バグのかけらをひたすら集めるクリームランド在住のデバッガー 作:けっぺん
普段より二時間ばかり早く目が覚めた私は、朝食を済ませてさっさと支度を終わらせていた。
体調は問題なし、気怠さも感じていない。
パルストランスミッションも可能だ。戦いに赴くにはそれなりのコンディションと言えるだろう。
昨日から今朝までにかけて、起きたことは大きい。
プロトから発生したバグ――プロトバグが世界中の軍事システムにハッキングし、兵器による無差別攻撃が開始されたのだ。
つまり、プロトの解凍は始まっており、既に何処かからプロトがインターネットに漏れ出しているということ。
主要国は私が光氏に渡した“それ”で既にデバッグが行われ、正常化の後一時的なネットワークからの切り離しが行われているが、まだ影響は続いているらしい。
クリームランドは真っ先に危機から逃れたし、近隣国も既に沈静化しているらしいのでそこは安心だが。
WWWが本気であることを証明するものは、他にもある。
六方氏から、拘束中だった砂山氏が脱獄したとの連絡が入った。
まず間違いなく、組織に戻ったのだろう。
加えて、WWWの首領ワイリー氏による声明が全世界に対して行われた。
近日中にプロトを世界中のインターネットに解き放つ旨。
それが実行されれば、私の用意したプログラムのデバッグ機能の限界を容易に超える。
よって、それを止めるために私たちが動くべきは今日しかない。
『朝の貴女とは思えないきびきびとした動きね』
「そりゃあ、私もたまにはこうなるさ」
『この数年貴女を見てきて、一体何度あったかしら』
「……十回はあったと思う」
『多くて片手で数えられるくらいよ。ちなみに、その時の共通点を教えてあげましょうか』
エールハーフとエールオールの最終チェックをしながら、レヴィアの軽口に返す。
確かに、朝はぐだぐだとしていることが多いが……私だってこういう大切な時くらいはまともになる。
共通点がそれだとすれば簡単な話だが。
「参考までに」
『大体厄介ごとに自分から飛び込んで死にかけているってことよ』
「不吉なことなら言わないでほしかった」
別に死ぬ気はないとはいえ、今からそれが冗談にもならない場所に行くというのに、そんな不吉な予言染みたことを言う居候がいるか。
『前回の……ゴスペル? の時もそうだったし、初めての朝もそんな感じだったわよね』
「後者はキミのせいだし、そもそも寝ていない。夜通しキミを看病してやって徹夜明けでおかしくなっていただけだ」
『……謝らないわよ』
「謝罪も感謝も受け取り済みだよ」
レヴィアとの初対面の時か――もうそれも懐かしい話だな。
何というか、あの拾い物は運命だったといえる。
彼女が固執していたらしいモノはもう存在しない。
まあ――手を出していなかったらそれはそれで世界中に“彼”の影響が広がっていた可能性も高いのだが。
「とはいえ、死にかけるかもというのは否定しない。死ぬよりはマシさ」
『自分を軽く見過ぎね、貴女は』
「適材適所というのを知っているだけだ」
チェック完了。エールハーフも、エールオールも、ベストな状態だ。
あとはフォルダか。此方も、今必要だと思う分は編集を終えておく。
昨日のうちに、方々に連絡は送っておいた。
浦川少年や緑川氏とのやり取りは――僅かにも、二人を親しい友人のように思ってしまった。思い上がりも大概にしよう。
プライド様とは電話をした。私が無茶をするのも、きっと危険な目に遭うことも話した。話した上で、許可を貰い――制止の声を全部切り捨てたともいう――絶対に無事に帰るという約束をした。
……正直、ここまですると捨て身もする気にはならない。
皆によって与えられた、絶対に生きて帰らなければという気概は――ある意味強迫観念染みたものを感じる。激励で得られるものってそういうものだっただろうか。
『……死なないでよ』
「今日は雨でも降るのか?」
『エール、一度こっちに来なさい。貴女の調子を確かめてあげるから。アイリス、ちょっと下がってて』
「冗談だ。ここで死にかけてたら話にならない」
ぽつりと呟かれた言葉に思わず返した失言によって、レヴィアの感情は瞬く間に鋭い殺意に変わった。
あまり殺気を放つな。アイリスが怯えるだろう。
「居候二人も抱えて死ぬつもりはないよ。私はこれで義理堅いんだ」
『知ってるわ』
一度関われば、途中で抜け出せないのは私の悪癖――そう思っている。
レヴィアやアイリスについてもそうだ。
一度迎え入れたのだから、とことんまで面倒は見させてもらうさ。
ビーチストリート、DNNのテレビ局前の港に、その船はあった。
かつてのN1グランプリで、ジゴク島行きに使われた船の一つだ。
何故私がそれを前に不快な潮風を浴びているかといえば、発端は昨日のうちに送られてきた光氏のメールにあった。
