バグのかけらをひたすら集めるクリームランド在住のデバッガー   作:けっぺん

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原初の過ち-3 【本】

 

 

 エレベーターで上に上がってみれば、その先は再び外だった。

 だいぶ入り組んだ作りになっているらしい。外から中へ、中から外へ、という風に。

 先程歩いてきた岸の上側の崖に辿り着いたようで、すぐ先にまた内部へと続く扉がある。

 

「あの扉か?」

「だろうね。とはいえ、簡単に入れてくれる訳でもないらしい」

 

 扉のある崖から顔を覗かせている――何やら奇妙な顔の物体。

 車ほどの大きさはあろうかというそいつは崖を飛び降り、私たちの前に着地すると奇妙な電子音を発し始め――

 

「――躱せ!」

「ッ」

 

 点滅する瞳から妙な色の光を放ってきた。

 伊集院少年の声に反応できたことで回避は叶ったが、物理攻撃と来たか――。

 

「扉を守る警備ロボか。今の光線は……」

「ヒプノシス・フラッシュ――フラッシュマンってナビの催眠術だよ!」

 

 催眠術……? また奇妙なものを……。

 脳に影響する電磁波の類か、はたまた真正面から光を浴びることそのものが作用しているのか。

 考えている暇はないな――そうなると、さっさとプラグインしてコイツを止めなければ、先にも進めないか。

 だが、プラグインするにしても近付くだけで危なっかしいぞ。ともすれば――ってまたか!

 

「くっ……さっさと止めるしかないな」

 

 回避した先は、光少年、伊集院少年がいる。

 孤立した荒駒少年を狙い、ロボが動き出し――私たちは死角に入った。

 だが――プラグイン端子はよりによってロボの前側だ。ヤツの前に出なければ、プラグインも出来ない――やむを得ないか。

 

「荒駒少年!」

 

 手首のバンドに繋げたPETを外し、荒駒少年に放り投げる。

 咄嗟に受け取った荒駒少年だが行動の意味が分からないようで困惑しつつ――ロボの追撃を躱す。

 

「どうしろっていうんや!」

「そのPETは赤外線式だ! キミのPETと繋いでそこからプラグインしろ!」

「……! その手があったか!」

 

 PETを手放すのは躊躇われるが、此方から前に出ようにも――正直私ではあの攻撃を躱しながら中の制御を止めるなど不可能だ。

 ここは彼に任せる……というか、こうしている間に警備ロボは扉から離れ荒駒少年に接近している。

 これでは、扉の方がガラ空きだ。

 

「コイツ片付けてすぐに追いつくやさかい、今の内に!」

「――行くぞ、二人とも。余計な戦いをする必要はない」

 

 戦力を温存し、全員で進むのであれば隙を見て彼らもプラグインすべきなのだろう。

 だが、今は時間だ。誰かを残してでも、少しでも先に進んでプロトへの足掛かりを得る必要がある。

 荒駒少年も、それをよしとしている。ならば私たちがここにいても意味はない。

 ロボの背後を走り抜け、扉を開ける。

 中に飛び込めば――やはり誰もいない部屋。

 幾つかの大型コンピュータに、テーブルとモニタ。そしてテーブルの両側を守る――ワイリー氏の像。

 

「……悪趣味だな。誰に作らせたんだ、こんなの」

「ワイリーの研究室のようだが――」

「先に行くための扉はあれか?」

 

 目に入る扉は部屋の向こうにあるものと、今入ってきたものの二つのみ。

 他には見当たらない。隠し扉のようなものが無いなら、あれで良いだろう。

 さて、扉のある向こう側の壁に行くには、テーブルと像が見事にぴったりと部屋を隔てている。

 どう行こうかと頭を悩ませ、像に何か動く仕掛けでもないかと手を触れようとして――

 

「えっと、エールさん、何してんの?」

「え?」

 

 何故か既にテーブルの向こう側にいる光少年が、怪訝な表情で此方を見ていた。

 

「……どうやってそっちに?」

「どうやっても何も……」

 

