バグのかけらをひたすら集めるクリームランド在住のデバッガー   作:けっぺん

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イノチの花-2 【本】

 

 

 花のナビは、肌寒さを感じるような不気味な笑みを浮かべて歩いてくる。

 オペレーターはいるかもしれないが、この階には来ていない。

 別の場所から様子を見ているのか――

 

『早速だが、そこを退いてくれないか? そこのシステムに用事があってね』

『日を改めてくれ。今は大事な手術の真っ最中だ。邪魔をされると困る』

『それは出来ない。テトラコードを入手してこいという命令でね。この大義の重要性は、儚い一つの花に勝るんだ』

 

 システムの制御装置を背にして立つ。

 水準以上のカスタマイズは施されているな……戦闘というよりは、その真価はハッキング能力と見るべきか。

 コンピュータに管理を任せている以上この病院のセキュリティは高い域にある。

 それを乗っ取り木を暴走させるなど、生半可な能力では不可能だ。

 

『あんなもの持ち出してどうする。碌な使い道なんて無いぞ?』

『ほう。君はテトラコードを知っているのか。であれば、話は早い。我らの目的はただ一つ――プロトの復活だよ』

 

 誤った使い道を求めてやってきた訳ではないのか。であれば、尚更に不可解だ。

 テトラコード――はじまりの災厄を封印するプログラム。

 あの封印を解くという目的そのものが、意味の分からないことだ。

 

『正気の沙汰とは思えないな。それに、それがここにあるとして、封印の解除など出来ないぞ』

『フフ……我らは既に二つのテトラコードを手に入れている。ここにあるものを入手すれば、後は一つだ。』

『っ……』

 

 ……それは初耳だぞ、科学省。

 一つ盗まれた時点で最大級の警戒を敷くべきだろう。一体何をしているんだ。

 テトラコードは全部で四つ。既に半分盗まれているだと?

 ウイルスの研究をしている場合ではないだろうに。

 

『初耳だったようだね、バグ医者エール。どうやら科学省内でも情報の共有は完全ではないらしい』

『……私は元々部外者だからだろう。とはいえ、それを知ることが出来たのは幸運だった。尚更、渡すわけにはいかなくなったな、WWW』

『正解だよ。ワタシはプラントマン。WWWのナビだ。先日のデザートマンとの戦いは見事だったが、ワタシは彼ほど遊びを知っている訳じゃない。今の内に引き渡すのが利口だと思うが』

 

 N1の事件で既に私の正体がバレていたことから、もしかしてと思ったが、やはり今回もWWWか。

 花のナビ――プラントマンは己の出自を明かし、脅迫してくる。

 あのN1まででWWWに関わった覚えはない。であれば、何処で私のことを知ったか。

 何にしても、私が戦闘を得意としていないことは知っているのだろう。

 だからこその、見逃してやると言わんばかりの言葉。テトラコードをこの場で渡せば、戦いを回避でき、手術はこのまま行われる可能性はあった。

 だが――

 

『――既にテトラコードは此処にはないよ。言っただろう? “それがここにあるとして”って。とっくに然るべき場所に移動済みさ』

 

 ――ちなみに移動させた『然るべき場所』とは別に離れた場所でもない。

 私自身が回収しているだけ。

 これは後で科学省に持って行かなければ。

 

『……話にならないな。仕方ない、真偽は君の首を刈り落としてから確かめるとするか』

『悪いが、私は今気が立っている。大事な手術が邪魔されている以上、戦いの真似事など出来ないぞ』

『それなら、大人しくしているがいい。枯れた造花などという命にも満たない代物、せめて私が手折ってあげよう』

 

 キザったらしい言い回しは、焦る思考の清涼剤とはならず、余計に苛立たせる。

 こうしている間も、浦川少年は奮闘しているのだ。ならば、ただの一瞬それを阻むことも許されない。

 オフィシャルだの科学省だのの依頼であれば、説明が面倒だからこんなことはしない。

 プライド様が絡んだことであれば、彼女の尊厳を傷つけることに繋がるため、絶対に使うことはない。

 だが、これはどちらとも関係が無い、私個人の選択である。言うなれば私闘だ。

 自分の尊厳などあって無いようなもの。だからこそ――私個人で、決して善ではない側に立つことには何の躊躇もない。

 

