バグのかけらをひたすら集めるクリームランド在住のデバッガー 作:けっぺん
入院から約一ヶ月経った私は、ようやく退院することが許された。
それから向かう先は科学省。
最後は研究どころではなくなってしまったが、ウイルス研究室での活動も終わって帰国することになる。
その前の荷造りだ。私室には顔を出しておかなければなるまい。
流石に彼女たちも、ここまで放置されることになるとは思わなかっただろうし。
入院から一週間も経った頃には、ようやく体もまともに動くようになった。
最初の二日ほどは、それはもう不便で仕方なかった。やはり体が動かせることは素晴らしい。
ところでプライド様は日本に来るために、公務を色々と後回しにしていたようで、あの日のうちに帰ってしまった。
話が出来なかったのは残念だったが――電話でしっかり謝罪は出来た。
無茶をして帰還が遅れてしまったことに関して、“だが一応帰ることは出来たので”と言い訳をしたら笑顔のまま長い説教に突入した。何故。
それから何人か見舞いにも来たが――百歩譲って緑川氏から怒られたのはいい。
だが浦川少年からのそれはだいぶダメージが大きかったぞ。
直前に光少年ら秋原町の四人組がやってきた際の、光少年の謝罪も中々心に来たというのに、追い打ちは予想していなかった。
後は、伊集院少年が来たのは意外だったな。
見舞いというより事後報告のようなものだったが。
彼曰く、コサック氏は一命を取り止め、少し離れた病院で治療を受けているらしい。
数ヶ月の入院とはなるようだが、意識も取り戻しており、特に後遺症もないようだ。
……フォルテからの攻撃をまともに受けて、それで済むとは思えない。
生みの親に対しての情――というのは考え過ぎだろうか。ヤツにも、捨てられないものがあったのかもしれない。
荒駒少年はもうアキンドシティに帰っているようで、メールでやり取りをした。
キングマンのメンテについて、教授を受けたいとのことだったので多少教えていたが、彼の理解力は凄まじいものだ。
相手に合わせた戦略を即座に紡ぎあげる頭脳は戦闘以外にも発揮されるらしい。
ゴスペル活動の裏で暗躍していたWWWが壊滅したことで、帯広少年の協力も認められたとのこと。
これで自由の身になるのも幾分早くなっただろうか。
結局、半年ほど日本にいることにはなったが、この間で前進したものは多い。
一つの別れもあったものの――この年になって色々と成長するきっかけにはなったと思う。
科学省に着き、はじめにウイルス研究室に顔を出して室長殿たちに挨拶を終える。
保護したウイルスたちはあのまま研究室預かりとなり、研究が続けられる。
惜しいとは思ったが、それは元々約束されていた話だし、そもそも話を受けた時はここまで連中に愛着が湧くとは思っていなかった。
やはり、クリームランドに戻ってからも探してみよう。
メットール、ラビリー、チャマッシュ、ガルー、ジェリー、スウォーディン、キラーズアイ、そしてモモグラン。
まさか無害ウイルスがこれらだけということもあるまい。
飼育環境やチップ化の技術は十分に得られたし、あとは研究室と私が別々で研鑽していくことになる。
研修させていたプログラムくんは、飼育担当となっていた師匠と涙ながらに別れ、PETの中でしんみりとしている。なんだこれ。
暫く彼の仕事は、ウイルスを飼育するための環境構築の補佐となるだろう。
そう早く無害ウイルスが見つかるとも思えないし。
そして研究室を出て部屋に向かおうとした時、室長殿に声を掛けられる。
「そうそう。ヴァグリース君。この荷物が君宛てに届いていたよ」
「私に? ……何故この研究室に」
運ばれてきたのは、随分と大きな段ボール箱だった。
ここに来てからそんな注文はしていないぞ。自宅ではないし、そんな自由は働かない。
宛先は確かに、この研究室の私宛になっているな。差出人は――火野ケンイチ……誰だ?
