バグのかけらをひたすら集めるクリームランド在住のデバッガー   作:けっぺん

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過去に残る、未来に進む 【本】

 

 

 輝きを失い、終わりを迎えた世界を泳ぎ、大穴から出てくる。

 プロト内部、肉の脈動は既に停止しており、周囲にぱらぱらと存在しているプロトバグも消滅していく。

 

『……や……やったのか?』

『そうみたいだ。よくやった、二人とも――キミたちが、プロトを完全に倒したんだ』

 

 存在が残っていれど、核を完全に破壊すればもうお終いだ。

 ここにあるのは既に亡骸のようなもの。

 残っていても何の損害も与えない、動きのない電脳世界に過ぎない。

 ……まったく、恐ろしいな。

 ゴスペルだけでは飽き足らず、プロトという最大の怪物まで打ち倒してしまうとは。

 

『そっか……やったぜ、ロックマン……!』

『う、うん……! やったね、熱斗くん……!』

『お疲れ様。ようやく、全てが終わる訳だ』

 

 戦いが終わり、集中力が途切れたのだろう。

 フルシンクロが解除され、光少年の精神データがロックマンから分かれるように出現する。

 力を使い果たしたように肩で息をする彼らの頭に手を置いて労った後、振り返れば――大穴は閉じており、代わりに何やら、一つの扉が現れていた。

 

『これ……なんだろ』

『もしかしてまだプロトの一部が……?』

『……いや、これは……』

 

 扉はプロトの影響を受けていない。

 内部にありながら、完全な状態で維持されている扉に手を置き、調査する。

 普通であれば、大穴の下の旧インターネットに満ちていたジャンクにも等しいデータたちと同じようになっている筈だ。

 これは、あれらとは違う。バグが発生した後のプロトという世界に対応した、少し後の時代のデータ。

 そしてこの形式は、もしかして――

 

『……パストビジョンの一種か』

『パストビジョン……?』

『現実世界のとある一瞬を切り取って、データとして保存したものだよ。これはその中でも簡易的な、イメージファイルだな』

 

 これの本来の形式では、その時点の人や動物、自然――その場の全てが保存される。

 切り取った一時を繰り返す思い出の保存方法。

 だが、これはその中でももっと単純なもの。

 

『この先には、これが作成された当時の何処かの現実世界の光景が広がっている筈だ。ただ、誰もいないだろうな。本来パストビジョンはそうした人などの動きも保存しておけるのだが、これはそこまで本格的なものではないらしい』

『凄い技術があるんだな……じゃあ、誰かが意図して、プロトの中にこれを作ったってこと?』

『そうだろう……見てみるかい?』

『――うん。ここまで来た以上、全てを知らないと。この先に待つのが何であっても!』

 

 そう言って、光少年は扉に手を掛け、一気に開いた。

 もっと警戒すべきだとは思うが……入っていく二人に続いて、いつかの何処かに足を踏み入れる。

 

 

 

 ――そこは、当然ながら見覚えのない部屋だった。

 誰かの研究室だ。専用のものらしい小型のサーバーや、その他の設備を見る辺り、かなりの技術を持っている科学者だろうか。

 

『ここ……初めて見る場所だけど、なんだかとても、懐かしい気がする……』

『……うん。オレも、初めて見た気がしない……』

『ふむ? キミらの縁者の部屋かな?』

 

 そう考えると、プロトの中にこのようなファイルを作る技術の持ち主というのも考えられる。

 プロトに関係があり、優秀な科学者であり、彼らに関係のある人物。

 確証は持てないが……ここはきっと――。

 

『この白衣……パパが使ってるものと同じだ』

『本当だ……ってことは、ここは、科学省?』

 

 今の科学省にはこのような部屋はない筈だ。

 過去、プロトがまだ存在していた頃の科学省を私は知らない。

 だが――光氏の白衣というのが本当であれば、間違いない。

 

『けど……それなら、このパストビジョン? ってのは、誰が、何のために……』

『プロトを封じるためだよ』

『ッ』

 