 困惑する私を他所に、光少年に続いて伊集院少年が、さも当然のようにテーブルに手をつき、足を振り上げ跳び越える。

 …………。……なるほど。普通に跳べばいいのか。

 

「……」

「……手伝おっか?」

「いや、問題ない。そうだな、確かに跳べばよかった。常識で考えすぎていた」

 

 何かを自分に言い聞かせつつ、テーブルの高さを確かめる。

 大体七十センチかそこら。問題あるまい。彼らが跳べたくらいなのだ。

 パルストランスミッションの危険性に比べればこれくらい。

 

 

 

 強いものの弱点、という意味合いの言葉に、“アキレスの踵”というものがある。

 日本での同義語を“弁慶の泣き所”といい、此方は踵ではなく脛が該当するらしい。

 なんでもかつて日本にいたとあるサムライの、歴史に名を残すほどに強かった家臣の唯一の弱点だったとか。

 それも頷ける。何せ脛の内側はすぐに骨だ。守るべき筋肉がないのだ。

 そこを突かれれば、どんなに勇猛な英雄であっても痛みを感じずにはいられまい。

 

「……っ」

「…………はぁ」

「エールさん、やっぱり研究詰めとかじゃなくて、少し体を動かした方が良いんじゃないかな……」

 

 ワイリー氏の研究室であろう部屋を抜けたエレベーター。

 ゆっくりと動くそれの中で、私は己の脛を押さえて蹲っていた。

 外傷と、精神への痛みのちょうど真ん中くらいに響く鈍痛。伊集院少年の何が言いたいか伝わってくる深いため息。そして光少年の言葉を選んだ結果だろう助言。

 その三つが、何故か一番痛い筈の脛以外のところに的確な痛みを与えている。

 

「……に、日常では跳躍力が役に立つ機会なんてないじゃないか……これでも、持久力とかは少しずつ鍛え始めているんだぞ」

「……」

「……」

 

 浦川少年の一件から流石に体力不足は痛感した。

 今後あのようなことがあっても大丈夫なように、私だって少し――ほんの少しくらいは力を付けようと努力はしている。

 だがテーブルを跳ぶ練習などしていない。必要になるとさえ思っていなかった。

 逆に何故二人はさも当然のように出来るんだ。日本の小学生はワイヤレスプラグの投擲とテーブル跳びを学んででもいるのか?

 何もする前から負傷した私への呆れを隠さず、止まったエレベーターの外へと出ていく二人にひょこひょこと付いていく。

 また一つ、許せない理由が出来たぞ、WWW。

 だから先の一件でテーブルから落下したノートパソコンや皺くちゃになった資料の数々の責任は取らないからな。

 

 仕方なく光少年と伊集院少年に先を行かせ、少しだけ休んでから後を追う。

 もっと先まで行っているかと思っていた二人は、先程とは別の警備ロボを前にしていた。

 

「今度は何だい?」

「泡だ! 捕まったら外に出られない、バブルマンってナビのやつ!」

 

 フラッシュマンとやらのものとは違うらしく、警戒して後退すれば、先程まで立っていた場所にその砲台から巨大な泡が放たれる。

 どんな液体を用いているのか、地面に落ちても破裂することなく留まり続ける泡に軽く小石を放ってみるが、弾かれる。

 確かに、かなりの強度を持っているらしい。

 

「参ったな……荒駒少年の戦いが早く終わってくれればまた同じ方法でプラグインが出来るんだが……」

「こうなったら、また誰かがヤツの気を引くしかないか……!」

 

 仕方ない。その手で――と思い足を動かそうとした時。

 

「ぬぅおおおおおお!」

「は?」

 

 腹の底から出していることが分かる唸り声が近付いてくる。

 泡に気を付けつつ振り返ってみれば、やってきた道を走ってくる大山少年の姿。

 そして、両手で抱えているのは、数十キロはあろう岩の塊。

 

「喰らえ! 必殺・岩石投げ!」

 

 そしてその岩は見事な軌道を描いて警備ロボの砲台に吸い込まれていき――泡が出るべき穴を塞いだ。

 ……もしかして日本人とクリームランド人は体の構造からまず違っていたりするのか?

