バグのかけらをひたすら集めるクリームランド在住のデバッガー 作:けっぺん
最初のボスにしてはスクリーンディバイドが速すぎます。
昼休みの終わり際。
昼食のゼリー飲料を空にして、メールのチェックをしている最中、同居人――もとい居候が不在なことに気付いた。
点けっぱなしのパソコンにいる筈のレヴィアがいない。
何やらデスクトップには書置きらしいテキストファイルが残っており、たった一行、『少し外に出ている』という旨の言葉が書かれていた。
大方思い付きでゲリラライブでもしているか、たまたま見つけた骨のありそうなアンチを“わからせ”に行っているか、はたまた互角以上に戦える槍使いの同士と果し合いでもしているか。
どの道、突然彼女がいなくなるのはいつものことだ。
遅くとも明日にもなれば、気付かないうちに帰ってきていることだろう。
その程度に考え、思考をメールに戻す。
相変わらずナビカス関連の依頼が多い。中には『このパーツの圧縮方法』を教えてくれなんてものもある。自分で調べろ。
ナビカスのパーツに関しては、もう私も把握しきれないほどの数になっていた。
面白そうなものは試しているが、概ね私が利用するものは決まってきている。
しかし――『シノビダッシュ』は惜しかったな。なにも使い捨てのサブチップと同じ効力にすることは無いだろうに。
せっかく私も護衛の心配をしなくて済むようになると思ったら、結局組み込んだナビの力に依存するときた。
しかもこれを付けていると何やら獣の唸り声が聞こえてくるとかそんな噂もある。大丈夫かこれ?
まあ、今はそんなことはいいか。どうせ私には関係ないパーツのことだ。
メールのチェックを終え、緊急で対応しなければならないような依頼がないことを確認して、昼休みを終了する。
外に出てウイルス研究室に向かっていると、一室のドアの前でヒノケン氏が妙な表情でPETを眺めていた。
「どうかしたのか?」
「あ? あぁ、初日っつーことであちこちのセンサーのチェックを任されてるんだがよ。ここの電脳に変なのがいるんだよ」
「変なの?」
「おう。キラーズアイってウイルス知ってるか? アイツの珍しい色のヤツだ。目が合っても攻撃すらしてこねえし……」
――まさか。
ヒノケン氏のPETを覗き込むと、そこに映っていたのは確かにキラーズアイ。
それも通常種の黄色とも、上位種であるデモンズアイ、ジョーカズアイの赤や青とも違う、黒い体色。
……灯台下暗しということか。こんなところにいるとは。
「素晴らしい。無害ウイルスのSP種とは。お手柄だぞヒノケン氏」
エールハーフのプログラムを起動し、パルストランスミッションの準備を整える。
こうしてはいられない。落ち着いた状態であるうちに保護しておかなければ。
「無害ウイルス? ってーと、ウイルス研究室で研究しているヤツか?」
「そうだ。キラーズアイは保護しているが、SP種はまだヒントも無かったんだ。まさか科学省内にいるなんて」
幸運を感じつつパルスインを行い、ドアセンサーの電脳に入り込む。
特段、何処とも繋がっている電脳世界ではなく、小さな空間で働いているか不明なプログラムくんが数体いる。
……彼ら、同じ個体だろうか。見た目で区別はつかないが何か違うような。
ウイルスらしいウイルスもおらず、当たり前だが危険度は低い。
科学省内の機器にウイルスで溢れたようなモノがあったら大問題だ。私だって自重してあまり持ち込んでいないのだ。
そんな安全な電脳世界に、異物が二つ。
一つは巨大な火だるま。巨体を倒して四つ足になり、ようやく一般的な人型より少し大きいくらいの体高になる大型のナビ。
かなり簡素なデザインだが、手抜きという訳ではなく身に纏う炎に多大なリソースを費やしているのが分かる。
なるほど――清々しいほどシンプルなコンセプトのナビだ。
そしてもう一つ。彼と距離を置いて空間の隅で浮いている、キラーズアイのSP種。
確かに敵意はなく、目を合わせても私を攻撃してくる様子はない。
慎重に近付いて、慣れさせるためにバグのかけらを差し出すと、おずおずと近付いて食べ始める。