 突如として聞こえた、この場にいない筈の四人目の声。

 二人と同時に振り返ると――そこには、もう一つ、精神データが存在した。あり得ない人の、姿が。

 

『――――』

『警戒せんでもよい。プロトの本体をデリートしたのは、君たちだね』

『お……お……お爺ちゃん!?』

 

 ――光正博士。

 プロトの開発者であり、今のネットワーク社会の基礎を築いた偉大なる科学者。

 もう十年以上前に亡くなった筈のその人の精神データは、光少年の言葉に意外そうに目を見開く。

 

『お爺ちゃん……? ということは、熱斗……それにそっちのナビは、まさか彩斗か?』

『う、うん……』

『そうか……そして、君は……?』

『――あ、ああ、いや。私は彼らの協力者だ。エール・ヴァグリース……クリームランドの医者(デバッガー)だ』

『……エール……ヴァンの娘か』

 

 父の名を懐かしそうに口にした光博士の様子からしても、そのデータが本人のものであることは明らかだった。

 亀裂だらけ、修復も中途半端な、ボロボロの姿では失礼だと頭部の外装を解除し、素顔を晒す。

 

『なるほど、わしが会ったのはまだ赤子の頃だった……今は彼の面影があるな……となると、そうか……君はもしかして――』

『……そこまでだ。色々と聞きたいことはあるが、ご令孫との話を優先してほしい。貴方にとっても、彼らにとってもその方が好ましいだろう』

 

 そう言って、部屋の入口の方に下がる。

 ここにおいて私は部外者だ。

 彼らの方が積もる話というのもあるだろう。

 

『それでは、そうさせてもらうよ――しかし、どうして君たちがプロトを?』

『ワイリーがプロトを復活させて、世界中にばらまこうとしていたんです』

『……そうか、ワイリーが……彼も以前は、志高い優れた科学者だったのだが……それで、ワイリーはどうした?』

 

 ――彼とワイリー氏は、かつて共に研究を行い科学省の最先端に立っていたらしい。

 やがて、科学省の方針により袂を分かつことになってしまい、ワイリー氏は科学省を去ることになる。

 かつての仲間であった者の結末を伝えるのは憚られたが……。

 彼がプロトを使おうとしたのは事実だ。である以上、彼には伝えなければならないか。

 

『――ワイリー氏は、プロトに呑み込まれた』

『……奴も真っ当な道を歩んでいれば、こんなことには……』

 

 その表情に憂いを浮かべた光博士に、躊躇いがちに光少年が訊ねる。

 

『でも……お爺ちゃんがなんでここに?』

『プロト本体が目を覚まさないように、ガーディアンを管理していたんだよ。プロトを生み出してしまった科学者としてのけじめをつけるためにな……破壊された時はどうなるかと思ったが……君たちのおかげで世界は守られた。世界中に放たれたプロトバグもいずれ消えるだろう』

 

 軍事システムのハッキングによる世界戦争の危機。

 それもどうにかなったか。プロトバグの影響は懸念していたが、光博士が言うのであれば間違いあるまい。

 

『どうだ? 熱斗、彩斗……今のネットワーク社会は。ナビと人間は、仲良くやっているか?』

『勿論! 中には悪さをするヤツがいるけど、そんなのオレたちがとっちめてやるよ!』

『うん――お爺ちゃん、ボクたちのネットワーク社会は、とっても素晴らしい世界だよ!』

 

 今のネットワーク社会。

 それは決して、完全なものとは言えない。

 WWWをはじめとして、悪事を働く者は後を絶たないし、誤ったプログラムによる不具合は無限と言ってもいいほど存在する。

 だが、それでも――良い方向に向かっているというのは頷ける。

 人間とナビの絆など言うまでもない。

 目の前にいる二人がそれを証明している。

 

『そうか……二人とも、帰ったらパパにこれを渡しておくれ』

 

 彼らの答えに満足のいったように頷き、微笑んだ光博士は、一つのメッセージファイルを二人に渡す。

 しかし、それを受け取った光少年は困惑するように訊ねた。

 

『お爺ちゃんは……一緒に帰るんじゃないの?』

『わしはもう既に過去の人間だ。プロトはもう消える、わしの役目も終わる時が来た……これからの時代はお前たちが作り上げていくんだ』

 

