バグのかけらをひたすら集めるクリームランド在住のデバッガー 作:けっぺん
――どれだけの間、意識を失っていただろう。
眠った自覚はなかった。いつから、いつまでこうしていたかは分からない。
目を開けても薄暗い赤一色の景色が映るだけで、その他に見えるものは何もない。
何があったんだっけ、と思考を働かせるのも久しぶりだと感じる。
『……』
プロトとの戦いを終え、外へと脱出する最中に――プロトバグに捕まったのだったか。
それで吸収されず、今も意識を持っているということは、ここはプロトの内部。
あの場でプロトバグの一部にならなかったのは、不幸中の幸いということか。
崩壊するプロトは捕らえた私を修復のリソースとすべく本体に取り込もうとして、分解、吸収の最中に完全停止したということだろう。
僅かに開いた空間で、中途半端に捕らえられている体は碌に動かない。
とりあえず、私の精神データそのものにはプロトの侵食は殆どない。外装はほぼ分解され切っているが、身を守る鎧の役割は果たしてくれたらしい。
とはいえ――どうしたものか。
PETとの接続は切れている。恐らく、パルストランスミッションに使用した椅子から外されたのだろう。光少年たちが上手く脱出してくれたことの証左と思いたい。
外装の機能は壊れている。今の私ではナビの真似事も出来ず、パルスインしてきた常人の精神データとさして差異がない状態。
ある程度、保有していたデータは残っているが――何も出来ないな。力が入らない。
『……つまり、待つしかないってことか』
今の私にここから出る手立てはない。
これ以上精神データが損傷することはないみたいだし、このまま見つかるまで待ち続けろ、ということか。
地獄か……地獄だな。
体も動かず何も出来ない、景色さえ動かない状態で待ち続けろとは。
多分、彼らが戻ったことでオフィシャルや科学省によるプロトの調査は始まるとは思うが……そもそもここがプロトのどの辺りになるのかが分からない。
本体の修復に使おうとしていたのであればよほど深層に沈んでいると推測するが、だとすると相当待つ必要があったりするだろうか。
死ぬことはなかっただけマシな状況ではあるものの……参ったな。
『――目覚めたか』
『ッ!?』
これから始まる、闇の中の孤独をひどく億劫に感じていた時。
まったく想定していなかった声が響いた。
その方向にゆっくり首を動かせば、辛うじて見えるほどの暗闇に、黒い姿が見えた。
『……フォルテ』
『フン……結局貴様も取り込まれたようだな』
どうやら彼も同じような状態になっていたらしい。
精神データほどの複雑さを持たないナビである以上、分解にさほど時間も掛からなかった筈だ。
だというのに彼がこうして残っているということは――オーラが助けになったか。
彼とここにいるという状況は、最悪に近いものだったが。
無防備な精神データが攻撃されることは一向になかった。
『……私を、攻撃しないのか?』
『その行動に意味はない。無駄に力を使って何になる』
『……まあ、確かに』
彼に力が残っていたとして、この場で私一人をデリートするためにそれを使うのは得策とは言えまい。
であれば、矮小な私くらい放置しておいても構わない。そう判断したのだろう。
『曲りなりにも、オレを倒した者とは信じたくない末路だな』
『キミに打ち勝ったのは不意打ちや騙し討ちの方がまだ可愛げのある手段だぞ』
『言った筈だ。力の選択に優劣はない。それが貴様の勝ち方だったというだけのことだ』
……嫌に饒舌だな。気味が悪いぞ。
覇気も感じられないし、彼なりにこの状況に参っていたりするのか?
