バグのかけらをひたすら集めるクリームランド在住のデバッガー 作:けっぺん
読んでいただいている皆様に感謝を。
この日ほど、メトロの遅さに苛立ったことはなかった。
しかしそれでも、科学省からビーチストリートに来る最速の手段がそれなのだから仕方ない。
メトロから下りると、少ない体力を酷使し、歯を食い縛って走る。
人の波の間を全力で抜け、或いは突き飛ばし、階段を駆け上がる。
力が残っていないと悲鳴を上げる全身をそれでも動かし、頭がぐわんぐわんと揺れるような感覚を無視する。
駅の外で待っていた一台の車を見つけると、そこまで走り切って車内に駆け込んだ。
「っ……! っ……、ぁ、く……!」
「一旦落ち付いて、深呼吸よ。病院で良いのね?」
「ぃ……すぅ、ぁ……ぁあ、頼む……っ! すぐ、に!」
運転席で待っていた緑川氏の言う通りに、絶え絶えになった息を落ち着ける。
浦川少年の容態が急変し、緊急手術を行うことになったという連絡を病院から受けて、私はすぐに科学省を飛び出した。
光少年にも連絡は行っており、合流はせず互いに病院へと向かうことになった。
私では走っても時間が掛かる。駅から出るだけであのザマだ。
一刻も早く病院に向かわなければという状況で頼れるのは、緑川氏だけだった。
何も聞かずに頷いてくれた緑川氏には感謝しかない。
車が発進する。息を整えて、緑川氏が後ろ手で渡してくれたペットボトルのお茶を受け取り、乾ききった喉を潤す。
「……っ、急な話なのに、引き受けてくれて感謝する」
「いいわよ。打ち合わせまで時間があったし、病院くらいならね。ある程度察しはつくし、流石に渋ってられないわ」
「……いつか必ず返礼するよ」
「それならまあ、またご飯でも行った時、奢ってくれればいいわ」
それでいいのか、とは言わない。それが彼女なりの気遣いであることは分かったからだ。
緑川氏はこの程度のこと、あまり気負い過ぎるなと言外に告げている。
しかし、今すぐに駆け付けたい私にとっては緑川氏の助けはあまりにも大きく感じられた。
「それより、エールちゃん。少しは体鍛えた方がいいわよ? 駅から出るだけでそんなになるなんて、普段碌に外出てないでしょ?」
「……仕事が仕事だから、インドアなもので」
完全に体力を使い果たした私には、認めることしか出来ない。
あの人波の中で駆けるというのは経験がないし、ただ走ることの数倍は疲れる気がした。
しかし、インドアだからという言い訳すら通用しないレベルなのだろう。
バックミラー越しの呆れ顔が痛かった。
呼吸を落ち着かせている間に、すぐ病院が見えてくる。
以前、DNNから十分も掛からないと言っていたが、車では確かにそれも頷ける近さを感じる。
普段は駅から徒歩で向かっているため、歩道を歩く人々を抜いていくことがより実感を強めていた。
病院の敷地に入り、入り口前に車が停められる。
「着いたわ。帰りは?」
「遅くなる可能性が高いから、大丈夫だ。本当にありがとう」
礼を言って、車を出る。
静かな病院内を走る足音で乱すことへの躊躇いを感じている暇はなかった。
受付に辿り着き、息を呑んで無理やり呼吸を整える。
「っ。浦川――浦川まもるの容態は!?」
「は、はい! えっと……かなり危険な状態です。既に三階の手術室で緊急手術が行われています。ですので今は面会は出来ません」
「――そう、か。すまない」
既に顔を出せる状態ではないか――と思うと、あまりにも急に冷静さを取り戻す。
エレベーターで病院の三階へと向かい、手術室の前に行けば、中で一切油断の出来ない執刀が行われている証明である明かりが点灯していた。
「……頑張ってくれ」
その言葉は浦川少年には届かない。だが、言わずにはいられなかった。
それ以外に私に出来ることは何一つ無いのだ。
手術室前の椅子に座り、ただ、待つ。
それから三十分くらい経っただろうか。エレベーターの扉をこじ開けるように出てきた光少年が駆け寄ってくる。
「エールさん! まもるは大丈夫なの!?」
「既に手術が始まっている。私たちに出来ることは――待つことだけだ」
「……っ」
そうして、彼も加わり、しかしどちらも声を出さない時間が続いた。
一時間などすぐに超える。方々に連絡を終えて、まだ明かりは消えることはない。
二時間も、当たり前のように過ぎた。押し潰されそうな不安の中で少しでも安心を求めて、無意識に目を閉じていたらすぐだった。
