バグのかけらをひたすら集めるクリームランド在住のデバッガー   作:けっぺん

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オールアップ 【本】

 

 

『――本当に、大丈夫なんですね? エール』

「はい。数日もあれば、退院できます」

 

 病院に放り込まれた翌日。

 中に残っていた職員たちの中では私は軽傷だったようで、多少体に痛みが残っているくらいで体の異様な怠さは無くなっていた。

 どちらかというと熱よりも脱水症状の方が深刻だったらしく、一度復調してしまえば殆ど平時と変わりない。

 意識もやっぱり何ともなくて、不気味なほどに調子が良かった。

 科学省が襲撃されたニュースは、すぐに世界中に発信された。

 当たり前のようにプライド様にも伝わり、また心配をかけてしまった。

 

『戻ってきてください。流石に、これは度が過ぎています。これ以上は認可出来ません』

 

 まあ――そうなるよな、とは思う。

 先日のN1で生まれてしまったWWWとの関わり。

 そして病院で偶然居合わせたことからテトラコードを守ったこと。

 これらから、知らない間にWWWからは警戒されていて、科学省襲撃における目的の一つになってしまっていたらしい。

 彼らの目的はやはりテトラコード。

 火災はそれを手に入れるための手段に過ぎず、職員を手に掛けるのはもののついでだったのだろうが、結果として数人が入院することとなった。

 勿論、テトラコードは二つとも盗まれ、今回は科学省の完敗といえる結末に終わったのだ。

 こんな事件に巻き込まれては、こう言われても仕方ない。

 私も己の身が大事ではあるし、安全な場所に逃げるべきなのだとは思う。

 だが――

 

「……すみません。ちょっとだけ、外せない用事が出来たので、すぐに戻ることは出来ません」

『話しなさい。内容次第では、帰国命令を出す用意をしますので』

 

 プライド様の意思は、断固としていた。

 そうなれば、従うしかないことではあるけれど――

 

「WWWの目的はプロトです」

『ええ、聞いています。ですが、そうであればなおさら、オフィシャルの仕事。貴女が関わることではありません』

 

 そう、だとは思う。

 テトラコードが盗まれたという今の事態でさえ、ハッキリ言ってしがない医者(デバッガー)である私には手に負えない。

 だからこそここで言葉を尽くすのだ。

 

「プロトが復活すれば、私は関わらざるを得なくなります」

『何故ですか?』

「私が生まれる前のもの。そうだとしても、原初のバグであるならば、私は直さないといけない。プライド様なら、ご存知ですよね」

 

 プロトの反乱――その事件を、私は実体験としては持っておらず、知っているのはそういうことがあったという歴史だけ。

 しかしその災厄が再び起ころうとしているなら、私は医者(デバッガー)としてそれを鎮めないといけない。

 それが私の存在意義。

 プライド様にだって、否定させない。

 

「もしもあの人が生きていれば、プロトを前に必ず私を使う。私は、あの人の期待を裏切りたくないんです」

『貴女は――!』

「それに」

 

 プロトは、私の存在意義として。

 だが、もう一つ、私の意思として、今回は関わらないといけなくなった。

 

「WWWは、あの人が遺したものを奪ったんです。ゴスペルのように成り行きではなく、今回は私の意思で――最後まで関わらせてください」

 

 それは、病院に運ばれて、落ち着いて、ようやく手が動かせるようになった頃。

 深夜にPETを確認し、来ていた一件のメールに気付いた。

 

 

 HEADER

 From:NO NAME

 To:バグ医者

 SUBJECT:無題

 MESSAGE

 フォルテのヤツ、WWWと組んでやがるらしい。

 最後にそれだけ教えておく。

 んじゃ、これで最後だ。とっととオレのことは忘れるんだな。

 

 

 初めて向こうから寄越してきたメール。

 フォルテが、WWWに関与している。それがどうして、連中の一員であり、作戦が失敗している訳でもないフレイムマンを始末したのかは分からない。

 だが、コイツの言葉には嘘はない。ここまで関わってきて、私はそれを知っている。

 最後に渡してきたその情報は――私を動かすのに、十分過ぎた。

 

『エール……』

「すみません。また、無茶をします。これが終わったら当分自重するつもりです。ですので、許可してください」

 