『さあ、乱れ咲こう! それが散り行く君への手向けとなる!』

 

 プラントマンの足元に花が現れ、広がっていく。

 赤や黄色。見ているだけなら目を楽しませるだろうそれらが花粉をまき散らす。

 触れれば狂う――電脳花の花粉ならそんなところだろう。

 そんなものが此方に辿り着くのを待ってなどいられない。

 対抗するためのチップは一枚。音を引き裂く暴風が花粉など――花など最初から無かったかのように吹き飛ばす。

 

『ム……!?』

『今すぐ帰ってくれれば私も追いはしない。テトラコードは諦めるがいい』

 

 最終警告。その意味を分かってくれればと思ったが、どうやらそうもいかないらしい。

 

『ただ一撃優れただけで勝ち誇るとは、尚早じゃないか。思い上がりも甚だしい!』

 

 背から伸びる蔦が床に突き刺さる。

 アゾマータと同じものだ。横に飛び退けば、立っていた場所から蔦が突き出て絡まり合った。

 相手を拘束し、エネルギーを奪いつつ集中攻撃をするための布石。

 だが、アゾマータと違う部分はこの蔦そのものを攻撃しても効果が薄いこと。

 攻撃すべきはあくまでも、プラントマン自身だ。

 

『避けると思った。君は素直だ。陽にあたって伸び行く萌木の如く。しかし、それではいけないんじゃないのかな?』

 

 いちいち癇に障る物言いで、プラントマンは追撃を仕掛けてくる。

 体の棘が伸び、射出される。それは私をシステムの制御装置から引き離しに掛かっているようだった。

 分かっていても、今の対処しにくい状態で受け止めることは叶わない。

 望み通り離れるように躱すと、それでいい、と微笑んでプラントマンは制御装置に向かって歩いていく。

 

『やめておけ。喰われたくはないだろう?』

『脅しが三流だね。それで本当にゴスペルを壊滅させたのか疑問だよ』

 

 再度此方に蔦を伸ばしつつ、プラントマンはシステムに手を伸ばす。

 私を煽るように、故意にゆっくりとした所作で。

 

『それに、喰われる危険があるならば、そんなセキュリティは華麗に突破して見せよう。君と違いワタシには、その力がある』

 

 そう、無力な私を嘲笑って、システムに接続した。

 

 

 

『――そうか。では、見せてもらおう』

 

 

 

 自らの身に侵食してきたそれを即座に察知し、飛び退いたプラントマンは見事と言えよう。

 だが、受け入れる前に逃げることは出来ず、美しい茎の手は腐り、黒く染まり始めていた。

 

『これは!?』

 

 侵食は止まらない。

 肘の辺りまで凄まじい速度で進んでいった腐食に焦りを見せた彼は、腕を肘から切り落とした。

 だが、それで停止するならただの毒だ。

 そうではないモノに彼は触れてしまった。既に彼の身は、止まらない破壊を始めている。

 

『ッ、何をした、バグ医者!』

『バグを一つ、そこに仕込んでやっただけさ。どうせ今はキミか私しか触れないからね。心得のない者が接続しようとすれば、すぐに毒が注ぎ込まれる』

『づ、ぅあああぁぁぁ!?』

 

 苦痛に悶えるプラントマンを押し退けて再びシステムに接続。

 組み込んでいたバグを正しい手段で回収する。手元に戻ってきたそれは、いつもの通り私の身に還っていく。

 そうしている間に、プラントマンには目に見えた異常が発生していた。

 斑点のように浮かぶ四角い光。

 緑の鮮やかな体は色がくすみ、ところどころに痣のような黒が広がっている。

 美しい花が、何処かから病を貰い、それに蝕まれているような――何処にでも毎日のように起きる、自然の悲惨な結末。

 強いて言うならばそれらとの違いは、その花が自分から毒に手を伸ばしたということだが。

 

