バグのかけらをひたすら集めるクリームランド在住のデバッガー   作:けっぺん

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へびつかい座の空白 【本】

 ふと時計を見れば、二十時を回っていた。

 作業は朝から始まったと聞いていたが、本日はかなり時間を掛けていたらしい。

 複雑な気持ちだった。

 労う気持ち、申し訳ないという気持ち、そして――どうして見つからないのかという不満、憤り。

 後者のそれを呑み込み、報告を聞き続ける。

 

『――を中心に、当事者である光熱斗くんからの情報である戦闘場所も深層まで捜索しましたが、エール・ヴァグリースの精神データは発見できませんでした。申し訳ありません』

「そうですか……お疲れ様です。作業にあたった方々にも伝えてください」

『はい……次回の調査は二日後の正午からとなります』

 

 あまりにも形式的な報告であり、形式的な労いだった。

 向こうも、気まずかったのだと思う。だって、他が見つかって、たった一人の捜索が終わらず時間が経ち続けているのだから。

 通話を切る。静かになった私室で、私は感じた疲れから目を押さえた。

 ――彼女に言われてから、しっかりと寝ようと努めていたのだが。

 公務の忙しさではなく、もっと違う要因から中々寝付けなくなったのは年が変わる少し前から。

 少しだけ眠ることが出来ても、一時間や二時間も経てばすぐに意識を取り戻してしまう。

 そんな日が続いていたからか、振られる公務の数は目に見えて減った。

 

「……」

 

 無意識のうちに、保存したメールを開いていた。

 この時間帯、国のメインシステムの護りに出ているナイトマンがいないため、手動で。

 書かれている簡素な一文は――彼女があの日、最後に送ってきた言葉。

 

 ――行ってきます。

 

 それを最後に、勝利を報告する連絡も、科学省に戻ってきたという報告もなかった。

 WWWが、暴走した初期型インターネット・プロトを使って終末戦争を引き起こそうとした大事件から、二ヶ月が経った。

 あれを食い止めるために、どんな戦いがあったのかは、幾らかの情報が此方に来ているだけ。

 大半はオフィシャルの伊集院炎山や、プロトと実際に戦った光熱斗からの言葉によるものだ。

 曰く、光熱斗たちと共にプロトと戦い、どうにか勝利した。

 しかし崩壊するプロトから脱出する際に内部のバグに襲われ、光熱斗たちを逃すためにその場に残った、と。

 

 オフィシャルから正式な報告が発表される前に、他ならぬ彼から最初に連絡を受けた。

 伊集院炎山から、オフィシャルの連絡網を通じて泣きながらの彼から告げられたのは、そんな結末と、謝罪。

 ――どうしてその謝罪を受けることが出来ようか。

 そもそも彼に罪はない。彼女は年長者として、その場の責任者として――誰一人助からない危機から彼らだけでも助ける道を見出しただけ。

 彼とそのナビ、ロックマンも含めて三人の犠牲者となるところだったのを、自分一人にまで減らしたのだ。

 痛ましいほど責任を感じていた彼をその場で叱責するのは憚られたけれど、せずにはいられなかった。

 貴方が背負わずとも良いものを背負うな。そういう風に気負うことなど、助けた彼女は望んでいない、と。

 友人として当然の心配を受けることすら申し訳ないと思ってしまうほど、他者の負担となることを嫌う不器用な彼女だ。助けた彼らにそこまで苦しまれては敵うまい。

 これだけ経った。

 彼や伊集院少年含め、同行した子供たちは全員そんな調子であったらしいが、気を取り直しただろうか。

 

 その数日後、プロトの調査が始まった。

 まだ完全に停止したとは言い切れず、慎重な調査となり、ようやく全貌を把握するのにおよそ一ヶ月。

 それから立て続けに、WWWの団員四名と首領ワイリーの精神データが発見された。

 どうやらプロトの内部でも比較的安全な陥穽に落ちていたようで、とりあえずは全員無事に保護されたとのこと。

 そこからは暫く入院の後、逮捕され取り調べが始まっているらしいが――。

 たった一人。WWWに与していない一人の精神データだけは、見つからなかった。

 

 恐らく崩壊に巻き込まれてより深層に落ちているとのこと。

 ――しかし、それが僅かな可能性であり、最も考え得る可能性が別にあることは、報告を受けた時点で分かっていた。

 既に、プロトに分解されたという、考えたくない結末。

 最後には大量のバグに呑まれるような状態であったと、光熱斗は言っていた。

 であれば、WWWの団員たちより悪い状況に陥っている可能性は十分に考えられる。

 それからも何度も再調査が行われているが――報告してくるオフィシャルの調査隊長がまず間違いないだろうと結論付けていることは何となく伝わってくる。

 だけど……まだそうと決まった訳ではない。

 もう無理だという、此方の諦めを待っていたのだとしても、それでも、認めてしまうことだけは嫌だった。

 エール・ヴァグリースに、行方不明(MIA)などという結末は許容できない。

 誰が諦めたとしても自分だけは諦めないし、オフィシャルが諦めたとしたら国から捜索隊を派遣する。

 どれだけの時間を使っても、見つけ出してみせるというのが、結論だった。

 

