バグのかけらをひたすら集めるクリームランド在住のデバッガー   作:けっぺん

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絶望からは逃げられない-2 【本】

 

 

 ウラのだいぶ奥深く。

 ここまで故意に来るような者は、余程の物好きしかいないような場所まで歩いてきた頃。

 先行していたバラッドが急に立ち止まった。

 

『……? どうした?』

『――クソみたいな巡り合わせだな。あとオマエ、油断し過ぎだ。気ィ張っとけ。気付けねえオマエじゃねえだろ』

 

 至極面倒そうなバラッドの物言いの直後、正面――まだ見えてこない、ウラの集まりではよく使われるような広場の方向で、火柱が上がった。

 ――存外、それを見ることへの恐怖はない自分に驚く。

 遠くから見ているだけならば、その熱さを感じることはないからか。

 

『……レヴィアか?』

『アイツなら炎使いにあんな火柱上げさせる猶予与えねえだろうよ』

 

 多分バラッドが言っていたレヴィアと落ち合う場所はあそこで、そこを同タイミングで使う者がいたのだろう。

 炎使いなど数いれど、今印象に残っているのはたった一人。

 バラッドに視線を向けると、意を汲んだ彼はマントの下から小型の星を模したビットを生成し、飛ばす。

 本来それは、今は何処にいるかも分からないナビの物真似だが、性質は同等のものを期待できる。

 先に飛んでいき暫く。上空から広場を捉えたビットからの映像を、バラッドが映し出す。

 

 

 ――そこにいたのは、フレイムマンとロックマンだった。

 

 

『ヴォォォオアアアアアアッ!』

『くっ……なんて火力だ!』

『今更だろうがよ! このヒノケン様究極のカスタマイズを舐めんじゃねえぞ!』

 

 フレイムマンの口から吐き出される悍ましい勢いの炎を、ロックマンはシャドースタイルでどうにか回避する。

 すかさず『ハイキャノン』による攻撃を加えるも、フレイムマンを包む緑色の炎に触れた瞬間、砲弾は焼失した。

 

『……またあのガキかよ。何やってんだ』

 

 バラッドの呆れ声。

 彼らがフレイムマンと戦っている理由は――もしかしなくても、科学省の件。

 そして、彼らは犯人を突き止めた。それが正解だったからこそ、フレイムマンは応じている。

 

『ヒハハ! いいぜ、もっと熱くさせろよ! 血が沸騰して燃え盛るほど! 早くしねぇと科学省の連中、灰すら残らず燃えちまうぞォ!』

『ッ! くっそぉ!』

 

 戦況は、不利だった。

 フレイムマンの火力特化のカスタマイズを対応するのに、今所持しているスタイルからして防戦に秀でたロックマンでは攻め手に欠ける。

 さらに、光少年は冷静ではなく、ロックマンのオペレートに集中できていない。

 有利とはいえない戦いでさらにポテンシャルを発揮できておらず、彼らはフレイムマンの攻撃をどうにか捌くので精一杯だった。

 

『おいおい、どうしたヒーロー様よぉ! 自分の父親まで手に掛けた最強の大ヒーローがオレ一人どうにか出来ないってのか!?』

 

 ――――え?

 

『お、オレは……!』

『謙遜するなよ光熱斗! お前が起こした科学省の熱は中々のものだったぜ! お前の父親も、邪魔で仕方なかったバグ医者もお前のおかげで片付いたし、テトラコードも二つとも回収できた! 今回のお前には幾ら礼を言っても言い足りないなァ!』

 

 何を言っている?

 光少年が、この事件を?

 

『やめろ! 熱斗くんはお前に騙されただけだ!』

『ハハハハハ! 騙されてたから、利用されてたから無罪ですってか!? ならWWWにだって無罪なヤツは大勢いるな! そいつらの弁護もしてくれるなんてお優しいことだぜ!』

 

 ――“構わねえよ。もう光熱斗に手伝ってもらってるしな”

 

 ――“ああ。さっきのWWWの騒ぎが終わった後、プログラム組み込みの仕事で場所が分かんねえところをちょっとな”

 

 ――“初日だし勘弁してくれよ。それに、騒ぎで危なかったところを助けてやったんだ。それで帳消しなんだから安いものだろ?”