『ただのナビにはキツイだろう。そいつが三流の私が対峙したバグだ』

 

 黒く染まる体は、徐々に結晶になっていく。

 彼を構成するプログラムが一つ一つ本来の役目を忘れ、新たにバグという役割を与えられていく。

 もう一度私はシステムを背にして立つ。これを巻き込んでしまっては元も子もない。

 

『おのれ! ワタシはこのような虫風情に食い散らされる花ではない! WWWを彩る花として咲き誇る、大輪の花! そのワタシを――』

『悪いが、コイツにはまだ美醜を見分けることは出来なくてね』

 

 戻ってきたそれを、私の内で展開。

 プラントマンのように暴走させることはない。じっくりと、私に慣れさせたのだ。千回やっても使い方など間違えない。

 沸き上がる衝動を受け入れてやれば、右の前腕がぐにゃりと変化する。

 電脳世界を食い荒らす獣の貌。あらゆるものを蝕み引き裂く、猛毒の顎。

 抑えていなければ今すぐにでも私の体を引っ張り目の前の獲物に喰らい付こうとする餓えた大狼は、見る者の戦意を奪うには十分過ぎるものだった。

 

『ぁ……これが』

『紹介しよう――ゴスペルだ』

 

 己が身を守ろうとして、無意識に差し出された腕を見て、獣に許可を出せば、すぐに私の体は揺れる。

 気付けば開かれていた筈の口は閉ざされ、プラントマンは残っていた腕さえ失っていた。

 

『ぐぅぅぅううう!?』

 

 なおも大顎を振り回す獣に任せれば、間髪入れずに獲物の片足を食い千切る。

 そして最後に緑の胴体に食い付いたところで制御し直し、牙に捕えられたプラントマンを見下ろす。

 

 このゴスペルは――あの戦いの時、私が回復のために喰らっていたバグ融合体から疑似的に復元したものだ。

 構築段階から制御していたため、起動してもあのような暴走状態ではなく、好戦的で大喰らいというだけ。

 此処にある限り電脳世界の脅威となるほどのものでもない、私の手札の一つとなっている。

 

 最早プラントマンに抵抗は不可能だ。

 はじめから言っていた。戦いの真似事など出来ない、と。

 邪魔者は誰であろうと排除する。あり得ない話ではあるが――今は、プライド様であってもこの先のシステムを渡す訳にはいかない。

 この先には、生きようと足掻く命がある。それを邪魔するならば、私は用意できる全ての方法で、その障害を打ち砕く。

 医療の場で、“医者”ではなくただの“デバッガー”である私が出来ることは、それだけだから。

 

『バックアップがあるならソレに伝えておけ。二度と病院を襲おうなどとは思わないことだ』

 

 そんな不可能な、しかし本気の言葉だけ最後に告げて、ゴスペルの口を開けさせ、プラントマンを放る。

 続けて、今回の最後のチップを使用。たった一枚の枠に入れておいた、最上位のチップ。

 随分前にとある理由で作った二つのうち、結局それに使わなかった方。

 ――少しだけ、勿体ないと感じた。この敵が相手であると事前に分かっていれば、ウラに奉じたアレを持ち出しても良かったのだが。

 

『――バグチャージ』

『ぐああああぁぁぁぁぁぁ――――!』

 

 ゴスペルの咆哮が響き渡り、凝縮された高密度のバグが射出される。

 一塊で小さな電脳世界一つを掌中に収めるほどの病巣がプラントマンに炸裂し、その体を抉ると共に瞬時にバグへと変えていく。

 単発では終わらない。二発、三発と繰り返し解き放たれ、彼は次々と黒い結晶へと変わっていく。

 全てを撃ち終える前にプラントマンは存在の全てがバグとなっていただろう。

 