「だって……約束したもの。必ず、無事に戻ってくるって」

 

 彼女なら、たとえどれだけ経ってから発見されても、『でも帰ってはきましたので』とかなんとか言って、切り抜けようとする。

 彼らと一緒に戻ってくるという約束は……していなかった。

 今は科学省近くの病院で寝たきりとなっている身。

 精神データが発見されればすぐにでも変換作業を行う用意は出来ているらしい。

 

 光熱斗は毎週のように様子を見に行ってくれているらしいし、彼から聞いた話では彼女の日本の知り合いも頻繁に来ているらしい。

 “友人らしい友人など、プライド様しかいません”というのが、他者との距離感を測るのが運動よりも苦手な彼女の口癖だったが――実際そうではないことは知っている。

 友人というのはいつの間にかなっているものであって、皆まで言うことではない。暗黙の了解というものだ。

 しかし彼女は、そうした無言の関係を決して一定の域以上と判断しないのである。

 自らをデバッガーとして――電脳世界の医者として定義するのも、彼女が自分に押し付け続ける役割以外に、相手と必要以上に近付いて負担としたくないという無意識下の遠慮がある。

 

 ――初めて、話の流れで自分が“友達”という単語で彼女を指した時のあんまりな反応は忘れない。

 

 今考えても、あの時自分が不安を覚える必要なんてなかった。しかし本気で、彼女は本人に言われるまで他者の事を友人だとは思わないのだ。

 もう不器用というより軽く……その、“変わっている”域にあるのだが、まあ、指摘したらしたでより厄介な解釈をするに違いないと、半ば諦めている。

 友人と言って差し支えない程度の“お得意様”はそれなりにいるだろうに、何というか、ままならない。

 

 ともかく、相手としてはとっくに友人という括りにあるだろう者が心配してきているのだ。

 いつまでも行方不明になっているなんて、彼女らしくない。

 誰かに心配をかけていると分かれば全力で、どんな手段を使っても戻ってくる。無茶をするのは大抵そう思っていないからだ。

 今回は何度も、何度も、しつこい程に言っておいた。

 だから、それこそ何をしてでも戻ってくる、筈なのに。

 

「……どこにいるんですか、エール」

 

 WWWの団員が見つかって、もうずいぶん経つ。

 今やプロト内部の調査は、殆ど一人の捜索だけを目的に行われているようなもの。

 だというのに、何度捜索しても見つからない。

 どれだけ深くにいるのか。一体何をすればそんなことになるのか。

 ……もう、待ちくたびれているのだ。色々と聞きたいことはあるし、文句だってある。勿論、よくやってくれたと最大の賛辞を送ってあげたい気持ちも。

 世界を救う一端を担ったのだ。だというのに――いずれの言葉も送れないなどあってなるものか。

 

 たった半年でクリームランドが再び日の目を見るようになって、主にセキュリティとバグからのリカバリーの観点から世界に評価されるようになった要因。

 全てはエールのおかげだ。

 あの日、ゴスペルの口車に乗って道を踏み外そうとした自分(わたくし)を助けてくれた時点から、彼女はこの国を引っ張り上げてくれた。

 礼をさせてほしいけれど、本人はそれを決して望まない。

 それでも、そうであるならば――彼女が無事なままに、望むことをさせ続けてあげたい。

 その環境を確約することが、自分に、この国に出来る最大限の返礼なのだ。それくらい、させてほしい。

 だから、戻ってきて。今すぐ見つかって、と。

 ここ二ヶ月、毎日何度も想っていることをまた祈った時だった。

 

「……」

 

 PETへのオート電話が入る。

 城の内部用の緊急回線。番号は、今日の当直の者からだ。

 一つ深呼吸をして、気持ちを切り替える。どんなに心配であっても、公務の最中はこうでなければ、また彼女が背負わなくても良いことを背負ってしまうから。

 

「――わたくしです。どうかしましたか?」

『夜分に申し訳ありません、プライド様。国のメインシステムに侵入者です!』

「……なんですって?」

 

 耳を疑うような報告に、感じていた疲れも忘却する。

 この国のメインシステムは、世界に誇示できるほどのセキュリティで守られている。

 突破できる者などいないと自負しているし、先のWWWの襲撃の際も世界の主要国家が大なり小なりの被害を受けた中、彼女が力を貸したプログラムが科学省から送られるまでシステムを守り通した実績もある。

 正攻法で突破するのは不可能、方法があるとすれば、とんでもなく強いナビによる力押しだけ。

 そんな風に彼女が評していたセキュリティが、破られたと?