 

「デカオ!」

「昨日の戦車の時の借りは返したぜ! ここはオレに任せろ!」

 

 戦車……? 無人戦車の暴走の時か? また何かやらかしていたのか?

 疑問の解答が出ないうちに、大山少年は警備ロボにまで走っていき、その額の端子にPETの端子を差し込む。

 

「コイツが追っかけられねえように止めておくぜ。今の内に先に進め!」

「フッ……」

「サンキュー、デカオ! よし、エールさん!」

「あ、ああ……頼むよ、大山少年」

「おう! 何も心配いらねえ! 直伝のゼータパンチとロケットガッツパンチがあれば、WWWだろうと敵じゃねえぜ!」

 

 ほう、もうあれをものにしたのか。

 彼の転校騒ぎの折、餞別として送った、ガッツマンの主武装の改良案。

 ガッツパンチのリーチを伸ばせるだろう考察と、あれをチップ化したものから発動できるかもしれないプログラムアドバンス。

 どちらも確証のないものだったが、実現に至ったらしい。

 WWWだろうと敵ではない、かは不明だが、彼らの戦いの余地を広げる手段にはなるだろう。

 

 警備ロボの攻略を開始した大山少年を一瞥し、通り過ぎる。

 光少年と伊集院少年に追いつき――そうだ、一応、尋ねておこう。

 

「なあ、二人とも」

「なんだ?」

「どうしたの?」

「あれくらいの岩を投げて、砲台に突っ込むというのは、日本人なら誰でも出来ることなのか?」

「何言ってるのさ」

「……先の一件で頭も打ったのか?」

「……」

 

 どうして憐れまれなければならない。こんな憶測が生まれたのはキミらのせいだぞ。

 というかワイヤレスプラグどうしたんだキミたち。

 あれがあれば、この警備ロボたちにも見事な投擲でプラグインが叶っただろうに。

 

 そんな妙な空気も、一段下の崖に下る坂に差し掛かった辺りにはなくなった。

 天然のものではなく、舗装された坂。であればここまでの道もそうしておけば良かったのに。

 幾分歩きやすい緩やかな斜面を真ん中辺りまで歩いた頃。

 背後――要するに坂道の上から岩同士が擦れ合った音がした。

 

「ん……?」

 

 何事かと振り返れば、ゆっくりと姿を現す、巨大な塊。

 警備ロボではない、大岩だ。

 それも先程大山少年が投げたものの数倍はある、潰されれば一溜りもない程の。

 そんな岩が――ゆっくりと、転がってくる。

 

「……――っ」

「何を突っ立っている!」

 

 ボーっとしていた、というよりは、唖然としていた。

 その岩が坂道を下ってくる様を映していた視界が突然揺れ、手が引っ張られる。

 伊集院少年だ――手を引かれて自分の限界を超える速度で坂を駆け下り、下りきったところで横へと跳ぶ。

 岩は背中すれすれを通り過ぎていき、そのまま崖の下へと落ちていった。

 

「――、大事はないな?」

「っ……、ぁ――うん。いや……助かった」

 

 今起きたことの現実感が無さすぎて、状況把握に時間を要した。

 なおも、転がってくる大岩から逃げるなどというフィクションですら使い古された罠を体験した事実が受け入れられていない。

 一気に高まった疲労感に、肩で息をしていれば――岩陰から新たな警備ロボが出現する。

 

「まだ、いるのか……!」

「何かされる前にとっとと――」

「――光少年、避けろ!」

 

 光少年が手早く駆け抜けようとして、此方に向いていた砲台の奥に何かが揺らめいたのを見た。

 私と伊集院少年が跳んだ方向は逆方向で――今度孤立したのは、私だった。

 そして、警備ロボの攻撃もまた、これまでのような甘いものではない。

 二人と私を隔てて出来上がる炎の壁。

 はっきり言って……一番勘弁願いたい罠だった。

 

「……」

 