 ――そう。既に彼は、過去の人間。

 光正という人間はとうの昔に亡くなった。精神データの一部をこの場に保存していたとしても、戻ることは出来ない。

 ここで彼は、プロトと共に終わることを決めていた。

 

 その終わりを肯定するように、空間が軋む。

 ――不味い、プロトの崩壊が始まった。

 

『さあ、崩壊に飲み込まれる前に早く行くんだ。パルストランスミッションはプラグアウトが出来ない。パルスインした場所に戻れ!』

『け、けど……!』

『――光少年、ロックマン』

 

 扉を開く。こうしていないと、いつ外との接続が切れるかもわからない。

 祖父に我儘を言うことさえ、この時間は許さない。

 残酷なものだが――それでも私は、彼らを連れて戻らなければならないのだ。

 

『これでいいんだよ、熱斗、彩斗。……彼らを頼むよ、エール』

『……任された。行こう、二人とも。キミらを待っている者がいるんだ。逃げ遅れる訳にはいかないだろう』

『……うん。お爺ちゃん、オレたち、絶対平和なネットワーク社会を築いてみせるから!』

『お爺ちゃん、貴方に会えて良かった――貴方の理想は、ボクたちが引き継ぎます!』

『ああ――頼んだぞ、わしの可愛い孫たちよ』

 

 走ってくる二人を、部屋の外へと連れ出す。

 私もそれに続こうとして――

 

『……()()()もな』

 

 ――そんな言葉を聞いた。

 

 扉を閉じる。……やはり、光氏同様、彼もまた全てを知っていた存在だったのか。

 だが――ここにいるのは私一人だ。聞こえていないのに、“たち”とは……まったく。

 

『エールさん! 急いで!』

『ああ……今行く』

 

 駆け足で、撤退する彼らに続く。

 崩壊はまだ初期段階だ。これなら歩いていても十分に間に合う見込みだが……それでも急ぐに越したことはない。

 

『でも、エールさんはプラグアウト出来ないの?』

『ここに来たのはあの椅子によるものだからね。この転送方式だと、流石に無理だ』

 

 普段の私であればプラグアウトと同じ要領でパルスアウトが可能だが、今回は通常のパルストランスミッションシステムを応用してやってきている。

 私も彼らと共に戻らなければ、肉体に戻ることは出来ない。

 まあ……出来たとしても置いていくなど出来る筈もないが。

 

『ワイリーは……』

『さて……。プロトとはいえ、精神データほどの容量の分解には時間が掛かるだろう。この後、調査が入るだろうし、もしかしたら見つかるかもしれないが』

 

 ――あまり取り込まれた者の望みは持たない方がいい、と続ける。

 光少年とて、彼にこのような結末は求めていまい。

 精神データが奇跡的に発見され、これに懲りて改心の道を行くことを望んでいるのだろう。

 私としては、そのようなことあり得ないと考えているが……まあ、そうであれば、良い結末と言えるか。

 

『ともあれ、ここを出るまでは気にしないことだ。それで逃げ遅れたら本末転倒だよ』

『う、うん……そうだね』

『もう少しだよ、熱斗くん。メイルちゃんたちもきっと心配してるだろうし、早く戻ろう!』

 

 ロックマンに促され、光少年も止まりかけていた足を速める。

 二人の疲弊は気になるが、どうにか間に合いそうだ――そう思った直後、異変は起こった。

 

 

 ――突如として開いた罅から、湧き出てくる、プロトバグ。

 

 一切の気配もなかった“生き残り”が、光少年を捕えたのである。

 

 

『うわっ――!』

『熱斗くん! ぷ、プロトの一部がまだ生きていたのか!』

 

 ロックマンはすかさず、彼らに渡していたプロトウォッシャーを起動する。

 解放された光少年だが――安心は出来ない。

 この場にあったプロトウォッシャーはこれで全てだ。次に不意の襲撃があった時、即座に逃げられる手段がなくなった。

 

