バグのかけらをひたすら集めるクリームランド在住のデバッガー 作:けっぺん
『まだいけるかい、二人とも』
『問題ない』
『ぼ、ボクは大丈夫……でもエールさんは……!』
『私の心配は必要ない。だが――』
フォルテを見上げる。たかが一撃でヤツが弱る筈もない。
彼からすればまだ掠り傷にも等しい。寧ろその反撃は、弱者の抵抗として彼を苛立たせる結果にしかなっていないだろう。
ゆえに、本番はこれから。
まだまだ倒れてはいられない。
『悪いが、今日の私は補助に徹さないし、二人を気にする余裕もない。デリートされそうであれば、すぐにプラグアウトするように』
フォルテを前に、誰かの面倒を見ていることは出来ない。
私は私の事で精一杯だ。だから今回に限っては、最悪二人を見捨てる覚悟がある。
それだけ告げて、再び駆ける。
せめて彼らを巻き込まないよう、フォルテを挟んで反対側に回り込むように。
当然、それを黙って見ているフォルテではない。力の波動が向けられ、放たれる。
私の速度であれば、躱してもその爆風に巻き込まれそうな勢い。
しかし、『エリアスチール』で攻撃を飛び越え、一気にフォルテとの距離を詰めることでそれを回避。
接近を読めていたのか、既にその手はソードに変わっている。
――止まるつもりはない。
『――――、』
深く入った、どころではなく容易く体を貫いた鋭い刃に反撃するように、フォルテのオーラに『ダッシュコンドル』を発動させた右手を叩き込む。
強大な推進力で突き進むヘルコンドルを模した手甲を操作し、下方へと誘う。
『く、っ……』
床に罅が入るほどの勢いで落下し、再びオーラが剥がれた時、破砕音の中で僅かに、フォルテが衝撃に耐えて声を零したのが聞こえた。
チップ効果が解除される最中の右手を待たず、左手にバグイーターを纏わせプロトを持った左腕に食い付かせる。
あわよくばそれで腕を食い千切らせる。そうすれば戦闘についてもプロト奪還についても得られるアドバンテージは大きい。
元の手に戻った右手にはバグを仕込んだナイフを持ち、その横腹に突き刺す。
一度では発揮される不具合も効果が薄い。フォルテ相手ならばなおさらだ。ならば二本三本と繰り返すまで。
その間にフォルテもソードを解除して腕を私から引き抜いていたことに気付かず――
『ッ――――ぁ――!』
体がねじ切れそうになるほどの力の奔流が体を振り回し、広場の端まで吹っ飛ばされてようやく理解する。
少しだけ吸い取った体力が、また元通り。どころか……かなり体が重くなった。
『エールさん!』
『くっ……ロックマン、援護だ!』
『ブルース、牽制しろ!』
大丈夫、まだ立てる。
意識ははっきりとしているが、ボロボロの外装は既に音を上げている。
やっぱり無理だな、この戦法。本当にこれっきりにしようと心に決めて、しかし、その一度きりはまだ終わる訳にはいかない。
体が動きにくくなったことを自覚しつつも、『バグリカバリー』を使用して修復を行う。
ゴスペルのバグを利用して、多少改良出来たこのチップ。
今回めでたくフォルダ入りとなったのだが、やはり代償は伴う。
とはいえ、これまで――チップの出力機能に不具合が生じ特定属性のチップが使えなくなるというそれに比べればだいぶマシになった。
カスタム領域の一つ減少。問題は少ない。このためにナビカスでデフォルトを三枠拡張している。
外装が修復していき、代わりに体がさらに動かしにくくなる。
だが、まだ戦える。
『……まさか、アンダーシャツと回復を併用しているんじゃないだろうな?』
『――そのまさか、だよ。あれがチップではなくナビカスで利用できるようになったのは、良い変化だった』
『馬鹿な! アレはチップのものとは別物だ。デリート手前でデータだけは保護するという目的の緊急用プログラムだぞ!』
『知っているよ』
伊集院少年に怒鳴られなくても、このプログラムパーツの説明くらい読んでいる。
戦闘用プログラムではない。寧ろ、戦闘に敗北した時に備えるプログラム。
デリートという最悪の事態を防ぐために、寸前で持ち堪えて戦闘状態を強制終了させ、一部の機能を縮小してでも活動を継続させるためのもの。
