで名前も知らなかった荒駒少年だが、ここまでの戦いで高い実力の持ち主であることは判明している。
キングマンを中心に、チェスの駒を模した兵を使って攻め入る戦略派。
好戦的な性格で、この場での挑発も忘れないものの、いざ戦えばその戦法は慎重かつ確実だ。
自身が指す手に一切の疑いを持っていないからこその自信。その盤面の上で彼の
「では、ネットバトラーQ選手!」
「……」
「……あ、あの……何か一言でも……」
「…………」
「――はい! Q選手はとっても寡黙な方でした!」
コイツはもう知らん。そろそろ何か変化があっても良いだろう。
うむ、頑張れ緑川氏。お茶の間は恐らくキミの引き攣った顔は求めていないぞ。
「最後に伊集院選手!」
「……何も言うことはない。戦うならば勝つ、それだけだ」
「クールな中にも闘志を秘めたコメントでした!」
そして伊集院少年。彼の声色にも、表情そのままの硬さがあった。
そこにあるのは、確固とした決意。優勝を目指すのではなく、勝つ以外などないとばかりの、群を抜いた闘志。
どうやら彼にとってこの大会は、他の選手たちとは異なる意味があるらしい。
野暮ではあるが、強いて予想するのであれば――
「……」
今いる控室の壁に目を向ける。
その先の部屋――編集室にいる、彼の父親。
とはいえ、その理由までは分からない。強いていうならば――その決意は戦いに反映され、今までで最高のオペレートを披露してくれるだろう。
「彼らが戦うセミファイナル第一試合、対戦カードは、こちらになります!」
会場の超大型モニターをカメラが映す。
四人の選手の顔写真が裏返しになり、シャッフルされたあと二組に分けられる。
それが準決勝の組み合わせ。そして、四枚が再び表に返される。
「第一試合! 光熱斗選手対荒駒トラキチ選手!」
なるほど――これは勝敗が予想出来ないな。
キングマンの城塞をロックマンが果たして打ち崩せるか。
「なんや、コイツとか。ま、お楽しみは後に取っとくっちゅうことやな。サクッと勝って決勝に進ませてもらうで」
「なっ……さっきから言いたいこと言いやがって!」
伊集院少年しか眼中にないような荒駒少年の発言は、相手に決まった光少年には絶好の挑発である。
荒駒少年のそれが本心か、その反応を狙ってのことかは分からないが、どのみち光少年を甘く見ているというのは確か。
ここに来て、どちらも手を抜くということはないだろう。だが、その過小評価がどう影響を及ぼすか――
「それでは両選手、中央のステージへ!」
光少年の強い視線を、荒駒少年は飄々と受け流す。
視線は交わらず、火花は一切飛び散らない。先程調べたところ、荒駒少年の方が二年年上らしいが……それにしても年下たる光少年を見事に手玉に取っている。
ロックマンが必死に宥めて光少年は形ばかりの冷静を取り戻すが、その様を荒駒少年に笑われる。
何というか……仮にも世界大会の準決勝前だとは思えない空気だな。
「準備はいいですね? 私の合図でバトルスタートです!」
バトルマシンの両側に立ち、両者がナビをプラグインさせる。
向かい合うロックマンとキングマン。
少年然としたロックマンに対して、キングマンは名前の通り、王者の如く泰然と構えている。
腕を組み、戦略家としての瞳でロックマンを見定める。二人の間に言葉はない。ただ静かな闘志を燃やし、開始の瞬間を待つ。
「N1グランプリ、セミファイナル第一試合! バトルオペレーション、セット――」
――“イン!”
