バグのかけらをひたすら集めるクリームランド在住のデバッガー 作:けっぺん
準決勝第二試合。
ブルースとQのナビの戦いは、誰もが予想できない長期戦に発展していた。
相手は、少なくとも見た目は改造を施していないノーマルタイプのナビ。
これまでの対戦相手はそうでなくとも、ブルースであれば一撃の下切り捨てる光景が容易に想像できたからだ。
しかし、Qのナビは相変わらずの妙な移動による立ち回りでブルースの攻撃を捌き続ける。
一方で彼の攻撃もブルースには通用しない。左手のシールドを使うまでもなく、俊敏な移動で全てを回避していた。
消耗しているのは、Qのナビの方だろう。しかしまだ底が見えない。
あまりの動きの不審さに、ブルースも攻めあぐねているようだった。
十分――遮蔽物のない場所で、ブルースの戦闘と考えるとかなりの時間。
一度距離を取って両者が態勢を立て直す中、Qのナビが唐突に口を開く。
『……流石はオフィシャルのエースネットバトラーだ』
『――貴様こそ、量産タイプのナビとは思えんパワー……何者だ?』
『お褒めに与り光栄だが……やはりこの姿でお前の相手をするのはやはり無理があるようだ』
――やはり、何か仕掛けがあった。
ただのノーマルナビである筈がない。あれでここまで戦えるなら、必ずそれなりの理由がある。
それを遂に披露するというのか。
「ブルース、注意しろ!」
『はっ!』
『うぉォ、ォ……デザート・メタモルフォーゼ!』
「ま、待て! デザート・メタモルフォーゼはまだ早い!」
その時、初めてQが声を上げる。
変声機を使っているらしくノイズが掛かってはいるが、その声色には焦りがあった。
『5、4、3、2、1……キュー!』
しかし、Qの制止を聞かず、ナビは指を突き付け、輝きを放つ。
ほんの数秒、映像が真っ白になり、戻ってきた時には――
――砂の城塞が、そこにあった。
城壁から流れる砂、そこに開いた窪みの奥に見える双眸。
水で流れ崩れたような不気味な顔の口を大きく開き、そこからも砂を零しながら、ナビは名乗る。
『オレの名は、デザートマン……これが、オレの、本来の姿だ』
流砂のざらざらという音に紛れ、はっきりとは聞こえてこないまでも、何を言わんとしているかは伝わってくる。
体は存在せず、大きな顔と離れたところに独立した、やはり砂の両手。
ナビにしても随分特殊なデザインだ。
「デザートマン! まだブルースを倒すな!」
『……? 何故だ?』
素っ頓狂なQの指示に、デザートマンは砂をばらばらと撒き散らしながら顔を僅か横に倒す。
恐らく首を傾げているのだろう。動くたびにリソースである砂を散らし、それを気にしていない――砂を収めるための容量に特化したナビ、といったところか。
「テレビ的に面白くないだろうが! 視聴者は常に予想を裏切られる展開を期待してるんだよ!」
――局の方で用意したダークホース。その推測は間違っていなかったようだ、が。
ぶっちゃけ過ぎだろう。ここに来てようやく性格で個性を出してきたと思ったら、展開を気にするとは。
いや、ある意味予想を裏切ることには成功していると思わなくもないが……。
「もっと引っ張れ! 簡単にデリートしてしまっては視聴率が取れん! 派手な技で時間を稼げ!」
『いいだろう――デザート・ミラージュ!』
出方を窺っていた伊集院少年とブルースが切り捨てるより前に、デザートマンが動く。
腕を柱のように変化させ、強い光を放つ――
……? 何も起きたようには思えないが……。
『ッ、これは……!』
『グフゥ……どうだ? 蜃気楼の世界は。まともに動けないだろう』
――幻惑か。であれば、映像越しである私たちには通用しない。
ナビの視界ハッキング。正確なオペレートが出来たとしても、ナビ自身が視界を遮られることによる影響は大きい。
しかし、伊集院少年は冷静だった。
当然か。オフィシャルのエースであれば、こんな状況何度も遭遇しているだろう。
「ブルース、ブラインドモードだ」
『了解――――フッ!』
邪魔な視界ならば取り除く。ざらざらと砂の流れる音を辿れば、ブルースなら簡単にデザートマンまで辿り着ける。
大きな踏み込みと斬撃。浅かったのか砂の表層を切るだけに留まったが、デザートマンたちは驚きを隠せない。
「デザート・ミラージュの中でまともに動けるとは……!」
「そんなまやかしの技、ブルースには通じない」
「……なるほどね。伊集院炎山にブルース……流石、ワイリー様が警戒するだけのことはあるよ」
――待て。なんて言った?
