バグのかけらをひたすら集めるクリームランド在住のデバッガー   作:けっぺん

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虹色の邂逅 【本】

 

 

 自然に目覚めたのか、尋常ならざる頭痛で目覚めたのか、分からなかった。

 意識を取り戻すと同時に込み上げてきた吐き気やら、鈍り切った体の動かなさやら、それはもう地獄の一時。

 しかしまあ――あれだけやった代償がこのくらいで済んだのであれば、まあマシなのだろうか。

 とりあえず吐き気だけは“なんとか”して、パソコン前の椅子に腰を下ろす。

 

「っ……、ぅぁ……!」

 

 締め付けるような、軋むような頭の痛みに頭を押さえながら、引き出しを開けて鎮痛剤の瓶を取り出す。

 机の下の小型冷蔵庫からペットボトルの水を引っ張り出して鎮痛剤を流し込む。

 私が利用するパルストランスミッションシステムで精神データがダメージを負った時、その痛みは頭を中心にやってくる。

 ゆえに、頭痛など幾度も味わっているが――今回のこれほどのものはおよそ経験がない。

 もしかすると体中に痛みを感じているのかもしれないが、それさえ分からない。

 気付けば、薬が効くまでの苦痛を誤魔化そうとして手首に爪を立てていた。

 

「痛っ……く、そ……」

 

 下唇を噛みつつ不意に目を開けると――パソコンに映るレヴィアと目が合った。

 

『……大丈夫なの?』

「……今回のは、少し……ううん、だいぶ効いたよ……」

『でしょうね。少なくとも私が戻ってきてそろそろ十三時間。もうじき昼よ』

 

 レヴィアの言葉をギリギリと削られるような痛みの中で反芻して理解する。

 そうして、パソコンに表示された時刻を確認。

 当然のように、一夜明けた朝だった。

 

 ――あの戦いは、午後にはなっていたか。

 だけどパルスアウトを行った時間は把握していない。どれだけ寝ていたかも、分からないな。

 

『で? 今度は何があったワケ?』

「あぁ――フォルテと戦ってきた」

『もう一回チャンスを上げるわ。何があったの?』

「いや、本当に」

『……』

「……」

『……エール。もう少し休んだ方が良いわ。私の方から話もあるし、正気に戻ってから再開しましょう。貴女今、相当おかしくなってるわよ』

 

 なんでこういう時だけ本気の心配をしてくるんだ、レヴィアは。

 彼女が苛立ちとか笑みとかの混じっていない心配をしてくるの物凄く久しぶりだぞ。

 

「……紛れもなく正気だし、真実だから、こうなってるんだが……」

『貴女がアレと戦ってそんなんで済む訳ないでしょ。アレと戦うなんて自殺願望を持ちだしたら、実行に移す前に私が貴女を刺してあげるから安心なさい』

「……」

 

 そういうことをしれっと言うんじゃない。

 病み上がり、というか絶賛闘病中の身からすると、刺激が強いというレベルではない。

 しかし……どうするべきか。信じてもらえないといつまで経っても納得してもらえないのだが。

 

「ロックマンという証人もいるよ」

『誰よそれ』

「……覚えてないのか、キミ」

 

 もう二度会っている筈なんだが……。

 

「ともかく、本当だ……無謀にも戦って、無様に負けてきたのさ」

『ふぅん……ま、そういうことにしておくわ。で、頭痛は治ったの?』

「頭痛を何だと思ってるんだ……薬が効くまで、もう少し待っててくれ」

 

 それから三十分くらい、頭を押さえたり、ベッドに蹲ったり、色々と手段を変えて耐え凌いでいた。

 何度か頭痛薬を追加投入しようとしたところをレヴィアに止められつつも、どうにか多少収まってきた痛みにようやく落ち着いた息をつく。

 体に痛みはない。あんな戦いかたをした後だと考えれば……控えめな代償だったというべきか。二度とやるつもりはないが。

 改めて飲んだ水の冷たさも今なら分かる。

 十数時間ぶりとなる水分が染み渡る感覚に浸りつつ、PETを確認。

 不味いな――昨晩にプライド様からのメール一件に、通話が一件。ひとまずこれには、緊急の仕事があったため出られなかった旨を返しておく。嘘はついていない。

 あとは、WWWへの対策会議について。

 これは今日の午後だ。間に合うな。

 なら、それまでに一旦ウイルス研究室の方に顔を出して、モモグランたちを預けてこよう。

 保護ケースの中でも穴を掘っているのだろうが、それでも狭苦しいかもしれないし。

 

「ふぅ……ようやく落ち着いてきた。そういえばレヴィア。話って何だい?」

『ああ、それ。昨日からずっと待っているお客様がいるわよ』

「客? 依頼か? それならまた暫く止めるつもりなんだが……昨日からってなんだ」

 

 ずっと待っていた? 十何時間と待ち続けていたっていうのか。

 それはまた――迷惑を掛けたというべきか、出直すべきなんじゃないかと呆れるべきか。

 依頼だとしても、そこまで待たれると話を聞かない訳にもいかないじゃないか。

 

『ほら、こっちよ』

「――?」

 

 レヴィアが後ろの方に振り向いて、呼ぶ。

 ――パソコンにまで招いているのか? 私のホームページにいるのではなく?

