バグのかけらをひたすら集めるクリームランド在住のデバッガー   作:けっぺん

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“今度こそ”の重み-2 【本】

 

 

 診察室へと運ばれた浦川少年を見送ると、急に力が抜け、診察室前の椅子に何とか腰を下ろす。

 光少年は気が気でない様子で診察室のドアの前で右往左往としていた。

 

「……一旦は安心の筈だ。光少年、キミも落ち着け」

「っ……そ、そうだな」

 

 ドアの先を気にしながら隣に座った光少年。

 それから一分ほど経ったか。

 不気味なまでの静寂の中で、彼はぽつりと零した。

 

「……あんなに、危険な病気だったんだな。まもるのヤツ」

「ああ。下手をすると命に関わるほどの心臓病だ。『H.B.D』という」

『――――!』

 

 あまりそれをペラペラと喋るのは、自分でもどうかと思った。

 だが、話さずにはいられなかった。何より、自分がそれで少しでも冷静になりたかったのだと思う。

 

「『H.B.D』……」

「昔は不治の病と言っても良いくらいの難病でね。浦川少年も、望みの薄い手術の成功を願うしかない身だった」

 

 結果として、彼は手術の失敗という絶望に三度もぶつかってしまった。

 それぞれ、一体どれほど勇気を出して踏み切ったのだろう。

 そして、どんな気持ちで失敗を聞かされたのだろう。

 

「最近、有効な治療法が見つかったんだ。だが、彼はこれまでの失敗ですっかり諦めてしまった。どうせ今回も、と思っているんだ」

「な、なら、今度こそ大丈夫ってのを話してやれば……」

「話したさ。だけど、これまでの手術の失敗はそれほど絶望的なものだった。その失敗した手術を受けてもらう際に、私が何度、“次は大丈夫”と言ったことか――私からの“今度こそ”は、もう品切れなんだ」

 

 たとえ成功率百パーセントの手術であったとしても、私にはもう彼にそれを言ってやることは出来なかった。

 三度も彼に嘘をついた。私の“今度こそ”には、信頼できる要素などどこにもない。

 だから私は、彼への一歩を踏み出せない。

 もしも――彼が勇気を取り戻したとしても、私にそれを告げる勇気がないのだ。

 

『――それでも』

 

 声は、ロックマンのものだった。

 

『それでも、言い続けるべきだよ』

「ロックマン……?」

『一番勇気が必要なのはまもるくんなんだ。勇気が欲しい、誰かに元気づけてもらいたい。彼はそう思ってる。なのにエールさんが諦めちゃってどうするのさ!』

 

 強い言葉だった。どこかに実感が籠っているような、確信があった。

 彼のためと意気揚々と日本にやってきて、簡単に諦めている私への、本気の叱責。

 浦川少年以上に諦めてはならないのは私だというのを、何故気付かないのかと。

 

「そうだよ。治療が出来るっていうなら、オレたちが勇気付けてあげないと! まだ絶対に治らないって決まった訳じゃないんだろ?」

「あ、ああ。そうだが……」

「ならまだオレたちにも出来ることあるじゃん! 励まして、応援してやることは、オレたちにしか出来ないじゃんか!」

 

 ――ああ。本当に。

 一体この眩しさはどうやって手に入れるのか。

 それを何の疑いも持たずに思うことが出来る彼らが、心底から羨ましい。

 その通りだ。“次こそは”の言葉には重みがある。それを言うことで、恐ろしいほどの重荷を背負うことになる。

 だが、浦川少年がそれ以上を背負っている以上、励ます側にもそれが生じるのは当たり前だ。

 なら、それに怯んでいては、大人として失格じゃないか。

 

「まったく……キミたちが恐ろしいよ。どうしてそうも、他人に踏み込めるんだか」

 

 降参だ。これ以上私が弱ってもいられまい。

 本調子ではないのは百も承知だが、しっかり己に鞭打っておかねばなるまい。

 少なくともこんな弱みというのを浦川少年に見られるのは御免だ。

 

「“オレたち”というなら当然、付き合ってもらえるんだろうね? こうなった以上、彼には何が何でも手術を受けてもらわなければ困るんだが」

「勿論! オレたちでまもるを勇気付けてやろうぜ! でもそうなると、その手段は――」

「あるじゃないか。とっておきのが。先程キミたちが約束したばかりだろう?」

 

 彼に示唆しつつ、私はPETを操作する。

 そうしている間に光少年はすぐに答えに思い至った。

 

「――友情のチップ!」

「正解。アレは伝説のチップというのも頷ける代物らしい。覚悟はあるかい?」

「ああ! どんなチップだって、まもるに持っていってやる!」

「それなら、これをキミに渡しておこう」

 

