バグのかけらをひたすら集めるクリームランド在住のデバッガー 作:けっぺん
午後の会議の時間までは、研究室にモモグランを渡しに行った以外は、自室で新たなエールオールの外装の構築を行っていた。
基本的に損傷しても、メンテナンスを行い修復することが多いのだが、今回のは駄目だ。
直すのにはコストが掛かり過ぎるし、先の戦いでこれを使い続けることも出来ない理由が出来てしまった。
――手段を選んではいられないとは言ったし、それで少し追い詰めることも出来たのだが。
一度でこれだ。やはり何度も使うような代物じゃないな。一番影響のあるプログラムはエールオールには備わっていなくとも、それ以外の部分には影響してくる訳だし、ナビとしての機能が全て備わっている訳ではない外装ではこのチップの連続使用はあまり耐えられないのではと思う。
それについては試したこともないが。私だって、フォルテとの戦い以外ではこれを使うつもりはない。
上手く使えば、軟弱な私という存在を大きく強化するのは分かっているが、リスクが大きすぎて日常的に使うのではやっていられない。
今後――複数使うことがあるとすれば、やはりそれは、フォルテだけだな。
そんなわけで既存の外装は廃棄。新たなエールオールの構築を行った。
ここ最近、バグのかけらの消費が激しいな。
一番重要な用途に使う分は困っていないから問題ないが。
時間となり、まだ微妙な体の重さを感じつつも会場となる部屋に足を運ぶ。
部屋に入ると、科学省の一部職員とオフィシャルの面々がいた。
そして――加えて光少年も。
「エールさん! もう平気なの?」
「こんにちは、光少年。全快ではないが歩けて話が出来るくらいには回復しているよ」
自分の席に着く。
まだ時間に猶予はあるが、急を要する会議であるためか、もう席は一通り埋まっていた。
私が最後か――そうなると何だか申し訳ない。
「では、全員揃ったところで、プロト対策会議を始める」
本来私はここに呼ばれるような存在ではない。
オフィシャルでもなく、科学省の職員だという訳でもない。
よって、ここに呼ばれた理由を知らない者もいるだろうが――議長を務める壮年の職員は多少なり、それを知っている者だ。
同時にかつてのプロトの事件を知っている者でもある。
「まず、プロトが奪われた今、諸君にはプロトの正体を知っておいてもらう必要がある」
プロトは科学省が二十年間トップシークレットとしてきた最重要事項。
此度の事件を通して、『プロト』という名前を知った職員、オフィシャルは多いだろう。
だが、持っている情報はあくまで、目覚めれば世界に危機が訪れるほどの怪物だということだけ。
「プロトとは――ネットワーク社会を作るための基盤として科学省で作られた、初期型インターネットなのだ」
「――!? 怪物の正体は、インターネットなのですか!?」
「そうだ。現在、世界中に張り巡らされたインターネットの原型、それがプロトだ」
初期型インターネット――現在のネットワーク社会の、文字通り
それが如何にして、怪物などと呼ばれるようになったか。
「二十年前、未来の社会を支えるインターネットとなるべく、科学省ではプロトを用いた実験が日夜繰り返されていた。ある日、プロトに接続された全ての電子機器が誤作動を起こすという事件が起こった。関係者は事件の原因を、同時期に開発された完全自立ネットナビと断定した」
「……」
その名前が、ここで出されることはない。
ただ、脳裏に浮かんだ姿に、自然と拳に力が入る。
虚勢を張って、恐怖に蓋をして、自分を誤魔化し続けていないと戦いの真似事にもならない、私にとっての死神――彼のはじまり。
「ナビを開発した科学者は猛反発したが――会議の結果、ナビのデリートが可決された。その科学者は身柄を拘束され、同時にそのナビは科学省のナビ精鋭部隊によってデリートされたのだ」
「それで……事件は解決したのですか?」
「いや……それで解決したと誰もが思っていたが……その後に、ネットワーク史上最悪の事故が起きた。プロトに接続された電子機器全てが破壊される事態が、発生したのだ」
その事件が発生した時、犯人の断定に至ったのは彼しか行い得る者がいなかったという理由だったらしい。
ナビは己に与えられた役割こそこなしていたが、その強い物言いや態度から科学者たちに良い目で見られてはいなかった。
それが彼に疑いが集中する一因にもなったのだろう。
だが、そのナビは無実だった。無実のままにデリートは可決され、何も知らないままに襲撃された。
そして、彼がプロトから離れたことで事件は解決した――と思われていた。
「プロトに接続された電子機器全てが破壊された――ナビではなく、プロトそのものが事故の原因だったのだ」
それは――インターネットというものに発生した、最初のバグ。
「開発スタッフが気付かないところで発生していたバグが増殖し、原生生物――例えるならばアメーバ程度の知能、もしくは本能を持つようになっていた」
「インターネットが、知能を……?」