「行っけえええええ、ロックマン!」
「キングマン、いてこましたれ!」
光少年から最初のバトルチップを受け取り駆け出すロックマン。
対してキングマンはゆっくりと、厳かに手を広げ、周囲に己の駒を呼び出していく。
ルーク二騎、ナイト一騎、そしてポーン二騎。これはここまでの二戦もまったく同じ出だしだった。恐らくは様子見の陣形なのだろう。
迫るロックマンのチップは接近戦の基本中の基本、『エリアスチール』。
彼を対処しようと近付くポーンを飛び越え、ルークの城壁の内側にまで一気に詰め寄る。
『やああああ!』
「貰った!」
「甘いで!」
『フウアツケン』――斬撃と同時に強力な風を巻き起こすソード攻撃。
この一撃は己の陣地に籠る相手をそこから引きずり出すのに有効だ。
しかし、陣地の中で“待ち”を行うのであれば『エリアスチール』で近付いてくることなど考えていない訳がない。
ソードが振るわれる前に、キングマンの腕が高速で振るわれる。
『ッ!?』
それよりも素早く引き抜かれる王の剣。
接近に反応する一種の罠。『イアイフォーム』による高速の斬撃は、『フウアツケン』が風を起こす前にロックマンを襲った。
咄嗟に後退することでダメージを抑えたロックマン。追撃のソードを受け止め、どうにか体勢を立て直す。
吹き飛ばすことは叶わなかったが、これだけ近距離であれば駒が攻撃することも出来ない。それを踏まえて接近戦を継続しようと思ったのだろうが――
「出直してきぃや!」
『ぐ、ぁあ!』
荒駒少年の二枚目のチップにより放たれた衝撃で、ロックマンは跳ね飛ばされ元の立ち位置に戻る。
相手との距離を強制的に引き離し振り出しに戻す『スチールリベンジ』。接近戦を得意とする相手には絶大な効果を発揮するチップだ。
距離を詰めたのは悪手だった。チップを浪費した上でダメージを受け、完全に利用された挙句に元通りとなる。
いや――王を守るために動かず、進撃していたポーンはロックマンのすぐ近くにまで迫っていた。
接近してくるのを完全に読んでの、戻ってきた瞬間を突く一手。
『ッ、エアシュート!』
その回避として使ったのは威力は大したものではないが速度に秀で、更に風圧で相手を押し出す力を持った『エアシュート』。
元々、光少年がキングマンを吹き飛ばした後更にルークから離すために選んでいたのだろう。
空気砲で切り掛かるポーンを押しのけ、ソードのリーチから逃れる。
すかさず光少年がリカバリーチップを送り回復。ひとまず凌いだ直後、跳躍してロックマンの直上に落ちてきたナイトを跳んで避ける。
「はん。この程度は凌げる程度の実力はあるっちゅうことか。ほな、これならどや――サクセンヘンコウ!」
荒駒少年の一声を受け、キングマンが手を振るう。
ポーンが一騎消え、ナイトに入れ替わる。そしてその変化にロックマンが息を呑んだ瞬間、『エリアスチール』を用いたように、残ったポーンが急接近してきた。
斬撃、それを回避した先に落ちてくるナイト。先程よりも危なげに、間一髪跳んだロックマン。だがナイトは一騎増えている。今度は避けられない――
「いや――まだまだこれからだぜ!」
『うん!』
しかし、二人に諦めはない。二騎目のナイトを躱したのは、スタイルチェンジにより変化したヒートシャドースタイルでの『インビジブル』。
完全に当たる位置だったナイト。それが万が一避けられた時のため、ポーンは再度接近していた。
再度振るわれたソードは命中したように見えて、霞を切ったように手ごたえなく空を切る。
カワリミマジックにより素早く飛び出し、一気に反撃。
少ない隙で使用したのは『ハイキャノン』三枚によるプログラムアドバンス。
連続で放たれる『ハイキャノン』だが、問題は攻撃のために位置を調整する暇がなかったこと。
半分以上はルークに防がれ、結果としてキングマンに命中したのは彼を追い込んだとは到底言えない数だった。
『ゼータキャノン』による無敵効果が消えるタイミングを見計らい、二騎のナイトが同時に襲い掛かる。
それを分かっていたようで、ロックマンは落ち着いて一歩後退。
着地による衝撃をウッドシールドスタイルで防ぎ、ルークたちの上を越えるように山なりに『ダブルボム』を投擲する。
「チッ……これで決まると思ったんやけど」
予想外の攻撃だったのか、二つの爆発は直撃した。
ダメージが少ないチップだったため、尚もキングマンは健在。彼に焦りはなく、あくまで冷静に駒に指示を出す。