「ワイリーだと……!? 貴様、WWWのオペレーターか!」
思わず立ち上がる。サプライズにスタッフたちもざわつく中、観客たちの中心でQが手を広げる。
WWW――一度光少年に打ち倒されたように見せかけ、ゴスペルの水面下で活動を続け、最近になって動きを本格化させた犯罪集団。
首領、Dr.ワイリーとの繋がりを明かした彼は、待ちに待ったとばかりに声を張る。
「その通り! 遂に正体を見せる時が来たようだ! カメラさん! ボクを中心に映してよ!」
思わず、と言った様子でカメラが従う。
Qが大きく映る中で――一つの予感が生まれた。
「お前は一体誰なんだ! 年齢性別出身地、一切不明! ナゾ・ナゾ・ナゾのナゾだらけ! ネットバトラーQゥゥゥ! しかして、その実態はァァァ!?」
もはや変声機など意味をなさない。
声の張り方、伸ばし方、それはこの大会の序盤で観客全員が聞いている。
その時は恐らく内通した誰かを中に入れていたのだろう。
だが今回は違う。魔法使いが如き黒装束を脱ぎ捨て、仮面を放り――トレードマークたるテンガロンハットを被って、カメラに向かい不敵に笑う。
「N1グランプリの番組ディレクターにしてWWWのオペレーター! 砂山ァァァ、ノボルゥゥゥ!」
それは――拘りに拘ってこの舞台を作り上げた、ディレクターの姿だった。
思い至った。ここまで大掛かりに舞台を作った意味に。
映像から目を離す。ここに残っているスタッフたちに目を向け、問い質す。
「キミら、知っていたかい?」
「い、いや……今回の企画、殆ど砂山さんが動いてたし……」
このことを知っていた様子はない。つまり、彼らも砂山氏の手の上で踊らされ、利用されていたと。
スポンサーとの交渉から機器の配置まで、殆ど最前線から動くことはなかった砂山氏。
それは全てこのため。ここでリスクを背負ってでも正体を明かした以上、目的は絞られる。
IPCの会長――スポンサーを呼び、それによって確実に参加し勝ち残るだろう彼を逆らえない状態まで陥れる。
結果としてWWWは――
「キミ。それからキミと、あとキミも。ちょっと来て」
「へ?」
「俺か?」
「な、なんすか?」
適当に三人選ぶ。仕事に熱心で腕っぷしが強くて、キャリアが長く、ここまで仕事をしてきたことを思い返し、間違いなく関与していないと断言できる三人。
彼らを連れて部屋を出る。
やるべきことはただ一つ。“数字”が取れるからと静観することでも、混乱を鎮めることでもない。
それは私の役目ではない――関係者であっても、私はテレビ局の人間ではないのだから。
扉が開かれる音。
間もなく手に入る勝利に浮かれた足音が近付いてくる。
その上機嫌を隠す気もなく大股でやってきた砂山氏は、私を見てあくどい笑みを崩し呆けた表情になった。
「どうも、砂山氏。司会と選手の二足の草鞋――実にご苦労様」
「……あ? ――エールちゃん、ここ何処だか分かってる? 編集室だぜ? 流石にキミ、ここに入る権限なんて持ってないんじゃないの?」
「まあ、そこはそれ。開けてもらった。善意のスタッフたちにね」
編集室。ここに彼がやってくることは分かっていた。
ここから会場の様子を見てみたが……あまり会場見やすくなかったな。
この部屋が明るいのに会場の照明を暗くしていたらそれも当然か。
別にここで誰に大会を見せる意図もなかったんだし。今回のこの部屋の役割は、来たるべき時まで密室であることだったのだから。
「……フーン。そいつらの名前を聞くのは後にしよう。それより聞きたいんだけどサ、ここにいたスポンサーは?」
「移動させたよ」
縛り上げられていた伊集院氏は既にこの部屋にはいない。
スタッフ諸君により縄を外され、別室にいることを砂山氏は知らず、飄々とした態度を繕っているが少なくない焦りが見える。
彼はモニターの一つをちらりと見る。そこに映った、現在発信されている映像は機器の電脳の風景。先んじてパルスインさせたエールハーフを除いて、映っているものはいない。
会場やジゴク島のカメラ、さらにそれぞれの電脳世界の映像を任意で切り替えられるこの電脳の制御プログラムは確認済みだ。
既にこの部屋の監視カメラとの接続は切ってある。顔出しなどごめんだ。
伊集院氏がおらず、映っているのは知名度のないナビ一人。これでは彼がここまで移動してきた意味がなくなる――そら、追ってくる足音が聞こえてきた。
「ッ、――貴女は」
「やあ伊集院少年。予想外の事態になったね」
砂山氏以上に焦った様子の伊集院少年は、此方を見るや否や敵意を向けてくる。
「……まさか、WWWと――」
「待て待て、少し冷静になりたまえよ」
なんかデジャヴだな。彼にWWWとの関与疑われたの二回目だぞ。
あれから映像も現場の状況も観ていないが、砂山氏にこの場に呼び出されたのだろう。
