バグのかけらをひたすら集めるクリームランド在住のデバッガー   作:けっぺん

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いつまで毎日更新続けられるかは知りませんが、二週間分くらいは書き溜めあるのでもう暫くは大丈夫です。
予約投稿ミスってたりすると駄目かもしれません。


絶望からは逃げられない-1 【本】

 機器が原因不明の熱暴走を起こしているという現象は、この部屋だけではなかった。

 省内のあちこちで尋常ならざる熱を発し始め、それがエアダクトを通して全域に伝わっている。

 そして熱暴走は拡大し、余計に省内の温度を上げている。

 現状火は上がっていないものの、一切安心できない。

 

 職員の報告で、熱を感じる肌とは反対に背筋は冷たくなっていく。

 テロ――それも科学省を標的とした、かつてないほど大規模なもの。

 

「館内放送のシステムが破損しているため、私は別室にも伝えに行きますので、すぐに避難してください!」

 

 職員は再び、この部屋より熱を持った外へと駆けていく。

 すぐに室内は慌ただしい雰囲気に包まれた。

 自分の荷物を纏めだす者が殆ど。そんな中で、室長殿がウイルス飼育機のコンソールを叩き始める。

 

「室長、何を!?」

「ここのウイルスたちも避難させなければ。外部のサーバーに退避させてすぐに逃げる。君達は先に――っ!」

 

 しかし、飼育機さえも熱を持ち始める。

 不味いな……この中のウイルスには当然熱に耐性のないものもいる。

 白衣を手袋代わりにして熱の伝導を抑え続行しようとする室長殿だが、恐らくそれでは間に合わない。

 こうしている間にも室温はどんどん上がる。間に合っても彼の身が持たない。

 

「――室長殿。私がやる。私のPETは赤外線対応だ、近付かなくてもプラグインが出来る」

「しかし……」

「この状態で手動でやっていても確実に間に合わない。移動させたらすぐに出るから、早く行ってくれ」

 

 言いながらもエールハーフを起動する。

 パルストランスミッションで飼育機の電脳に入れば――感じるのは外の私が感じているより遥かに高い温度。

 だが、生身よりほんの少しは無理が出来る。まずは熱に弱いチャマッシュたちのエリアに向かって走る。

 

「早く。安心したまえ、この状況でウイルスやら資料やらを横領したりなんてしないよ」

「……っ。キミたち、避難だ。だが、余裕があれば他の部屋のバックアップを手伝ってくれ」

 

 ――負い目を感じる必要などないだろうに、室長はそんな指示を出した。

 この部屋の資料は外部サーバーへのバックアップを常に取っている。

 例外は独立した飼育機の中にいるウイルスたちのみ。幸い、ここで守るべきものは他の部屋に比べて少ないと言えた。

 焦りも混じった短い返事をして、職員たちが外に走っていく。

 最後に室長殿が部屋を出ようとして、振り向いた。

 

「……扉は?」

「開けておいてくれ。逃げようとして開かなかったのでは流石にどうにもならない」

 

 外の温度の方が高い以上、暑さに弱い私からすれば閉めておいた方が幾らかマシには感じる。

 だがそれで逃げられなくなったのでは困る。

 私とて、命を捨ててこんなところに残るのではない。とっととやって逃げるとも。

 

『さて――』

 

 チャマッシュたちのエリアでは、いつもの三割増しで焦った彼らが走り回っていた。

 そしてエリアの入り口には、火に包まれた世話用プログラムくんが二体。

 一体は私が許可を貰って置いていたものだ。

 

『熱ッ、アッツゥ!? モウ無理デス! 此処ハ任セテ逃ゲロ、弟子ィィィ!』

『師匠ォォォォ!』

 

 いつの間に師弟関係になったのかは知らないが、寸劇を鑑賞している場合ではない。

 二体を強制停止。一時的にフリーズさせて火を消し、避難させる。

 暫く時間が経てば勝手に戻るからしばらくそうしていてくれ。停止している以上苦しさは感じない……筈。

 あとはチャマッシュたちを小型の飼育ボックスに詰め込み、外部サーバーへと転送する。これを各ウイルス分。

 

 ガルーたちは火に強いから後回しでいいか。

 次は……ジェリーだな。上位種のジェリーアースは木属性。

 それも、構造がチャマッシュに負けず劣らず脆いから不安だ。

 熱が高まり、赤みを帯びた電脳世界をひた走る。

 現実世界の私と電脳世界の(エールハーフ)。凄まじい熱はどちらにも襲ってきて、不安をより強くさせる。

 ジェリーたちを回収。それから、耐久値の低いメットールやラビリーを回収。

 