 一つのプログラムパーツと、一つのデータをメールに添付して光少年に渡す。

 

「何これ……『アイムフィッシュ』に、ウラの割符?」

「ああ――まずは前者だが。『コオリホウガン』というチップはハルドボルズの上位種のチップだ。そいつは通常のナビの前には姿を現さない」

 

 それが幻のチップたる所以。

 ハルドボルズの上位種、コルドボルズは水属性ではあるが、その属性に反して火属性が好む環境に生息している。

 そして警戒心が強く、同種の気配を強く感じなければ人前には姿を見せない。

 この二つが噛み合うことで、そのエリアでさえ滅多に姿を見せないと言われているのだ。

 

「その『アイムフィッシュ』はナビカスに組み込むことで、水属性の敵を誘き寄せる力を持つ。それで同種だと錯覚して近付いてくるのを待つ、というのが唯一の手段と言えるだろう」

「なるほど……そのウイルスは何処にいるの?」

「現在発見報告があるのはジゴク島エリア。ただしN1明けの今、あまり簡単に行けるところでもないからね。そこで後者のデータだ」

 

 行けない訳ではない。だが、現在ジゴク島への船はN1の影響で人気が出ている。

 今日明日で予約できるようなものではない筈だ。

 だが、なにもジゴク島エリアにアクセスする手段は島からのプラグインだけではない。

 

「そいつを提示すればビーチエリアからジゴク島エリアへの道を通れる。恐らくは一番の近道だろう」

「ビーチエリアからジゴク島エリアに行く道があったのか……」

「だが、ジゴク島エリアのその先へは行かないように。ウラに繋がっているからね。そう気軽に行くべき場所じゃない」

 

 彼の実力ならば、ウラインターネットとて渡り歩けるだろうが、そもそも彼はウラの住人ではない。

 特別な理由がなければ、あそこを歩く理由はないのだ。

 

「とはいえ……そうだな、一応これも持っていくといい。ああ、データの方は後で返してくれよ。必要なものだから」

 

 念のためだ。あんなところを通る連中にまともな者はいまい。

 どれだけの期間となるかは知らないが、これならある程度の効果はあるか。

 用意したテキストファイルと、データをもう一つ。後者は今回みたいな理由がないと絶対許可されないだろうな。

 

「これは?」

「詳細は気にしなくていい。道を守っているヤツにそのテキストファイルを渡して、要求があればそっちのデータも見せてやれ。決して渡すなよ? ジゴク島エリアに着いたら、すぐに私に返すんだ」

「わ、分かった……」

 

 何かしら、ヤバいものであるという危機感は持ってくれたらしい。良かった。

 本当にヤバいものではあるが、まあ、あの門番は話が分かるヤツではあった。これを見ても不慮の事態にはなるまい。

 私が同行しても良いのだが、これは光少年と浦川少年の友情のチップ。私が出来るのは、こうした現実世界での手助けだけだ。

 

「それじゃあ、見つけたら連絡をくれ。私は彼の容体を聞いてから帰るつもりだが、善は急げというからね」

「了解。すぐに見つけてやるぜ!」

 

 まだ浦川少年を心配する様子を見せつつも、光少年はエレベーターに乗り、病院の一階へ降りていく。

 伝説というのはどれほどか。彼のやる気が空回らない程度だと良いのだが。

 その後、浦川少年が落ち着いたことを聞いてから、科学省へ戻ったのが夜九時過ぎ。

 光少年から件の『コオリホウガン M』を手に入れたという報告を受けたのは、日が変わる寸前のことだった。

 

 

 

 翌日の午後、再び病院で光少年と合流した私は、彼が手に入れた『コオリホウガン』を確認した後、共に浦川少年の病室に向かった。

 浦川少年の表情は穏やかだが、車椅子で外に出られるほど元気ではないらしい。

 

「具合はどうだ?」

「うん、平気。けど寝てなきゃいけないって」

 

 きっとまた、砂浜に出たいのだろう。

 そんな彼の気持ちを、知らない風を装い――否。

 その気持ちが分かっているからこそ、それを叶えるために切り出す。

 

「……手術を、もう一回受けてみないか?」

「受けても治らないよ。今まで何度も勇気付けてくれたお姉さんには感謝してる。けど……もういいんだ」

「ッ……」

 

 ズキ、という痛みを、必死で堪える。

 ここで折れてしまってはこれまでと同じだ。

 私は諦めてはいけない。それが、彼の意思に関わるというのなら。

 