三時間経つまで、光少年との会話らしい会話はほんの一言、二言だったと思う。
そこまで来て、しびれを切らしたように光少年が立ち上がった。
「くそ、まだ終わらないのかよ!」
「恐らくまだ掛かるだろうね……一旦、外に出てきたらどうだい? 風に当たってリフレッシュしてくるといい。それから、何か軽食も取ること。その間に何か動きがあればすぐに知らせるから」
「だけど……」
『このままじゃ熱斗くんが先にダウンしちゃうよ。ここはエールさんに任せよう』
長時間、緊張状態だった光少年は精神的に参っているだろう。
これに関しては私の方が多少はタフだと思うし、先に彼を休ませた方が良い。
「……わかった。それじゃあ、少し外に出てくるよ」
「ああ。彼を見守るつもりなら、帰りが遅くなるかもしれない旨は家に連絡しておくといい」
「うん。じゃあ少し、砂浜にでも出るか、ロックマン」
『そうだね』
光少年を見送る。時刻は昼を過ぎた。この後も残るなら何か食べた方が良い。
この階の自販機にゼリー飲料があったか。私も後であれを摂取しておこう。
別の事を考えて、少し心に余裕が出来た。
十秒ほど目を閉じ、力を抜いて体を休ませる。
だいぶ落ち着いた、と少しだけ目を開き――
「……?」
――エレベーターまでの通路が、塞がれているのが見えた。
緑の細い紐のようなものが幾重にも絡まって、壁のようになったそれは――
蔦。そう、蔦だ。
この病院のシンボルたる命の木。
枯れず、葉を散らさず。コンピュータで管理され患者にいつでも変わらぬ瑞々しい姿を見せ続ける、長寿の象徴。
その木から目に見える速さで蔦が伸び、壁を伝って少しずつ景色を緑にしていく。
「……何が」
『緊急事態発生! 緊急事態発生!』
突然の事態をようやく異常だと判断した時、焦った様子の館内放送が響く。
『先程、命の木から謎の蔦が発生しました! 蔦により、病院内の殆どの医療機器は動かなくなってしまっています! みなさん、落ち着いて避難を――』
「――――
立ち上がり、突然動かした体がもつれそうになるのを堪えて、手術室のドアを叩こうとし――開いたドアに手を止める。
中から出てきた看護婦殿もまた、異常を察知したらしい。
「手術は――浦川少年の手術は!?」
「まだ大丈夫よ! この部屋の器具は動いているわ。ただ――」
命の木の方向に目を向ける。
普通では考えられない速度で成長する蔦。
それは、もう十分程度もすれば今立っている場所まで辿り着けるほどだった。
「このままじゃあ蔦が手術室に入ってくる。多分命の木の育成システムに何か異常が起きているわ、それを止めないと!」
「地下じゃないか……! 外には……出られないな。ひとまず、私がそこのコントロールパネルでドアに電子ロックを掛ける。手術に集中してほしい!」
「わ、分かったわ! これ、アクセス権のデータよ!」
データを受け取ると看護婦殿は室内に戻り、ドアを閉める。
医療機器の停止は恐らく蔦そのものが原因ではなく、命の木から繋がる病院のメインコンピュータに発生した異常から。
しかしこの手術室だけは緊急時のため独立していたのだ。
であればこちらにバグが起きなければ手術は続行できる。あとは――
「エールさん!」
「光少年! 無事だったか!」
もう一度エレベーターに乗ってきた光少年が、蔦の向こうに辿り着いていた。
蔦には棘があり、互いに乗り越えることは出来ない。だが、向こうにいる以上まだ自由が利く。
「まもるは!?」
「手術室は無事だ。まだ手術は継続しているが、蔦の侵食はこっちからでは止められない! 病院の地下のメインコンピュータで命の木の生長システムに異常が発生している可能性があるようだ。すまないが、そっちを頼めるか? 私は手術室のシステムを確認する!」
「わかった! 任せて!」
エレベーターに戻り、既に動かなくなっていたのか非常階段に駆けていく光少年。
彼に頼むのは申し訳ないが、いま此方からではどうしようもない。
少しでも自由に動ける彼が頼りだ。彼ならば、少し時間があればすぐにシステムを正常化してくれよう。
私は私で、コントロールパネルにパルスインを行う。
エールハーフを送り込み、アクセス権を適用。手術室のシステムに接続する。
まずは電子ロックの施錠。これであの蔦がこじ開けるのも困難になっただろう。
それからシステムのエラーチェック。
