バグのかけらをひたすら集めるクリームランド在住のデバッガー 作:けっぺん
退院の手続きを済ませ、それをプライド様に手短に報告してから、私たちはすぐに移動を始めた。
よかよか村はだいぶ田舎であり、デンサンシティからは少し離れている。
メトロは通っているが、結構な時間の掛かる場所である。
光少年はもしかすると、例の動物園の事件以来だろうか。
となると更なるイメージダウンに繋がる気もするが――背に腹は代えられまい。
「こんな村に何があるんだ?」
「とても重要なものさ」
やってきたのは、この村の中でも動物園と並んで代表的な施設。
うらかわ旅館である。
「よっ、エール。久しぶり」
「ああ。久しぶりだね、白泉氏」
旅館の前の土産屋から出てきた白泉たま子氏は、直接話をするのは久しぶりだがそれを感じさせない気安さで声を掛けてきた。
「たま子さん!」
「光熱斗かい? 元気そうじゃないか! ……エール、知り合いだったんだ?」
「色々あってね」
N1以来の再会だろう光少年と白泉氏。
本来ならば挨拶代わりのネットバトル――という話になってもおかしくないのだが、今はそれどころではない。
「まさか、あれに関わってんの?」
「ああ。入っても?」
「いいってさ。まもるも退院したし、暫くは旅館も閉める予定だっていうから、いつでもあそこに入って大丈夫だって。……とはいっても、子供二人も関わらせるのはどうかと思うけどさ」
「伊集院少年はオフィシャルだし、光少年も彼のお墨付きだよ」
白泉氏はここの旅館を営む女将殿の妹だ。
傍で土産屋を運営する身であり、家族として、この旅館のとある秘密は共有されている。
私がわざわざここに来るというのはつまりその秘密に用事があるということで、私が他者を連れてくるのは初めてのことだ。
それを不審に思っているのだろう。
「それじゃあ、お邪魔しようか。二人とも」
「……一体何故こんな施設に」
「こんな施設だからこそ、決して外に出せない秘密がある。言っておくけど、口外無用だ。オフィシャルの上層部は知っているけど、それでもトップシークレットなものだからね」
二人にそう釘を刺して、旅館の中へと入る。
休館中であるというのは確かなようで、中は静かなものだ。
どうやら女将殿は不在らしい。些か不用心な気がしないでもないが――まあ、白泉氏が前にいるんだし、問題ないか。問題ないな。
通路を端まで進み、この旅館の名物である温泉ののれんを潜って奥へと歩いていき――ふと振り返って、誰もついてきていないことに気付く。
「何をしてるんだい?」
「いや、こっちの台詞なんだけど」
「……先に話せ。その先に何がある?」
「温泉と、あとはキミたちが予想も出来ないだろうとんでもないものかな」
まあ、なんだ。躊躇うのも戸惑うのも仕方ないだろうが、仕方ないものだと思ってほしい。
それに、冷静に考えれば私だって意味が分からない。
未だに理解しがたい日本の文化をカモフラージュにしている理由は何なのだろうか。
「勿論、服は着たままでいいよ。温泉に用事がある訳じゃないからね」
温泉への扉を開くと、向こうからの熱気が伝わってくる。
夏も終わったというのに、やはりお湯の傍に来ると暑いな。
好ましいとは思えない温泉の横を通り、宿泊客にとってはただのロケーションに過ぎない岩肌まで歩いていく。
訝しげについてきた二人を待った後、岩肌の一ヶ所を外してその内側のコントロールパネルを操作する。
すると岩肌の広い面積が内側へとへこみ――その後ドアのように開いて、中のエレベーターが姿を現した。
「なっ……!?」
「ウソだろ……この温泉にこんなものがあったなんて」
「この先だ。暗いから足元には気を付けて」
二人と共に中に入って、エレベーターの『B1』と書かれたボタンを押す。
暫く下って、辿り着いた階に出る。通路の電気を点けて、先に進みながら私は話し出した。
「今から連れていくのは、ウラインターネットの最奥部。ウラの中でも、秘匿されたエリアだ」
「秘匿された……?」
「場所を知っているのはごく一部のウラの住人だけ。経路も複雑。彼らには神聖視されていて、オモテのナビが近付こうとすれば、連中は何としてでも止めようとするだろう。たとえブルースであってもね」
「……」
「だから、正規ルートで行くのはまず不可能だ。最悪ウラとオモテの全面戦争なんて冗談みたいな事態も起きかねない。で、その抜け道となるのが――ここだ」
辿り着いた、薄暗い部屋。
旅館の地下にあるとは思えない物々しい雰囲気の部屋には、稼働中のあまりにも巨大なサーバーが鎮座していた。
科学省にあるサーバーでさえ、ここまで巨大なものはあるまい。
「これは……?」
「ウラインターネットのサーバーだよ」
一体このサーバーの場所を、何人が知っているだろうか。
ランカーでさえ知り得ない者が殆どだ。私だって、あの人の――父の紹介がなければ関わることはなかっただろう。
