バグのかけらをひたすら集めるクリームランド在住のデバッガー   作:けっぺん

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絶望からは逃げられない-3 【本】

 

 

 数ヶ月前に、私はその姿を見た。

 恐怖は感じなかった。だってそれは、ガワだけを真似た偽物だったから。

 その恐怖の根源は、姿ではなく、力そのものだ。

 一度でもそれを前にすれば。その戦意を向けられれば。それ以降どれだけ偽物に遭遇しても恐れなど感じる必要はなくなる。

 それほどの強大な力を、決して間違えることなどない。

 

 

 ――そこにいたのは、紛れもない真作だった。

 

 

 ウラの世界における死神の究極とは何か。

 恐るべき任務成功率を誇る暗殺請負人シャドーマン。違う。怨まれるようなことをせず、節度を保てば狙われることはない。

 オフィシャルのエースたるブルース。違う。余程のことを仕出かさなければ、上手く逃げれば追ってはこない。

 王の抹殺を目論む戦闘狂。違う。禁断の領域に好奇心で入り込む間抜けでなければ、そもそも出会うことさえない。

 誰とも関わらない。何処にいるかも分からない。

 だからこそ、避けられない災厄。弱きは踏み躙り、強きは踏み砕く、後には何も残らない災害。

 それこそが――

 

『――ふぉ、フォルテ……!』

 

 ロックマンが呼ぶ、嵐の名。

 かつてゴスペルが作ったモノなど比較にならない覇気。

 それは、初めて見たときから決して衰えていないどころか――遥かに、鋭さを増していた。

 

『戦おう、強き者よ』

『なんだよ、オレたちとやろうってのか? やっちまえフレイムマン!』

 

 愚かだ。なんとも、愚かだ。

 あれとは戦ってはいけない。戦おうと、思ってもいけないというのに――

 

『ヴォォァァアアアアァッ!』

『――弱者に用はない。消えろ』

 

 フレイムマンが放つ巨大な火球を、彼は避けることさえしない。

 彼を包む巨大なオーラは、降り掛かる火をはじめから無かったかのように掻き消した。

 そして、手がゆっくりと振り上げられる。それにフレイムマンが反応するより前に、手先に莫大なエネルギーが点り――瞬間、無防備な彼に叩き込まれた。

 

『っ、――――!』

 

 空間を伝わりぶつかってくる衝撃に、声にならない悲鳴を上げる。

 大地を割る一撃。客観的に見たその威力に、嫌だと思っていても記憶が逆流する。

 それはずっと前、私が感じた初めての――

 

『バグ医者!』

『ぁ……』

 

 自分を意味する名を呼ぶ声に、反応が出来ない。

 思い出してしまう。あれを、二度と思い出したくない絶望を――

 

『……馬鹿な……オレが手塩にかけてカスタマイズしたフレイムマンが、一撃で……!?』

 

 既に、手が振り下ろされた先には何もない。

 頑丈なウラインターネットの床に巨大なクレーターを作ったことを、何とも思わずフォルテは視線の先にロックマンを捉える。

 もう片方の手が彼に向けられ、何かが来ることを悟ったロックマンはシールドを展開した。

 ――駄目だ。戦ってはいけない。ヤツは、キミたちが勝てる存在ではない。

 

『クソ、目的は果たしてんだ――ここは戦略的撤退だ!』

『行くぞ』

『ッ、来るよ、熱斗く――!』

 

 言葉よりも早く、速く、フォルテの力は解き放たれた。

 視えるほどにまで凝縮された、純粋な力。

 本来同じようなことを試しても攻撃力にすらならないものがシールドに吸い込まれ、炸裂する。

 

『ぐっ……ぅあああああああ――!』

 

 フレイムマンの炎を防ぎ切ったバグの盾は呆気なく粉砕され、足元にまでロックマンは吹き飛ばされてきた。

 このままじゃ不味い。助け起こさないと。手を伸ばさないと。なのに、手が動かない。

 

『……見込み違いか』

 