「ほら……例の火災の時に潜入してきたWWWの団員だよ」
「あぁ、ヒノケン氏か――脱獄でもしたのか?」
「いや、オフィシャルに依頼したらしいよ。詳細は聞かされていないが、その荷物自体もオフィシャルが用意したものらしいし、安全だとは思うが……」
あまりにも予想外な名前だな。
聞いたところによると、あの時WWWの本拠地にいた四人の団員とワイリー氏は、私より先に精神データが発見されたらしい。
よってもう随分前に逮捕されたというが、そんな中で一番、出来れば関わりたくない彼が一体何を送ってきたというのか。
やけに重い荷物のため、職員に運んでもらい、私室で開けることにする。
実に三ヶ月ぶりとなる科学省の私室は相変わらずだ。
レヴィアたちのノートパソコンは当たり前のようにスリープ状態になっている。
中のナビも同じくスリープしている筈だ。ネットには繋げていないし……レヴィアが余計なことをしていなければ二人とも残っているとは思うが。
一応、荷物を開ける前にパソコンを起動する。
ここまで留守にするつもりはなかった。いつからスリープ状態になっていたかは知らないが、早く起こしてあげなければ。
画面に映った二人が、閉じていた目蓋をゆっくりと開く。
「おはよう、二人とも。久しぶりだね」
『――……エール? ここの時計が間違っていないようであれば、もう三月なのだけど』
「大変遺憾だが正しい時間のようだね」
『私の
「キミのメモリは素晴らしい性能をお持ちのようだ」
『お帰りなさい、エール。盛大な長時間ライブを要望するわ』
「歌姫の喉が枯れてしまわないか心配だね。いつも通りの細やかさで良いと思うが」
『ネットナビの喉が枯れる訳ないでしょ』
思ったよりは文句は少なかったようで安心する。スリープ状態に入ったのが案外早かったのだろうか。
控えめなのは心配も入っているのではないかとも邪推するが口にはしない。長らく活動休止で音沙汰のなかった歌姫の復活祭が二日間ぶっ通しのウラでも前例のない大イベントになりかねない。
そして私とレヴィアのやり取りを見て、歌姫より百倍はお姫様らしい二人目の居候はドン引きしていた。
「さて。アイリスも、迎えて早々にこんなに長い間空けてしまってすまない。WWWとの戦いで少しばかり、帰る手段を失ってしまって置いてけぼりになっていたんだ」
『う、ううん……ここで身を隠せただけで……感謝、しているわ。レヴィアも……その、親切にしてくれたし……』
「今一人目の同居人と最も遠い言葉が聞こえた気がしたんだが」
『エール、パルスインも久しくしていないでしょう? リハビリにどうかしら。私も偶には槍を振るいたいのだけど』
「命がけのリハビリはしたくない」
あまりアイリスを怖がらせるんじゃない。
私たちの流儀というか空気というか、多分特有の軽口も傍から聞けば異常であることは知っているぞ。
「今日にも帰るんだが、二人にも私の家の方に戻ってもらわないとならない。レヴィアは普通に戻るとして、アイリスはどうする? 一度ネットに繋げる必要があるし、PETに来るかい?」
科学省の貸出品のデータ削除を進めつつ、アイリスに尋ねる。
この部屋の私物は持ち運べる分はこのまま持って帰るが、物によっては郵送となる。
その内訳は入院中に済ませておいたし、後はとっとと荷物を纏めるだけなのだが、問題となるのがこの二人だ。
部屋を引き払うためパソコンの電源を落としてから私が自宅に帰りレヴィア用のパソコンを起動するまでは、何処かで待っていてもらうことになる。
レヴィアはウラでも普通に通用する腕達者のため、適当にウラスクエア辺りにいてもらえば良いのだが、アイリスはそれも厳しいかもしれない。
……何というか、決して強そうには見えないし、そもそも外には出たくないらしいし。
『……あの、WWWは――ワイリー博士は、どうなったの?』
「ん? ワイリー博士も他の団員も纏めて逮捕され、WWWは壊滅状態となったらしいが」
『……そう』
その時のアイリスの表情から読み取れる感情は、無関係な者に向けるそれではなかった。
『……それなら、外にも、出られるわ。も、もし良ければ……もう少しだけ、置いてもらえると、助かるけど……』
――参ったな。WWW絡みだったか。
単に危険な犯罪者から逃げていた可能性もあるかもしれないが、あの事実を知っていたことからして、深い関係にあるのかもしれない。
当のWWWはもう壊滅してしまい、ワイリー氏から話を聞くことも出来ない訳だが、思ったより厄介な案件だったか。
とはいえだ。一度受け入れた居候だ。望むというなら構うまい。
「別に構わないよ。これから何をするにせよ、適当に拠点にしてくれ。レヴィアがそれで良いならだが」
『元々パソコンは貴女のものでしょうが。勝手に決めなさいよ』
……やけに素直だな、レヴィア。アイリスに情でも移ったか?
ともかく、それならそれでいい。向こうに着くまでアイリスの護衛をレヴィアに任せておこう。
ここまで彼女が他者を許容するのは珍しい訳だし。使えるものならレヴィアでも使え、だ。
そんな風に方針を決め、本格的にアイリスを我が家の居候として迎えた後、残っていた――というか先程舞い込んだ謎に向き合うことにする。
科学省を襲った放火魔が科学省の個人宛に送ってきた謎の段ボール箱だ。
もうその時点で開けたくはないのだが、オフィシャル伝手であることから中身は一応安全が保障されていると思って良い。
では、その中身はなんだ? 爆弾か? 火炎放射器か? 箱一杯のライターか?