よって、発動したらその後すぐに行うべきはプラグアウトであり、間違ってもリカバリーで回復して戦闘続行するべきではない。
下手すればナビに様々な機能に障害が発生し、かえって修復困難なものになる。
ナビの思考プログラムや演算プログラムは損傷のたびに傷つき、やがて動かなくなるだろう。
『だが幸い、私がそれをしても損傷すべき機能がこの入れ物には備わっていない。私自身が持ち堪えれば――戦闘は継続できる』
精神データの私が持っているのは、エールオールというナビのプログラムによって運営される思考ではない。
私の精神イコール、エールオールという存在だ。デリートされなければ私の精神はこれ以上傷つかないし、衝撃に耐え続ける気力がある限りその状態でも戦える。
あとはアンダーシャツを再度待機状態に移行させる方法。
それを叶えたのが、セルフリカバリーというプログラムパーツ。
戦闘終了後に少しだけ体力を回復する機能は――本来であれば戦闘中に発動することはない。
だが、アンダーシャツは戦闘状態を強制終了するものだ。二つを組み合わせればどうなるか。
致命傷、耐え凌ぐ、戦闘終了、回復、アンダーシャツの機能回復。
作成元が異なるプログラムパーツを組み込んだことで互いの予期しない仕様が噛み合う不正動作。
バグとして感知されずとも、そうした矛盾はバグを引き起こすきっかけとなるが――ナビカスの実行によるバグの強制停止を行うパーツなどとっくに作っている。
カスタム領域を広げるカスタム2、カスタム1を一つずつ。延命のためのアンダーシャツとセルフリカバリー。
そしてバグを抑制し、非対応色のエラーも握り潰すためのバグストッパー。
私が恩恵に与れないプラスパーツを一切無視した、プログラムパーツ五種の組み込み。
『そんなの! エールさんが耐えられる訳ないじゃん!』
『そうだね。だから――耐えられるようにした』
渦巻く力の奔流を操作し、ロックマンとブルースを吹き飛ばしたフォルテに照準を合わせ――『マグナム』を射出。
プロトを掴んだ手を穿ち、思わずそれを放したフォルテに駆け寄る。その道中に一枚のチップを使用し、現れたモノを配置。
牽制に放たれた弾丸を『カースシールド』で防御。飛び掛かっていった盾に隠れて、ナイフを二本投擲。
そんなものは些事だとばかりに、真っ向から迫ってくるフォルテに、右手を変化させたゴスペルで受けて立つ。
『弱き者よ――電脳世界の塵となれ!』
『私の死に場は――ここじゃない!』
その手に纏わせているのは、これまでとは比べ物にならない力。
世界を砕くほどの威力の一撃――かつてのそれが瞬間的に脳を過ぎり、目を細めつつも――恐怖を押し殺してゴスペルの口を開かせる。
互いの手が交差し、バグを解き放つ。
病巣の如き閃光が命中したかを確認する前に胸の中心に圧倒的な力が叩き込まれ、音と視界が一瞬にして消滅する。
体のあちこちに感覚が無くなってなお、失うことのない意識をもって二枚目の『バグリカバリー』を使用。
一撃で弾け飛んだ外装を再び構成し、恐らくは床だと思う方向に足を伸ばして着地、同時に足の先の感覚が消滅し、バランスを崩して転がっていく。
そんな私に近付いてくる、使用済みのチップの反応。
『ブラザーフッド2』――使用者のダメージを感知してその体力を大きく回復させるそれにより、視界と音と感覚が中途半端に取り戻される。
『――――――』
もう一発、と声に出したつもりが、声が出ない。
だが体はまだ動く。もう一枚の『エリアスチール』で体を強制的に移動させ、その勢いのままにチップを使用。
『貴様――!』
『――――――――っぉああ!』
腹を押さえるフォルテの姿が見える。
その体は僅かに、バグの影響である白い斑点模様が浮き始めていた。
迎撃出来まい。ならばその隙、全力で突かせてもらう。
外装を構成するバグが沸き上がるのを感じる。そしてその一切を無視して――闇から生まれた一撃を突き刺した。
『ぐぅぅ――――ああああああああぁぁぁ――――ッ!』
私では本来引き出せないほどの威力を抑えきれず、衝撃は今日何度目かの浮遊感を齎した。
そうしている間に体勢を立て直したロックマンとブルースが駆け寄ってくる。