「プロトはその本能のままに自らに接続されたあらゆるものに侵入し、全てのプログラムを取り込んだ。巨大なアメーバが電脳世界で大暴れしたような状態だった」
不幸中の幸いだったのは、まだプロトが世界中に広がっていなかったことか。
ゆえにプロトが吸収するプログラムには限界があり、世界全てを喰い尽くすのに、さほど時間は掛からなかった。
「一週間後、プロトが吸収するものがなくなって、沈静化したところを鎮圧し、現在まで封印されることになった。しかし、その後半年もの間、ネットワーク社会の機能は停止したままだった。これが、プロトの反乱と呼ばれるネットワーク事故だ」
鎮圧といえば、聞こえはいいだろう。
だが、それが行われたのは、既に完全敗北が決した後だ。
一度このプロトという怪物によってネットワーク社会は終焉を迎え、その後復興したのが、現在の社会なのだ。
「当時はプロトに接続されている電子機器の数は知れたものだったが、現代においてはあらゆる電子機器がネットワークに接続されている」
「じゃあ、もしも今プロトが復活したら……」
「ほぼ……打つ手はない。そうなれば即ちネットワーク社会の終わり。二度と蘇ることはないだろう」
プロトは今度こそ世界中に拡散する。
侵食は止まることなくやがて全ては吸収され、かつてのものとは比べ物にならない被害が生まれる。
湾岸病院のように――医療機器をネットワーク管理している病院も多い。
あの時、どうにか防げたものの、今度同じようなことが起きれば、数多の命が奪われることになる。
「プロトがWWWの手に渡った今、我々が生き延びるはプロトのデリートただ一つ。そのためにも、WWWの本拠地を探し出さなければならない」
しかし、現在私たちは完全に後手に回っている。
テトラコードを奪われ、プロトを奪われ、しかし此方はWWWの本拠地の手がかりすら持っていない。
このままでは、私たちに勝ち目はない。何か、情報が必要なのだが――
『――緊急警報! 緊急警報!』
その手掛かりは――向こうからやってきた。
『現在、各地で警戒中の無人戦車が暴走! 制御不能状態です! 民間人に被害が出る恐れあり!』
「――無人戦車? 何だってそんなものが出ているんだ?」
「朝から陸軍が国内の各所に配置していたものだ! あれがハッキングされるとは!」
寝ている間にそんなことに……。
無人戦車……プロトが盗まれたゆえ、厳戒態勢を取るのは正しいが、そんな全てコンピュータで制御された兵器を持ち出す必要はないだろうに。
この状況であれば、犯行はWWWしか考えられない。
プロトに加え、国内の兵器までハッキングされた状況など――あり得ないぞ。
「各自、現場に急行! 戦車を止めるぞ!」
面々はすぐに部屋を飛び出していく。
私もそれに続くべきなのだろうが――それに値しないことは自分が一番よく知っている。
「エールさんは出ちゃ駄目だからね!」
「分かっている。私は私なりに、調査を進めるよ」
光少年の忠告を受けるまでもなく、今の私では対応できる体力がない。
元々戦闘のためのものではないため、私のパルスインは連日の戦いには向いていない。
ナビのように、瀕死の傷を負ってもメンテナンスをすればその日にも再び戦えるほど、精神というのは丈夫ではないのだ。
この場で出来ることはない。
緊急のため、会議も中断。私は一旦部屋に戻る。
……日本だけなのだろうか。他国の軍事システムまで手を出されれば、ハッキングされた兵器による被害が世界中に広まるという可能性も絵空事ではなくなる。
行動は早い方が良い――プライド様にメールを出しておく。
国の主要システムの一時的なセキュリティの強化。それから、近隣国への警告を。
シャーロなどの軍事国家のシステムがハッキングされるようなことがあれば、クリームランドにも危険が及ぶ。
既にプロトが盗まれた旨は各国のオフィシャルに伝えられている筈だ。
いつまでもセキュリティを強化しておくことは出来ないだろうが、遅いよりは早い方がマシだ。
戻りがてら作ったメールを送信してから、自室に入る。
『あら、早いのね』
「より緊急事態が発生した。軍隊の有する無人戦車の暴走だとさ」
『――――』
レヴィアとアイリスに、状況を端的に話す。
戦車の暴走をどうにかすることは出来ない。私に出来るとすれば、今後考えられる事態に備えてのこと。
躊躇われる選択ではある。だが――そういう時のための私だ。
メモリーカードをPETに差し、PETのプログラムを移す用意をする。
あれの一部を外に出した時、どうなるか。はっきり言って、何事もないという確信はないが――
「……」
それは、私が管理する、エールハーフとエールオールの基になっているプログラム。
一部を切り離してそれを外部に移す。
これほどの事態であれば――全てを使うべきなのだが、そうすると私が私として動けなくなる。
「ッ……」
脳からPETへ。
精神データではなく、もう一つ、“内”にあるものを。
コマンドが受理されると同時にそれに罅が入り、ほんのかけらが切り離される。