 体から力が抜け、チップの効果が終了する。

 その頃には、(エールハーフ)の体を守る外装は解れ、剥がれていた。

 『バグチャージ』は、己に宿ったバグを解放し、弾丸として放つもの。

 全てが攻撃力に変換されるため、最終的に使い手の身からバグは無くなる。

 これは私にとっては諸刃の剣。バグで出来た外装も諸共に放ってしまうのだ。

 ――ひんやりとした、電脳世界の床を素足で踏みしめ、プラントマンの残骸に向かう。

 さっさと事を終わらせよう。別に誰がここに来る訳でもあるまいが、万一見られて動じないほど鈍い訳ではない。

 かつて、一つのナビであったバグの塊を回収する。そこには最後の苦悶の感情が残っていた気がした。

 もう一度、振り返って制御装置を見る。正常に動いていることに安心し、パルスアウトを行う。

 

「……」

「エールさん! 成長システムは元に戻したよ! 今オフィシャルが来て、犯人を確保したとこ!」

 

 半身が戻ってくると殆ど同時、復旧したエレベーターで光少年が三階に戻ってきた。

 気付けば、壁に張り巡らされていた蔦は消え去っていた。

 どうやらもう電子ロックも解除してよかったようだ。

 

「お疲れ様。此方もやってきたナビは片付けたよ。テトラコードも無事だ」

「本当に? なら、もう手術は大丈夫なの!?」

「あとは……成功を信じるだけだな」

 

 パネルを操作し、手動で電子ロックを解除する。

 此方の様子を察知したのか、すぐに看護婦殿が部屋から出てきた。

 

「事件は!?」

「ひと段落した。手術の方は、問題ないか?」

「よかった……手術は順調よ。あとは任せて」

 

 犯人――オペレーターの方は姿を見てすらいないが、もうそちらを気にしていても仕方ない。

 改めて椅子に座り直し、先にテトラコードを科学省に送っておく。

 即座に追及のメールやら電話やらが来るが、それらは後回し。

 此方も色々と聞きたいことがあるものの、それはあとでいい。

 

 

 事件が終わって、更に三時間。

 日も落ち始めた時間帯。光少年にも目に見えて疲れが出てきた頃に、手術室の明かりが消えた。

 主治医殿が出てくる。その表情は――疲れの中に安堵があった。

 

 ――そして、浦川少年が病室に戻され、五時間後。

 すっかり外も暗くなった頃。

 

「……――」

「っ、光少年!」

「んぇ?」

 

 浦川少年の目蓋がゆっくりと開かれる。

 限界を迎えて眠っていた光少年を揺り起こして、ベッドに駆け寄る。

 

「まもる!」

「――熱斗くん――お姉さん――ボク、勝ったよ」

「――――あぁ。よく、頑張った」

 

 弱く、細く、しかし確かに、浦川少年は微笑んだ。

 それを見て――ようやく全てが終わったことを実感する。

 喉が変に詰まるような感覚を覚えつつも、長く険しい戦いに勝った彼を褒め称える言葉を絞り出す。

 頬を伝う熱いものは、一体前に流したのはいつだっただろうと考えてしまうほどに懐かしいもので。

 妙に気恥ずかしさを感じ、それを拭ってから――彼に応えるように、精一杯の笑顔を作った。




・バグチャージ
4、5に登場するギガクラスチップ。
4では経過ターンに応じた数だけ攻撃、5では自身に発生しているバグの数だけ攻撃する。
ゴスペルの頭部を構えてゴスペルの頭部を飛ばす中々クレイジーなチップ。
4では五大暗黒チップの一つに数えられるが、入手はSPナビとの戦いでミステリーデータを守る必要があるため難易度は高い。
5では使用後、発生しているバグは消滅する。別に全裸になる訳ではない。
本作では五大暗黒チップには含まれず、5の効果を採用する。


ガチギレ状態のエール。戦いになると分が悪くなるので手段を選びません。
戦闘は弱いので徹底的に盤外戦を仕掛けるのがウラの住人らしさ。最後に生きていた方が勝者とかそういうアレ。

今回で病院編は終了。次回からは科学省編に入ります。
いよいよ、といった感じの話。ここまでの幾つかの謎を明かしていきます。
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