 ロックマンのスタイルが元に戻る。

 フレイムマンとの戦いで疲弊していたとはいえ、たった一撃であの盾を破壊し、ここまでのダメージを与える。

 それほどの存在なのだ。だから、逃げなくちゃいけない。

 そうしないと、昔のあれを繰り返すだけだ。ヤツは今の私を知らずとも、私はヤツを知っている。

 あれは、立ち向かうことすらしてはいけないものなのだ。

 

『うぅ……――? 熱斗くん? 熱斗くん! 通信が途切れている!?』

 

 ぁ――本当だ。私も、PETとのパスが掴めなくなっている。

 先のフレイムマンを倒した時の一撃で、このエリアの通信が不安定になっているのか。

 これではチップも使えないどころか、パルスアウトを行うことも出来ない。

 フレイムマンがデリートされたということは、科学省の火は消えたのだろうか。それを確かめることも、今の私には出来ない。

 

『……貴様は、そいつや、後ろで震えている弱者よりも骨がありそうだ』

『そいつはどうも。ま、その骨とやらも紛い物だがね』

『力の出所などどうでもいい。オレが望むのは、如何な手段を以てしても高みへと至る強さのみだ』

 

 今度は、手がバラッドに向かって伸びる。

 対してバラッドも、同じ構えで答えた。

 

『……、バラッド、駄目だ――』

 

 まったく同等の力が、二人の間で激突する。

 己の力が相殺されたことに、フォルテは目を細め、怒りを露わにした。

 

『貴様――』

『おいおい、怒るなよ。出所なんざどうでもいいっつったばかりじゃねえか。それに、相手に残る分、盗人より贋作屋の方が良心的だろ?』

 

 それが、バラッドの能力。

 一度その真を知った姿、知った能力を完全に複製し、己の武器とする。

 使うことに特異な技術がある武器であれば、その習熟度や癖によって差が出る。

 だが、力を放つというだけならば、彼はフォルテとさえ同じことが出来る。

 

『精々見せてくれよ、オマエの技。そしたらそれだけ、オマエは楽しめるぜ?』

『……いいだろう。貴様の身が何処までもつか、オレが試してやる』

 

 ――だとしてもだ。

 何を言っているんだよ、バラッド。

 彼の発言の意味が分からない。なんで彼は、フォルテと戦おうとしているんだ?

 

『つーワケだ。おい、ガキ。まだ立って、歩けるな?』

『くっ……う、うん。まだ、大丈夫』

『ならいい。そのバグ医者連れてとっとと逃げろ。このエリアから出りゃ、通信も戻ってプラグアウト出来るだろ』

『……なにを、バラッド、キミは……』

『子守りはこれで終わりっつってんだよ、バグ医者』

 

 震える手を伸ばそうとして、彼に初めて、突き飛ばされた。

 足がもつれて、立つこともままならず転げる。

 見上げるバラッドの顔が、とても高いところにある気がした。

 

『オマエが独り立ちするまでって頼みはとっくに果たしてる。それともなんだ。あれだけ技術ひけらかして、偉そうにウラでも商売して、ガキって言葉すら否定してまだ甘え足りねえってのか』

『でも……だからって――わかった。それで、いい。それでいいから。今は、一緒に逃げれば、いいじゃないか。相手は、フォルテだぞ』

『……()()()()、コイツ邪魔だから退かしてくれ』

 

 バラッド一人が残る理由なんてどこにもない。それを言おうとして、急に体が持ち上げられ、抱きかかえられた。

 ――青い居候の顔が、前にあった。

 

『こんな事になってるなんて聞いてないわよ』

『オレも予想外だ。まあ、幕引きとしちゃあ悪くはねえ。後は勝手に、どうとでもしてくれや』

『ええ。それじゃあ――帰るわよ、エール。貴方も、走れるわね?』

『え? ――いや、うん。いける、けど』

 

 私が上手く言葉を紡げないうちに、勝手に話は進んでしまう。

 絶対に認めてはいけない方向に。

 なんでそんな方向の話を、私の前でしていられるんだ。

 

『――あばよ。オマエにゃ二度と会いたくねえよ』

 

 なんで、そんな、別れの言葉みたいな――

 

『レ、ヴィア、下ろしてくれ。彼を――』

『うるさい。行くわよ』

 