メインコンピュータから万が一こちらに波及している不具合が無いかを確認していく。
「――これは」
システムの機能を一から見ていき、一通りに不備がないことに安堵した矢先。
この病院に存在することが信じられないモノを見つけた。
ダミーか、と考えてみたが、その性質は尋常なものではない。
――本物だ。
「意味が分からん。何故こんなところに――」
――いや、それは後だ。
これが自然発生したバグではなく誰かの手によって仕組まれたことであれば、もしかすると目的は……。
「……ッ、厄介なことを!」
浦川少年の、手術の懸念だけで手一杯だというのに、こんなものまであるなどキャパオーバーだ。
こんなものいきなり見せられても私の手に余るぞ。ゴスペルが可愛く思えるレベルの案件じゃないか。
……などという泣き言は零していられない。
浦川少年とコイツは、両方とも守らなければならない。
さしあたり、思いついた処置を施す。これだけでも十分問題になるが、緊急時だ。科学省も文句は言うまい。
処置が滞りなく終了し、システムにも異常が起きていないことを確認していると、光少年からのオート電話が来る。
「光少年か。何かあったか?」
『エールさん、気を付けて! これの犯人が手術室のシステムに向かってる! 目的は何とかコードって言ってたけど……!』
「やっぱりか……。分かった、それは任せてくれていい。成長システムの正常化の方は順調かい?」
『いまウイルスの相手してる! 見たことない、蔦みたいなウイルスと、お面を付けた木みたいなウイルスがたくさん!』
その特徴に一致するウイルス……どちらもだいぶ厄介なヤツじゃないか。
恐らくはアゾマータ種とバジリコ種。ヤツらはただ真正面から戦うだけでは対処できない。
「前者は本体ではなく向かってくる蔦の方を攻撃。後者は、危険だが毒の中に突っ込んで仮面の中の素顔を叩くんだ」
『了解! こっちが片付いたらすぐに向かうから!』
通話を終える。
やはり、目的はこれだったか――となると、上手く行けば戦闘は避けられなくもないが……。
光少年とロックマンは、あの厄介者たちが複数となると対処法を教えてもまだ時間が掛かるだろう。
……やむを得まい。浦川少年の命が懸かっているのだ。科学省どころか、連中にだって何一つ反論は許さない。
ここを狙うというのなら、私は遠慮はしないぞ。
『おや、先客とは。別動隊、という訳ではなさそうだね』
アクセス権まで不正入手していたらしく、メインコンピュータから病院内を辿り、ここにまでパスを繋げて事件の犯人がやってくる。
蔦と茎を模した緑の体。そして頭部から後ろに広がる花弁の如き装飾。
全体で一つの植物を成す、電脳世界に咲く一輪の花が、そこにいた。
・アゾマータ
3に登場するウイルスの中でも初見殺し要素の強いウイルス。
少しの間佇んでいた後、地中から蔦を伸ばしてロックマンを追いかけてくる。
本体を攻撃してもダメージを与えられず、追ってくる蔦を攻撃することで攻略できる。
他の敵と戦っていてもひたすら追いかけてくる、4に登場する悪名高いアイツの先駆け的なウイルス。
・バジリコ
2と3に登場。やる気のない表情の仮面をかぶったやる気のない表情の木のようなウイルス。
暫く移動した後、目を見開いた仮面を突き出して周りに毒を振りまいてくる。
この状態で本体を攻撃するとダメージを与えられるが、正面からの攻撃では仮面に防がれるので一工夫必要。
2にも登場するが、個人的に3のこの場面での、中ボスみたいな登場が印象的だったため熱斗にとっても初見であるということにする。
・プラントマン
3に登場するナビの中でも他の追随を許さないオシャレナビ。
花をモチーフにしており、物を植物に例えたポエムまで披露する。必殺技持っていればBLEACHに出られた。
そのオシャレデザインから人気は高く、4.5では自ナビとしても登場する。
ただ3でやっていることは洒落にならない極悪さである。
しかもワイリーに従い、オペレーターを騙して動かしているため、3のナビの中では頭一つ抜けて邪悪。
最終盤で再び登場した時、なんか口調が変わっている。ワイリー様が近くにいたから気にしたのだろうか。
という訳で熱斗と分断。ソロでプラントマンと遭遇となります。
そしてケロさんも地味に活躍。このくらいの友好度は築いているようです。
それにしてもこの主人公はもう少し体力付けても良いと思う。