 感じる熱に、竦みそうになる足を奮い立たせ、後退る。

 彼らの側には扉がある。選択肢は、一つしかない。

 ……よりによって、これに残されることになるとは。

 

「エールさん!」

「……行くんだ。なに、無理そうだったら飛び降りるさ」

 

 反対側は崖――先の扉や今下ってきた坂道へのルートは炎で塞がれている。

 警備ロボの裏側に回り込もうにも、汚水流れる水路の傍に陣取っておりそれも難しい、か。

 

「でも……」

「光! 迷っている時間はない、行くぞ!」

 

 扉を開け、伊集院少年が光少年を中に引き込む。

 閉じられる寸前、一瞬、此方を慮る表情をしたのは気のせいか。気のせいだな、多分。

 

「……さて」

 

 別れ際にかっこ悪いところは見せずに済んだが、どうするべきか。

 二人を追うのは諦めたのだろう。警備ロボは狙える標的である此方を向いて、再び砲台の奥を揺らめかせる。

 第二射を飛び退いて躱すも、動ける範囲はおよそ半減する。熱風に煽られ、その熱さへの忌避感から逃れようとした体がバランスを崩し、倒れ込んだ。

 

「ッ……はぁ……!」

 

 服が土塗れになることなど、気にしてはいられなかった。

 ただ一つの遮蔽物――大きな岩陰に向かう最中に、火のない筈のすぐ傍から異様な熱さを感じた。

 

「――――ぅあっ!?」

 

 白衣の裾に小さな火が点っているのを見て、急いでそれを脱ぎ捨て、岩陰に辿り着く。

 その岩が火炎放射に曝されてるのを理解しつつ、頭を回す。

 どうする――すぐ傍の水路に飛び込めば、ひとまず安全地帯には流れ落ちることが出来る。そこから再び攻める手段を見つけ出すか。

 こんな汚水の中、この流れの中を泳げるかは知らない。というか綺麗な水でさえ泳げるか定かではないが、この状況から逃れるためならやらざるを得ないか。

 辺りが熱されていき、忌まわしき事件を思い出し、余計な焦りが募る。

 その時だった。

 

「おい姉ちゃん! 上や!」

「なっ――ぐ!?」

 

 頭上から掛けられた声に顔を上げ――額に落ちてきた何かが直撃する。

 ――私のPETだ。もう一度見上げれば、荒駒少年が崖から此方を見下ろしている。

 

「まだそのPETにはキングマンが入っとる! そいつにプラグインして火を止めるんや!」

「――、すまない、力を借りる!」

 

 PETの中のキングマンを確認する。

 彼は黙して、此方を見ていた。このPETにナビが入っていないことを察し、荒駒少年が気を利かせ、己のPETに戻さずにいたのだろう。

 ――それなら、彼も借りて即座に終わらせる。火が一度止まったタイミングで警備ロボとのパスを繋げば、キングマンは飛び込んでいく。

 私のPETにインストールしているナビではない以上、私がオペレートするという訳ではない。

 彼はこの一時、自立ナビのように一人で戦わなければならないのだ。

 だが、借りた手前そのようなことはさせない。この熱から一刻も早く逃れるため――すぐさまエールハーフを実行し、戦へと赴いた王に続く。

 

「解凍――エールハーフ.EXE。パルストランスミッション!」

 

 警備ロボ内の電脳世界。

 単独で進もうとするキングマンに並ぶように、(エールハーフ)は降り立った。




ギャグシーンについて、本人は「電脳世界で戦うものと認識しており運動神経が必要だとは思っていなかった。ワイリー氏が出来ないようなアスレチックを罠として仕込むものではない」などと意味不明な供述を繰り返しており……。


ちなみに原作ではワイリー氏の像を部屋の脇にある水路に蹴り落として突破していますが、流石に調べるまでもないんじゃないかと判断しました。
アクティブな熱斗くんたちがおかしいのではなくわざわざ像を調べたりしようとするエールさんがRPG脳なだけです。
運動不足なようなのでエールさんには一番駄目そうなところを担当してもらいましょう。
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