『……ここからは、出られないか?』
『不可能だ。オレに大した余力はない。ここを破壊することが出来たとして、外にまでは繋げられん』
『……そうか』
しかし――会話は続かなかった。
状況の把握は終わって、彼をもってしても外に出られないことは分かった。
私としては好ましくない相手であるし、これ以上話すこともない。
独りではなくなった。だが、再度の静寂の中で――ヤツと過ごすのかと思うと、余計に億劫になった。
時間を計るためのツールはこの場に何もない。
何もせずに一切変わらない景色をじっと見続ける。
それに飽きれば、他愛のないことを考える。
それも品切れになれば、少しだけ眠る。時計がないので、少しだけだったのかも分からない。
頭の中で秒を刻んでみたものの、一時間と経つ前に馬鹿らしくなった。
最初に目覚めたのが、捕まってからどれだけ経った時なのかは分からないけど、その時から経過したのは、長くてほんの数日だと思う。
『……』
たった数日の筈なのに、気は滅入る。
当たり前か。何も出来ず、体も碌に動かせない。そんな状態でひたすら耐え続けろなどと、拷問もいいところだ。
しかも、この場には最もいてほしくない相手がいるのだ。
そちらの方を向いたことは、あれ以来ない。
マントの擦れる音がする度に、体が強張る。
時折、不快そうな舌打ちが聞こえる度に、逃げることの出来ない恐怖が突き刺さる。
何かの罰か、この空間。弱い者いじめにも程があるぞ。
……ある意味では、この恐怖という別の感情を抱けるということも、気分転換といえばそうなのだが。まったく嬉しくはない。
『――貴様』
『ッ』
静寂が破られ、一瞬息が詰まる。
くそ……いきなり話しかけてくるな。なんで私だけこんな気を張ってないといけないんだ。
『……何か? 出られる算段が付いたというなら是非、相伴したいのだが』
『貴様は何故、そんな姿をしている?』
私の言葉をまったく無視して、フォルテは聞いてくる。
……なるほど。
『ようやく思い出したのか、キミ』
『先のデータで思い当たるものがある。だが、そうであれば貴様がここにいる理由がない』
まあ、いいか。
これで少しでも時間が潰れるというのなら、構わない。
ぽつりぽつりと私は話し始めた。これ以上誰にも広めるつもりのなかったことではあった。
だが、こうして、よりによってフォルテという相手に話すくらいには、参っていたのだろう。
話している間、フォルテは一切口を挟むことはなかった。
今、私がこうしている経緯まで、それなりに語るべきことはあった筈だ。
それでも私本人が話せばさほどの時間は掛からず、程なくして全て話し終える。
主観であるため、フォルテへの恨みを存分にぶつけることとなったが――終わった時も、さほどヤツから強い感情は向けられてこなかった。
『そんな訳で、私は今ここにいる。パルストランスミッションも、そういう理屈だ』
『……やはりか』
終わった後の、フォルテの第一声はそんな納得だった。
謝罪の言葉など期待していなかったが、簡素に過ぎるぞ。
『であれば貴様の闇の浅さも納得できる。オレが憎しみを向ける価値もない人形だったということだ』
『辛辣な評価ありがとう。キミがどう思おうと私からの憎悪は変わらんぞ』
『児戯の如き憎悪など向けられたところで何も思わん』
――それで、また、会話は止まった。
次に口を開くことになるのはいつになるか。
多少気晴らしにはなったが――やはり出る糸口はなく。救助もまた、無い。
それからまた、随分経った。
私も、フォルテも、話すことなく。
静寂に変化が訪れたのは、その狭く暗い空間が揺れた時だった。
『……何をした?』
『外に出るために、色々試していてね』
それを思いついて、どれだけ経ったかは分からない。
プロトの中とはいえ停止している以上、この実験を邪魔されることはないと思って一から作り始めたのが始まり。
止まった材料は山ほど存在する。
それらを徐々に組み合わせつつ、私の外装に残留したバグを注ぎ込んで――ようやく完成した。
『フォルテ、提案だ。これをくれてやる。その代わり、出ることが叶ったら、私をある人のところに連れて行ってほしい』
『……』
それの材料とするために、だいぶ辺りの肉を使って、空間が広くなった。
そこに至るまでフォルテが気付いていなかったのも意外と言えば意外だ。
狭い空間の中に待機している“ゴスペル”は、動いてはいないもののかつてのそれに近い。
これを実行すれば、プロトを削っていくことは可能だ。
だが、作ってみて思いついた。もっと手早い方法が、ここにあるじゃないか。
『上手くいけば更なる力になる。だが、従えられなければキミはここで終わりだ。対価を飲んで、賭けに挑むというならこれを譲ってやる』
『……オレがそれに負けるとでも?』
『可能性はある。時間が経てば本物になるバグ融合体だ。それでもいいかい?』