シールドスタイルを攻撃に転じる。それはもう通用しないと踏んだか、すぐに光少年はスタイルチェンジを指示。
変化したのはエレキグランドスタイル。
妙案を思いついたかのように笑う光少年。なるほど――これは私にも分かるぞ。
襲い掛かるナイトの動きに合わせて、溜めた一撃を床に射出。
罅の入った床に落ちてきたナイトは、その重量を支えきれなくなった床と共に落下していく。
「なんやと!?」
「よっしゃ! もうその馬には惑わされないぜ!」
ロックマンは辺りに『ラビリング』をばら撒き、次々罅を入れていく。
荒駒少年がもう一騎のナイトを止めようとするが、既にナイトは飛んだ後。
止められない落下地点を狙って更に一発。補佐しようとするポーンは罅だらけの床で上手くロックマンに辿り着けない。
そのまま先のナイトと同じように落ちてきて――寸前、風で押しのけられ滑るように何事もない床に着地した。
「『エアシュート』はワイも入れとる。同じ手は喰わんで」
「やるな――だけどこれでコイツらもだいぶ動きづらくなっただろ?」
「……ま、否定は出来んわな。だけどこれで終わると思ったら大間違いや! 動けないんなら、動かさなきゃええ!」
迂回路を探していたポーンが消えていく。新たな作戦の変更を予感し、ロックマンが身構える。
辺りに罅や穴を開けることで駒の動きを制限する。
これはあのキングマンの戦法への対策としては有効だろう。
ナイトの重量は強力な攻撃ではあるが、一度跳躍してから落ちてくるまでタイムラグがあり、跳んだ段階からよく見ていれば着弾点を予測して罅を入れることも、あのグランドスタイルなら可能。
事実、光少年は先のナイトをそう対処した。それを荒駒少年が感付いたなら、取る手段は――
「なっ!?」
『これは……!』
ロックマンの目の前に現れたのは、三騎のルーク。
三つの城塞が前方への退避を封じ、さらにロックマンの斜め後ろにそれぞれナイトが一騎ずつ現れる。
ここまでの戦いで、攻撃してこないと判断してロックマンは振り返りルークを背にして立つ。
二騎のナイト、どちらが跳んでもすぐに対処できるように。
「追い詰めたつもりかもしれないけど、これならやることは変わんないぜ!」
「アホ。“つもり”やなくて、追い詰めたんや。自分で入れた罅のせいで、自由に動けへんやろ?」
「でも、あの馬の攻撃なら十分対処できるスペースはあるし、この壁は攻撃できないんだろ?」
「どっちも正解や。ポーンもさっきの通りやな。でも、光。お前忘れとるやろ。まだあと一騎、とっておきが残っとる」
しかし、そのナイトはどちらも跳ぶ様子はない。
何故ならば、どちらも“そこにある”以上の役割など与えられていないのだから。
ゆっくりと接近してくるポーンと違い、強力だが出だしをよく見ていれば対処可能なナイト。
というよりは、出だしをよく見ないと対処が難しい。光少年とロックマンは、ナイトから目を離せない。
その上で、背後への咄嗟の跳躍を封じ、かつチップを送ってそれをロックマンが使用するほどの時間を与えなければ、切り札の絶好の切り時となる。
「――――ロックマン、上だ!」
慌てて上方を見上げるロックマン。
そこに、戦闘開始時から存在した最初にして最後の駒の姿があった。
「もう遅い! チェックメイトや!」
シャドースタイルにもシールドスタイルにも、変わる時間はない。
それらの姿をもう見ており、そしてグランドスタイルの特性、さらにスタイルチェンジに掛かる時間を把握した上で、荒駒少年はこの布陣を選んだのだろう。
ルークによる視界の妨害、ナイトの牽制により、それを対処する時間は与えない。
キングマンが秘めたる強大なエネルギーを外に出し纏わせた上で、落下してくる。
明白な“詰み”の状況を作った上で、キングマンは落下して辺りに大爆発を轟かせた。
「終わりやな。キングマンのチェックメイトに耐えられるヤツなんかおらん」
「いや――――まだだぜ」
「なんや、往生際の悪い。完璧に一撃や、そのくらいの力を込めた。やから――」
「――だから、耐えられた!」
バチリ、と晴れていく煙の中で音がした。
そこにいたのは――『ラビリング』により体が麻痺したキングマンと、“白く輝く床”の上で片膝をつきながらも、腕を前に突き出したロックマン。
「ッ、『ホーリーパネル』……ッ!?」
「床を壊すのだけがグランドスタイルの力じゃないぜ!」
床の状態を変化させることによる緊急防御――!