 

 そういう、ことか。

 WWWが暴れていた件の実態は知らないが、それを利用しヤツは光少年に恩を売った。

 光少年は子供だ。純粋で、好奇心が強い。ヤツからすれば、操りやすかったのだろう。

 彼に負荷を高めるプログラムを組み込ませ、彼に手を掛けさせる形で科学省を攻撃した。

 その結果があの火災だ。ともすれば、ヤツの言う通り、あの事態は――

 

『なるほど。そういうワケか。今回はしてやられたなバグ医者』

『……なあ、バラッド』

『なんだ?』

『こういう時、どうすればいいんだ』

 

 余計に分からなくなってしまった。

 純粋にヤツが主犯であれば、仕返しが出来るかは別として単純な話だった。

 だけど、これでは分からない。

 子供である彼を。共に戦ったことさえある彼を。浦川少年のため、私にとって大きな一歩を進ませてくれた彼を。光氏の子である彼を。

 許せばいいのか? 恨めばいいのか?

 今回の出来事を――私は、どういう記憶にいいんだ?

 

『さてな。オマエの結論なんてオレは知らねえよ』

 

 そんな、残酷な解答。

 頭の中がぐるぐると回り、考えが纏まらない。

 私ってここまで優柔不断だったっけ? もっと、スパッと、物事の答えを出すタイプではなかったっけ?

 

『ただ――答えを出せねえなら、“それはともかく”って目の前の出来事に首突っ込むのがオマエだと思ってるがな』

『……』

 

 ――そうか。それはともかく、か。

 今優先するべき解答が他にあるなら、後回しにしてもいいのか。

 

『…………まあ、それもそうだな』

 

 心の整理なら後で幾らでも出来る……と思う。

 悩んでいる間にも動く物事があるのだ。そして、優先するべきはそちら側。

 このままではその悩みの対象が手遅れの事態になってしまう。

 そうなってしまえばどの道、後悔することになる。であれば、今はバラッドの言う通り、動こう。

 

『なら、ひとまず文句を言いに行こうか。という訳で、手伝ってくれるね?』

『……レヴィア、遅えなアイツ』

『おい、無視するな。私の用心棒』

『なった覚えはない』

 

 バラッドのおかげでどうにか余裕を取り戻し、再び軽口を叩き合う。

 ……あとでコイツには礼を言わないとな。

 くそ、コイツに貸し作ったと思われるのは癪だが、今回ばかりは仕方ない。

 

『で? 戦わないんじゃなかったのかよ』

『私は戦わないよ。キミも私を守ってくれればいい。彼に勝たせる』

 

 はっきり言って、今のこれは虚勢に過ぎない。

 だが、その虚勢をくれてやらないといけない相手がそこにいる。

 再びバラッドは模倣した翼を広げ、ツバメの速度で広場まで飛んでいく。

 そしてフレイムマンがロックマンに向けて放った炎を闇の吹雪で相殺し、間に降り立った。

 ……いつの間にあの戦闘狂の戦い方なんて覚えたんだ、コイツ。

 

『ヴォォ……?』

『なんだテメェ!?』

『――バラッド? それに……エールさん!』

『……ぇ?』

 

 バラッドからは離れない。此方に向けてくる攻撃は、全て彼に任せる。

 やはり炎を近くにすると、体が竦む。嫌なトラウマを背負ったものだ。クセにならないと良いのだが――

 

『エールさん! ぶ、無事だったんだね!?』

『無事なものか。必死で逃げてきたんだよ。体がどうなっているかなんて、考えたくもない』

 

 正直、今の最大の懸念がそれ。

 現実世界に置いてきた体は限界だった。というか監視がない以上、あの部屋に火の手が回ると本気で不味い。

 PETとのパスはまだ繋がっているため、火の海になっているなんてことはないだろうが……。

 

『なるほどな……そいつが噂の全力の姿って奴か、バグ医者さんよ』

『どこの噂かは知らんが、この姿では初めましてだな、ヒノケン氏。早速だが、暫く光少年を借りて構わないかい?』

『へへ……いいぜ。ただ、フレイムマンを倒さなきゃ科学省の火は消えねえ。無駄話や争いをしている間にテメエはどんどん危なくなるがな』

 

 結構。消火する条件が分かったなら手っ取り早い。

 さっさと彼には虚勢を張ってもらい、事を終わらせてもらわないと。

 