食べている間に、保護済みのキラーズアイのエリアを小型化した飼育ボックスを展開し、のんびりとした動きで彼がそれに入ると、ボックスの蓋を閉じて保護を完了する。
「うむ、これでキラーズアイはSP種まで揃った。協力感謝するよ」
「よく分かんねーが、力になれたなら何よりだぜ」
キラーズアイSPをPETに転送させる。
あとはウイルス研究室の飼育機まで連れていくだけだ。
『キミも、助かったよ。礼を言おう』
『……ヴォ、ォォォ……』
彼のナビにも言葉を掛ければ、返ってきたのは炎が燃え盛るような唸り声。
翻訳機能によって概ねの意味は伝わってくるが、ここまで徹底しているか。
「言語能力まで犠牲にして火力に特化か。凄まじいな」
「おう、分かるか。長年火を突き詰めた結果辿り着いた至高のカスタマイズよ!」
デザインも言語能力も捨て、その分のリソースも火力に注いだ灼熱のナビ。
これだけで彼のオペレーターとしての傾向は伝わってくる。
小賢しい守りなど圧倒的な力でねじ伏せる。逃げようというなら、逃げ場がないほど範囲を広げる。
――はっきり言って私の苦手なタイプである。
「さて、戻りな、フレイムマン。さっさと次に行くぜ」
「手伝う必要はあるかい? 多少なら時間を取れるが」
無害ウイルスを新たに保護することが出来たのは大きい。
傍の記録表を見る限り、このドアセンサーはあまり点検も行っていないらしい。
彼がここにプラグインすることがなければ、発見するのもだいぶ遅れていただろう。
その礼に手伝いの一つや二つくらいしても良かったのだが、ヒノケン氏は首を横に振った。
「構わねえよ。もう光熱斗に手伝ってもらってるしな」
「光少年に?」
「ああ。さっきのWWWの騒ぎが終わった後、プログラム組み込みの仕事で場所が分かんねえところをちょっとな」
何とも調子の良いことで。
確かに光少年ならこの科学省の内部にもそこそこ詳しいだろうが……。
「彼は一応部外者であるのだし、あまり省内の仕事を任せるのもどうかと思うがね」
「初日だし勘弁してくれよ。それに、騒ぎで危なかったところを助けてやったんだ。それで帳消しなんだから安いものだろ?」
「まあ、彼が納得しているならいいのだが……」
WWWがよかよかエリアで結局何をしていたかは知らないが、危機を救ったというなら私が文句を言う訳にもいくまい。
光少年はとっくに科学省を出ているだろうし、後で話が真実なのか聞いてみるべきだろうか。
「その件でやっとアイツからの疑いも晴れたみたいだし、これで気兼ねなくオレの仕事が出来るってもんだ。それじゃ、オレは行くぜ。アンタの研究を邪魔出来ねえしな」
「分かった。では、また何かあれば」
こうして話していてはどちらの仕事も進まない。
昼休みは終わっているのだ。この不意の収穫を持ち、早く研究室に戻るとしよう。
ヒノケン氏と別れ、歩き出す。背中に受けた“あばよ”の言葉には、何となしに手を振って返す。
彼が科学省の玄関に向かっていることには、特に疑問を感じることはなかった。
ウイルス研究室に戻り、事情を話せば、キラーズアイSPはやはり大きな盛り上がりの種となった。
飼育機のキラーズアイの部屋に放たれたSP種は、既存の三体の視線で迎えられる。
対してSP種はピタリと停止し、四体がその場で睨み合う妙な空間が生まれた。
さっきも見たな、こんな光景。
数分後、SPはゆらりと動き出し、三体に寄っていく。
妙な雰囲気で、観察していた者たちの間に謎の緊張が走った。
しかし、それも一瞬。
どうやら本当に彼らのリーダーであったのかの証明をしていたようで、近寄ったSPを三体は親しげに歓迎した。
何というか、チャマッシュSPの時とは正反対の静けさだったな。
彼は飼育エリアに入って早々、三体に向かって突っ込んでいき、最初からそこにいたようにあっという間に馴染んだ。
こうした性質が種族としてのものなのか、個体――というかこの群れのものなのかは気になるな。
個人的な無害ウイルスの捜索の進捗が芳しくないため、その辺りはまだ分かっていない。