「プラグインするんだ。ウラの表層など比較にならないくらい危険な場所だ。案内は続けるから、護衛を頼むよ」
言いつつ、PETを操作してエールハーフを実行する。
勝手知ったる場所ではあるが、だからといって私が安全に歩ける訳ではない。
寧ろ油断なんて一切出来ない危険な空間。
私に用事を寄越して、招集を求めてきてもあのウイルスやらを片付けておかないのは本当にどうかしていると思う。
「望むところだぜ! プラグイン! ロックマン.EXE、トランスミッション!」
「プラグイン。ブルース.EXE、トランスミッション」
私がエールハーフを送り込むと同時に、二人がナビを放つ。
降り立ったのは――巨大な祭壇の前。
『ここは……』
『話をした秘匿されたエリアと直通している。行くよ』
祭壇に近付き、アクセス権を提示する。
正規ルートであれば必要ないものだが、その正規ルートというのはいつ生まれたか分からない。
元々此方が最初に作られた入り口であるため、本来必要なアクセス権は此方でのみ通用する。
三人分のアクセスを許可させ、私とロックマン、ブルースを光が包み込む。
そして、次の瞬間――
ウラのイメージに相応しくない、光に満ちたエリアに立っていた。
光少年とロックマンは目を丸くし、伊集院少年とブルースでさえ、動揺を隠せないでいる。
「ようこそ、ウラの最奥部、シークレットエリアへ」
恐らくは世界中で、最も荘厳な雰囲気の漂うエリア。
それがウラの一番深い場所。
連中が神聖視するのも分からないでもない、禁断の領域だ。
「禁断のプログラムを持つ者はこの奥にいる。ウラランキング一位、闇の世界を支配するウラの王。名をセレナードという」
「セレナード……」
「ウラランキング一位で、ウラの王……つまり、ウラで最も強い存在だということか?」
「そうだ。仮に電脳世界最強を決めるとすれば、私はセレナードかフォルテ、どちらかだと考えている」
光少年たちに説明しつつも、シークレットエリアの奥へと進んでいく。
潜むウイルスはオモテではそうそう見ないだろう、高位のランクのウイルスばかり。
さらにはWWWの事件で逃げ出したドリームビットはこのエリアに流れ着いており、インターネットで唯一彼らの姿を普通に見ることが出来る場所だと言える。
『ドリームビットが、こんなにたくさん……』
『オーラを剥がせる攻撃を用意しておきたまえ。復活することはないから、焦らずに対処すればいい』
ここにいるウイルスたちは、並のナビを相手にするより強力だ。
コイツらを対処するのは出来るだけ避けたい。
何せ騒ぎが広がるのだ。この静かなエリア内で戦いが起きれば、すぐにそれを感付く厄介者がいる。
ヤツがやってくる前にとっとと走り抜けたいところ――
『――ブルース!』
『ッ!』
この中で誰より素早く対応できるだろう彼の名を咄嗟に呼ぶ。
それで気付いたようで、大きく振り上げられたソードがそれを捉え、弾き返した。
前方まで飛んでいったそれは、長い足をつま先まで伸ばし、音もなく着地する。
白いエリアのそこだけを切り取ったような、闇がそこにいた。
『何者だ!』
『……コシュー……コシュー……』
僅かな通気口から息を漏らしているような、不気味な吐息。
尖った肩当て。縁のみが紫色の、黒い外套。透明なガラスのような頭部の奥に光る瞳。
無機質な瞳で私たちを順に品定めしている彼は、このエリアで最も多くの屍を生み出したと言えるナビ。
『……三人。何という幸運。オマエたちをデリートすれば、九千八百人……あと二百人で、一万人デリート……』
随分進んだな。やはりこのエリアに足を運ぶ命知らずは相変わらず後を絶たないらしい。
あと二百人か……となると、コイツの姿を見られるのも残り少ないかな。
そうなると不思議な感傷もなくはない。
だがそれはそれ。何度も命を狙われるのは勘弁だ。
『いい加減覚えてほしいのだが。通して良いと言われている者を何故狙うんだい?』
『……コシュー……バグ医者、エールか』
おい、認識してなかったのか。冗談だろう。
『オマエは通して構わないと、此度、セレナードが触れを出していた。通るがいい』
謝れよ。というかちょっと待て。
今回は触れを出していたって、今まではどうなんだ。
確かにプロトに関わる話だからと言っておいたが、それ以外の時は襲われても良いっていうのか。
『……まあ、いいか。行こう、二人とも――』
『……コシュー……つまり、獲物は二人……これで、九千七百九十九人か』
『――とはいかないだろうな。話の通じない戦闘狂はこれだから』
融通が利かないというか、理解する気がないというか。
私だけが行っても意味ないんだよな、今回。
だからといって戦うとなると、二人には結構厳しい相手になるだろうし、そもそも戦っている時間がない。
『この二人は私の連れだ。共に通してもらいたいのだが』