『ご、ごめん、エールさん……オレ、ヒーローだなんて煽てられて……調子に……』

『煽てたのは私もだよ。それはともかく、私はまだ死にたくないし、光氏――キミの父にも大事があってほしくはない』

 

 こんな姿であっても、ひとまず私が話せる状態であることは分かっただろう。

 それはきっと、少なからず彼の余裕には繋がったと思う。

 

『反省ならいつでも出来るが、科学省の中にいる者を助けるのは今しか出来ない。だから、あえてキミに言う――とっととヤツを片付けて、助けてくれ』

『エールさん……分かった。ごめん、ロックマン! 今だけはフレイムマンに集中だ!』

『うん!』

 

 これで良し。戦いにはなる。

 だがもう一手。私にも余裕はないし、緊急時だ。

 いざとなればどうにかする。彼らが負い目を感じているなら、少しくらい教えてやってもいい。

 ――間違いを正すための、間違いというものを。

 

『光少年、ロックマン――火を相手取るには、分かるな?』

『え――でも、あれは……』

 

 バラッドを促し、ロックマンの後ろにまで下がる。

 少しだけ、私刑というか、仕置きの意味合いも込めた。

 彼らは浦川少年の一件で、命というものに触れたと思う。そして私の推測が間違いなければ、ロックマンは――

 そして、かつて彼らに言った言葉。それを覚えておいてくれているなら――

 

『……熱斗くん、やろう。ボクなら大丈夫』

『ロックマン! けど……』

『今やらなきゃパパが、エールさんが、科学省の皆が危ないんだ! ここでボクたちが尻込みする訳にはいかない――信じて、ボクを!』

『――頼む、ロックマン……すぐに決めるぞ!』

 

 ――この力を上手く使った上で、より絆を深めることが出来る。

 

『何をゴチャゴチャ言っていやがる!』

 

 フレイムマンが噴き上げた火柱が軌道を変え、ロックマンに降り注ぐ。

 此方にまで容易に伝わってくる熱に体が反射的に飛び退こうとして――バラッドに支えられた。

 そして火柱がロックマンに直撃する、その寸前。

 

『――スタイルチェンジだ!』

 

 表出させている炎が水の力に変転し、ロックマンの体を不自然と不合理の調和が駆け巡る。

 湧き出る不具合が凝固して鎧となり、結合を維持できずに亀裂が走る。

 体中に現れる斑点模様のような光はプログラムにとっての警告のサイン。

 バグが体表に出てきているというのは手遅れの一歩手前であり、本来であれば即座に対処しなければならないもの。

 だが、彼はそれを故意に纏い、力とした。

 水の力を下敷きとした、常に不確定たる姿。

 

 ――アクアバグスタイル。

 

『ッ、ぉぉお!』

 

 火柱を迎え撃つように、ロックマンは手を突き出しシールドを展開する。

 今の彼自身と同じくバグに満ちた守りだが、凄まじい火力の一撃をものともせず受け止めた。

 

『何!? フレイムマンの炎を受け止めただと!?』

『ぅ……くっ、これなら!』

 

 ロックマンの表情は険しい。難なく受け止めたそれはあのバグスタイルによって発現した力だ。

 この姿は変わるごとにその体にまったく異なるバグが発生する。

 有効な力を発揮するバグ。妨げにしかならないバグ。どちらにしても、ロックマンに尋常ならざる負荷を掛ける病であることには変わりない。

 私のそれのように、完全に方向性を調整したバグではなく、全てがバラバラな方向を向いた、整合性の取れていない力。

 ゆえに行使する度に体は軋み、悲鳴を上げる。

 長く維持していられる姿ではない。

 

 反撃とばかりにバスターにエネルギーを溜める。

 水の力を込めた一撃を、フレイムマンは体を覆う緑の炎で防ぎ切るが――その炎はそれを最後に削り取られたように小さくなっていく。

 非常な火力で弱点である水だろうと焼き尽くし、直撃を避ける炎の鎧。

 本来攻撃の一つ二つで勢いの落ちるようなものではないのだろうが、それを突破するに足るバグで以て、ロックマンは打ち破った。

 

『よし、行けるぜロックマン!』

『うん――アクアソード!』

 

 送られたチップによって繰り出される、水の力を込めたソード。

 勢いよく振り抜かれたそれを、途轍もない勢いで噴き出された炎で飛び退くことでフレイムマンは躱す。

 