――頭から走る、裂けるような痛みは、すぐに軋むようなものへと変わる。
たった一パーセント分けただけなのに――なんて疑問は今更持たない。
痛むのは当たり前だ。体というものを切り離せば、どんなに小さな部位でさえ痛むのは決まっている。
PETにやってきたデータを使ってプログラムを構築する。
本命のものと、恐らく必要になるものを出来るだけ多く。
複数用意するとなれば一時間、二時間と当然のように経過していく。
何度か、レヴィアやアイリスと話をしたような気もする。
作業が佳境に入った頃――部屋のドアが叩かれた。
「誰だ?」
「私だ――光祐一朗だよ」
「――光氏?」
困惑する。彼はまだ入院中の筈だ。
火災の時、特に熱の集まっている部屋で作業を続けていた光氏は重傷で、まだ当分退院は出来ないという話を聞いていた。
そんな彼がどうしてこんなところに――。
ひとまず部屋に招き、椅子を用意する。彼はかなり痩せた様子で、少し顔色も悪い。まだ不調であるのは明らかだ。
「どうしてここに? まだ貴方は出られる状態では……」
「そうも言っていられない状況だからね……すぐにでも、WWWの本拠地を割り出さなければ」
「貴方以外にも優秀な科学者がいるだろう! 無理して倒れたらどうする!」
思わず、声を荒げた。
紛れもない本音だ。彼にもしものことがあれば――。
「それでも。それでも――プロトは私の手でデリートしなければ……君なら分かるだろう?」
彼が責任感を覚える理由は、知っている。
今、世界を脅かそうとしている怪物となる存在を――プロトを作ったのは、彼が最も尊敬する科学者だった。
ネットワーク社会の基盤を作り上げた、現代の偉人。
光正博士――彼の、父。
ゆえに、光氏は誰よりも、プロトをデリートしなければという意思を強く持っている。
「……しかし」
「わかっている――プロトのデリートには、今の私が力不足であることは。だから君の力を借りに来た」
光氏に助力を依頼される……それは、光栄なことなのだろう。
普段の私であれば、大いに喜んでいたと思う。
だが……それは今の彼が無理をすることを許容するということ。
「インターネットの――そして各国のシステムの防御が必要だ。そうしないと、プロトへと至っても、攻略が間に合わない」
「……そうだろうね」
「この状況でプロトが発生させたバグからシステムを防御する確実な手段は一つしかない。それは、私の友人が作った、一つのプログラムだ」
「……」
光氏の言葉を受けて、メモリカードを差し出す。
既に用意したプログラムは移し終えている。光氏が求めているものの、今用意できる精一杯がここにある。
「……条件は一つ。本拠地へ攻め込む算段が付いたら、教えてほしい。私も向かわせてもらう」
「それは……君がそこまでする理由は――」
「ここまで私の面倒を見てくれていた、父の忘れ形見がWWWにデリートされた。既に連中は私の敵になっているんだ」
「……そうか。君がそんなにやつれたのは、それが理由か」
「貴方が言えた話じゃないぞ」
というか彼もか。これまで何度も指摘されてきたが、やはり私には違いが分からない。
今の光氏の変化の方が大きいぞ。間違いなく。
「……わかった。口利きはさせてもらう」
「感謝する――では、これを。各国の主要システムに分散させてくれ。そうした場合、撃退能力は無くなるだろうから、精鋭のナビを配置した上で」
「ああ。これは今、我々が用意できる、最強のデバッグプログラムだ。これで、プロトバグへの防衛機能としては最善を用意できる。ありがたく使わせてもらうよ」
光氏にプログラムを渡す。
断片を利用したものではあるが、今即興で用意できるデバッグプログラムの中ではかなりのレベルだろう。
それに、彼であればこれを応用して更に有効なプログラムの作成が叶うかもしれない。
まあ――あまり解析されたくないというのが本音ではあるが。プライバシーがどうのとか、これに関しては適用されるのだろうか。……分からない。
「……本当に、無理はしないでほしい。父の友人であった貴方に何かあれば、私もどうすればいいのか分からない」
「だった、ではないさ。今でも私は、彼を友人だと思っているよ」
――そうか。それは、喜ばしいな。
まだ、あの人は過去のものになった訳ではないのか。
「それに、私より君だ。あまり無理をしてはいけない。父親にとって、何よりも心配なのは、子供のことなのだから」
「それは――承知の上だ。だがこの状況で動かなければ、逆に悲しむ。あの人はそういう人で、私はそういう存在なんだ」
あの人を想い、あの人を語るほんのひと時。
それは、一刻を争う状況の中の一幕として、あってはならないものではあるが――
次の日の最終決戦の前にする、覚悟を決めるための会話としては、相応しいものだった。
決戦前日。“何か”を父の友人に託し、出発前の支度を整えました。
という訳で何やかんやで今回の最終決戦にも参戦します。
ほんの少しだけ、エールのまだ明かされていない部分についてヒントを出しましたがまだ答え合わせは遠いです。