『……いいだろう。貴様の賭けに乗ってやる』
――なら、遠慮なく。
ゴスペルを実行し、フォルテに喰らい付かせる。
それを疲弊したフォルテがゲットアビリティプログラムで吸収することが出来れば――ここから出ることも叶うだろう。
その場合はフォルテに更なる力を与えることにはなるのだが……まあ、どうとでもなる。
バグは私の専売特許だ。これがフォルテのものになっても大した問題ではない。
『ぐ、ぅぁあああああ、ァ……ッ!』
『さて。先に告げておくよ。それを見事自分のものにして、外に出られたら、クリームランドのプリンセス・プライドのもとまで連れて行ってくれ』
聞こえているかは知らないが、それだけは先に告げておく。
どうせフォルテのことだ。あれをものにしたとして、どうせ全力でぶっ放すに決まっている。
その余波で私もただでは済まないだろうし、終わってから送ってほしい場所を伝えることは出来ないだろう。
それまでは、この仇敵の苦痛を聞いていよう。
ヤツにとって私は無関心の対象となった。それはどうでもいい。
私はまだヤツへの復讐を諦めていないぞ。
だが、この場ではここまでだ。出るためであれば、仕方ない。
私だってすぐにでも、プライド様のもとへ帰りたいのだ。絶対に戻ると――約束したのだから。
+
チリチリとした頭痛の中で、目を覚ました。
ダメージを受けた状態でのいつものそれとはまた違う。
久しぶりに戻ってきた体の熱さというものを精神が感じているらしい。
頭から広がっていく熱と火傷のような痛み。
その中で目を開く。会いたかった人は――目の前にいた。
「――エール」
「…………、」
言葉を返そうとして、口が動かなかった。
それほどまでに長い間、眠っていたのだろうか。
そこにいたプライド様は何故か涙まで流しながら、私の顔を覗き込んでいる。
大袈裟だな――戻るって言ったのに。
「遅い、です……遅いですよ……エール……わたくしが、どれだけ心配したと――」
ああ――そうか。無茶はするとは言ったけど、長い間戻らないとは思わなかった。
また、心配をかけてしまったか。
辺りで、誰かが何かを言っているけど、プライド様以外の言葉は聞き取れない。
……何人いるんだ、一体。たかが一人の精神データの保護に。
「……、……」
うまく声が出ず、言葉を発せないが、プライド様は意図を理解してくれた。
とりあえず、状況の説明がほしい。
「WWWの事件から、もう二ヶ月経っています。貴女の精神データを探していたのですが、昨日になって国のインターネットに、あるナビが連れてきたのです」
私に気を遣って、言葉を選んでくれたのだろう。
多分、私からフォルテがWWWに関わっていることや、フォルテがアイツをデリートしたことは言っていなかったと思うし、今回の事件でさほど因縁があったとも思っていないのかもしれない。
どうやら彼は約束を反故にはしなかったらしい。
私が作成した、新たなゴスペルに打ち勝ったフォルテはそれを取り込み、バグ融合体という危険極まりない力を己のものとした。
そして、バグに精神を汚染されることもなく、その力を使ってあの旧世界で私たちを閉じ込める檻を消滅させ、当然のようにその衝撃で意識を失った私をここまで運んできたのだろう。
それだけは――まあ、評価する。
「ここは、科学省近くの病院です。意識は取り戻しましたが……暫くは入院することになるそうです。今回は、本当に重傷ですからね」
――二ヶ月。まだ、ゴスペルの事件から一年は経っていないか。
いよいよ、本当に笑えない事態だな。一年に三回も入院することになるとは。
「とはいえ、です。よくやってくれました、エール。世界を救って、その上で戻ってきてくれたこと――わたくしは、とても嬉しいです」
その言葉で、私はやり切ったという気持ちになる。
結局は、プライド様のこの言葉が欲しいのだ。
WWWとの戦い――プロトとの戦いは終わった。私の出来たことは少なかったけど、最古のバグは、無事デリートされた。
であれば、暫くは休んでいよう。
今はこうして、動かない体を抱いて喜んでくれているプライド様との時間を過ごせればそれでいいと思う。
こんな短い期間で二度も大きく動けば、暫くはゆっくりしていても良い筈だ。
プロトに取り込まれてから、戻ってくるまで。
決してフォルテとの和解ではありません。ただ、憎悪が両方向から一方通行に変わりました。
そしてエールによる脱出大作戦兼腹いせ。
フォルテの苦痛で少しスカッとした代わりにバニシングワールドの余波を受けて意識が吹っ飛び、フォルテが一応憎悪の対象ではなくなった相手の約束は守った結果が前回のものとなります。
あと一話の後、掲示板回を挟んでから本作は4編に入ります。
2と違って3のクリア後のストーリーはやる必要が完全になくなっているので、やっぱり扱いません。