『ヘヘ、良いじゃねえか光熱斗! それでこそ燃やし甲斐がある!』

『ヴォオオオオオオオォォォ!』

 

 フレイムマンの咆哮と共に放たれる火炎の弾。バグの影響か強化されているバスターはその威力に対抗出来ている。

 

『おい、バグ医者。あれいいのかよ。オレでも分かるレベルのバグだぞ』

『終わったらちゃんと診るさ』

 

 時間経過と同時にロックマンの体に走る亀裂は広がり、まばらな光は数を増している。

 当然だ。バグは放っておけば拡大する。負荷はどんどん強まり、そしてそれに比例してバグに由来する力も高まっていく。

 悪性腫瘍をあえて放置することで施される捨て身の強化。

 バグを扱う身としては馬鹿げているとしか言いようがない。

 使わせるとしても、今回ばかりだな。

 

 ロックマンの攻撃がフレイムマンに直撃する。

 緑の炎の効果が薄いと判断したのだろう。

 彼が纏うものは赤い炎へと変わり、熱が体に吸収されることで傷を癒していく。

 戦うだけで消耗する、エールオールのような状態になっているロックマン。戦いながらも傷を癒し、息切れを狙うフレイムマン。

 

『くっ……なんて耐久力だ!』

『ハッハァ! まだまだ燃え尽きねぇぜえ! お前が消し炭になる方が早いだろうなぁ!』

 

 より加速していく強化。

 それが間に合うか、僅かに焦りを感じ、必要とあらばバラッドに――と考え始めたその時。

 

 

 ――――――――!

 

 

 まったく唐突に、心臓を鷲掴みにされる感覚を覚えた。

 

 

『――――ぁ』

『……マジかよ』

 

 鋭い閃光の如き刃物が、体中に突き刺さる。

 一旦整理をしたことで余裕の出来た心が、底に埋もれた泥を掘り返されたように塗り潰される。

 電脳の世界で、乾く筈のない喉が一気に潤いを失う。

 背筋が凍りつく。目が弛緩したように、見開いたまま閉じられなくなる。

 今この瞬間浴びている戦意は、姿さえ見せていないにも関わらず私にそれだけのものを齎した。

 体が否応なしに震える。動こうとしない体を軋ませながら逃げようとして、足に全力で命令する。

 

『おい、オマエら――休戦しろ』

『あ!? 部外者がいきなり何言い出しやがる!』

『バラッド……? よくわからないけど、それどころじゃないってのが――』

『“その事情”どころじゃねえって言っている――』

 

 ――嵐が来るぞ。

 

 

 一際強まったそれが、暴風のように体に叩き付けられる。

 

『ぅ、あ――!』

『チッ……落ち着けバグ医者。なんてタイミングだよ……』

 

 はじまりの歯車が、再び回り出す。

 急速に、心を満たした恐怖が、必死でそれを否定しようとする。

 

『ヴォ……!?』

『こ、れは……!』

『おいフレイムマン! どっちを見ている!』

『ロックマン!? どうしたんだよ!』

 

 見たくなかった。それを視界に入れて、認識したくなかった。

 だが、目は閉じられない。顔を背けることが出来ない。必死に命じても体は動かず、ただその光景を受け入れるしか出来ない。

 ロックマンと、フレイムマンの向こう。青と赤の二つの奥に――黒がいた。

 

『――感じるぞ。強者の波動』

 

 絶対的な絶望があった。それまで何に恐怖していたのかを、忘れた。

 

『……最悪だ』

 

 現れた死の体現者を、バラッドはそう言って迎えた。




・フォルテ
1から6まで登場する最強の自立型ナビ。
ただひたすらに力を追い求める電脳世界の嵐のようなもの。
3以外では本編クリア後の隠し要素の終盤に登場するパターンが多く、シナリオに強く関わってくるのは3のみ。
元々は科学省に属するナビだったが、ネットワーク史の最初期に発生したプロトの反乱という事件で犯人と断定され、デリート寸前まで陥るも生き延び、それ以来人間に強い憎悪を持つようになった。
4以降は攻撃パターンも増え、調整間違ってんじゃねえのレベルの強さで襲い掛かってくる。
個人的には5が一番強いと思う。


精神攻撃は基本。熱斗に対しても、バグ医者に対しても。
ようやく登場した本物。エールが精神面でも全力で頼りなくなってますが仕様です。
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