やはりウラの奥地やシークレットエリアの方も探索してみるべきか。
「これでSP種が発見されたのはメットールとラビリーにチャマッシュ、キラーズアイか」
「他の種の群れにもリーダーはいるみたいですけどね。どうも情報がまだ少ないです」
ウイルスたちの意思をプログラムくんが把握し、私たちが解釈するという工程ゆえ、どうにもこれが纏まらない。
ラビリーやチャマッシュたちのそれは両者に共通する情報があったための、一種の奇跡的なものだ。
今のところ分かっているのは、インターネットエリアと繋がってはいない、独立した電脳世界にいるらしいものが多いということ。
残った種の中でも比較的翻訳が進んでいるガルーについては、多少目星がついている。
よかよか村の動物園――施設をピンポイントで探すのははっきり言ってかなり望みが薄いが、これは確度が高い。
よって近日中に許可を申請する予定だ。
「まあ、こうして進歩が出ているのは良いことさ。さて、キラーズアイのチップのテストをしよう」
「はい!」
SP種の使用も可能とするためのアップデートが、このキラーズアイでも正常に行えるか。
どのウイルスでも同じ効果を出せるような作りにはしているが、こうして試験を実施することは必須である。
万が一を無くすための工程。寧ろ、一番気を張るべき段階なのだ。
「では、シミュレーションの起動を。ここまでの記録を加味してレベルは――」
キラーズアイの攻撃特性も考える必要がある。
視線に攻撃力が発生するという特殊な性質から、キラーズアイの攻撃は防御系のチップや『インビジブル』を貫通する。
咄嗟の回避が出来ないことから侵入者避けにも最適で、ぎょろりとした目の愛嬌はともかく個人的に相手をしたくない輩だ。
とにかく瞳の真正面に立たないよう、常に移動を強制されるのだから対処が難しいのなんの。
ちなみに弱点らしい弱点といえば、警戒中は動きが鈍くなるので上手いこと側面や背後に移動して攻撃することである。
今回はチップとしての性質を確かめるため、そのような対処法は置いておき、通常のウイルス、守りに特化したウイルス、そして『インビジブル』を掛けたウイルスを選ぶ。
それぞれの耐久値もキラーズアイに合わせて調整し――
「……エアコンの調子でも悪いのか?」
――なんか暑いぞ。いくら日本とはいえそろそろ暑さも控えめになってくる季節だろう。
「そうだね……省内の温度は常に一定になっている筈なんだが」
室内のエアコンのコントロールパネルを確認する。
普通に動いているように見えるな。ウイルスでも発生したか?
ウイルス研究室の中の機器がウイルスに侵されるなんて笑い話もいいところだが……。
「熱っ!? な、なんだ!?」
職員の一人がコンソールの前で悲鳴を上げる。
近付いてみれば、肌が感じる温度が一層に上がった気がした。
「……熱暴走か? 室長殿。これ、一旦落とした方が良いのでは?」
「ああ、しかし何故コイツが……熱っ、本当に熱いな……! ――おかしいぞ、これは」
触れられなくなるほど熱を持っている?
負荷も見越して揃えられているだろうこの部屋の機器が?
と、その時部屋の扉が開かれ、尋常じゃない様子の職員が転がり込んできた。
「っ、大変だ! 火災、火災だ!」
「――は?」
部屋の外――通路から伝わってくる、異常な熱。
それは、その職員の言葉が嘘偽りのないことを証明しているようだった。
・フレイムマン
3におけるヒノケンのナビ。
火力に特化しており、言語プログラムが不完全なため、「ヴォォォ」としか喋れない。
また、デザインもシンプルであり、丸い顔と手足が付いた火の玉。徹底した火力特化カスタマイズが見て取れる。
対戦では最後列に二つの蝋燭が設置され、それに点った炎の色で三種類の特殊能力が発生する。
火力特化とは言うが本体の攻撃は火柱だけである。
という訳でヒノケン氏にSPウイルスを見つけてもらい、少しだけ警戒が解けました。好感度が少しだけマイナスから0に近付きました。
なので遠慮なく作戦実行。慈悲はないです。
そして有能な水属性要員のレヴィアも不在。詰んだわ。