武器となるバグまで射出する『バグチャージ』というカードでは戦闘継続が出来ないため、今は切れない。
よってそれ以外の、私のフォルダで引き出せる最大威力を叩き込んだ結果――フォルテは右腕と横腹を霧散させ肩で息をしていた。
『これでまだ倒れないのか……!』
『フォルテは後回しだ! 貴女は早くプラグアウトを! とっくに限界なんて超えているだろう!』
――限界、限界か。
今回に限っては、それは無いんだよ、伊集院少年。
改造ツールによって、私は今回ナビカスに組み込めなかったパーツの効果をもう一つ発動している。
スーパーアーマー――痛覚の遮断による、意識喪失の防止。
不意の衝撃で攻撃の機会を失うことがなく、たとえ腹を貫かれようとも攻撃を継続できる戦闘狂のためのプログラムパーツ。
はっきり言って、不快なことこの上ない。一撃で気を失うほどの攻撃を、何度受けたのか。
それでもまだ戦える。とはいえ――もうあちこちにガタが来ているようだが。
今のフォルテには彼の許容できないバグが発生している。ようやく、ヤツを追い詰めたのだ。ここで、気力で負ける訳にはいかない。
『……なるほど。貴様を庇ったナビが評価していただけのことはある』
フォルテは此方を睨みながら、呟く。
思わず、戦意が薄れた。致命的な隙を晒してでも、その呟きを追及せずにはいられなかった。
『何を……アイツは何を言っていたんだ』
『“この世で最も何を仕出かすか分からない者”だと――なるほど。まさしくその通りだ』
――そうか。
そんなことを言ったからには、多少なり会話はあったのだろう。
聞きたかった。どんな話をしたのか。ヤツは最後、何を思っていたのか。
『アイツは、強かっただろう』
『既に超えた者だ。貴様の力を認識した以上、もう回顧することもない――まさかオレにバグを打ち込むとはな』
言外に彼を評価しているような気がして……多分、嬉しかったのだと思う。
そんな下らないことを考えている暇はないというのに、その僅かな間、私はフォルテの言葉に耳を傾けていた。
それも終わりだ。
ヤツは気付いている。自身に起きている異常が、バグだということを。
『それが私の戦い方だ。卑怯とは言わせんぞ』
『力の選択に優劣を問うつもりはない。――だが、残念だったな。この程度のバグ、オレにとっては幾度となく見てきたものだ』
勝ちを確信していたつもりはない。
だが――思わず絶句した。己に打ち込まれたバグを手先に集束させていくそのさまに。
バグが集まり、その手が結晶化する。
現れたのは、私のバグが先程まで形作っていた獣の頭部。
『――使わせてもらうぞ。貴様のバグ』
バグを捕捉し、把握し、操る力。
失策を悟る。ヤツが力を渇望するようになる前の生い立ちは、聞いていた。
そうだ。バグというものの性質を理解する力を――フォルテは最初から持っていたのだ。
『終わりだ。消えるがいい!』
解き放たれた灼熱に、最早選べる手段はなくなったと、『バグチャージ』を利用する。
ただし、許されたのはただ一撃。
自身から剥がれたバグが結晶となって射出され――火炎に対して一瞬の拮抗すらなく消滅する。
視界全てに光が満ちるその直前、
『ぁ……』
私は、その炎を遠巻きに見ていた。
同じエリアの小さな路地。戦っていた広場が僅かに見える、暗がり。
『……間に合ったか』
『え、エスケープか……! ナイスだぜ、炎山――』
私とロックマン、そしてブルース。
味方を戦闘領域から離脱させる、緊急脱出チップ。
バトルチップにも関わらず戦闘に影響を及ぼさない、特殊なチップを、伊集院少年はフォルダに入れていたらしい。
オフィシャルゆえ、使用機会は少ないだろうが……いざという時の対策は欠かしていないということか。
『……プロトは――』
『仕方あるまい……逃げていなければ、どうなっていたか分からん』
――敵前逃亡。
あれを受けても、私はまだ……などと、強がっていてもやがてボロは出ていたか。
イフはない。これが結果だ。負けた、と言えるだろう。
フォルテは倒せず、プロトの回収も出来なかった。
完敗だ。絶望的なまでに、最悪の状況。
『――ひとまず、プラグアウトだ。光、一旦お前は家に戻れ。どの道今日はこれ以上、WWWも行動を起こすまい』