 WWWを止めなければならない。そういう、使命とは別に。

 その野望以前に、WWWを許せない。

 ああ、怖いさ。だけど、そうやって震えているせいで、取り返しのつかないことが、また起きてしまった。

 あの人が死んでから、一度としてバックアップを取っていないアイツは、私が動けないばかりに永遠に喪われてしまった。

 レヴィアの言う通り、私のせいだ。

 あの人の残滓である彼がここで死んだのは、私のせいだ。

 だからこそ、ここで逃げてはいけないんだ。

 

『――貴女、自分がどんな顔をしているか、分かってますか……?』

「……いつも通りのものだと思いますけど」

『……。エール、貴女にその使命を与えた人は、貴女に傷ついてほしいとも、苦しんでほしいとも思っていません。だから、そんなに気負わないでください』

 

 その――くたびれた笑顔を思い出す。

 私のことを想ってくれていたのは、知っている。だから、それに応えようとした。

 だが、私の役目を全うするのに苦痛を伴うのだとして、あの人は止めるのか?

 ――いいや。止めるとしたら、それは私のためではなく――。

 

『貴女のおかげで、クリームランドは世界に技術を認められる国に戻りました。恩人であり、親友である貴女が、そんなに苦しそうな顔をしているのは、わたくしも辛いのです。だから――』

「……すみません。今は、この気持ちを背負わなければならないんです。今だけは、どうかご容赦ください」

『……人に頼ってください。頼れる限りの人に頼って、手伝ってもらってください。誰かのために貴女が傷つこうとするのは、やめてください』

 

 そのプライド様の言葉は、認めたくはないものの、私の行動を許可するものだった。

 勿論、そのつもりだ。

 私自身はどうしようもなく弱いのだ。まともに戦うことは出来ない。

 当然使えるものは使うとも。ただ、それでも譲れない一線が出来た。それだけだ。

 

「……ありがとうございます、プライド様。肝に銘じます」

『――まずは、よく休んでください。それから何か行動を起こす際は、必ずわたくしに連絡をすること。わたくしは、誰より貴女のことを心配しているんですから』

「はい。それでは、失礼します」

 

 通話を切り、息をつく。

 今回の我儘は、流石に頷かれることはないな。

 恐らく、この先もずっと、プライド様の信頼を欠けさせた事柄として残り続ける。

 ただそれでも――やらなくてはならないという決意があった。

 

「……とっとと忘れろ、か」

 

 自分が重荷にならないようにという、アイツなりの最後の気遣いなのだろう。

 そうなれば、きっと私の役割に支障が出るだろうと。でも、残念ながら、余計な気遣いだ。

 

「忘れてやらんぞ。そうでないと、進めなさそうだ」

 

 当たり前だ。それが私。支えられていないと戦うこともままならないくらい、弱いのだから。

 

 

 

 入院の二日目。

 科学省と連絡を取り情報を共有したところ、省内の機器は大半が復旧し再度の活動を可能にしているらしい。

 ウイルス研究室の飼育機には再びウイルスたちが戻り、研究を再開出来ているようだ。

 室長殿たちには随分謝られたが、気にしなくていいのに。

 私としてはウイルスたちが守れたのだから、あの場に残った甲斐もあったといえる。

 とはいえ今後はあそこにいる時間も少なくなりそうだ。

 私の部屋にも殆ど影響がないらしいのが幸いだ。インターネット経由で部屋のパソコンまで辿り着いてみたが、普通にレヴィアがいた。

 彼女は事が終わったあと、また例の広場に戻ってみたが、復旧が難しいほどに破壊されていたとのこと。

 ……そこまで抵抗したのか。大したヤツなのは知っていたけど、そんなに強かったんだな、アイツ。

 レヴィアにも詫びておいた。あとでまた、ライブのセッティングが必要だな。

 

 テトラコードが全て奪取されてから、科学省エリア内の守りは非常に厳重になり、一般のナビはスクエアまでの最低限の道の通行のみが許可される厳戒態勢となっていた。

 あまりに緊張感がないと思っていた科学省も、流石に緊急事態と見なしたらしい。

 オフィシャルと連携した警備が敷かれているが、まだ奪還に至れるほど情報がないというのが現状。

 自分たちの情報を掴ませないことに関してはやはり手馴れている。

 