 とん、という軽い音たった一つで、今決して離れたくない者が更に遠くへと行ってしまった。

 追ってくるのは、ロックマンだけ。

 広場を離れ、通路を二つの足音が駆け抜けていく。

 あとの、考えられる二つはない。絶対に来てほしくない一つと、絶対に来てほしい一つが、ない。

 どんどん小さくなっていく広場の方で、爆発音が断続的に聞こえてくる。

 だけど一向に、彼が追ってくることはない。

 

『レヴィア、だめだ、戻ってくれ』

『エール。今の、ここに捨て置きたいほど可哀想な貴女に教えてあげるけどね』

 

 ――貴女が平常心で、お荷物でない状態なら。みんな生き残れたわよ。

 

『――――――――』

 

 結末の確信と、苛立ちの籠った非難。

 痛いほどに冷たくなった心と思考が、真っ白になっていくのを感じた。

 

 

 

 ――痛いような、痛くないような。

 

 ――熱いような、熱くないような。

 

 そんな不思議な感覚だった。

 床に転がっているのにそれが冷たくなく、未だに熱が残って生暖かいというのが非常に気持ち悪い。

 だがその不快感から逃れるために動くことは出来ない。

 いや……もしかすると、案外動けるのかもしれないが、そうする気になれなかった。

 

 今すぐ動くべきなのだろう。何せ、ようやく逃げられる状態になったのだ。

 視界に映っているのは、横になった床と、見慣れた機器の数々。

 熱暴走は収まっている。まだ熱は持っているだろうが、これ以上の事態になることはもうないだろう。

 ――科学省の、ウイルス研究室。

 いつ、パルスアウトしたのかはよく覚えていない。気付けばもう、ここにいた。

 どうせなら全て忘れていればいいのに、記憶の持ち方がそんなに都合の良い筈もなく、フォルテとの邂逅からヤツとの別れまで、はっきりと脳に刻まれている。

 ……うん。そうだ。

 バラッド――アイツは――生きている訳ない、か。だから今、私の精神がここにいるのだ。

 アイツが逃げているようであれば、私たちが生きていない。

 ヤツが、一度目に付けた獲物を簡単に逃がす筈がないのだから。

 

「……」

 

 ――オート電話。試してみようと思ったが――少し考えて、やめた。

 万が一。万が一があったら。

 まだ彼が、もしも戦っていたら、邪魔をしてはいけないから。

 そんな可能性、限りなく低いのに、それに縋るような自分がいた。

 

 大丈夫。きっと彼は大丈夫。

 だから今は、それ以外の心配をしないと駄目だ。

 私自身は……問題ない、か。長いこと熱に晒されていたが、思考もはっきりしていれば、頭が痛くなるようなこともない。

 あとは、レヴィアとロックマン。ロックマンは、私が戻ってこれたのだから彼もプラグアウト出来たのだろうが、レヴィアは。

 

「――ん、ヴァグリースさん!」

 

 そんなことをぼんやりと考えているうちに、誰かが部屋に飛び込んできた。

 やけに騒がしいな……どうやら一人ではないらしい。

 ああ、そうか。もう科学省内に熱の心配はない。避難していた職員たちが戻ってきてもおかしくはない。

 それなら――まずは光氏を。

 彼の研究室はこの省内でも奥の方だ。

 巻き込まれているのは確実だし、彼の方がきっと緊急を要する。

 

「――――」

「君、救助隊をこっちに呼んでくれ! 彼女を今すぐ病院に連れて行かなければ!」

 

 口が動かない。言葉を発せない。

 どうやら、意識ははっきりしていても体の方はだいぶ重傷らしい。

 それは、困るな。なら彼らに任せておいた方が良いか。

 体が動かされ、視界が揺れる。動かされるというのがとても億劫で、非常な怠さを感じた。

 力の入らない体。それが運ばれている中で、やはりその現実を受け止めろとばかりに意識を失うことだけはなかった。

 現実逃避を許さないその時間は、辛くて仕方がなかった。




エールのメンタル
10/100(パルスイン時)→40/100(バラッドのカウンセリング)→0/100(フォルテ)→-50/100(バラッドが残る)→-80(レヴィアの言葉)

どうにか生存しました。動けなくなっても話に絡めないので無理にでも治ってもらいます。
代わりにメンタルはバキバキに折っていきます。
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