その目的は、彼の父、伊集院氏を人質として彼の抵抗を封じ、“伊集院炎山にWWWが勝利した”という映像を発信すること。
オフィシャルのエースだろうが手玉に取り抵抗すらさせず勝つことが出来る、という話が事実として出回れば、人々は多いに恐怖し、よりWWWが活動しやすい世界が生まれる。
随分遠回しだが、確かに効果がある。大規模にすればするほど、それを勝ち上がるのも困難になり――彼らが倒した伊集院少年の力を示すことになるのだから。
まあ、それも瓦解してしまった訳だが。
「向かいのラジオの収録室だ。スタッフを三人つけてある。早く行って、安全なところまで連れていくといい。それと、キミの代わりのオフィシャルも呼んでおいてくれ」
「……」
疑いの目は数秒。すぐに踵を返して出ていった伊集院少年を見送り、砂山氏に向き直る。
「……さて。番組も計画も破綻した訳だが。もう少し局内に内通者がいた方が良かったんじゃないか?」
「……そうかもね。ま、それならそれで。計画を変更するだけサ」
まだ彼に諦めはない。
部屋の外から新たに近付いてくる足音が二つ。
援軍か? それなら動くのがやや遅く感じるが……。
「砂山! ――へ? な、なんでエールさんが!?」
「は!? エールちゃん、まさか砂山ディレクターとグルなんじゃ――」
「そのくだりはもうやったよ」
やってきたのは光少年……と、何故か緑川氏。
見たところ現場の実況をしに来たらしいが、カメラなんてないぞ。
「――フッ。ここまでやってタダで帰る訳にもいかないし、これはこれで良いサ。かつてWWWとゴスペルを壊滅させた光熱斗! ゴスペル壊滅に貢献したバグ医者エール! 別にキミらでも役に不足することはないんだからね!」
砂山氏がPETを機器に繋ぎ、プラグインしてくる。
転んでもただでは起きないか。まあ、これでハイ終わりとなるなど思っていなかったし、予定調和と諦めて腹を括ろう。
「来なよ光熱斗! キミらのナビを纏めてデリートして、WWWの力を知らしめてやる!」
「そんなことさせるか! 頼むぜロックマン!」
『うん!』
そして、光少年も売られた喧嘩をスルーすることは出来ない。
今回は助かるな。電磁波地獄の中にいる訳でもないし、存分に戦ってもらおう。
さて――緑川氏、何を突っ立っているんだ?
「キミも来たまえ。もう大会も何もない。ここまで来てDNNの人間が彼を糾弾しないでどうする」
「え!? ちょ、待っ……きゃあああ!?」
さあ、更に一名ご招待だ。卑怯とは言うまい、砂山氏。
三対一だろうと、既にWWWを名乗ってしまった以上その大義は出来ている。
ロックマンに続いて電脳世界にやってくるトードマン。
明らかに状況整理が出来ていない様子だが、現在進行形で特ダネの真っ最中なのだ。気を張りたまえ。
「……いいともさ。数が多ければ多いほど、WWWの株が上がるってもんだろ!?」
「それだけの大口の後に負ければ情けなさも増すがね」
「あり得ない話サ! まったく、全力掛けた計画を台無しにしやがって――これは高くつくぜ!」
「同じ台詞で返させてもらおうか。“私が全力を掛けて整備した舞台を台無しにしやがって”――違約金はWWWに請求させてもらうよ」
――本気である。大会のために、というから携わったのにその大会が形を成さなくなったのだ。
普段は有情だがこういう時は容赦しないぞ。たとえWWWであっても。
「来るぜ、エールさん、ケロさん!」
「ああ。二人とも、十分注意するように」
「え、あ……あーもう! バトルオペレーション、セット!」
『イン!』
自棄になったような緑川氏の宣言に、ロックマンとトードマンが声を重ねる。
決勝戦ではないが――N1グランプリの最終戦だ。
WWWオペレーターの撃退。互いの信念をぶつけ合うという意味では大会と変わらない戦い――約一名は巻き込まれただけだが――が、幕を開けた。
・デザートマン
ネットバトラーQ改め砂山ノボルのナビ。
通常のナビとは逸脱したデザインで、体中が砂で出来ている。顔グラは砂の表現が秀逸。
両腕が体と独立しており、何もしなければ本体は動かず両腕が正面にロックマンを捉えると攻撃してくる。
一撃与えるごとに本体は崩れて別の場所に移動する。そのため、連続でダメージを与えるタイプの攻撃では効果が薄い。
一方で水属性の攻撃を与えると体が固まってしまい、暫くの間は攻撃し放題になる。連続攻撃はこのタイミングで。
デザート・ミラージュはバトルでは使ってこない。何故。
という訳でようやく介入。光少年+巻き込んだ緑川氏と三体一の虐めタイムです。
デザートマンの台詞は特殊タグ使用。ルビ振るのもなんか違うと思ったので。
ちなみにこの後にも一人ヴォォヴォォしか言わないナビがいますがそちらはルビも特殊タグも使わないです。
ちなみに現在進行形でエールにはやんごとなきお方からのメール爆撃が来ているそうですよ。