『さ、サンキュ、ロック――』

『いいから、走って! すぐにここを出よう!』

 

 とはいえ――そろそろ彼の体力も限界か。思った以上にフルシンクロによる消費が激しかったらしい。

 ロックマンも安心できる体力ではない。

 まだ少しはマシだと、私は光少年を抱え上げた。

 

『わわっ……!』

『急ぐぞ。思った以上に余裕がなさそうだ』

 

 ロックマンと並んで走る。

 私もフォルテとの戦いでギリギリのところではあるが、『バグリカバリー』で最低限の修復をしているだけ余裕がある。

 崩壊が進むことであちこちに見える亀裂。

 嫌な予感――というか、知りたくなくても分かってしまう特有の気配が再び発生し始める。

 核が消滅したことによる、この場のプロトバグの最後の暴走。

 そして、ヤツらの目的は個々が食欲を満たすためのの吸収ではない。

 崩壊しようとするプロトの修復リソースとするため、このプロト内部に取り込もうとしている。

 

『あと少し――』

 

 見えてきた。

 パルスインしてきたリンクは健在だ。

 あれが消滅していたらどうにもならなかったが、あそこさえ残っていればまだ間に合う。

 ゆっくりと手を伸ばしてくるプロトバグたちを躱し、足を少しでも速く動かす。

 あと数十メートル――残り十秒程度走り抜けられれば、といった時、

 

『ッ!』

 

 私たちとリンクとの間がばっくりと割れて、プロトバグが飛び出してきた。

 咄嗟に振り返り、光少年を庇う。背中に組み付く冷たさを引き剥がそうとして――後ろから迫ってきていた一体を見て、“順序が違う”と判断した。

 

『熱斗くん! エールさん!』

『――ロックマン、彼を!』

 

 光少年をロックマンに向けて放り投げる。

 直後、正面にしたプロトバグが飛び掛かってきて、それを受け止める形になった。

 ――消えかけの蝋燭の如く、プロトという存在の執念が、そこにあった。

 

『引きつける――行け!』

『でも、エールさん!』

『ここで足を止めたら巻き込まれる! そのまま走れるな、ロッ――』

 

 優先順位を決めたのか、此方にだけ飛んでくるプロトバグたちは、普段ならば御免だと思うところではあるがこの場に限っては都合が良かった。

 顔に覆いかぶさってくる個体を引き剥がし、その直後三体に飛び付かれて沈んでいく腕を見て、周囲のそれが増えてきたことを悟る。

 

『ッ、早く行け……そのまま兄弟仲良く呑み込まれる訳にはいかないだろう!』

『――――――――、すぐに、助けを呼ぶから! エールさん!』

『ああ――頼むよ』

 

 それでいい。共に全てが失われれば、残された者たちがどれだけ悲しむか分からない。

 走っていくロックマンに担がれた光少年の表情は、印象的ではあったが、それに応えることは出来なかった。

 

『もど、戻ってくれよロックマン! エールさんが――』

『我儘を言うな、熱斗! ボクは兄として、君を絶対に助ける義務がある――君が何より、先なんだ!』

『――彩斗兄さん、でも――』

 

 言葉が消える。多分、耳が聞こえなくなった訳ではないとは思う。

 逃げてくれたことを祈ろう。次々と組みついてきて、目も覆われて前が見えない状態では、それが精一杯だった。

 ……戦闘状態を終えたのは失態だったか。

 チップも、ゴスペルを励起させることも出来ない状態では、どうにもならない。

 

『……あと数歩、だったんだがな』

 

 後悔が口から洩れた。

 まあ――伊集院少年たちへの宣言だけは果たしたか。

 あとは、プライド様とか、レヴィアとか、浦川少年とか、緑川氏とか……皆との約束は――無理、かな。

 どうしよう。アイリスのことは……レヴィアがどうにかしてくれるだろうか。

 プロトという存在が浸透してくることを感じながらも、沈んでいく。

 ……体の方が無事であれば、まだ最悪ではないか。

 どうにもならないやるせなさというか、罪悪感というか、そんなものに満たされた想いの中――とぷん、と沈み切ったことの分かる音がした。

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