箱を持ち上げてみれば――案外軽い。私でもまあまあ余裕を持って持ち上げられるくらい。
予想に挙げた三つは違うとこの時点で分かる。
余計に怪訝に思いつつ、封を開けてみる。そこには――
「……」
――白衣が詰まっていた。
何だ? 意味が分からんぞ。一着じゃない。二、三――四着入ってる。え? え、何――何?
困惑を覚えつつも、手に取る。新品で、結構な値のものではあるが……。
――お気に入りの白衣が灰になった。どうしてくれる。
――WWWじゃなくキミが弁償してくれてもいいんだぞ。
――いいぜ、お前が勝ったら何倍にもして返してやるよ!
――言ったな。十万ゼニーやそこらで買えるものだと思うなよ。
……あれか?
いや……あまり心配したくはないが……正気か?
確かに本気ではあったが、請求など出来ないものかと思っていたぞ。
結局、N1の時の違約金というか迷惑料は請求出来ていなかったし、あの灰も残らなかった白衣も泣き寝入りをするしかないと思っていたのだが。
多少、ほんの僅かなりとも、律儀さというか、殊勝なところがあったのか。
そんな風に評価を針の先ほど上方修正し、白衣を広げてみて――
「……」
『……貴女の趣味には前々から疑問を持ってはいたけど、流石に今回のは頭がおかしいわよ』
『……』
背中にでかでかと張り付けられた赤い炎のナビマークを見て、折り畳み直さずに段ボール箱に詰め込み直す。
コイツはどうやら不審物のようだ。オフィシャルに送り返しておこう。結局、高かった白衣が一着臨終して終わった訳だ。
というかレヴィア、どういう意味だ。
何に疑問を持っているかは知らないがキミのライブの趣向に比べたらマシだと思うぞ。
呆れた表情のレヴィアと、まともな感性を持っているらしくイマイチな表情のアイリスに事を説明しつつ、片付けを進める。
WWWの本拠地に向かう前に依頼も締め切っておいたが、あちらも再開することにしよう。
此方で提供したバグのかけらも随分な数になった。
研究室の方には安定した数を手に入れられる、まともな方法とまともでない方法を一つずつ教えておいたし、保護したウイルスたちの餌は問題ないとして。
私の方で普通のウイルスを運用するためのかけらも必要だ。
元より、それ以外の用途にも山ほど使っている以上、貯蔵が不安になった時点で危機だと見て良い。
私にとっては死活問題だ。家に戻ったらバグピーストレーダーの“売上”も回収しに行こう。
――ああ、そういえば。まだレヴィアには紹介していなかったな。
アイツの後釜の教育もしておかないと。ウラで出歩くための護衛となってもらうのだから、しっかりしてもらわなければ困る。
……流石にもう出てきているとは思うが、セレナードの空気にやられて潰れていなきゃ良いけど。
「さて。それじゃあ、外で待っていてくれるかい? 深夜か――もしかすると明日の朝。その辺りでいつものリンクを開く。アイリスを頼んだよ、レヴィア」
『はいはい。ま、貴女を守るよりは楽なことよ』
『……』
――え、そうなの?
もしかして強いのか? それとも、何らかの身を守る手段を備えているとか?
単に大人しくて茶々を入れないから戦いやすいとかそういう話か?
……気になるが、触れないでおこう。触れてはいけない気がする。
二人がパソコンから出て行ったのを確認し、電源を落とす。
引き払う準備はこれで終わり。長かった日本滞在もこれで終わり。ここまで長く離れていたことは過去に無い。久しぶりのクリームランドだな。
部屋から出ようとした時――メールが来る。
緑川氏だ……退院祝いも兼ねて、帰国前に食事でも、か。
まあ――うん、いいか。次に日本に来るのは何時になるかも分からない訳だし。
承諾のメールを返し、部屋を出る。日本も……まあ、暑い以外は悪くなかった。半分ほどしか味わっていなかったが冬はそこそこ暖かいし。
夏以外に来るなら良いな。ウラのサーバー点検の時期も冬場にしよう。
――そんなことを考えていた。
次に日本に来るのは、およそ一ヶ月後。
今度は正式な依頼のためではあったものの――たった一週間あまりでとある事件に遭遇することになる。
それから、これまでになかった風変りな経験もしたり。
そんなことは当然知らず……そしてその後に待つ――アイリスに続く運命、一つの関係の終焉、静かに迫る星の危機――そうした出来事も、気配すら感じていなかった。
日本拠点及びウイルス研究室との別れ。
これにて3編は終了となります。
無害ウイルスの個人的な保護を決心し、アイリスについて少しだけ察し、不審物を放置し、クリームランドへ。
この後、掲示板回を挟んで4編に移ります。
クリームランドにいる割合は3よりは多いですがやっぱり日本行きはあります。
ところで4の事件ってWWW以上にデバッガーの手に負えないものなんですけど。