『だけど!』
『恐らく明日にはまた招集が掛かる。禁断のプログラムを手に入れた以上、お前にも協力を仰がざるを得ん』
こうして、話している余裕もないのだ。
このままここにいても、すぐに感付かれる。
フォルテが私たちを見逃して、プロトを持ってこの場から消える可能性もあるが、そうした場合も脅威がウラのウイルスたちに変わるだけだ。
すぐにこの場を立ち去る必要がある。
『……貴女も、今日の動きは少ない方が好ましいだろう』
『……まあ。明日には目覚められるよう努力はするよ』
私の冗談でも何でもない返しに黙り込んだ伊集院少年が、一足先にブルースをプラグアウトさせる。
『では、私も。また明日、会えることを祈るよ。光少年、ロックマン』
『う、うん……』
そう言って、ロックマンのプラグアウトと同時に私もパルスアウト。
しっかりと覚悟をしてから、電脳世界から戻っていく。
――勝てなかった、か。
だが、追い詰められた。満足のいく結果ではなかったが、生き延びた。
ナビにあの世という概念があるなら……多少は私を見直しただろうか。
……いや、まだだな。
次は巡ってくる。その時こそ、これ以上を目指す。こんな程度、アイツはやってのけた筈だ。本気でフォルテを追い詰めた、という線まで行かなければ、アイツは鼻で笑ってくる。
今度は勝つ。勝ち切った時、きっと私は本当の意味で、アイツとの別離を済ませられる。
そんなことを考えながら己の本来の体へと精神が逆流し――エールオールという体から別れ、ナビカスの効果が私自身から消える。
――己の体に戻ってきたという自覚も感じる前に、私の意識は途絶えた。
・バグストッパー
3から登場するプログラムパーツ。
これを組み込むと、ナビカスで発生するバグを無視できる。
特に色が重なることによるバグが無視できるのは大きく、強力なパーツを組み合わせるには必須のパーツとなる。
6ではメモリMAPの外周一マス分はみ出して置けるようになったが、これをするとバグが発生するため、6の仕様で最大限のカスタマイズをするにはまずこれを組み込むところから。
なお、3では本作のようにRUN時のエラーを握り潰す効果はない。悪しからず。
・カスタム1、カスタム2
3から登場するプログラムパーツ。
カスタム画面で選べるチップがパーツ名の数字分増える。
最初からADD機能を使っているようなもので、最初のターンからチップ数でアドバンテージを取れる。プログラムアドバンスを組むのにも有効。
4以降ではADDが無くなったため、原則としてカスタム画面のチップを増やすにはこれを使うのが基本となる。
・セルフリカバリー
6で登場するプログラムパーツ。
戦闘終了時に、HPを最大の10%分回復する。
リカバリーチップを入れない場合は電脳世界を進む際の保険として有効。
本作ではアンダーシャツが戦闘状態の強制終了によりデータを保護するプログラムとして登場するため、これと組み合わせて戦闘を無理やり継続することで永久機関が完成するバグ技が存在する。
通常のナビが使うには言うまでもなく危険な戦法。恐らく公式戦などで使えば失格どころではなくオフィシャルも飛んでくる。
・スーパーアーマー
3から登場するプログラムパーツ。
ダメージを受けた際、仰け反らなくなる。ナビカスのほか、スタイルやソウル等でこの効果を手に入れる場合もある。
仰け反るとバスティングレベルが下がるため、SPナビの攻略などに使われるほか、対戦ではほぼ必須とされるパーツ。
本作ではナビの痛覚の遮断効果を持つ。エール曰く「物凄く不快。痛みがある方がまだマシ」。
今回は改造ツールで組み込んでいる。アンダーシャツとセルフリカバリーと併せてゾンビ戦法の実現である。
フォルテ戦終了。正気ではない戦法で挑みましたが敗北です。
その代わり、ここで原作と明確な違いが発生しています。
次回は掲示板回。今までよりコメディ要素は少なめで説明多め。というかそれが本来の掲示板回の目的だった訳ですが。
その後、3の最終章となるシナリオに入っていきます。
ちなみに今回組み込んだプログラムパーツ五種、セルフリカバリーを6、それ以外を3の形として圧縮込みだと5×5のメモリMAPに組み込めたり。