 

 その日の午後、もう特に問題ないからと数日後の退院の手筈を整え、コーヒー片手にエールハーフ、エールオールの調整をしていた時。

 病室の扉が開かれ、キコキコという車椅子の音が近付いてきた。

 閉め切っていたカーテンを開けて顔を覗かせたのは、随分と顔色の良くなった浦川少年だった。

 

「お姉さん、大丈夫?」

「――身を案じられる側になってしまったな。平気だよ、寧ろ調子はいい方さ」

「…………そうは見えないよ。凄くやつれてるもん」

 

 ……プライド様だけでなく、彼もか。

 あの後確認したが、別に特に変わりはなかったと思う。

 こんな環境にいるものだから、食事も間違いなく健康的ではあるだろうし、睡眠も割とまともに取っている。

 特に不調を来たすようなことはないのだが……。

 

「まあ……一年に二度も入院沙汰にもなれば、気は滅入るかもしれないね」

「あはは……何もなくて、退屈だもんね」

 

 退屈、か。確かにそうかもしれないな。

 インターネットを自由に出来る訳ではないし、PETだけではどうしても出来ることに制約がある。

 院内のコンビニを訪れてみたが興味を惹く本も無し。

 とにかくこの入院生活はやることがない。前回の入院の時も思ったというのに、何故対策をしなかったのか。

 ……する訳ないか。こんな短期間にまた病院に放り込まれるなど想像できん。

 

「ともかく私は割と平気さ。キミは?」

「うん、凄く元気――だから、ね」

 

 彼の表情には、複雑ながら喜びがあった。

 まるで、その時を待ちに待っていたような。

 

「今日退院するの。今日からは、家で暫く調子を確かめるんだって」

「――そうか」

 

 少しだけ、その意味を理解するように頭の中で繰り返して。

 ようやくその時が来たのか、という不思議な感慨が生まれた。

 病に打ち勝ち、彼はついにこの病院を出られるのだ。

 

「おめでとう。ここまでよく頑張ったね」

「ありがとう――これも熱斗くんとお姉さんのおかげだよ」

 

 体を起こして、朗らかに笑う彼の頭に手を置く。

 三歳からの闘病は、さぞ彼からすれば長い苦痛だっただろう。

 これからはようやく、これまでの期間を取り返すことが出来るのだ。

 人と同じ楽しみを享受して、普通の子供のように。

 

「熱斗くんと話してたんだ。退院したら、ネットバトルをしようって。僕の初めての対戦相手になってくれるんだって」

「そうか……それは。ただ、まだ無理をしてはいけないよ。ゆっくりと養生するんだ」

「うん。だから、バトルはもうちょっと経ってからかな。暫くは、簡単な練習をしてみるつもり」

「それがいい。しっかりとナビと心を通わせられないと、彼に勝つのは至難の業だぞ」

 

 ――とはいえ、光少年からしても浦川少年は決して油断ならない相手になるだろうが。

 浦川少年のポテンシャルは低くない。

 ネットバトルである以上、ナビの力だけでは勝てないのが道理だ。

 光少年のようにナビと心を通わせ、その力を最大限に発揮すること、それが彼には求められる。

 

「私からも色々と退院祝いを用意したいが……すまない、少しだけ待っててくれ。ここじゃあ色々と不便でね」

「ううん、まずはお姉さんが元気になることからだよ。お姉さんも早く良くなってね」

 

 彼が退院したとなれば、私からも是非祝いたい。

 私から提供できるものはプログラムなどしかないが、その中でも最大限のものを渡したいな。

 少しだけ、穏やかになった気持ちで、浦川少年と語らう昼下がり。

 それは先日の災厄を僅かに忘れて、リフレッシュすることが出来た時間だった。




エールのメンタル
-60(自然回復)→-60(心境の変化により固定)

メンタルを回復できる選択肢を自分からへし折っていくスタイル。
それが彼女なりの背負い方。

科学省編はこれで終了。次回からはウラランキング編。
とはいえ、フリーズマン編以上に原作のシナリオから外れます。
原作通りやってたらぶっちゃけ殆ど意味のなかったお使いイベントですし。
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