 あり得ないぞ、レヴィアが己の寝場所と定めたパソコンに、他者を招いた?

 そんな私の驚愕などまるで知らないようにレヴィアは――後の私にあまりにも大きな影響を与えることになる、運命の出会いを持ってきた。

 

 

 

 ――本当にナビか? という疑問が、最初に出た。

 淡いピンクのスカートと、長い髪を揺らす“少女”が、レヴィアに手を引かれてやってくる。

 風が吹けば簡単に散ってしまうのではと思うほどの儚さ。

 グリーンの瞳は不安げに此方に向けられ、レヴィアを向き、何もない方を彷徨い、を繰り返している。

 それは、電脳世界に在る存在だとは思えなくて、たとえそうだとしてもレヴィアと縁が出来るとは思えないほど、性質の違う客人だった。

 

「……レヴィア。そこは連れ込み宿として提供した訳じゃないぞ」

『貴女のネットナビという存在の認識、私かこの子の性別の認識、常識、判断能力のどれかが腐ってるから一度自分を見直した方がいいわよ、エール』

「…………そこまで言わなくていいだろう。動揺したゆえのちょっとした冗談だよ」

 

 侮蔑の表情を超えて真顔になったレヴィアの言葉に、修復中の精神が無駄に傷つき、軽口を自重する。

 少女は何を話しているのか、という風に、不安げな表情のまま首を傾げている。

 此方には意味が伝わっていないようで安心した。うん、確かに今の空気には相応しくなかった。

 

「こほん……それで。キミは私を待っていたという理解で構わないかい?」

『……』

 

 声を掛けただけで怯えたように小さく後退りつつも、少女は頷く。

 ……だいぶ警戒されているな。こっちもこっちで場合によっては傷つくぞ。

 

「それはすまない。かなり待たせてしまった。色々とあって、顔を出せなかった」

『……』

「キミは……ネットナビで、いいのかな?」

『……』

 

 首肯。ナビを見た目で判断は出来ないが――やはり、ナビとは思えないな。

 人と並べても何も違和感がなさそうな、小学生くらいの少女に見える。

 エールハーフで向き合ってみればすぐに分かるだろうが……まだパルストランスミッションを行使できるほど回復していない。

 このパソコンには特にナビの様子を確かめられるようなソフトも入れていないし……こうして顔を合わせて得られる情報だけが全てだ。

 

「私はエール・ヴァグリース。クリームランドの医者(デバッガー)だ。私に用事があるとのことだが、話を聞かせてもらっても?」

『……』

 

 言葉を選んでいるかのように俯く少女を急かすことはない。

 最悪、午後の対策会議に間に合えばいい。

 

『……ぁ……あなた、が……バグ医者エールで、合ってる……?』

「そうとも呼ばれているね。ウラでの話で、オモテではあまりその名は通っていない……と思うが」

 

 断言はできない。

 N1の時砂山氏が余計なことをしてくれて、一時期オモテの方の掲示板で名前が頻出していたからな。

 今はそうでもないとは思うし、あれ以降表に出てきてもいないから記憶からは消えてきているとは思うが、望まない目立ち方をしてしまった感は否めない。

 

『……お、お願いが一つと……忠告が一つ……』

「ふむ……順に聞こうか。お願いというのは?」

『しばらくの間……匿ってほしいの。ネットと繋がっていない……絶対に見つからない場所で』

「……それなら、そのパソコンでも出来なくもないが。理由を聞いても?」

『……』

 

 今度は、首を横に振られる。

 拒絶か……頼みとしては構わないんだが、それはそれで困るな。

 

「答えたくないか、答えられないか。どちらかは教えてもらえるかい?」

『……答え、られないわ』

「そうか……期間は?」

『わ、分からない……』

 

 ――もしかすると、思った以上に厄介な案件かもしれないな。

 断るべきかもしれないという選択肢も生まれるものの、気になるのはレヴィアが、あのレヴィアが面倒を見ていたということ。

 どういう関係なのかは知らないが、ここに来たのが初対面という訳でもないのか?

 

「……まあ、負担にはならないし、構わないよ。何度か引っ越しはしてもらうかもしれないが」

『……場所は、全部あなたに任せるわ……とにかく、隠れたいだけ、だから』

 

 隠れたい、か。

 まあ、彼女を知る何者かが別に見つかるまでは、置いておいても構うまい。

 ナビの居候が一人増えても、特に困ることはないし。

 

「それで、もう一つの、忠告ってのは?」

『……WWWに、ついて』

 

 ――何だって?