 

『侵入者は凄まじい速度でシステムに接近しています! このままでは――』

「――予備のセキュリティシステムを動かしてください。また、防衛部隊も可能な限り展開。わたくしも、ナイトマンのオペレートに入ります」

『か、畏まりました! 五分以内に――』

「二分です」

『は、はい!』

 

 通話を切る――やはり彼女の言う通り、有事の対処方法について訓練をするべきかもしれない。

 前回はプロトから放たれたバグの動きが緩慢だったために対処が間に合ったようなものだ。これは課題だ、いざという時、手遅れになる。

 そのいざという時が来ていることは明らかだ。

 PETのオペレートプログラムを実行し、自由行動となっているナイトマンとのパスを繋げる。

 

「ナイトマン、状況は聞いていますね?」

『はっ! 下手人は間もなくこの場に辿り着くとのこと。ご安心くだされ、このナイトマン、命に代えてもこの道を守り通しましょうぞ』

「信頼しています。侵入者は相当の相手、十分に気を付けてください」

 

 システムへの道に立ち塞がるナイトマンは、こと防衛に関しては世界のあらゆるナビの中でも上位にあると思っている。

 彼が守る限りその道を通ることは許されない。この国の、最後の砦だ。

 予備のセキュリティに防衛部隊は――間に合うか分からない。

 ともなれば、頼れるのはナイトマンだ。

 あまりにも突然の、国の危機。十全なオペレートが出来るように気を引き締める。

 数分後、システムを保管するエリアの最奥部――ナイトマンが待つ場所の扉を粉砕して、侵入者はやってくる。

 

『何者か! ここが何処か心得ているのであれば、疾く立ち去るがいい!』

 

 ナイトマンの警告に恐れることなく、侵入者は煙の中から歩み寄ってくる。

 警告程度で立ち去るようであれば、そもそもこんなところまで侵入しては来ないだろう。

 現れたのは、黒いナビ。

 マントを揺らしてやってくるそれは、WWWの事件の際、組織に関与しているという情報があったことから、オフィシャルの一部メンバーに共有された姿。

 プロトの反乱に関わった最初の完全自立ナビ――フォルテ。

 

『フン……ここが何処で、何があるかなどどうでも良い』

「……それでは、一体どのような目的で来たのです、フォルテ。貴方が再びこの国のインターネットに足を踏み入れることがどのような意味を持つか、分かっているのですか」

 

 最大級の警戒に値する相手だった。

 その強さよりも、何よりも――かのナビがこの国に齎したことを、知っているから。

 

『それに応じるのも悪くはないが……その気で来たのではない。貴様がこの国の王女のナビで間違いないな』

『ム……? 如何にも。それがしはナイトマン。プライド様を守護する者なり』

 

 メインシステムに目的がある訳でも、かつての惨禍を繰り返しに来たのでもない。

 だというのに、このような国の中枢まで攻め込んできて、一体なんの用事であるのか。

 警戒を強める。いつでもチップを送信できる状態を整える。

 WWWと繋がっている疑惑が強いフォルテがここまで来たという状況は、彼の言葉が真実であるとしても決して安心させるものではないのだ。

 

『ならばいい。貴様の主に渡すものがある』

「……? 渡すものとは――」

 

 言葉を紡ぎ終える前に、フォルテは身に纏うマントの内側に担いでいたものを、床に無造作に放り投げた。

 ナイトマンが咄嗟に構え、次の瞬間、停止する。

 それは、自分もまた同じで。そこに転がされたのが誰だったのか――少しの間、受け入れることが出来なかった。

 全力の証である黒いバグがところどころに残っていれど、殆ど何も纏っていないも同然の精神データ。

 目を閉じて力なく倒れ伏す彼女は――この二ヶ月、待ち続けた人だった。

 

「ぁ……エー、ル」

『エール殿!』

 

 ナイトマンが抱え上げるその精神データは、紛れもなく彼女のもの。

 それを、何故、あのナビが……。

 

『目が覚めたら伝えろ。借りは返した、今後貴様と関わるつもりはないと』

「――待ちなさい! 一体何が……」

 

 言葉少なにそれだけ告げて、フォルテは身を翻し去っていく。

 結局、メインシステムやナイトマンには傷一つ付けることなく。

 ……本当に、彼女をここに――自分の下に連れてきただけなのか。であれば、何故彼女はこんなことになっているのか。

 考えるのは後だ。

 今はとにかく、何よりも先にすべきことがある。

 

「ナイトマン、オフィシャルと科学省に連絡し、エールの精神データを連れていきなさい! 決して傷など付けないように! わたくしもすぐに向かいますので、その旨の連絡もお願いします!」

『ぎょ、御意に!』

「――お忍び扱いでお願いしますね?」

『心得ております』

 

 こうしてはいられないと立ち上がり、外の寒さに耐え得る最低限の上着を羽織る。

 部屋を出れば、傍に待機していた怪訝な表情の護衛と目が合う。

 

「王女殿下? 如何なさ――」

「急いで飛行機の準備をなさい。日本へ向かいます。非常時のため手続きは全てパスして構いません。必要なことは後日わたくしが全て対応します」

「は!? お、王女殿下、お待ちを!」

 

 待ってなどいられない。必要な仕事を後回しなど、普段であれば決してしないが今だけは。

 二ヶ月遅れで戻ってきた友人を迎えるために、何もかもを置いて日本に向かう。

 それくらいは許される筈だ。見つかったら日本へ向かう旨は既に方々へ伝えてあるし――こういう時くらいは。

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