それは、グランドスタイルの状態で、チップがなくとも行える最も汎用性の高い防御手段。
時間がなければ影響を及ぼせるのは精々足元のみ。だが、一撃をその場で耐えるならばそれで十分。
あとはその護りをも貫くほどの威力が来ることへの懸念だが――荒駒少年はロックマンの体力を分析し、それを的確に屠ることの出来る程度の力を込めた。
戦略家としての無意識な調整。詰みと判断してもなお次の一手を用意しておく。それは正しい。
伊集院少年との戦いであれば、荒駒少年はここの勝利を確信せず、もしかするとそれは絶大な効果を発揮したかもしれない。
だが光少年とロックマンがそれに耐えられるとは思っておらず――ゆえに、カウンターへの対処が遅れた。
『エリアスチール』も『インビジブル』も間に合わない。ナビの体の痺れはチップ使用にも影響を及ぼし――自ら出陣したゆえの完全な無防備を晒すキングマンに、ロックマンが腕に装備した砲が突きつけられる。
『ハイパーバースト――――!』
周囲に拡散するほどの莫大なエネルギーの連射が、容赦なくキングマンに叩き込まれる。
守るべきルークも間におらず、直撃を受けたキングマンが、耐えられる道理はなかった。
ルークとナイトが消えていく。ボロボロの戦場で、堅牢な戦術を打ち崩したロックマンだけが残っていた。
「キングマン、デリート! 勝者、光選手とロックマン!」
正確にはネットバトルの基本ルールによる、ダメージ超過のための強制ログアウト――競技としてのネットバトルにおいてはこれがデリートとして扱われる。
この状態ならばPETで簡単な修復を行えばすぐ元通りになるし、バックアップからの復旧も必要ない。
ともあれ、相手をこの状態まで追い込むことがネットバトルにおける目的であり、光少年は此度も見事そこに辿り着いた。
「やったぜロックマン! 決勝進出だ!」
『うん!』
「どうだトラキチ! オレたちの勝ちだぜ!」
「……」
「……トラキチ?」
勝ち誇る光少年に対し、荒駒少年はキングマンの戻ってきたPETをじっと見下ろしている。
が、やがて口元をひくひくと動かし、ゆっくりと正面の光少年に顔を向けた。
「…………光ぃぃぃ……!」
「な、なんだよ!? まだやるか!?」
「――フフ、ワハハハハハ! 負けや、負け! 正直ここまでやるとは思ってへんかった!」
そして、その敗北を認め荒駒少年は豪快に笑う。
「へ? ……な、なんか調子狂うな、そんなあっさり認められると」
「正直油断した、ナメとった。けどな、次戦う時はワイが勝つで。戦略練り上げて、今度こそ完璧な“詰み”ってのを味わわさせたる!」
「――ああ。また絶対バトルしようぜ!」
「おうよ。光、絶対優勝しいや。お前が優勝すればワイの顔も立つってもんや!」
それまでの挑発的な様子はもうない。
光少年を好敵手と認めた荒駒少年はまるで別人だった。
自分の戦略を覆し、見事なカウンターで勝利した彼を認めないのは、荒駒少年自身の誇りが許さないのだろう。
「バトルの後に友情あり、素晴らしい試合でした! それでは両名はこちらへ! CMの後は、セミファイナル第二試合、ネットバトラーQ選手対伊集院炎山選手です!」
戦いをそう締め括った緑川氏に従い、二人はステージを出ていく。
その間にスタンバイする伊集院少年とQ。勝った方が光少年と決勝戦を戦うことになる。
順当にいけば伊集院少年だが――ここまで正体を明かさないQは一体何なのか。
答え合わせの時は、すぐ近くにまで迫っていた。
観戦タイムはここまで。
次話からはまた色々と余計な手出しをしに行きます。