「――まもる。オレにはさ、双子の兄さんがいたんだ」

 

 軽い呼吸で崩れそうな気持ちを落ち着けていると、光少年が話し出す。

 

「兄さんは一歳の時に、心臓の病気で死んじゃったんだ。手術も受けられないまま」

 

 ……それは。

 いつか……ゴスペルの時、彼が呼んだ名を、思い出す。

 ――“彩斗兄さん”

 曖昧のままに、何かと何かが繋がった気がした。

 

「けどさ、命が尽きる時まで、病気と闘っていたと思う。オレは、そう信じてる」

『熱斗くん……』

 

 ベッドに身を乗り出して、光少年は浦川少年に訴える。

 心臓病……もしかすると同じ病で亡くなった兄がいるからこそ、兄が最後まできっと諦めなかったからこそ、彼には諦めてほしくないと。

 

「まもる……お前は手術が受けられるじゃん。生きてるじゃん! 一パーセントでも、まだ治る可能性はあるじゃん! オレ、お前がそんな病気に負ける姿なんて、見たくねえよ!」

「……お兄さんの病気って、もしかして……」

 

 光少年が言葉をぶつけて、揺れる彼に、私は何を。

 ……決まっている。昨日彼らに言われたばかりじゃないか。

 浦川少年の小さな手を握る。もう一度それを言うことに、引き裂かれそうな罪悪感と、どうしようもない重さを感じつつ――しかし、それがどうしたと言葉を絞り出す。

 

「もう何度もキミに嘘をついた。とっくに私への信頼なんて残っていないと思う。けど――あと一回だけでいい。あと一回だけ、私の“今度こそ”を信じてほしい……」

「お姉さん……」

「手術を、受けてくれ。今度こそ必ず成功する。あと一回だけ、勇気を出してくれ……!」

 

 それを言いきった頃には、喉が痛い程に乾いていた。

 拒まれたらという不安感に、その他の全てを忘れるほどに囚われていた。

 数秒後に呟かれた、うん、という声の先を待つのが、何時間にも感じられた。

 

「――わかった。僕、手術を受ける。あと一回……ううん、何回でも。お姉さんを信じる。そして、手術を受けられなかった熱斗くんのお兄さんの分まで、頑張る!」

 

 その言葉の意味を理解するまで暫く時間を掛けるほど、全部を振り絞っていた。

 安堵はゆっくりとやってきて、少しずつ重たかったものを溶かしていく。

 いや――まだだ。荷物を下ろすのはまだ早い。もう少し、彼の手術が終わるまでは、これは背負っていなければ。

 

『うん。頑張って、まもるくん。もし熱斗くんのお兄さんがその言葉を聞いていたら、きっと喜ぶと思うよ!』

「ああ! そうだ、まもる。これ受け取ってくれよ」

 

 浦川少年から少し離れ、窓に寄り掛かる。

 まだ何も終わっていない。寧ろ、スタート地点にようやく立っただけだが、今は少しだけこの涼しい潮風に当たっていたかった。

 そうしている間に光少年は浦川少年に、件のチップを渡す。

 小学生だというのにあんな夜更かしをしてまで手に入れた伝説のチップ。初めて目にしたのだろう。浦川少年は目を丸くして、それから顔を綻ばせた。

 

「――わあ! 凄いや、ありがとう熱斗くん! うん、頑張る! 絶対僕、頑張るよ!」

「その意気だぜ、まもる! その元気があれば手術は絶対成功するさ!」

 

 その後の話はいつも通りの気軽さですることが出来たと思う。

 ようやく手術への意気込みを手にすることができた浦川少年と、今回の恩人である光少年とロックマン。三人との話は、やはりというべきか、N1グランプリのことが大半となった。

 あのあと荒駒少年が光少年の家にやってきたことや、彼が修行のため暫くデンサンシティに滞在するということも聞き、すっかり仲良くなったなと感心することもあったり。

 大山少年の転校をやはり大きく思っているらしい光少年を今度は私と浦川少年で元気づけたり。

 そんな、過ごしやすい、和やかな時間だった。

 手術の日程は数日中に決まると主治医殿から聞き、決まり次第教えてほしいと伝えて彼らと別れた三日後。

 

 

 ――浦川少年の容体が急変したという報せが届いた。




・H.B.D
3に名前の出る、作中世界に存在する心臓病。
最悪の場合死に至る重病であり、まもるは三歳の頃からこれを患っている。
また、一歳の時、彩斗の命を奪った病気でもある。


踏み出せない大人も踏み出させるのは原作主人公の特権。
それでもまだまごつくのは不器用な主人公のデバフ。
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