「……くそ」

 

 痛い程に乾いた喉に、ペットボトルに半分ほど残っていたお茶を流し込む。

 ぬるいを通り越して熱くなっていたそれは喉を潤す以外の効果はなく、余計に体を熱くさせるだけ。

 

 開いたドアの向こうからは人の気配がしなくなっていた。

 職員たちの避難は済んだのだろうか。

 いや……これだけ巨大な施設だ。主要なデータをバックアップしようとしても、ここまでの時間では終わるまい。

 それを捨てる訳にはいかないし、恐らく私のように残って作業をしている者もいる。

 これを出来るだけ手早く終わらせて、そちらを――――

 

 ――――いや。

 

「……今は、集中、しないと」

 

 キラーズアイを回収し、スウォーディンのエリアへ。

 火属性を持ったスウォードラは平気そうで、しかし二体からは少し離れている。

 無属性で決して火に強い訳ではない通常種のスウォーディンは、水属性でありこの三体の中では一際実力者であるらしいスウォータルが側について少しでもマシな環境を作っている。

 騎士のような冷静な行動プログラムを持ったウイルスであり、『エリアスチール』などのチップを使わせる高度な戦法も可能とする彼らの的確な耐え方に感心しつつも、彼らを避難。

 あとはガルーたち。彼らは熱にも強く、まだまだ耐えられるだろうが――急がなければ。

 精一杯走っているつもりだが、思った以上に進みが遅い。

 消耗を痛感しつつもガルーたちのエリアに辿り着き、どうやら異常と対応を察していたようで入り口の傍で待機していた利口な三体に飼育ボックスを用意すれば、やや此方を慮るような様子の後、駆け込んでいく。

 これで全部だ。

 全てのウイルスたちを外部のサーバーに送ったことを確認する。これで彼らが丸焼きになることは避けられた。

 あとは私が避難するだけだ。エールハーフをパルスアウトさせ、すぐに――

 

「っ」

 

 戻ってきた半身の消耗が溶けるように体中に広がっていき、突如膝に力が入らなくなった。

 視界が霞む。自分が原因なのか、熱によって発生した陽炎なのかは分からない。

 這いずってでも進もうとして、その力さえ入らないことに気付く。

 

「……ぁ」

 

 ――無理だ、これ。

 

 声にはならなかった。

 悟ってすぐに、本能的に指を動かして、PETのチップホルダーからそのチップを取り出し、スロットに送り込む。

 ロック解除、プログラム実行。

 バグを取り除くためでも、戦うためでもない。

 必死だった。必死に――今この目前にした死というものから逃れようとしていた。

 

 確か、あれだったっけ――と、朦朧とした意識の中で機器とのパスを繋ぐ。

 あれは科学省スクエアと直通の筈だ。あそこに逃げれば、“私は助かる”。

 いや、でもそれでは……だけど他に方法は……ない。助からない。これしかない。

 せめて最低限でも助かるには、これが唯一の方法なんだ。

 

 

 安全地帯確保:OK

 

 電脳世界とのパス形成完了

 

 パスの推定維持時間2時間以上

 

 転送成功確率99.6%

 

 転送許可:OK

 

 パルストランスミッションシステム構築完了

 

 

 いいから。そんな確認をしている場合じゃない。スキップしてしまって構わない。

 緊急なんだ。今すぐ逃げたい。逃げないと。

 早く――早く!

 

 

 転送準備:OK

 

 パルストランスミッションを開始します

 

 3

 

 2

 

 1

 

 エールオール.EXE

 パルストランスミッション

 

 

 精神の全てを電脳世界に飛ばす。

 今この瞬間感じている熱さ、命の危険というものから逃げるために。

 より頑丈な外装に身を包んでスクエアに降り立ち――

 

『あっ』

 

 消耗した精神がそれに耐えられる訳もなく、現実の体と同じように倒れた。

 そして、依然変わらない、感じる熱さ。

 当たり前のように科学省スクエアにも火が立ち上っており、そこには誰一人ナビの姿はなかった。

 体のダメージが取り払われた影響で、意識ははっきりしている。

 はっきりしているからこそ――その炎を前にした、より明確な感情が思考を蝕む。

 

 無意識のうちに、私はオート電話を掛けていた。

 震える体を必死で堪え、コール音の先を待ち続ける。

 

『――何だよ。用事があるならメールにしろっていっつも――』

『――――けて』

『あ?』

 