プロトバグのアクセスログからWWWの本拠地を探った結果、遂に目星をつけることが出来た。
大荒れの海流と、収まることのない乱気流が近付く者を拒むデモンズ海域。
そんな天然の要塞に、連中は城を構えているという。
かの海域に近付くのには、飛行機という選択肢はない。
海流の間を縫って、それでも荒れた海を進むことが出来るほどの、特別なエンジンを積んだ船のみが渡ることを許される場所。
この海を渡るにおいて、昨日のうちにこの船にそれに足るエンジンが取り付けられたという。
何でも光少年が綾小路嬢に事を話し、協力を持ちかけたとか。
あれほどのご令嬢なら、一日でデモンズ海域を攻略するのも訳はないということか。恐ろしい。
船で本拠地に乗り込めるのは、ほんの数人だった。
各国のシステムを守るためにオフィシャルが総出で対応している。
守る戦いになってしまっている以上それは仕方のないことだが、結果として――どうにも偶然とは言い難い組み合わせになった。
「エールさん!」
「――随分早いな」
「おはよう、光少年、伊集院少年。どうも目が冴えてしまってね。知り合い曰く不吉の前触れらしい」
『な、なんでよりによって今そんなことを……』
むう、多少気がまぎれると思ったのだが。
とはいえそれが適用されるのは私だけだろうし、問題ないか。
まさかその不吉とやらが光少年や伊集院少年にまで広がることはあるまい。
伊集院少年はオフィシャルとして自ら立候補し、当然のように選ばれたが――本来光少年はこれに関わる立場ではない。
しかし、今回の戦いは彼にも出てもらわなければならない理由があった。
禁断のプログラム――ギガフリーズ。
プロトに対しての切り札となるあれに選ばれたロックマンは、作戦に必須となってしまった。
「なに、不吉は背負っておこうと思って。キミらに不吉が降り掛からないと思えば気が楽になるだろう?」
「いや、今の一言でそこまで考えられないから!」
「元気そうで何より。コンディションはばっちりだな」
出だしの失敗を雑に誤魔化す。伊集院少年は当然ながら納得いっていない様子だ。
さて――メンバーは揃った。先日フォルテと戦い、そしてかつてのゴスペル戦を思い出す布陣だ。あれを完全に叶えるには、三人ほど少ないわけだが。
しかし彼らは一般市民。関わらせる訳にも――
「熱斗ぉおおお!」
「は? ――え、デカオ!?」
――関わらせる訳にも、いかなかったんだがなぁ……。
港までの坂道を全速力で駆けてくる大柄な少年と、その後ろを追いかける二人の少女。坂道を走るな、危ないぞ。
「水臭えじゃねえか、オレたちに声もかけねえなんてよ!」
「な、なんで……やいと、皆には言うなって――」
「言わない訳ないでしょ! あたしもメイルちゃんも――まあデカオも、どんだけあんたを心配してると思ってんのよ!」
さて――どうするか。
このまま見送りだけで済めばいいのだが、特に一人に関してはそれで済むとは思えない。
伊集院少年に目を向ければ、彼もあまり望ましい未来を想像していないような、難しい顔だ。
「そうだよ。また一言もなく危険なところに突っ込もうとして……」
「オレたちの力も少しは信用しろよ。世界の危機なんだぜ?」
「で、でも……」
……いや、私に助けを求めないでほしいんだが。
足手まといとか、私じゃあ言えないんだから。
「……大山少年、キミ、いつ戻ってきたんだい?」
「ついこの間だぜ。WWWのこともあって、いてもたってもいられなくてな」
「……今回のメンバーはここまでのWWWとの戦いを省みての人選だ。この場を預かる私が言ってはならないことではあるが……はっきり言ってキミたちを気に掛けていられる余裕がない」
「自分の身は自分で守るぜ! 熱斗が世界の危機を背負ってるってのに、オレが何もしない訳にもいかねえんだ!」
光少年のために戻ってきて、そして命を張ることも厭わないと。
その絆は素直に感心するが……だが、それでも。
「危険は承知だ、頼むエールさん! 連れてってくれ!」
「キミたちが危険を承知でも、万が一何かあった時が困るのだが。ご家族にどう言えばいいというんだ」
「家族にはとっくに話してる! WWWをぶっ倒して戻ってくるって! 男に二言はねえ、これでなんにも関わらずに帰ったら顔向け出来ねえんだ!」
「もう逃げ道を塞いでるじゃないか……」
というか許可したのか、彼の家族は。
光少年や伊集院少年もそうだが、もう少し……何というか、年相応の自重というか、無謀に対する慎みというか。
そういうものは持ってほしいのだが……。
……仕方ないか。友人を想って無茶をしたいという気持ちは、私も分からなくはないのだし。
「大山少年、私の指示に従うことが絶対だ。良いね?」
「ああ!」