 

『あなたは、もう、これ以上……WWWに関わっては、だめ』

 

 その忠告で、彼女が単なる一般ナビではないということを確信する。

 私がWWWと敵対していることを知っている。

 そしてその上で、それ以上の何かを知っている。

 

「……何故だい?」

『あ、あなたという存在を、ワイリー博士に知られては、いけないわ。今はまだ、気付いていないけれど――本当のあなたを知れば、ワイリー博士は、あなたをも、使うかもしれない』

「…………キミ、何を知っている?」

 

 思わず、声が低くなった。

 一体彼女は何を、何処まで知っているんだ?

 少女の言葉を待つ。

 その、動かされた唇を、目で追っていた。

 

『■■■■■■……――と、――から、クリームランドを――――』

「……」

 

 誰も知らないことではない。それを知っている者は、少ないものの存在する。

 だが、無関係な――私の知らないナビに渡るような情報ではない。

 

「レヴィア、この子は何者なんだ?」

『知らないわよ。私のライブに時々来るってことくらいしか。で、昨日のそれで最後に残って、貴女に用があるって言うから連れてきたの』

 

 レヴィアの観客――そういえば、前に見たような、見ていないような。

 ウラにこんな子が出入りしていれば目立つ。レヴィアが注目してもおかしくはない……のか?

 そうだとして、私の“そんなこと”を知っているのはどういう理由だ?

 

「それを何処で知った?」

『……』

「――答えられない、か。まあ……どの道、あまり外に出したくはなくなった、と言えるか」

 

 彼女が何者かは知らないが、広めてほしいことではない。

 先程までは『別に構わない』だったが、『ここにいてもらいたい』に変わった。

 とはいえ――WWWと関わるな、か。

 そのつもりだった。あんなものに関わりたくない、と思っていた。

 だが、遅かった。関わらざるを得なくなってしまったのだ。

 

「……悪いけど、その忠告は聞けない。危ないというのは分かっているが――WWWを許せない理由が出来てしまったんだ」

『で、でも……』

「大丈夫。今の段階であれを知らないなら、あれの在り処なんて予想も出来ないだろうさ」

 

 確かに、この子の懸念が真実になれば、危険なことにはなる。

 だが危険というなら、プロトが目覚めようとしている今の状況が最たるものだ。

 それを止めるためであれば、考慮できるリスク。

 

「ありがとう。その可能性については、頭に置いておく。悟られない程度に注意して動くよ」

『……』

 

 納得はいっていないか。何かを言おうと、口を小さく動かしているものの、言葉にはなっていない。

 随分臆病……いや、内気なのか。

 

「レヴィア、そのパソコン、繋いでおいた方がいいかい? だったら彼女には予備のPETに移ってもらおうと思うが」

 

 メインで使っているもの以外に、PETは幾つか持っている。

 持ち運んでいる訳でもなく、メインのものに不調が起きた場合のサブの面が強いが、ナビを匿っておくものとしては上々なスペックではある。

 あのパソコンの接続を切るとレヴィアも外に出られなくなるし、それは彼女も望むまい、と思ったが――

 

『別にいいわよ。外に出たくなったら勝手に繋げるわ』

「本末転倒にならないか? その子がそれで良いなら構わないが」

 

 この前に少し厄介の種になった自動更新は切っておいたし、科学省が長時間の停電なんてことにならなければ電源が切れるようなことはあるまい。

 ゆえに、レヴィアが接続を管理していても問題はないだろうが……それだと完全に隔離したことにはならないのでは。

 

「とりあえず、PETに移りたければ言ってくれ。私がここにいるうちは対応できる」

『……』

 

 頷かれる。すぐに言い出さない辺り、レヴィアを信用してはいるのか。

 ……本当にライブでの観客と歌姫、それだけの関係なのか?

 レヴィアが特別気に掛ける……そういう性格が隠れていた、というのも考えられなくもないが……今まで関わったのがその必要のない連中しかいなかっただけで。

 そうだとすれば、レヴィアへの印象が随分変わるが。意外と可愛らしいところがあるんだなと。

 

『エール、失礼なこと考えなかった?』

「まさか」

 

 まあ、それはともかく。

 これでまた一人、当面の居候が増える訳だ。

 状況的に私がここにいる時間が少なくなりそうなため、そう変化もなさそうなのだが。

 

「――ところで、キミ、名前は?」

『……あ、アイリス……』

「そうか。では、いらっしゃい、アイリス。暫くの間、よろしく頼むよ」

『……』

 

 アイリスとの出会い。それが何故このタイミングになったのか。

 それを知るのは随分先になる。

 この時の私にとっての彼女は、訳アリということを察せるだけの、二人目の居候に過ぎなかった。




語れることは今は少ないものの、新たな居候が一人。
彼女に関しては、3編ではここから先に関わってくる訳ではありません。
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