 無意識であったからこそ、迷いはなかった。

 この局面で頼るべき存在であることを、十分に知っていた。

 プライド様でもなく、レヴィアでもなく。彼ならばすぐに、絶対に、この状況をどうにかしてくれると、確信していた。

 

『――助けて。科学省、スクエア』

『――――五分待ってろ』

 

 ――電脳を自在に飛ぶ翼のコピー品を広げて()()()()がやってきたのは、三分後のことだった。

 

 

 

 あちこちのエリアに広がっていた火ではあるが、流石にウラインターネットは例外だった。

 通行もままならないほどの不具合を、私は対処すべきであるのに全て無視してバラッドに運ばれ、ウラの小さな路地に辿り着いていた。

 科学省がどうなっているのか。私は無事なのかという懸念は未だ残っているが、ほんの少し、冷静になった。

 路地に座り込んで体を休めながら、バラッドに事情を話す。

 

『科学省で火災ねぇ……で、犯人は?』

『……殆ど確信できる者が一人いる』

 

 あまりに唐突な火災。それもあちこちの機器が同時に熱暴走を起こすなど、偶然ではあり得ない。

 人の手によるもの――内部の人間ではない。

 というか、疑ってくださいと言わんばかりの人物と、今日この日に知り合っていた。

 火を操る元WWW団員。

 最早、それ以外を疑う方が難しいほどに、彼は怪しかった。

 

『そうかい。んじゃ、そいつを探しに出るのか?』

『…………いや』

 

 確かに、彼を――彼のナビを倒すことは、解決への一歩となるかもしれない。

 だが……駄目だ。

 

『やめておく……今は、まともに戦える気がしない』

 

 まともに戦えないのはいつもの事だが、なおさら、今の自分は戦いに出られる状態ではなかった。

 ようやく感じる熱がなくなったからこそ、もう一度あれに晒されたくない。

 

『……トラウマは一つで十分なんじゃなかったか?』

『……仕方ないだろう。怖いものは、怖いんだ』

 

 ああ、そうだ。

 怖い。身を焼く熱が、火が怖い。

 こんな感情を持ったままでヤツのナビと戦って、碌な結末になるとは思えない。

 それに――そんな言い訳をしなくとも、どの道精神の消耗が激しいのだ。

 今の私は、ただ逃げて、ここにいるだけしか出来なかった。

 

『――ま、それならそれでいいさ。レヴィアに連絡付けてある。そこでオマエを引き渡すぜ』

『……キミは?』

『レヴィアと合流するまでは付き合ってやるよ』

 

 ――レヴィア。

 結局何をしていたのかは知らないが、私の部屋に残っていなくて良かった。

 彼女のことだし、残っていたとしても逃げ遅れるようなことはないだろうが。

 ともあれ、合流できるならしておきたい。今後どうなるにしても、すぐにあの部屋に戻れるようなことはないだろうし。

 

『さ、行くぞ』

 

 そう言ってバラッドは私の胴回りを抱えるように持ち上げて、私を立たせる。

 ……立てるし、歩ける。そのくらいの余裕は出来た。戦わなければ、なんとかなる。

 

『……キミは、もう少し弱った女ってものの扱いを心得た方が良いぞ』

『何言ってんだガキが。そうしてやって付け上がらねえ女はウラにはいねえよ』

『誰がガキだ。キミ、まだ初対面の時から価値観をアップデートしていないのか。何年経ったと思ってるんだい?』

『生憎ナビは人間様みたく年食ったりしないんでね。否定するのは勝手だが、はじめにガキだと思ったらいつまでもそうだよ』

 

 ふと浮かんだ不満から始まった軽口の応酬。

 それは、彼とのまったくいつものやり取りで、少しの間だが、疲れとか恐れとかを忘れられるものだった。

 しかしまあ、コイツも困ったものだな。自分自身は次から次へと呼び名を変えて、そのクセ他人の印象は変えたりしない。

 ――だからいつまで経っても変わりなく、頼ってしまっても良いかと思えるのだろうが。

 

 先行する失礼な昔馴染みを追って、ウラの奥へと歩いていく。

 誰かを助けるためではなく、ただ自分が助かるための逃走。

 その先で何が待っているかなど、予想も推測もする余裕なんてなかった。

 だからこそ、何も知らないままに――私のルーツである一つの運命との再会は近付いていた。




絶望の先は絶望。そしてさらにその先は。

まだ一般的に使われているPETが有線だったための行動から、新たにトラウマの誕生。
そして追い詰められた状況で助けを求めた、多分意外だろう存在。
精神的にだいぶ弱ったもののこれで助かりましたね。よし、畑の様子見てくる。
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