『それは、出来ない。そも、資格無き者がセレナードに謁見するなど、在り得ざることだ』
『緊急時だ――と言ってもキミには分からないんだろうな……どうしたものか――』
二人に戦ってもらい、隙を見て駆け抜けるしかないか、とか考え始めた時。
彼方の方で爆発が上がる。好都合だな。どうやら同タイミングで哀れな侵入者が現れたらしい。
『あっちに行ったらどうだい? そもそも、キミに本来許されているのは向こうからの侵入者だろう?』
『…………』
しばしの沈黙。
その後、向こうの方が狙いやすいと判断したのか、やはり音もなく床を蹴って、彼は消え去った。
――バラッドがいれば手っ取り早く追い払ってくれたんだがな。
「な、何だったんだ、今の……」
「このエリアを根城にして侵入者を襲っている暗殺ナビさ。ここでナビを合計一万人デリートすれば挑戦を受けると、セレナードに言われて以降数年はここに入り浸っている。ウラランキング五位を有するウラでも屈指の戦闘狂だ」
去って行った方向を注視しつつ、先に進む。
いつ気紛れを発揮して戻ってきてもおかしくない。
一度エリアを抜けてしまえば、戻る者を襲いはしないから安心なのだが。
「じゃあ、ウラで五番目に強いってこと?」
「いや。そもそもの話だが、ウラランキングは強さが全てじゃないんだ。当然、大半は強いが、戦闘力とは違う力をもってランカーとなる者もいる。それに、四位以下は実質的に同列でね。空いていたからそこに新入りが入ったという風なこともあり得る」
このウラにおいて特別なのは、ウラの王一人。
それ以外は極論全員が同列なのだ。ランカーは何らかの力を示して、特権を持つことを許された者たちに過ぎない。
当然、この座を羨み、嫉む者もいる。ただ、入ってみれば別に大したことではなかった、という者も多い。
ランカーたちの間でも、四位が十位を下に見るということはない。偶々空いていたから七位に入った。最古参が十位を守り続けた。そういった歴史があるのが、この制度だ。
『ランカーの中で特別視されているのは、三位から上のみ。ウラの王と、その両腕。片方は、この先にいる』
ひたすらに白い世界。
歩いているうちに方向感覚を失いそうな道を歩いて暫く。
私たちの道を塞ぐのは、一枚のセキュリティドア。
ウラの中でもトップクラスに高いセキュリティレベルを持ったドアは、正当なアクセス権なしで通ることを決して許さない。
たとえなんでもない侵入者が先の戦闘狂を退け、その先までやってきたとしても、ここで立ち止まらざるを得ない。
――“闇の秩序の一かけらたる証を提示せよ”
記されているのは、その一文。
これが不正の侵入者を防ぐ守り。
この先に入れるのは、電脳世界で十人と、彼ら、彼女らが許可した関係者のみ。
『この扉って……つまり、ウラランキングを持っていないと入れないってこと?』
『ご名答。つまるところセレナードに会うにはどの道ランカーの協力を得るしかなかった』
一枚のデータを取り出し、ドアにかざす。
ついこの間、一度だけ手放したデータ。ウラへと通ずるジゴク島エリアを光少年の貸し切りとするための権限を齎した、一部のウラの住人には絶対的な命令権ともなる証明書。
――“闇の秩序、その六つ目のかけらの提示を確認”
ドアの文字が書き換わる。
続けて記されるのは、ウラランキングで唯一の、ナビの正式名称ではない名前。
――“ようこそ、第六位『エール』”
ロックマンとブルースの、そして現実世界では光少年と伊集院少年の驚愕の視線が向けられる。
別に隠していた訳ではない。言う必要がなかっただけ。
特に誇示する事柄でもなし、まして、必要でない時に彼らに告げたところで、いらぬ警戒を生むだけだっただろうから。
「この通り、一番の近道だっただろう?」
『では、先に進もうか。セレナードまではもうすぐだ』
ウラランカーで間違いなく、自信をもって最弱だと言い切れる存在。
しかしそんな立場でもたまには役に立つものだと、私は妙な感慨を覚えていた。
・シークレットエリア
3における隠しダンジョン。
禁断のプログラムを安置するためのエリアであり、長であるセレナードを思わせる荘厳で神秘的な雰囲気が漂う。
エリア内ではプラグアウトが出来ず、ゲーム中でも屈指の強力なウイルスが出現する。
更に道中にはモノリスやナンバーズといった仕掛けがあり、隅々まで探索するにはこのゲームをとことんやり込む必要がある。
実質貸し切り状態の温泉に小学生男子二名を連れ込む事案の図。
ちなみにエールはその熱気とそもそも謎の文化から温泉は好まないらしいです。
そしてウラランキングについて掘り下げ。
原作のあのナビたちのファンの方には申し訳ないですが、大半に入れ替わりや順位の変更が発生しています。ウラのこんなおいしい設定を名無しのモブナビで半分以上埋める気はないのじゃ。
他のランカーについては適当に後々明かしていく予定です。