「ちょっと、あたしたちも――」
「キミらの代表一名だ。流石に、それ以上は容認できない」
大山少年がやや力一辺倒なものの、高い実力を持っていることは知っている。
だが、綾小路嬢と桜井嬢は別だ。
二人にはWWWと真正面から戦う実力も、搦め手を仕掛ける狡賢さもない。
ネットバトルが出来るだけでは駄目だ。
ゴスペルの時は電磁波への対策が出来ているからという理由で許可したが――今回は許しを出すことは出来ない。
「……やいとちゃん。待っていよう。わたしたちじゃあ、足手まといになるよ」
「……わかってるわよ。でも……グスッ」
彼女たちの役目は、待っていることだ。
彼らが帰る場所――待っている者というのは、多い方が良いだろうから。
「熱斗、わたし、待ってるから……絶対無事に帰ってくるんだよ!」
「ああ――待っててくれ。WWWをぶっ潰して必ず帰ってくる!」
「エールさん――今回も、熱斗たちをお願いできますか?」
「そのつもりだ。キミたちは心配なく、彼らの帰りを待っていたまえ」
二人を置いていくこと。それもまた、苦渋ではある。
だが、彼女たちがいることによって起き得る危険の方が大きい。最終解答は、それだった。
実力があり判断能力も高く、冷静に事を運べる……そういう者でないと、これ以上は許可も出せないのだ。
そう、例えば彼のような――
「その船、ちょっと待ったぁー!」
呼んでない。例に出そうとしただけだ。これ以上人員を増やすつもりはない。
そんな気持ちも空しく、この場の少年少女より少しだけ年上の戦略派ネットバトラーは坂を駆け下りてきた。
「と、トラキチ!?」
「ぜぇ、はぁ……何とか間に合ったわ……光、WWWのヤツらをいてこましに行くらしいな? そこのおデコちゃんから聞いたで」
「誰がおデコちゃんよ!」
まさか荒駒少年も、見送りに来たという訳ではないだろう。
そのまさかであれば歓迎なのだが。
「ワイも連れてけや。WWWをこれ以上のさばらせとく訳にはいかん!」
伊集院少年と目が合った。
どうにか収拾がつきそうだったのに、また喧しいのが増えた。どうにかしろ。そんなところだろうか。
大山少年を許可した以上、正直非常に断りづらい。
定員オーバーという理由は、戦力など多い程良いため使えない。
実力に関しても光少年に匹敵するほどなのだから、申し分ないレベルだし。
「悪いけどトラキチ、オレの一存じゃ決められないよ。エールさん、どう思う?」
またか。
荒駒少年は怪訝そうに首を傾げ、此方に疑い六割の目を向けてくる。
「なんや、光に大山、伊集院の三人やないのか。そっちの姉ちゃんが監督か?」
「そういうことになるな」
「ほーん。そんな強そうには見えへんけど、そんなこと任されるってことは飛びっきりのネットバトラーってワケや」
「
疑いが八割になった。まあ、私も同じ立場であればそうなる。
「は? なんでそんな姉ちゃんが付いてくんや?」
「まさか子供だけでWWWの本拠地に突っ込む訳にもいくまい。それに、諸々役立てることはあるからね」
「なら、ワイが参加すれば用無しやな」
「クリームランドの価値観が日本と同じなら中学生は立派な子供だよ」
うん、挨拶代わりの応酬はこんなところか。
正直一分一秒が惜しいのだ。このやり取りで時間をいつまでも使う訳にもいくまい。
「さて。キミの実力はN1で見せてもらった。連れていくことに否やはないが、危険であることを承知の上で、いざという時の指示に従えることを約束出来る場合のみだ。たとえどんなに最悪の事態でも、キミらを無事に帰す義務が私にはある」
「ま、世界の存亡も関わってることやし、そこはええわ。ワイの身勝手で世界終了なんて冗談にもならんしな」
「よろしい。では、私はエール・ヴァグリース。クリームランドの
「荒駒トラキチや。ヴァグ……まあ、姉ちゃんでええわな」
うん、発音し難いらしいな。知ってる。
挨拶を終え、伊集院少年の溜息を受けつつ、船に向かう。
予定より二名増えたが、これっきりだ。ここにいたらまだ増える気がするし、さっさと出発しよう。
「全員乗ったら出港だ。ゆっくり話をしている時間はないから、手短にね」
私がいては話しづらいこともあろう。それだけ告げて、乗船を済ませる。
プライド様に改めて出発する旨を伝えれば、外の彼らが乗り込んでくる前に返信がくる。
――『もう止めません。世界を救って、そして無事に帰ってきてください』
日本に来たときは、まさかこんなことに巻き込まれるとは思っていなかった。
もしも来ていなければ、などということは考えない。
失った者もいれば、助けることが出来た者もいる。
長年の気持ちの清算が出来たのだ。その代わりに世界を原初のバグから救う――上等だ。
やってやるさ。プロトを、そしてフォルテを打倒し、全てを元通りにする戦いの始まりだ。